軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.失脚令嬢は微笑む

side ライラ

「お姉様、お父様がお呼びよ」

醜悪な顔が隠しきれていないわよ、リリス。もう少しうまく演じなさいな。

「何の用事か知っている?」

「さあ? ふふ」

朝早くにダリオが訪れたことは、私の耳にも入っている。彼がまだ帰っていないこともね。

なるほど、ついにこの茶番に幕を引くつもりなのね。お父様の書斎に向かう。無駄に豪奢な扉を、音を立てぬように開けると――

そこにはお父様と継母、そしてリリスにダリオ。まあ、予想通り。なんて分かりやすい役者たち。

「お呼びと聞き、参りましたが?」

「……ああ、まあ、座れ」

当然のように、リリスの隣にはダリオがいた。

「お前の婚約者は、これからはリリスの婚約者となる」

あら、意外と早かったのね。もう少し粘るかと思っていたのに。

「な、何ですって! ダリオは私の婚約者ですよ!! 何でそんなことを!」

泣き声のような叫びを上げてみせる。

「ごめんなさい、お姉様。でも私、ダリオ様のことを……」

……はいはい。

瞳を潤ませるタイミングは、完璧よ。でも、口元が笑っているわ、リリス。

「リリスは悪くない。リリスの悩みを聞いているうちに、守ってあげたいそう思うようになった」

「ダリオ様……」

なるほど。騎士道精神が目覚めたとでも? ずいぶん都合のいい覚醒ですこと。進めてもいいかしら? この茶番劇。

私は大きく息を吸い、眉間にしわを寄せる。

「何言っているのよ! ダリオは、伯爵家とはいえ次男。リリスは次女じゃない。二人で平民にでもなるつもり?」

リリスがわざとらしく身を縮める。

「それは心配ない」

父がため息をついて、鋭く言う。

「爵位はリリスに継がせることを決めた」

あら、まあ。そう言うと思ったわ。でもーー

「お父様! 私が長女ですよ。この家を継ぐのは私です」

当然の抗議でしょう?

「この侯爵家の後を継ぐには、お前はふさわしくない!」

「そうよ、妹であるリリスをいじめて。それに、私のことだって一度も母と認めてくれなかったわ」

何を当然なことを。

母親の仮面をつけた女に跪く気など、最初からなかったもの。それに、あなただって私を娘とした扱ったことなど一度もなかったじゃない。

「そうだ。家族を大事にしない者が、家を継いで、この侯爵家を守っていけると思っているのか! それにあの散財、もう我慢の限界だ!!」

リリスがこれまで使ったお金、私の倍以上あることはどうでもいいのかしら。

「爵位の件は、婚約者の交代の条件でもある。伯爵家とも、もう話がついてある」

「そんな……」

私はわざと目を見開き、肩を震わせる素振りをして、静かに床へと座り込んだ。冷たい床の感触が伝わるけれど、どうということはない。

ここで座り込む“絶望したな姉”を演じるのが、正解でしょう?

そしてーー

「お、お父様、私の結婚はどうなるのです?」

「今検討中だ」

「卒業までわずかですもの。嫡男の家は残っていませんわ、困りましたね、あなた」

嬉しそうな顔を隠し切れていませんわよ、お継母様。

「……ああ、そうだな。侯爵家の娘をどこにでも出せるわけがないしな……ヴィラホルテ伯爵が後妻を探していたか?」

ずいぶんと素敵なご提案。後妻が、私に相応しいとお思いなのね。

「まあ、それがいいですわね。あっ! そうだわ、モンレヴァン商会の商会長も後妻を探していたわ。あの方は男爵家出身だったかしら?」

……どれもこれも後妻。まあ、爵位と婚約者を奪われた私には後妻しかないでしょうね。見つからなければ、修道院にでも入れた方が、外聞はいいとも思っているかしら。

「お嬢様、お部屋に戻りましょう」

オスカーが私をそっと支え、立たせる。

「あっ! そうだわ。オスカーは、どう? お姉様と歳は近いし、庶子だけど、一応、子爵家の次男ですもの。結婚して、オスカーが執事、お姉様が私の侍女をするというのは? ねえ、お母様」

「リリス。いい考えだわ!」

ダリオが困惑の表情を浮かべる。珍しく、理性が顔を出したようね。

「それはさすがに、姉を侍女など。ほかの貴族になんと言われるか……」

「いや、一度ライラを領地に療養で出して、こっそり戻し、表に出さなければそれもありか……」

考え込むお父様。

本気で考えるあたり、どうしようもないわね。ご自分の仕事をやらせようという気が見て取れるわ。

「お姉様は優秀ですし、ぜひ私のサポートをしてもらいたいわ」

「いいわね。今までの罪滅ぼしの機会として」

親子で勝手なことを。

私は立ち上がる。背を向けたまま、振り返ることはしない。廊下に響く笑い声。

それすら、予定通りよ。

部屋につくとオスカーが、慣れた手つきで紅茶を淹れている。私の部屋にあるティーセットは、彼が丁寧に手入れしているもの。ポットから注がれる琥珀色の液体が、カップの中でゆらりと揺れた。

「アールグレイでよろしかったですか?」

「ええ。今は、その香りが落ち着くわ」

ふんわりと立ちのぼる香りに、私の神経が少しずつ解けていく。騒がしい舞台の幕がようやく下りたかのように。

「ふぅー、勘がいいんだか悪いんだか」

ポツリと漏らした独り言に、オスカーがすかさず反応する。

「リリス様ですか?」

「ええ、少し……動揺してしまったわ」

オスカーの名前を出すなんて。

「そんな風に見えませんでしたよ。今日も素晴らしい演技でした」

「ふふ、惚れ直しちゃった?」

「直す? 惚れっぱなしなので、直す必要はないかと」

言葉はあくまで軽やか。でも、その瞳の奥に浮かぶ真剣さが、冗談には聞こえなかった。オスカーが静かにカップを差し出す。

「ありがとう、オスカー。あなたがいてくれて、よかったわ」

「これからも、ずっといますよ。ライラお嬢様のそばに」

私の名前を呼ぶその声に、心がふっとほどけていく。さあ、次の舞台のための準備をしなくては。