軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24話 前哨戦

王立魔法学園、学園祭。

この学園における一大行事であり、学園外部の人間が来る事のできる数少ないイベントの一つである。

無論、外部の人間と言ってもこの学園に通う貴族子弟の保護者や、ゲストとして招かれるだけの格があるほどの高貴な人間に限られるが……それでも、子供たちの学習の成果を出し物という形で見られるこの行事を楽しみにする者も多い。

そんな学園祭の中でも、毎年目玉となる行事がある。

そして今年、貴族たちの注目と期待を集めるのは──やはり、一学年。Aクラス対Bクラスの集団魔法戦だろう。

広大な学園敷地の一角を貸し切って行われるため規模も派手さも段違い。加えて魔法による対抗戦というこの学園の学習成果を直接的な形で見られる期待感からか、開始が近づくにつれて学園祭に来ているほとんどの貴族が観戦に集結しつつあった。

「……そろそろかな」

そして、開始十分前。

幾人かのクラスメイトと集まって最終打ち合わせをしていたエルメスが、開始時刻が近づいたことを確認して立ち上がる。

それに合わせてクラスメイトたちも緊張の面持ちで腰を上げ、集合場所へと歩き出そうとしたその時、後ろから聞き覚えのある声が掛かる。

「やあ、エルメス君」

「──あ、公爵様」

名を呼ばれエルメスが振り向くと、案の定紫髪の眼鏡をかけた男性、ユルゲンの姿。まあ、学園祭なんだから来ているよねと思いつつ彼は返答し、一礼する。

ユルゲンは近づくと、可笑しそうな声色で気さくに話しかけてくる。

「予想通りと言うか何と言うか、随分大暴れしているみたいじゃないか。この対抗戦は君の発案かい?」

「いえ、向こうのクラス長ですが……まあ正直、僕がいなければこうはならなかっただろうとは思います」

若干目を逸らしつつ告げると、ユルゲンはくつくつと含み笑いを漏らす。やけに似合っていた。

それに微妙な表情をしつつ、エルメスは気になっていたことを問いかけた。

「見に来てくださってありがとうございます。……ちなみにですが公爵様、その後ろに持っているやけに大きな道具は何でしょう」

「ああ、これかい? 簡単に言うと映像を記録する魔道具だよ。やはり愛娘の姿は形になるものとして残しておきたいと思うだろう?」

なんだろう。至極最もな言葉なのだが、どうも何か別の意図があるように思える。

実の所若干心当たりもあったエルメスは、素直に問いかけることにした。

「ちなみに本当のところは」

「……まあ分かるよね。えーと、ここで名前は出せないんだけどその、君の親御さんからね。『エルが学園祭で魔法戦だと!? 見たい! むしろ止められても絶対に観にいくからなあたしは!!』との旨を頂いているんだ」

「……あー」

ローズがトラーキア家を訪れて以降、ユルゲンとローズが定期的に手紙でやりとりをしているのを知っているエルメスとしては概ね予想通りだった。

そして、当然無理である。こんな衆目の多い場所でかの『空の魔女』が訪れてしまえば学園祭どころの話ではない。そもそも入場時点で弾かれてそこから大騒ぎになるのでどう考えても詰みである。

「そこで何とか、映像記録だけは届けるから我慢してくれと説得して今に至るわけだ。……大変だったんだよ? 基本的にこの手の魔道具は希少で高価だから借りる手間も金銭も相当のものだ。お陰様で同僚からは親馬鹿扱いされる始末さ」

「……その、御愁傷様です。うちの師匠がすみません」

「……まあ、私の予想が正しければいずれこの記録は必要になるだろうからいいんだけれどね」

どうやらこの公爵家当主をもってしてもローズには振り回される運命にあるらしい。

けれどユルゲンは納得している様子で、気を取り直すように軽く息を吐くと、軽く笑って。

「それに、だ。……君のことだ、映像として残す価値があるものを見せてくれるんだろう? 大方の予想はAクラスが圧勝するとのことだけど、もちろん私はそうは思っていない」

