軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87話 家族と、過去と

……力が欲しかった。

期待に応えられるだけの力が。理不尽をねじ伏せられるだけの力が。ただただ、欲しかった。

そのために頑張った。やりたくないこともやった。苦しいことにも耐え抜いた。

それもこれも、全部。お母様に──

「……ぉ……かぁ、さま……」

なのに、どうして。

そんなことを、まさしくその母親に首を締め上げられながら。第二王女ライラは考える。

頭に回らない空気。徐々に靄がかかっていく思考を埋めるのは、困惑と、後悔と──行き場のない、絶望。

(……どう、して……)

母の顔を見る。微かに自分の面影を残す美しい容貌の一点。特徴的な昏い瞳には……最早、自分の姿など欠片も映っておらず。

『あの子に育ってくれないなら、あなただって何の価値も無いのよ!』

……母の本音も、自分に対する扱いも。たった今、聞き間違えようもないほどにはっきりと耳にしてしまって。

(……そん、な)

絶望に苛まれて、何かの間違いだと思おうとして、でも何処にも否定する材料がなくて。

訳が分からず、何をしていいのかも分からず、混乱のままいよいよ意識が薄れかけた──その時だった。

「──お姉様……?」

──聞こえるはずのない、声が聞こえた。

オルテシアも驚いたのか、首を締め上げる力が薄れる。それで辛うじて首を動かすだけの力が戻ったライラは、精一杯の力を振り絞って首を傾け……目を見開く。

「……なんで、あなたが、ここに」

そこに居たのは声に違わない、よく知る妹の姿。

リリアーナ・ヨーゼフ・フォン・ユースティアが、息を切らせながらの困惑の表情で立ちすくんでいるのだった。

「ええと、お姉様がいなくなって、追いかけなければと思って……それで、お姉様の位置は魔力感知だと分からなかったけれど、何かすごい魔力が──そう、そこの魔道具の魔力はどうしてか分かって、勝手に足が動いて気がついたらここに……って!」

律儀と言うべきか、それとも混乱が先に立っているのか。リリアーナはとりあえず反射的にライラの問いに答えようとする。

本人自身無自覚で、まるで 無意識の(・・・・) うちに(・・・) ここに(・・・) 引き寄せ(・・・・) られた(・・・) かの(・・) ような(・・・) 物言いだが……今はそれを気にしている場合ではないと、そこでようやく気付いたのだろう。

「それどころではありませんわ……! ッ、何をしているのですか、オルテシアお義母様! 実の娘にどうしてそんな──とにかくっ、まずは手を離してくださいまし!」

ライラの首根っこを掴んで吊り上げているオルテシアに向かって、怒りと焦りのままに食ってかかった。

……そして、それを受けたオルテシアは。

「…………」

──ぱっ、と。

腕の力を緩め、ようやくライラが解放された。

「っ!? ぐ──ごほっ、ッ……お母、様……!」

地面に崩れ落ちて激しく咳き込みつつ、ライラは困惑と共に母を呼ぶ。

何故なら……今のオルテシアの行動は。一見するとリリアーナの言葉に大人しく従って手を離したように見える。

が、当然そんな訳がない。今のオルテシアが、彼女の言うことを素直に聞くなどどう考えてもあり得ない。

故に──離したのは、リリアーナに言われたからではなく、別の理由があるということ。その理由も間違いなく、『排除すべき対象』が変わっただけの話で……

「…………腹立たしいわね」

予感に違わず。

底冷えする声で、オルテシアがリリアーナを睨みつけて言葉を吐く。

「なんでここが分かったかは知らないけど……ええ。ずっと、ずうっと貴女のことは腹立たしく思っていたのよ。……あの子と同じ瞳の色で、あの子と同じ髪の色で、小さいあの子に憎たらしいほどに似た顔立ちで──

