軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

134話 成長

(──何で)

カルマは困惑していた。

生まれてから一度も感じたことのない肉体の軋み。魔法を撃つ以外の全魔力を必死の治癒に回しているのに一向に回復せず、どころか体内に入り込んだ猛毒の魔力が冷気の形となって今なお自分の体を侵略し続けている。

こんなもの、望んでいないのに。

こんなこと、あってはならないはずなのに。

(なんで、何で何で何で──ッ!!)

全てが夢だと言われた方がまだしっくりくる。自分の望み通りにいかない世界なんてあり得ない。

こんなものは嘘だ。あり得てはならない。ふざけるな。馬鹿げてる。

(嘘だ、嘘だ──)

目の前に起こることを本能が否定する。不条理だと心のどこかが叫ぶ。自分は世界を創った魔法に選ばれた存在で、全ての人間より優れているのが当たり前の存在で、ありとあらゆる人間の魔法を余すところなく回収するのが自分に与えられた義務の、はず、で──

(──…………、なんて)

けれど。

そこで、カルマは。

( そんなこと(・・・・・) 、 誰が(・・) 決めたんだ(・・・・・) ?)

その、思考に辿り着き。

同時に、自分を殺そうと迫る男たちを見る。

「──」

エルメスの、美しく透徹しつつも恐ろしいほどの信念に満ちた瞳を見た。

ルキウスの、凄まじい戦意と闘志を宿しながらもどこまでも清廉な瞳を見た。

そして、ヘルクの。

上品ではない。綺麗なものだけではない。嫉妬や劣等感、憎悪や厭悪等……未だカルマの知らない、多種多様な感情を宿しつつも。

それでも──その奥には、確かな願いを宿した瞳を見て。

(…………。人間は、こんな目をするんだ)

ふと、思った。

(…… いいなぁ(・・・・) 、 それ(・・) )

その瞬間。

生まれた瞬間から、宿っていたもの。魔法にかくあれかしと定められていたもの。

裏を返せば──魔法に縛られていたもの。呪縛とも呼べる何かが、砕けたような感覚がした。

追い詰めた。

逃げ続けた果ての必然、崖に囲まれた天然の袋小路にカルマが立つ。

詰み、のはずだ。

三人がかりであれば負ける要素は無い。無論最後まで油断は一切しないが……ここから先の逆転は不可能だと、これまでカルマを分析し続けてきた眼力と経験からエルメスは導き出す。

なのに。

理論を超越した部分、直感的なものが囁いている。

──まだ気を抜くな、と。

どうやら隣のルキウスも同様の感覚を得ているらしく、どこか緊張感を保った様子でカルマを囲みつつも見据えている。

そうして、三人が様子を伺う中……カルマが、ぽつりと告げた。

「…………あり得ないと、思っていた」

迂闊に飛びかかることはできない。それが出来る次元の相手ではない。故に必然彼の言葉に耳を傾ける三人に、カルマは続ける。

「ぼくは、どんな人間よりも優れていて。人間は魔法一つ使うのにも小難しい言葉を一々言わないといけない遥かに劣った存在で。そんな不自由な存在が簒奪して、不当に扱っている魔法をちゃんと回収して、ぼくが魔法の王様にならなくちゃいけない」

「……」

「それが当然で。それじゃないとしたら、それが覆されるとしたらあり得ない。絶対にないことで、悪い夢でしかない。だってぼくはそう在るように作られたんだから──

──って、魔法がずっと叫んでた」

エルメスが、軽く瞠目する。

彼の出自を仄めかせるような言葉は、分析に値するものだが……けれど同時に思う。本筋はきっとそこではないのだと。

「……でも、違うよね」

その、予感に違わず。

「── こっちが(・・・・) 現実で(・・・) 、 今までが(・・・・) 夢だった(・・・・) 。

だって現にぼくは痛いし、辛いし苦しい。今にも死にそうだ。……きみたちの言葉で言うなら、これこそが『生きてる』ってことなのかな」

「……それは」

「これを否定して、死んじゃったらどうしようもない。ならこれはきっと、乗り越えるべきものだ。ぼくの 身体(魔法) に頼らず、ぼく自身が考えた知恵と工夫で、苦難を跳ね除けなきゃいけないんだ……きみたちと、同じように」

そうして、カルマが顔を上げる。

彼の美しい容貌はそのままだが……決定的に違うのは、その瞳。

今までの、どこか無機質な光ではない。確かな意志と、願いを宿した……敢えて言うならば、人間しか浮かべないような、光があった。

……全てを、理解したわけではない。

けれど、大まかには悟った。彼に起きた何かを。

今までのカルマは、まさしく子供だった。与えられた力に酔って、それを阻めるものが誰もいないが故に全能感に支配されて、そこから派生する周囲全ての嘲弄と憐憫を一切隠そうともしていなかった。

全ての人間を滅ぼし、全ての魔法をその身に宿すという──彼の言葉を借りるならば『魔法に言われた』ことを。彼を創った魔法自体の意志と呼べるようなものに導かれるがまま、恐らくはそうである自覚すらないままに。