「一応、公爵様の娘さんもAクラスなのですが」

「あー、そこは確かに迷いどころだけどね。さっきカティアにも会ったけれど、妙にぴりぴりしてたし。できれば学園祭後にそこも君にフォローはしてほしい」

色々と気苦労を抱えていそうな表情をしたが、それでも隠しきれない期待を最後にエルメスに向ける。

「是非、みんなを驚かせるようなものを見せて欲しい。期待しているよ?」

「……ご期待に応えられるよう、全力を尽くします」

エルメスは過不足ない適度な自信をのせた声で返答し。それにユルゲンは満足そうに微笑むと、魔道具を設置しに去って行ったのだった。

「……っと」

それを見送っていたエルメスだったが、もう開始時間が間近に迫っていると悟る。

「すみません、長話をしてしまいました。早く向かわなければ──って、その、皆さん?」

しかし、振り向いたところで気づく。周りのクラスメイトたちが、驚愕と畏怖がない混ぜになっている視線をエルメスに向けていることに。

「どうしました」

「……お前、今のはその……トラーキア公爵閣下だろう? あの血も涙も無い冷血人間と噂の」

そんなクラスメイトを代表して、アルバートが疑問を呈した。

……確かに、ユルゲンが外部からはそのような評価を受けているとは知っていたが。

エルメスからすると少々疑問が残るものの、素直に回答する。

「身内にはお優しい方なんですよ、僕も一応カティア様の従者ですから。それに、確かにかなり手段を選ばない方ではありますが、確固たる信念を持ってのことなので」

「いや、従者とは言えあの公爵閣下に身内扱いされているのは何なのだと言う……いや、いいか。お前の得体が知れない点は今に始まったことではあるまい」

アルバートの言葉に、他のクラスメイトも頷いた。何だか妙な納得をされた気がする。

……まあ、時間が時間だ。納得してくれたなら良いかと思いつつ、謎の評価を加えられたエルメスは開始場所へと向かうのであった。

「さあ、今日は良い試合にしようじゃないか!」

かくして、開始直前。

所定の場所に集まった両クラスの面々。そして案の定、真っ先に口を開くのはAクラス長のクライドである。

彼はそのまま、こちらを見回して最後にエルメスへと視線を固定させた。薄笑みの裏側に、隠しきれない嘲弄と敵意を宿した表情で。

「それにしても、聞いているよ。この対抗戦のために君たち、随分と涙ぐましい努力をしてきたみたいじゃないか」

……まあ、流石に噂は伝わるだろう。

そもそも訓練は全て学園内で行っていたのだ、隠し通せるものではないし、別段隠そうとも思っていなかった。

そして。

「素晴らしい、目標の為に邁進するのは良いことだ。……でもね。そこまで必死すぎるのは、いささか品性に欠けると僕は思うんだよ」

その努力をクライドがどう思っているのかは、彼の言葉と表情を見れば明らかだった。

「僕たちは貴族だ。民を守り、そして民に安心を与える義務がある。そんな民が泥に塗れ、足掻く貴族を見たらどう思う? 不安になるだろう、こんな品性のない人間が果たして自分たちをきちんと守ってくれるのだろうかと」

果たしてクライドは実際にその民の言葉とやらを聞いたことがあるのだろうか。

だがきっと、彼の言葉はこの国の貴族たちの間では常識なのだろう。Aクラスの人間は自信に満ちた表情で同意と嘲笑を浮かべ、Bクラスの人間もこれまでの仕打ちを思い浮かべてか少し表情が重くなる。

「もっとAクラスを見習って余裕を持つべきだったんだよ、君たちは。そんな泥臭い、しかもそんな 何の(・・) 成果も(・・・) 得られない(・・・・・) ことを続けるなんて。まさしく時間の無駄──」

