軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 消えた幼馴染の少女

新学期が始まって、一週間が過ぎた。

学園の廊下を歩く僕の足取りは、表面上はいつも通り堂々としたものだったが、その実、視線は無意識に周囲を彷徨っていた。

(今日も、いない……?)

淑女課の教室の前を通るたび、扉の隙間から中を覗き込む。だが、窓際の「彼女の席」には、別の令嬢が座っていた。

ビビが休み始めてから、すでに七日が経過している。

風邪だろうか。それとも、何か急な用事でもできたのだろうか。

本来なら真っ先にドルーマン家のタウンハウスへ駆けつけるべきだったが、今の僕にはその余裕がなかった。

「ユリウス様! こちらの資料、確認していただけますか?」

ジャネットが、切羽詰まった表情で僕を呼ぶ。

二年生になり、領地経営課の講義は格段に難易度が上がった。ジャネットは必死に食らいついているが、基礎学力の差はどうしても埋まらない。僕が放課後の時間をすべて彼女の補習に割かなければ、彼女は早々に脱落してしまうだろう。

「……ああ、わかった。見せてごらん」

僕は不安を押し殺し、彼女のノートにペンを入れる。

そうだ。僕は今、一人の少女の人生を背負っているんだ。ビビのことだ、僕が正義感ゆえに忙しくしていることは百も承知だろう。落ち着いたら、向こうから連絡が来るはずだ。

そう自分に言い聞かせ、二週間が経った。

十日を過ぎたあたりから、学園内での噂は「不釣り合いな幼馴染」への嘲笑から、別の不穏な色を帯び始めていた。

「ドルーマン伯爵令嬢、退学届を出したらしいわよ」

「いいえ、病気で療養中だって聞いたわ。リッチモンド様があんなに他の女性に夢中では、お心も病んでしまうでしょうに」

耳を貸してはいけない。

退学なんて、あるはずがない。療養? そんな話、聞いていない。

だが、二週間目の週末、ついに僕は限界を迎えた。

いつもなら放課後、ジャネットを馬車で送る時間だが、僕は彼女に「今日は用事がある」とだけ告げ、一人でドルーマン家のタウンハウスへ向かった。

門を叩くと、対応に現れたのは見慣れた初老の家令だった。

「……リッチモンド伯爵令息様。本日はどのようなご用向きで?」

「決まっているだろう。ビビ、ビビアンに会いに来たんだ。彼女、ずっと学園を休んでいるじゃないか。病気なのか? なぜ僕に何も言ってくれないんだ」

詰め寄る僕に対し、執事は感情の読み取れない、ひどく冷徹な礼をした。

「お嬢様は、現在お会いできる状態にはございません。また、旦那様からも、リッチモンド様のお通しは控えるよう仰せつかっています」

「なんだって……? 伯爵がそんなことを言うはずがない。僕とビビの仲を知っていての言葉か!」

「……事情は、いずれご実家のリッチモンド伯爵夫人からお聞きになるかと存じます。本日は、これにて失礼いたします」

重厚な扉が、僕の目の前でぴしゃりと閉ざされた。

呆然と立ち尽くす。

拒絶。それも、家族ぐるみの付き合いであるドルーマン家からの、明確な拒絶だった。

心臓が嫌な音を立てて脈打つ。

何かが、僕の知らないところで決定的に変わってしまった。

いや、本当はもっと前から変わっていたのかもしれない。僕がジャネットの手を引き、馬車の扉を閉めていた、あの瞬間から。

帰り道。一人で揺られるリッチモンド家の馬車のなか。

以前、ビビは言っていた。

『ユリウスと一緒だと、令嬢たちの嫉妬の目が凄いのよ。正直、面倒だもの』

あの時は、冗談だと思って笑い飛ばした。

彼女がどんな思いで僕の隣を歩いていたのか。僕がジャネットにドレスを贈った時、彼女はどんな顔をしていただろう。

思い出そうとしても、驚くほど彼女の表情が浮かばない。

脳裏にあるのは、いつも穏やかに微笑み、「君なら分かってくれるよね」という僕の言葉に深く頷く、都合の良い聖女のような姿だけだった。

(まさか、怒っているのか……?)

いや、そんなはずはない。

ビビはそんな狭量な女性ではないはずだ。僕の正義感を誰よりも高く評価してくれていたのは、彼女じゃないか。

だが、その「確信」という名の傲慢さが、今や僕を恐怖させていた。もし彼女のあの微笑みが、許しではなく「諦め」だったとしたら。その夜、僕は眠れなかった。

翌朝、学園へ行ってもジャネットの話が全く頭に入ってこない。

「ユリウス様……? お顔色が優れませんわ。もしや、ドルーマン様のことでお悩みですか?」

ジャネットが心配そうに僕の顔を覗き込む。

「……いや。大丈夫だよ」

「……もし、私のことが原因でドルーマン伯爵令嬢様と仲違いをなさったのでしたら、私、身を引きますわ。ユリウス様にこれ以上、辛い思いをさせるなんて……」

ジャネットが瞳を潤ませて俯く。

いつもなら「君のせいじゃない」と即座に抱き寄せていただろう。だが、今の僕の口から出たのは、自分でも驚くほど冷めた、義務的な言葉だった。

「そんなことは言わないで。……君を助けると決めたのは、僕なんだから」

そう。僕が決めたことだ。

僕は正しいことをしている。弱きを助け、不当な扱いに立ち向かっている。ビビだって、それを分かっているはずなんだ。

分かっているはずなのに。

なぜ、僕の心はこんなに凍えているのだろう。

なぜ、彼女がいなくなっただけの学園の風景が、これほどまでに色彩を失って見えるのだろう。

春の陽光が差し込む教室で、僕は初めて、自分の足元が底なしの沼であることを悟り始めていた。ビビアンという光が消えたあとの世界は、僕が思っていたよりもずっと暗く、そして孤独だった。