作品タイトル不明
167話 魔法で示せない想いもあると
ユルゲンの表情が僅かに変わった。
それを見たシータが、彼に問いかける。
「……どうかしら? 今のあなたの心が向かう先は、過去を壊すことと未来を守ること、どちら?」
「…………」
シータの期待通り、と言っても良いかもしれない。
ユルゲンが、顔を歪ませて答える。
「……揺らいでいる、と言って良いかもしれないね」
その上で、続けて。
「そして、揺らいでいる──この後に及んで揺らいでしまっている自分に対する嫌悪が凄まじいよ。だって私は、一度決めたんだ。彼らを裏切ると、その果てに殺されても恨まれても文句はない、一切を受け入れると」
なのに、自分は、と。
「自分の想いは、復讐心は。こんなにも容易く変わるものだったのかと──」
「それは逆よ」
けれど、シータはそれを否定する。
まるで、彼女を喪ってから変わってしまったユルゲンの心を、かつての姿に戻すように。
「何度でも言うわ。あなたは本来、とても優しい人。そんなあなたを復讐の道にまで進ませてしまった──この国の闇が、貴族たちが全ての原因。
まぁ、端的に言えば……あなたではなく、この国が悪いわ」
「……そんなこと言ってしまって良いのかい?」
「良いのよ。これくらい言わないと、自分でその闇を全て背負おうとしたお馬鹿さんなあなたには通じないもの」
随分な物言いだ。物腰こそ穏やかだが、先刻丁寧に『お話』すると言ったことは忘れていないらしい。
……そうして、気が付けば。
劇的な何かがあったわけではない。何か壮大な説得を受けたわけではない。
なのに──自分の中にずっと巣食っていた、黒い何かが随分と薄らいでいた。
改めて、それに対する困惑が襲ってくる。
けれど、それも見透かしたかのようにシータは。
「改めて。あなたの心を、想いを解き明かしてみましょうか。
本当は優しくて、守る気質の強いあなたが……どうしてこうなってしまったのか。この先どうするにせよ、もう一度それを思い出してみることが今は重要よ」
その言葉に導かれるまま。
ユルゲンは想起する。今の己の思いの原点……復讐の道に進んでしまった理由。
いつの間にか考えなくなっていたそれを思い返して──ああ、そうかと納得し。
思い出したその内容を、静かに語る。
「──耐えられなかったんだ」
懺悔のように、告解のように。
「私の理想が果たされないこと、ではない。実を言うと私自身に大した理想はないんだ。だから……はっきりとそれを持っている君たちに憧れた。ローズのような根本からの変革でも、シータのような地道な改善でも構わない。ただただ……何か人生を懸けられるような目的、理想を持っている君たちが羨ましくて……手伝いたいと、強く思った」
「……ええ。そうだったわね」
「──なのに、君たちはいなくなってしまった。ローズは唯一の天敵と言って良い大司教に陥れられて、何より……君は敵ですらない、ただただ愚かな貴族どもに見殺しにされた。理想も何も持たない、ただ当然のように過去の遺産を食い潰すだけの奴等に」
「……」
「じゃあ、私が継ぐしかないじゃないか。君の理想が、あんな形で中途半端に打ち切られてしまったことが許せない……いや、いいや違う、これもきっと取り繕った言い訳だ」
そうして、ユルゲンは識る。
己の本当。心の底にあった想い。
そう、そうだ。本当は──ただ、ただ単純に。
「耐えられなかったんだ」
それを、ユルゲンは改めて口に出す。
「── もう(・・) 、 君に会えないことが(・・・・・・・・・) 。
あんな形で、君に永遠に会えなくなってしまったことが。君と話す機会すら、永遠に失われてしまったことが」
だから、彼女の理想を継ぐと決めたのだ。
そうじゃないと、耐えられなかったから。せめて彼女の願ったことを自分がやり通すことで、彼女がこの世に存在した証を少しでも残したかったから。
何より……せめて理想だけでも、彼女と繋がっていたかったから。
だから、それがもう出来ないと分かった時。
自分の力ではどう足掻いても、彼女の理想を果たせないと、あの時に分かってしまったから……ああなったのだ。
(……そうか)
だとすれば、今の自分の心の状態を説明するのも簡単だ。
[シータに会えた]。自分の心の奥底を占めていた渇望が、思わぬ形で解決してしまったから。それに紐づく復讐心も、薄らいだのだ。
「…………」
納得と、理解と、自分に対する情けなさと、その他諸々の感情。
それらが入り混じった表情で、ユルゲンは再度顔を上げる。
すると、変わらず微笑みを浮かべているシータと目が合った。
それは言葉にせずとも、『想いを知ったのなら、やることはわかるでしょう?』と言っていることが、今の彼には分かって。
「……そうだね」
そう頷いて、シータに向けて一歩を踏み出そうとした──
──その時。
『救世の冥界』が、震えた。