軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23話 前日

このようにして、エルメス主導でのBクラス強化特訓は続けられていった。

毎日放課後、魔法の基礎能力訓練を全員でしつつエルメスによる代わるがわるの個別訓練を行う。

ただひたすらにそれの繰り返し。何せ二週間しかない、色々と特殊な訓練を試す時間すらない以上一つのことを繰り返して極める方向に全力で舵を切っていた。

休日すら全員が登校し、一日丸々使っての訓練。掛け値なしの地獄の特訓が続いていった。

当然、今まで真っ当な努力をしたことのなかった生徒たちには苦行以外の何者でもない。疲労は蓄積し、授業中の様子からも明らかに疲れ切った様子が滲み出ていた。

──それでも、誰一人として脱落することはなかった。

理由は幾つかある。

まずは意地。誰一人止めようとしないのならば、自分が最初の一人にはなりたくないという思い。

そして希望。自分たちの力でAクラスを、しかも多対一ではなく一対一で。自分だけの力で上回りたいという、魔法使いとしての向上心。エルメスに焚き付けられて燃え上がった、彼らが失いかけていたものだ。

でも、それよりも大きかったものは。

「……お見事」

実感だ。

確かに地獄、でも乗り越えたものには確実に実力の向上が待っているという、報酬の実感。

その際たるものが──今、とある生徒の前で地面に倒れ、起き上がりながら賞賛の言葉をかけるエルメスだ。

そう。訓練が始まってから四日後のこと。

生徒の一人が、初めてエルメスに土をつけたのだ。

その偉業を達成した当の生徒はしかし、喜びよりも前に困惑が出た様子でエルメスを見下ろしていた。

「……どうしました? もう少し喜んでいただけるとこちらも教えがいがあるのですが」

「い、いやだって……ほ、本当に勝ったのか? お前が手加減してこちらに花を持たせたのではあるまいな!? な、ならば──!」

「……えーっとですね」

どうやらこの学園で負け癖がつきすぎたのか、自分の勝利が本当に信じられないらしい。

そのような勝利などいらないと突っぱねる姿勢は悪くないが、今回はそうではない。エルメスは額に手を当てつつ丁寧に解説する。

「手加減をしているかいないかという話であれば、まあしています。以前話した通り僕はこの訓練で、『貴方が戦う相手に近しい魔法の性質』に意図的に合わせている。つまり本来の自分とは離れたスタイルで戦っているのですから、それを手加減と言うならそうでしょう」

「で、では」

「けれど」

まずはこちらの結論を聞かせるべく、エルメスは相手の言葉を遮って。

「その縛りの中であるならば、僕は全力で戦っています。貴方は今、それを確実に上回った。

──何より。この縛りの僕でも、訓練を開始した時点では絶対に勝てなかった相手です。それを打倒したことは、紛れもない貴方の成長だ」

「!」

その言葉で、ようやく。

生徒の顔に、喜色が満ち始める。

「無論、僕の魔法は一つ一つの性能面では他の血統魔法に遠く及ばない。その点で言うとこの僕は、貴方が本番戦う相手の劣化コピーに過ぎません。……でも、この調子で成長を続けていけば必ず勝機はある。

……正直驚いてます、一週間はかかると思っていましたから。是非、この調子で」

「あ、ああ!」

飾り気のない、けれど本心からの称賛に生徒が頷き。

今まで以上に張り切って、通常訓練に戻っていった。

そこからは、生徒たちのやる気が段違いに上がった。

やはり、勝利は格別の報酬だ。自分たちでも努力次第ではそれを得られる。その実感自体が良い方向に作用したのか、その後もぽつぽつとエルメスに勝利する生徒たちが出始めてきた。

当然、エルメスはそれを想定している──というか、それが可能なくらいの強さで戦っていたのでそうなってくれなければ困るのだが、先ほども述べた通りそこに到達するまでの速さが想像以上だった。ある意味で嬉しい誤算である。

しかしそうなると、『エルメスに勝てている生徒』と『そうでない生徒』の間で格差が生じる。

後者の生徒のモチベーションが問題になるかと思ったが──そこは、この訓練のもう一人の立役者が解決した。

「ど、どうしました?」

「ああ……サラ嬢。すまない、体の方は問題ない……が。……未だ俺だけ、あいつに勝てる未来が見えないんだ……! 俺は果たして、成長できていないのでは──」

「……大丈夫ですよ」

周りとの差に焦り始めたか、思い詰めた表情で項垂れる男子生徒。

そんな彼に、サラは優しく微笑みかける。

「あなたが頑張っているのは、ちゃんと見てましたから。それに、きちんと強くなってますよ。外から見ていればよく分かります」

「ほ、本当か?」

「ええ。きっと後は些細なきっかけだけです。エルメスさんは厳しいですが、決して無理な目標を課したりはしません。だからもう少しだけ頑張ってみませんか? ……ささやかですが、おまじないも差し上げますから」

