作品タイトル不明
182話 決着の付け方
凄まじい拒絶の力が、『天使』に襲いかかる。
その直後、轟音。空中で『天使』に叩き落とされたラプラスが地面に叩きつけられる音。
けれど、ラプラスは血を吐きながらも満足げな表情をしていて。その理由を示すように、空中で。
「『ああ……そんな、そんな……!』」
リリアーナの容姿をした『天使』が、リリアーナの表情で狼狽の様子を見せる。
……その体から、何かが抜け落ちているのが分かる。合わせてリリアーナの中にあった存在感が薄れていって、声もブレていく。
それらの様子から起こったことは明らか。──顕現限界を、迎えたのだ。
最早どうしようもない。決着はついた。それを理解してしまった『天使』は、地面に居る人間たちを睨みつけて。
「『──諦めませんよ』」
執念、或いは妄念を宿した表情と声色で、告げる。
「『必ず、いずれ必ず私は戻ってきます。そしてその時は、今度こそ!
創世魔法を、我らが主の魔法を、この手に──!!』」
その言葉を、最後に残して。
人ならざる存在は、この国の一部を作った化物は。世界の狭間へと、消えていった。
「……!」
くたりと、リリアーナの体が空中で力を失い、落ちてくる。
慌ててエルメスは地面でその体を受け止め、状態を確認。
息はある。外傷もない。穏やかな吐息が聞こえており、ただ意識がないだけの状態だ。
リリアーナも、無事。それを確認すると、エルメスもへたりと力が抜ける。
「……終わっ、た……?」
「ああ。『天使』は確実に顕現を保てず消滅した。無論追い返しただけで倒せてはないが、少なくとも年単位で再び現れることはないはずだ」
同じく一息をついたローズが歩み寄ってそう告げる。
彼女の言葉なら信用ができるだろう。それを聞いて、今度こそエルメスも一度息を吐いた。
決戦の最中、突如現れた『天使』。ローズが警戒していた存在であり、王国史の裏に巣食い創世魔法を狙っていた人ならざる存在。
それを、撃退することは成功した。人の戦いは、守られた。
──けれど。その代償は、確かに存在して。
「…………」
その代償である存在──ラプラスを。その場の全員が、様々な感情で見やる。
彼は地面に倒れ伏したまま、その全ての視線を受け止めた。
まだ息はあるらしい、意識も。
けれど……それが最早秒読みであることも、全員が察していた。人の身で、実質単騎で人を超えた存在の創世魔法を抑え込んだ代償。それはラプラスの体から全てを奪っていた。体力も魔力も……そして、命の灯さえも。
……皆の視線が、続けてラプラス以外の一人に向く。
それに応える形で、エルメスが彼に向けて歩み寄り、かがみ込む。
「……ラプラス卿。その……」
「何も言う必要はないぞ」
言葉に迷うエルメスにかけられたのは、ラプラスのからりとした声。
「礼は要らねぇ。俺がやりたいことをやりたいように勝手にやっただけだ。
謝罪も要らねぇ。んな気持ち悪りぃことする間柄じゃねぇだろ俺たちは」
本当に、一切の後悔がない。
やるべきことを、やり切った表情で。
「俺がこうしたのは、誰のためでもねぇ。ボスのためですらねぇ。俺のためだ。
俺が、一番あのクソ天使を許せなかった。人生を懸けた目標の結末が、お前らみたいな対等の敵じゃなくて、何も知らず知ろうともしねぇ存在に掻っ攫われるのが気に食わなかった。何が何でも、俺があいつに一泡吹かせてやるって決めた」
「……」
「だから、やった。あの場でやったこと全部が、俺の最大の想いで願いだったんだよ」
……それを言われてしまえば。
こちらから何かを言うのは、何を言っても蛇足にしかならない。
彼は、生き抜いたのだ。褒められることはなくとも、理解されることはなくとも。
それでも、己の生を。選べなかった生まれから、自分の結末を選び取った。
であれば。やはり、何も言えない。
「……はっ、それでいい。だがせっかくだし、こっちからは最後に喋らせてもらおう」
そんなエルメスに対し、ラプラスは続けて笑いながらこう話す。
「なぁエルメス。お前は多分、今まで本当に負けたことなかったろ?」
「え……?」
「目先の勝ち負けの話じゃねぇ。多分お前は俺たちと会うまで、本当に勝つべきところでは全部勝ってきたはずだ。自分を虐げた家族も、対立してきたクソ王子やクソ貴族どもにも。一度は屈しても、最後には大層気分良く報いを受けさせてきたはずだ。そういう奴らと戦って勝てなかったことは、一度もなかったはずだ」
それは、言われてみれば。
エルメスは結果的には、自らの前に立ち塞がるものは全て打倒してきた。しっかりと戦って打ち負かしてきた。だからこそここに居るのだから。
それが……気分の良いものであったことも、きっと否定はできないだろう。
「……そうですね。その通りかもしれません」
「だよなぁ。……じゃあ、俺はどうだ?」
そんなエルメスに対し、ラプラスは。
「最初の邂逅は痛み分け。次も中断で、その後の秘匿聖堂は完全に俺の勝ち。最後の決戦も結果はクソ天使に中断させられ、その天使を撃退したのも俺が中心だ」
「!」
「は。その顔、お前自身もそう思っていたか。なら言った甲斐があったぜ」
エルメスの驚きの顔が最高の報酬とばかりに、こう締めくくって。
「分かるだろエルメス。 俺は一度も(・・・・・) 、 お前に負けなかった(・・・・・・・・・) 。