しかし。恐らくこちらの士気を削ぐ目的だったのだろうが。

最後の最後で、クライドは特大のミスを犯した。

そう。

「はい皆さん、今の聞きましたね? あの訓練を実感した皆さんならわかると思います。あの訓練を見て『何の成果も得られない』と断言する人間の言葉に、どれほどの説得力があるとお思いで?」

そのミスに、全力で乗っからせてもらおう。エルメスは言葉尻を捉え、Bクラスに問いかける。

たちまち、少しばかり不安が顔を覗かせていたBクラスの面々に気力が戻る。

それを見たクライドが、ひどく面白くなさそうに顔を歪ませる。

「何だい、どうやら弁だけは立つ人間にもう随分と毒されてしまったようだね、君たちは。では、その迷妄を覚まさせてあげるのも僕たちの役目かな」

「はいはい、もうどうとでも言ってください。迷妄かどうかは戦えばわかりますから」

そして、これ以上この男に喋らせたままでいると面倒にしかならないと思ったので。

……あと、流石に思うところもあったので。対抗してエルメスも声を発する。

「……そちらの仰る通り、Bクラスはここ二週間努力を重ねてきました。貴方達の言うように泥臭く、地道にね。──そして、貴方達はそれをしてこなかった」

カティアから断片的には聞いていた。

彼女に『Bクラスはこの対抗戦に向けて全力で対策をしている』と忠告されても、一切気にすることも、耳を貸すこともなく。散々、彼らの言う今まで通りの優雅で余裕ある学園生活をのんびりと続けてきたそうだ。

ならば。

「だから、はい。 貴方がたが(・・・・・) 負ける理由(・・・・・) は、存分にありますね?」

その直接的な一言に、Aクラスの敵意が一気にエルメスへと向いた。

「『頑張らなかったから負けた』。『何も対策をしてこなかったから負けた』。『怠惰だから負けた』。素晴らしい、どれも敗北の理由としては十分です。天才的な言い訳を作る手腕だ、褒めて差し上げましょう」

それは、或いは。

いや確実に、これまでBクラスが行ってきたことだ。

──その屈辱を今度はお前達が甘んじて受けるのだと、彼は静かな怒りを込めて告げる。

「だから、是非。貴方がたが負けた暁には、その言い訳を学園中に、大勢の貴族達の前で、声高に叫んでいただけると。ええ、誰もが納得してくれるでしょう。──誰も責めはしませんよ?」

柔らかな声色とは裏腹に。

翡翠の瞳に、珍しく強い感情と凄まじい圧力を宿してエルメスはAクラスの面々を射抜く。

エルメスに対して激甚な怒りを覚えていたAクラスも、その威圧に怯んだ様子で。

「ッ、な、何だい君は随分と──」

しかし、引くわけにはいかないのか。

やや腰が引けながらも反論を繰り出そうとしたクライドだったが──

「……もういいわ、クライド」

冷静な、ともすれば冷徹とも言えるような。呆れた声色でカティアがそれを遮った。

「もう貴方が喋っても無様を晒すだけよ。……あと、これ以上エルを怒らせないで。勝機がますます無くなるわよ」

「な──」

有無を言わさぬ口調。

唯一Aクラスで冷静な彼女の言葉に熱を奪われたのか、彼らもこれ以上の言葉を発することはしなかった。

こちらを向いて、引き続き彼女が告げる。

「エルも、前哨戦はもう十分でしょう。──あとは正々堂々、実戦で」

「……そうですね」

出来れば、ここで完全に冷静さを無くさせておきたかったのだが。

流石にそこまでの真似は、ご主人様が許してくれないらしい。大人しく彼も引き下がる。

……それに、正々堂々は望むところだ。

もとより自分たちは、その場に引き摺り込んだ上で勝つための訓練を積んできたのだから。

かくして、Aクラスはカティア、Bクラスはエルメスに率いられて。

激突の準備が、完全に整うのだった。