──出しゃばって、くるんじゃないわよ。魔法の才能だけ、似ても似つかなかった分際で!!」

「っ!」

ごうっ、と。

感情の昂りに合わせて、オルテシアの全身から桁違いの魔力が迸り、リリアーナがその圧に思わず顔を庇う。

「馬鹿ねぇ、こんな敵しかいない場所にのこのこと出てきて。あいつらとの契約では貴女をどうこうしろとは言われなかった。じゃあ、つまり──

──今、この場所で。踏み潰しても、良いってことよね?」

「──!」

紛れもない、殺気を向けられて。

リリアーナが身構える。それもそうだろう、彼女にしてはライラを追いかけてきただけなので、状況も知るはずがなく。いきなりこんな訳もわからない強大な人間に殺意を向けられるだなんて到底想定できなかったはずだ。

だから、リリアーナにとってはこの状況、間違いなく恐怖に震えるべき場面で。逃げることか、自分の身を守ることしか考えられなくなる場面のはずで──

──なのに。

「……お姉、様……」

なんで、あなたは。

自分のことより。

──私に。そんな、心配そうな目を、向けるの。

ぐちゃぐちゃになる思考。頼りにしていたものが無くなって、信じていたか細い希望も消えかけて。何が正しいのか、分からなくなって──

「──ああ、そうだ」

そんな、彼女に追い討ちをかけるかのように。オルテシアが笑顔で……不自然なほどに綺麗な笑顔で、ぐるりとこちらを向いて。

「憎たらしいリリアーナ、ただ殺すだけじゃあ満足できないわよね。リリアーナはこの子に随分と懐いていたみたいだし……ええ、そうだわ」

懐から、クロスボウのような魔道具を取り出し、ライラに近寄ると、手渡して。

告げる。

「ライラ。あなたが、リリアーナを殺しなさい」

「──」

呆けるライラ。しかしそんな彼女の反応など、まるで意に解さないかの如く。

「大丈夫よ、リリアーナの戦い方のデータは知ってる。あの小娘ができるのは広域強化魔法と、ちょっとした『魔法』による攻撃の捻じ曲げだけ。

つまり──魔道具の攻撃には完全に無力なの」

オルテシアが、語る。

「その魔道具は、教会に秘蔵される中では最上位の対人攻撃力を誇る。あなたでも、弦を引くだけで簡単に人なんて殺せるわ」

「なんで、私に……」

「え? だって──リリアーナは敵でしょう?」

当然のことのように。

当然であるはずのことが、ライラの耳に入ってくる……のに。

「ああ。でも、どうせこの後は王位継承争いも滅茶苦茶になるし、もう敵味方なんて関係はないわね。そう考えると、あなたがリリアーナを積極的に殺す理由は薄いか。

そうね……じゃあ、こうしましょう」

そして。

惑うライラに、オルテシアは顔を近づけると。

「── ここで(・・・) リリアーナを(・・・・・・) 殺せたら(・・・・) 、 ちゃんと(・・・・) 貴女と(・・・) 仲良く(・・・) して(・・) あげる(・・・) 」

──毒を注ぎ込むように、告げる。

「っ、あ……」

「知っていたわよ、貴女が私に認められたがっていたことは。……そうね、一応は私のために頑張ってくれた子を、適当に切り捨てるのはよくないわね。反省したわ」

母親に、自分を見て欲しい。自分を認めて、話してほしい。

……ライラが、心から望んでいたはずのことを。このタイミングで、オルテシアは囁いてくる。

「私ね、今は気分が良いの。ようやく煩わしく腹立たしい業務から解放されて、あの子を探すことに全力を注げるんだから。

ええ……今まで通り私の役に立ってくれるのなら、今までと同じく貴女だけは傍に置いてあげる。娘だものね。──幸い、貴女はあの子と全然似ていないもの、見て腹立たしく思うこともないわ」

……ああ、それは。

確かに、自分が夢見ていた光景のはずで。

──だから、こんなにも体が震えるのは、喜びが理由であるはずで。

「……う、あ」

「? どうしてそんなに躊躇うの? 貴女にとって悪いことなんて一つもないじゃない。だって──」

それでも、何故か体が動かないライラに、オルテシアは止めを刺すようにこう話す。

「貴女はもう……リリアーナが嫌いのはずでしょう?」

「……それ、は」

「分かるわよ、母親だもの。貴女は私以外の、自分より力を持った存在が嫌いで。リリアーナを今まで邪険にしなかったのは自分より圧倒的に弱かったから。力をつけた以上、リリアーナはもう貴女にとって邪魔でしかない、排除するのになんの躊躇いもない」