初めての、お前と明確に敵対してお前にやられなかった男だ。だから言ってやる!」
エルメスを指差し、きっと初めての言葉を、告げるのだった。
「──俺の勝ちだ。ざまぁみろ!」
その言葉は、不思議と。
何の抵抗もなく、エルメスの胸に沁みた。だからこそ、彼も笑って……同時に、微かな悔しさを滲ませて応える。
「……はい。僕の、負けです」
最後まで憎らしく。そして、最後まで敵らしく。
その在り方を貫き通したラプラスという男に、エルメスも様々な感情と、そして確かな敬意を持って言葉をかけたのだった。
◆
その後、まだ辛うじて息があるらしいラプラスはローズに、眠っているリリアーナはニィナに任せて。
エルメスは、もう一人の。話すべき人……そして、相対してやるべきことがある人のところへと向かう。誰も、反対はしなかった。
「……クロノ様」
「やぁ、エルメス君」
その人……クロノ・フォン・フェイブラッドは。
立ち上がり、エルメスと向き合い。どこか気の抜けた様子で、声をかけてきて。
「来てくれてありがとうございます。では……」
確かな礼儀を尽くした所作と共に、告げる。
「──決着を、つけましょうか」
「……」
そう言われることは、察していた。
察していたからこそ、エルメスは一度言葉に詰まる。
「……つけなくては、なりませんか」
「はい。君の気持ちも分かりますが、これは譲れません」
「ここで僕たち全員を倒せたとしても、あなたの願いは叶いません。それでもですか」
「関係ありませんよ」
エルメスも薄々分かっていて、けれど問わずにはいられないことに。
クロノも丁寧に答える。まさしく子供に諭すように、正解を知った生徒を褒めるように。
「私は、それを叶えるために全てを懸けたのです。それが私の想いであり願いなのです。だから、止まるわけにはいかない。私が目標に向けた歩みを止める時は、それすなわち私の心臓が止まる時と同義です」
──自分は目標を叶えるために進み続ける。それこそ、死ぬまで。
つまりは、殺さない限り自分は止められないぞと。
そう迷わず言ったクロノに、エルメスは顔を歪め、唇を噛んで……
「……はい。分かりました」
……それを、受け止める。受け入れるべき想いを、向き合うべき想いを受け止める。
そうしなくてはならない。他ならぬ自分が、この戦いの中でそう気づいたのだから。
彼らの想い、王国への憎悪。彼らの願い、王国の純粋な破滅。
それを、ただの戯言と。理解できないことと切り捨てることは、もうできない。そうしても不思議ではない、そう思ってもおかしくはないと。この国をこれまで見てきて理解してしまったから。
だからこそ。向き合って、乗り越えねばならないのだ。最後まで決着をつけねばならないのだ。上下も貴賎もない、対等な想いの持ち主として。
「……ありがとうございます」
そう決意したエルメスを理解したのだろう。クロノが穏やかに感謝の言葉と共に微笑んで、その上で少しだけ困ったような口調でこう告げる。
「ただ、とは言え。どうしたものかと迷ってはいます。空気の読めない天使様のせいでお互い半端に消耗し切ってしまいました、このまま仕切り直しても泥試合以外にはならないでしょう。それは何とも締まらない」
決着をつけるのは良い。が、どうやってつけたものか。
このままお互い暴れきるのは不毛だしあまりにもしょうもない、美しくなさすぎる。
もとより、結果は既に決まっている。クロノたちの願いは叶わないと決まっているのだ。故に残るは互いに納得の行く決着の付け方だけなのだが、それをどうしたものかと。
そんなクロノの問いや迷いを、エルメスも分かっていたからこそ。
「……では」
彼は、静かにこう提案する。
「僕に、任せていただけませんか」
「君に?」
「はい。この戦いの、王国の未来を懸けた想いと願いの戦いの最後に。相応しい場を整える──」
確かな決意と共に、胸に手を当てて。
「── そのための魔法を(・・・・・・・・) 、 今から創ります(・・・・・・・) 」
クロノが、軽く目を見開く。
けれど、エルメスの魔法の効果。何よりここまでやってきた彼を、一も二もなく信頼するに足ると感じたのだろう。
「……願ってもないことです。是非とも」
「ありがとうございます。では、少々お待ちを」
受け入れてくれたことに感謝を述べた後、エルメスは一度仲間達の元に戻る。
そこで事情を説明し、了承を受けた後。
まずやることは、必要な魔力の集積。これはサラの『 星の花冠(アルス・パウリナ) 』の魔銘解放を行うことで整えた。まだ若干魔力に余裕のあったローズ、ルキウスを中心として残る全員の魔力をかき集めることで、何とか必要分は集まった。
その上で、全員に見送られ。
エルメスは、クロノのもとに戻る。
「お待たせしました。では──」
「はは、特等席で見せていただけるのですか。これはありがたい」
クロノが。王国の破滅を目論んだ組織の始まりの人物が、正面で。
そして、互いの仲間が周囲で、見守る中で。
ここと同じ王都の中央から始まった、長い──長い、長い戦い。
その最後を相応しく飾る。そのための魔法を、創るべく。
エルメスは万感の想いと、ここまで得たもの全てを込めて。
息を吸い、唄う。
「──【相待せよ 傾聴せよ 是より語るは十二の秘奥】」