軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第28話 決意の断絶、没落の足音

そんな若者の姿を静観していたドルーマン伯爵が、低く冷徹な声を掛けた。

「ユリウス君。これで見せしめに男爵家を取り潰しにして終わり、ではただの復讐だ。高位貴族の嫡男として、あの領地と、何も知らされず大人のエゴに狂わされた嫡子である令嬢をどう処理するか。君の『ケジメ』をここで示してもらおうかな?」

試すような問いに、しかしユリウスは迷うことなく、事前に大人の知恵を借りようと構築してきた「最終判断」を口にした。

「ジャネット嬢への公的な処罰が下った後、彼女の身柄は、学園のクラスで彼女を気にかけていた、ラング男爵家の次男、トーマスの家へ『身元預かり』として秘密裏に移送する手続きを取ります。お二人の承諾が取れた後、すぐにラング男爵家には、我が家からの内密な打診と、相応の支度金の融通を条件に書状を送ります」

両伯爵が、わずかに目を見開く。

それは、ジャネットから「シシリー」の名を剥奪して王都の社交界から追放する罰であると同時に、彼女に唯一寄り添ってくれた男爵令息の元へ、地方の商会の養女という籍を経由させることで、身の丈に合った平穏な「未来」を用意する処理でもあった。

ただ甘やかすのではなく、罪は厳正に裁き、家は潰れるが、無垢な貴族の娘が裏社会の無残な犠牲になる凄惨な構造だけは、高位貴族の権力をもって先回りして叩き潰す。

これこそが、ドルーマン伯爵の言っていた『誰も傷つけずに、社会の仕組みごと救い上げる』大人の仕事であり、今のユリウスが導き出せる、精一杯の結論だった。

「ふむ……。男爵令嬢の保護と処分については合格点だね」

ドルーマン伯爵が、わずかに視線を険しくする。

「だがユリウス君、そもそも君がシシリー男爵家に付け入る隙を与えた根源は何だと思うかな? それは、君とビビアンが、未だ『正式な婚約』を結んでいなかったことだ」

心臓を抉られるような指摘に、ユリウスの体が硬直する。ドルーマン伯爵は冷ややかに言葉を続けた。

「君もビビアンも、互いにそれぞれの家を継ぐべき『一人っ子の嫡子』同士。リッチモンドとドルーマン。二人がどれほど夜会で睦まじく未来を語らい、周囲に婚約は確実と目されていようが、婚姻による家督の統合や爵位の継承権という、複雑な政治的調整の決着がつくまでは、あえて正式な婚約を保留せざるを得なかった。……我が家としては、もしビビアンが学園でドルーマン家へ婿入りしてくれるような、より都合の良い貴族令息と縁付けばそれも良し、という計算もあったのだよ。それを君は、幼馴染の甘さから『二人の絆があれば、卒業と同時にいつでも結婚できる』と思い込んでいた。その油断が、男爵家に『付け入る隙がある』という浅ましい野心を抱かせたのだ」

「……っ、仰る通りです。僕の、あまりに幼い思い込みが、すべての元凶でした」

ユリウスは深く頭を下げた。自分が良かれと思って振る舞ってきた優柔不断な行動が、最愛のビビアンを傷つけ、シシリー男爵家のなかに身の丈に合わぬ邪な執着を育ててしまった。その事実を、彼は重く受け止めた。

「そして、父上。おそらく爵位剥奪と領地没収になるであろうシシリー領についてですが」

ユリウスは、懐からビビアンがかつて送ってくれた論文の写しを取り出し、両伯爵の前に広げた。

「あの排他的で、内政の行き詰まった土地をリッチモンドの直轄地として組み込みます。そして、このビビアンの論文にある『地方における女性の余剰労働力の活用と雇用創出』を、あの領地で実験的に始めさせてください。弱者が身を立てる術を持たず、浅ましい手段に縋るしかないような歪んだ構造を、あの土地から根絶するために」

ユリウスの毅然とした言葉に、ドルーマン伯爵の眉が動いた。その瞳には、かつての「甘いヒーロー」を軽蔑していた光はなく、一人の頼もしい若き後継者の芽吹きを認めるような光が宿っていた。