……なんで。

この人は、こんなにも。どうしようもないくらい自分を分かっていると、こんなタイミングで、言ってくれるのだろう。

「だから、ほら」

ぐっ、とオルテシアがライラに魔道具を握らせ。

「殺しなさい、憎たらしいだけの腹違いの妹を。何の勘違いか貴女には懐いていたリリアーナを、その貴女自身の手で殺してあげるの。

きっと……とてもとても胸の空くような、絶望の顔が見られるわよ?」

最後に一つ、耳元でそう囁かれて。

ライラは顔を上げて、震える手で魔道具を──リリアーナの方へと向ける。

「……」

きりきりと。

弓弦が上がっていく。この手を離せば、勢いのまま射出された魔法の矢が速やかにリリアーナの眉間を貫いてこの小さな少女を絶命させるだろう。

「……死ぬわよ、リリィ」

「っ……」

「嫌なら……嫌なら、逃げなさいよ。どうせお母様が逃さないでしょうけど、それでも抵抗くらいしたらどうなの、ねぇ」

魔道具の照準を突きつけられているにも拘らず、一向に動こうとしないリリアーナに。自分でもどうしてか分からないまま、ライラが呟く。それを聞き遂げたリリアーナは──一つ息を吸って。

「……わたくしは、王様になりますわ。今では、自分の意志でなりたいと思っています」

「……」

「そのためには、足掻くべきなのでしょうね。……でも……」

でも、最初は。そう自らの意志で決められなかった、本当に最初。

玉座を取り戻す決意を固めた、始まりの想いは。

「……仲直りをしたかったんですの」

「──え」

「お兄様と、お姉様と。本当の始まりに戦う覚悟を決めたのは、その想いがあったからで。

だから……こんなことを思うのは、玉座を目指すものとして失格なのでしょうけれど。それが叶わないのならば、どうあってももう一度一緒に笑うことができないのならば」

リリアーナは……王家の末っ子は、泣きそうな顔で笑って。

「いっそ……お姉様になら殺されてもいいかなって、思ってしまうんですの」

「──!」

その言葉を聞き遂げると。

ライラは、一つ奥歯を噛み締めて。魔道具の弦に、最後の力を込め──

……力が欲しかった。

きっと自分たち、今代の王家は最初から何処かが破綻していた。

父親は分不相応な王様の役職を押し付けられ、それにかかりきりで子供達に目を向ける余裕なんてなく。

姉はその余波を受けて力関係を維持する為に他国に嫁がされ、兄は第一王子の重圧でいつも余裕がなく。

弟は力を持ちすぎて生まれたために誰にも止められない怪物と化し、妹は力を持たなさすぎたが故にいないものとして扱うことを強制された。

力が欲しかった。

力があれば──

父親の負担をもう少し減らしてあげられたかもしれない。

姉にも選択の余地をあげられたかもしれない、兄の重圧も多少は肩代わりできたかもしれない。

弟が歪み切る前に止められてあげられたかもしれない、妹が理不尽な扱いを受けることにも抵抗できたかもしれない。

力が、欲しかった。

力があれば、母親にもっと見てもらえるかもしれなかった……だけでなく。

私にもっと、力があれば。

これ以上──家族が引き裂かれるのを、見ずに済むんじゃないかって、思ったんだ。

「…………なんでよ……」

からん、と乾いた音が響いた。

ライラの足元に転がるクロスボウの魔道具。装填された魔法の矢が、誰も傷つけることなく空気に溶けて消える。

「なんで、継承争いに出てきたの。どうして大人しく引きこもっててくれなかったの。敵対するしかなくなるじゃない、嫌いだと思わないとやってられなくなるじゃない……!」

だらりと、構えた腕を下げて。滲む視界で妹を睨む。

「頑張ったのに。私が全部何とかするしかないって決めたのに。なんで危ない目に自分から遭おうとするの。だから……なんでッ」

撃てなかった。

力を手に入れる為ならなんだってするって決めても、それだけは出来なかった。

だって。

「なんで、なんでこうなるのよ。私は、私はただ──!」