けれど、エルメスたちの力によってその万能幻想は破られ。自分の力だけでは、与えられた肉体に頼るだけでは勝てない状況に陥った。

その果てに。それでもなお与えられたものだけに縋るのではなく、現実をどこまでも認めないわけでもなく。

──自分の意志で、自らの心で。これを打開しなければならないと悟り、そうするのだと決意した。苦しくとも、目的のために進むと決めた。

そう進化した──否、この表現はきっと適切ではない。

そのように『成長』したのだ。無邪気で傲慢な幼子ではなく、道理と挑戦の価値を理解した少年へと。

であれば、当然油断など一切できるわけでもない。

この少年は、今までで一番──まず間違いなく、この国に蔓延る多くの貴族たちなど遥かに超えて。

真の意味で、『手強い』相手だ。

「 人間(きみ) たちのことは、嫌いだよ。ぼくだって魔物だ、そこにまで無理に逆らおうとは思わない。……けど」

覚悟を決め、集中を深めるエルメスたちの前で。カルマは静かな言葉と視線で、三人を順番に射抜き。

「同時に、きみたちのように。叶わない苦難にも挑んで乗り超えるやり方に憧れる。

……いいんだよね。別に、嫌いなことと尊敬することは一緒になっても」

「……ええ、その通りです」

自然と。敬意と共に肯定の言葉が溢れていた。

カルマが憧れた在り方は、彼の根幹を成すもので。同時に、きっとこの国のこれからに最も必要なものだったから。

エルメスの返答を聞いたカルマは、笑う。傲慢さも嘲弄も一切ない、自然と溢れた澄み切ったものに。

「分かった。じゃあ……きみたちを倣って、ぼくもなりふり構わずにいこうか」

その言葉と共に、カルマが手を上げ。

瞬間──エルメスたちの背後の地面が大幅に盛り上がり。

そこから現れるのは、硬い鱗と凶悪な顎を持った二体の巨大な魔物。

「地竜──」

「竜種か。何かあるだろうとは思っていたが、未だあの戦場でこんなものを隠し持っていたとは……」

ここまでの逃走にも、しっかりと意味はあったというわけだ

「いちばん面倒なところにけしかけて、きみたちを絶望させようかなって隠しておいたものだけど。不思議なところで役に立った。

……まぁ、きみたちに──とくにそこ二人にどれほど通用するかはわからないけど……『今の』きみたちなら、足止めくらいは出来るかなって」

全くもってその通り。

エルメスとルキウスの実力なら、たとえ竜種が相手であろうと勝利は容易い。

だが……今の彼らは、カルマの一撃を受けて共に満身創痍。仮にも魔物の頂点クラスが相手となると、容易に片手間で打倒するとはいかない。

どうするか、とルキウスと揃って考えていたが……

「竜種の相手をしろ、二人とも。それだけで良い」

ここで。これまで静かに成り行きを見守っていた青年が、声を上げる。

「ヘルク、殿下」

「大丈夫なのですか? 御言葉ですが、今の奴を相手では殿下も……」

「百も承知だ。僕一人で勝てる保証は無い、故にできる限り早く片付けろ」

エルメスとルキウスの言葉には素直に頷き、勝利のための最善は求めつつ。

だが、とヘルクは続ける。

「……ただの魔物であれば。考えも意志もない獣であれば、確実に勝利することだけを優先した」

「……」

「だが、こいつはもう違うんだろう。確かな意志を持った敵手なのだろう。

であれば、戦い方にも礼儀がある。……この状況で一騎討ちを挑まれて、この期に及んで逃げるような王族に、価値など無いと思うが」

その言葉には。

一つの道理と価値があると、両者ともに認めた。

「分かりました」「では、ご武運を」

元より、この戦いでの大事な場面は彼に任せる。彼に勝利を捧げるために動くと決めている。ならばヘルク自身が決めたのならば、これ以上に言うことはあるまい。

そう判断して二人は背を向け、言われた通り竜種の相手に集中する。

残された二人の間に、しばしの沈黙が流れた後。

「こういうときは、確かお互いに名乗り合うところから始めるんだったよね」

口火を切ったのはカルマ。向こうの戦いでエルメスたちが負けることはあり得ない以上、時間は彼に不利に働くはずだが。

それは百も承知の上で、敢えて。──ある種ここまでで一番、人間らしく。

「ぼくの名前はカルマ。

世界の根幹を成す魔法から生まれた、魔物の王にして魔法の王であれと定められたもの。

けれどきみたちに憧れ、きみたちから学び、そして──君達を、超えるものだ」

即席で創り上げた口上にしては、随分と様になっているものだ。

であれば、王族として。元より名誉から生まれている存在としては、応えないわけにはいかないだろう。

「ユースティア王国第一王子、ヘルク・ヨーゼフ・フォン・ユースティア。

──生涯を掛けて、貴様を打倒する者だ」

軋む体に鞭打っての、堂々たる名乗り。

それを受けたカルマは、微笑んで。

「うん。……今は素直に、それを嬉しいって思えるよ」

「そうか。こちらは貴様に感情など無い。いや……ありすぎて、もう今となっては一周回ってしまったとも」

お互いの、最後の想いの交換。

それを締めにして、双方が合わせて魔力を高め、息を吸い。

「血統魔法──『 白凪の大蛇(エリヴァ・ガルダ) 』」

「──【目覚めよ】」

この戦いにおける、最古にして最大の因縁の。最後の戦いが始まった。