「……うん。せいぜい、血を吐く思いでやり遂げることだね。頑張りなさい」

ドルーマン伯爵の言葉は相変わらず厳しかったが、そこには確かな信頼の響きがあった。

「はい。必ず、やり遂げます」

「よし、体は大丈夫だな? 今日はもう休め」という父の言葉に頷き、ユリウスは一礼して執務室を辞した。

ユリウスは静かに執務机に向かい、海の向こうで一人戦い続ける、最愛の婚約者へ送るための便箋を広げた。そこに綴られるのは、ただの甘い愛の言葉ではない。シシリー領をリッチモンドの直轄地とし、彼女が提唱した『地方における女性の余剰労働力の活用と雇用創出』の理論をいかに実際の政治へ落とし込み、実践していくか。一人の立派な実務家として、未来へ向けた熱い報告書でもあった。遠い海の向こうで戦う彼女の背中に追いつくための、本物の男としての歩みが、今ここから始まったのだ。

その夜、王都にあるシシリー男爵家の本邸には、絶望の叫びが響き渡っていた。

「失敗しただと!? しかも、あの果実酒を鑑定に回されただと!」

王都へ駆け込んだ弟ダニエル・シシリーの報告を聞き、シシリー男爵は顔を真っ青にして椅子から崩れ落ちた。

伯爵家嫡男への「媚薬混入」、そして「領地の不正」。重なる大罪はもはや醜聞の域を超えていた。弁解の余地なき首謀者への厳罰、そして男爵家の爵位剥奪とお取り潰しは、もはや誰の目にも避けられぬ破滅の未来だった。

「そんな……嘘よ、どうして、そんな大それた事を!」

ジャネットは髪を振り乱し、父に縋り付いた。

「お父様たちがあんな大それたことを仕掛けたからよ……っ! ユリウス様はいつだって優しく私を守ってくださったのに、お父様たちのせいで、私はもう二度と、あの方に顔向けすらできないじゃないの……っ!」

「黙れ、ジャネット! お前がユリウス様を繋ぎ止めておけないから、こんな強硬手段に出るしか……っ!」

その時、静かに扉が開いた。家令に案内され現れたのは、リッチモンド家からの使者と、そして、なぜか、クラスの隅でいつも自分を気にかけてくれていた男爵令息、トーマス・ラングの姿だった。

使者から厳かに渡されたのは、王家へのシシリー家告発の通達と、そしてジャネットの身柄を一時的に保護するための「ラング男爵領への身元預かりの申し入れ書」であった。

それは、リッチモンド家が懇意の商会にジャネットを一度『養女』として籍を挟ませた上で、持参金を持った平民の娘としてトーマスに娶らせるという、『罪人の娘』という汚名を清算するための、冷徹かつ完璧な法的手続き書でもあったリッチモンド家からの莫大な財政支援を約束されたラング家にとって、これはリスクではなく、むしろ過分すぎるほどの恩賞であった。

「な、何よこれ……! 学園の卒業すら危うい私を、平民に突き落とすの!? それとも、裏の奴隷市場に売るっていうの!?」

狂ったように叫ぶジャネットの前に、トーマスがおずおずと、しかし真っ直ぐに一歩踏み出した。

「違うんだ、ジュリエット嬢。……ユリウス様が、君が何も知らなかったことを証明し、君の身柄を僕の家に託してくださったんだ。君の実家が犯した罪の連座から、君一人を救うために……。学園の卒業はもう叶わず、王都への立ち入りを永久に禁じる『王都追放令』は免れないだろうけど、僕は家を継がない次男坊だからね。学園の領地経営課で学んだ知識を活かして、将来は領主になる兄さんを支える内政の実務担当として、地方の領地で生きる。王都の社交界に出る必要もない。リッチモンド家から頂く財政支援と、君の持参金、そして優れた内政の才能があれば、僕たちの新しい生活はきっとうまくいく。……だから、僕と一緒に地道に生きていこう」

「トー、マス……様?」

ジャネットは絶句した。

自分が愛している、白馬の王子様だと思っていたユリウスは、自分を「犯罪者の親族」として冷酷に、しかし完璧に社会の仕組みのなかで処理した。甘やかす光はもうくれない。代わりに彼がくれたのは、身の丈に合った、現実を生きるための最後の慈悲だった。

窓の外、夜の闇がシシリー男爵邸を完全に飲み込んでいく。

かつて彼女が「救われた」と信じていたあの甘い光は消え去り、地に足をつけた、新しいささやかな現実の始まりを告げる夜風が、静かに吹き抜けていった。