そう言って、彼女は血統魔法を起動。言葉と蒼光が柔らかく彼の疲労と不安を溶かしていく。

……やはりこう言った励ましの言葉は、エルメスではなくずっとクラスを見てきたサラだからこそできることだろう。

事実その男子生徒は気を取り直し──たどころか何やら相当張り切った様子で訓練を再開し。

結局、その日のうちにエルメスからも初勝利をもぎ取ったのだった。

かくして、訓練は続く。

エルメスが引っ張り、サラが支える。この両側からのサポートによって、その後も脱落者は出ることがなく。

厳しい特訓の日は、消耗とその代わりとした確かな成長を届けつつ、あっという間に過ぎ去って。

──そして遂に、本番の直前。全員が、訓練を満了したのだった。

(……ふう)

学園祭前日の夜、トラーキア家にて。

使用人の仕事を終えたエルメスは一息つくと、就寝するべく自室へと向かっていた。

今日の訓練は、早めに切り上げた。後は半日、各々コンディションを万全に整えることを優先してほしいと言い聞かせて。

……結局最終的には、全員がほぼ確実に仮想相手状態のエルメスに勝利できるくらいまで成長してくれた。

本番の相手は更に強い。が──これまでの訓練を通して実力と自信を身につけた彼らなら、十分戦えるだろう。

だから後は、自分が可能な限り勝率を高め、不確定要素を潰すだけ──と思いながら、廊下を歩いていると。

「……エル」

前方から、声がかけられた。

見やると、こちらに歩み寄ってくる彼の主人の姿が。

「カティア様、どうなさいました?」

「……大した用はないけど。その、少し話せないかなと思って」

彼女とは、Bクラスの訓練が始まってからは普段と比べて会話する機会がかなり減っていた。

単純に訓練で忙しかったのもあるが──何よりの理由はやはり、彼女がAクラス。明日直接対決をする相手だからだろう。

それを察してか彼女もこれまでは意図的にその話題を避けていたようだが……流石にもう前日だからか。

少し躊躇い気味ながらも口を開いて、こう聞いてきた。

「……どう、勝てそう?」

何を指しているのかは、聞かなくても分かった。

「……そうですね。五分五分、と言ったところかと」

確かに、Bクラスは強くなった。

魔法の基礎能力は大幅に上昇したし、立ち回りの面でも確実に想定相手の弱点を突けるようになってきている。

──それでもやはり、血統魔法の差はあまりにも大きいのだ。

その辺りと、Bクラスの持つ手札を加味するとそれくらいの評価に落ち着くだろう、というのが彼の見解だ。

しかし、彼女はそれを聞いて微かに驚きの表情を浮かべる。

「……そう、そこまで持ってきてるの。流石ね」

そう称賛してから、けれど真剣な表情で彼を見据える。

「じゃあ、尚更遠慮する必要はないわね。──本番、私も本気で行くわよ。あなたが実力を制限されていようと、Bクラスに知己が多かろうと関係ない。私の矜持のためにも、Bクラスのためにも手は抜けないわ」

「ええ。助かります」

揺るぎない宣言に、微かに表情を緩めて彼は答える。

カティアは一先ずそれを言って満足した表情を浮かべ、けれどそこから更に何かを言おうとしたが……

「──わ、分かっているならいいわ。……それじゃあ、おやすみ。呼び止めて悪かったわね」

「? ええ、おやすみなさいませ」

結局、出てきたのは挨拶だけだった。

首を傾げつつも返答し、互いに自室に向けて歩き出す。

そのまますれ違い、しばらく歩いたところで──何故か。

遠ざかっていたはずの彼女の足音が、小走り気味に近づいてきたかと思うと──

「……っと」

ぽすり、と。

背中に柔らかな感触が押し当てられ、そのままほっそりとした腕が彼の胴に回される。

──詰まるところ、後ろから抱きつかれた状態である。

「え、その、カティア様」

「……いーい、エル」

咄嗟に振り向こうとするが、見るなと言わんばかりに腕にぎゅっと力を込められる。

「あなたとBクラスが今重要な時期ってことは分かってるわ。その邪魔をしちゃいけないと思って、私も我慢してきた。……でも」

背中に顔を押し付けたままのくぐもった、けれど何処か恥ずかしそうなのと拗ねているような響きだけは伝わる声色で、彼女は告げる。

「……その分、学園祭が終わった後はたくさん構ってもらうから。覚悟しなさいね」

「は、はい」

有無を言わさぬ気配に思わず頷く。

それを確認すると、それだけ、と言い残して彼女は腕を離し、来た時と同じく駆け足で後方に走り去っていった。

「……」

振り向こうとしたが、なんだかそれもまずい気がしたので。

視線を前方に固定したまま、彼は先ほどまで彼女の手があった胸元の位置に自身の手を置いて。

──ふっ、と柔らかな微笑みを浮かべてから、心なしかきた時よりも軽い足取りで自室に戻っていったのだった。

そして、遂に。

学園祭が、幕を開けた。