軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

岐路

それからは近くにあったレストランに入り、私達は二階の見晴らしの良い席に向かい合って座り、昼食をとった。

「美味しいね」

「ああ」

相変わらず、盛り上がっているとは言えないような会話ばかりだったけれど。それでも不思議なくらい楽しくて、気が付けば私はずっと笑顔だったように思う。

「ねえ見て、ルーファス。お花畑がある」

窓から見える景色の中に、一際目を引く花畑を見つけた私はつい、はしゃいでしまう。

子供っぽいと思われただろうかと不安になったけれど、ルーファスはすぐに「行ってみるか?」と尋ねてくれて。気が付けば私は、何度も頷いていたのだった。

「わあ、綺麗……!」

二人でゆっくりと歩き、やがて辿り着いた花畑は、桃色や空色、黄色など花々が色を競うようにして咲いていて。思わず溜め息が漏れてしまうくらい、美しかった。

私は昔から花が好きで、子供の頃にはよく花畑に行っていた記憶がある。けれど元の身体に戻ってからというもの、こうして来るのは初めてだった。

昔から好きだった、桃色の花をそっと指先で撫でてみる。

「私ね、この花が好きだったの」

「……知っている」

するとルーファスは、何故か泣き出しそうな顔をした。思い返せば子供の頃はルーファスともこうして、彼の屋敷の近くの花畑で遊んだ記憶がある。

そしてふと、無意味だと分かっていても、もしもあんな目に遭わなければ違う今があったのだろうかと考えてしまう。

──あの日身体を奪われたりなんてしなければ、私は今、もっとルーファスの近くにいられたのだろうか。

「…………っ」

いつの間にかそんなことを考えてしまっていた私は、慌てて首を左右に振った。せっかくの楽しい一日を、暗いことを考えて台無しにしてはもったいない。

そう思い、笑顔を浮かべて顔を上げれば、まっすぐに私を見つめているルーファスと視線が絡んだ。彼の深い夜のような瞳も、私は昔から好きだったことを思い出す。

「どうかした?」

「綺麗だ」

「ね、本当に綺麗だよね」

あれ、ルーファスも花が好きだったっけ、と思いながら返事をすれば彼は「そうじゃない」と呟いた。

「お前が、綺麗だと思った」

やがて告げられたそんな言葉に、心臓が大きく跳ねる。

嬉しいのに何故か泣きたくなって、胸が締め付けられるように苦しくなって。こんな感覚を、感情を、私は知らない。

ルーファスも照れているのか、長い睫毛を伏せた彼は耳まで赤くて、余計に落ち着かなくなる。

「あ、ありがとう。嬉しい」

「……ああ」

「今日こうして出掛けられたのも、すごく嬉しい」

「そうか。護衛として役立てたのならよかった」

「えっ?」

どうやら彼は、護衛として彼を誘ったのだと思っているようだった。確かにティムもそう言っていたし、彼といれば安心だという気持ちはあったけれど、それは口実に過ぎない。

だからこそ、私はすぐに「違うよ」と否定した。

「私はただ、ルーファスと出掛けたかったの」

すると彼は驚いたように瞳を見開き、やがて「そうか」と子供みたいに笑った。彼が笑ってくれたのが嬉しくて、やっぱり私もつられて笑顔になってしまう。

「……あれ、うまく出来ない」

それからはぽつりぽつりと他愛無い話をしながら、昔みたいに花を編んで指輪を作ってみようと思ったものの、なかなか上手く作れない。そんな私の手からそっと花を取ると、彼はあっという間に器用に指輪を完成させて。

彼に貰った指輪をしていない方の指に、嵌めてくれた。

───あれ、この場面、覚えがある。

「ねえ、前にもこんなことがあった?」

「……俺は、ずっと、」

けれどルーファスはそこまで言うと、口を噤んだ。

ぼんやり思い出した記憶の中の彼は幸せそうに微笑んでいたのに、今の彼は泣き出しそうな笑顔を浮かべていて。その続きを聞くのは、なんとなく憚られたのだった。

◇◇◇

翌日、ジェラルドは私の大好きなお菓子や花を沢山持って我が家を訪れた。こんなに沢山は申し訳なくて受け取れないと言っても、彼は近くにいた使用人に全て渡してしまう。

「昨日、会いに行ったんだけど留守だったね」

「少し出掛けていたの」

「……へえ、そうなんだ」

なんとも言えない、気まずい空気が流れる。やがて「今日は渡しに来ただけだからまた来るね」と言って微笑んだジェラルドを、慌てて引き止めた。

両手をきつく握り深呼吸をした後、口を開く。

「私、ジェラルドとは結婚できない。……ごめんなさい」

彼の存在には何度も助けられてきたし、友人としても大好きだった。それでもやはり、結婚というのは考えられない。

昨晩ルーファスと別れた後、そう強く思ったのだ。だからこそ、次にジェラルドに会ったら必ず言おうと決めていた。

先日押し倒された時のことを思い出してしまい、つい少しだけ身構えたけれど。ジェラルドは「そっか」と呟き、眉尻を下げて困ったように笑っただけだった。

「分かったよ。無理を言ってごめんね」

「ううん、ありがとう。気持ちは本当に嬉しかった」

「良かった。こちらこそありがとう、セイディ。今後も友人として、仲良くしてくれたら嬉しいな」

やはり、先日は少し様子がおかしかっただけで、ジェラルドは私の知っている優しいジェラルドのままだったのだ。

そんな彼の言葉に、私は内心ほっと胸を撫で下ろした。

「こちらこそ、これからもよろしくね」

──彼のことなど、何ひとつ知らなかったというのに。