だって、彼女は、ただ。

「──家族を、取り戻したかっただけなのに。

なのになんで、こうなっちゃうのよ。あなたを撃てるわけなんて、ないわよぉ……!」

ただ、そのためだけに、自分の全てを使いたいと願った。

『普通の家族』に憧れた、一人の少女に過ぎなかったのだから。

そして。

「──あっそ。くだらないわね」

そんな少女の慟哭など、この教皇には何一つ響くはずがなく。

オルテシアが冷え切った表情で、素早く魔道具を取り上げると。

「じゃあ、貴女はもういいわ。さよなら」

「ッ! お姉様──!」

微塵の躊躇もなく、それを娘に向ける。

今辿り着いたばかりの彼女にとってはあまりに予想外の非道に、リリアーナも咄嗟に反応して手を伸ばすが間に合うはずもなく。目の前で、ライラの命が無慈悲に奪われようとした──その直前だった。

「────」

ぴたりと、オルテシアの動きが止まった。

「──!?」

困惑しつつもその機会を見逃さず。リリアーナはライラに抱きついて、魔道具の照準から外れる。

そのまま地面を抱きしめたまま転がって、止まった瞬間に起き上がりオルテシアの方に目線を向けるが──

「…………まさ、か」

しかしオルテシアは、その場から動かず。自分達から目線を外して……否、自分達のことなど既に一切の興味を無くしたかのように。

ただただ、呆然と呟いて。自分達がやってきた方向を見据えていた。

──まるで、その先で何かを感知したかのように。

そんな推測に、リリアーナがたどり着いた瞬間。

「!!」

どうっ、と一挙に地を蹴って。

オルテシアは一目散に、たった今眺めていた方向に向けて、凄まじい勢いで駆け出した。

「………………え」

あっという間にオルテシアの姿が消え、足音もしなくなり。

嘘のような静寂に包まれた秘匿聖堂最深部に……困惑するリリアーナと、彼女の腕の中のライラだけが、残されるのだった。

同刻。

「……おい、待て。そいつは聞いてねぇぞ」

ラプラスも、この場に迫りつつある莫大な魔力を感知したのだろう。今までにない焦りの表情で、即座に魔法を発動し。

「どういうことだ、『そいつ』だけは絶対に来ないようにするって話だったじゃねぇかよトラーキア──くそッ!」

最早一瞬の猶予もないとばかりに、その魔法でエルメスをニィナごと仕留めようとするが──

──その推測通り。

一瞬だけ、遅かった。

轟音と衝撃。

迷宮入口方面の壁面が立て続けに破壊され、勢いよく飛び出してくる影。その影が、間髪入れずにこちらに目線を向け。

「『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』──」

手を掲げ、その魔法使いの代名詞となった詠唱を。

「──【 朔天(インヴェルシオン) 】」

聞いたことのない特殊な追加詠唱と共に告げたその瞬間。

彼女の手から── 横殴りの(・・・・) 光の雨が(・・・・) 、 一斉に(・・・) 発射(・・) された(・・・) 。

「は──ッッ!?」

さしものラプラスも、その聞いていた情報を圧倒的に覆す理不尽の魔法には対応しきれない。

黒壁の展開も間に合わず──違う、 魔銘解放(リベラシオン) の効果で間に合いはしたが容易くあっという間に破壊されて。

光線が直撃。冗談のような速度で吹き飛び、反対側の迷宮の壁に力強く叩きつけられた。

そして、それを成した──この国で最強の魔法使いは。

「んー、流石に 天空誤認術式(・・・・・・) にリソース持ってかれる分まだ細かい制御が甘いな。思ったより威力出ちまったが……まぁいっか。今の光景みりゃ分かる、お前ら全員あたし基準で大罪人決定だ」

薄暗い迷宮の中でもなお色褪せない、豪奢な赤の長髪を靡かせて。それとは対照的に理知的な碧眼が、不機嫌そうな眼光を湛えて男たちを睨みつける。

「おい、そこの性格悪そうな灰髪の男。どうせダメージ食らってないだろ、紙一重でもう一枚結界挟んだのしっかり見たぞ。やられた振りで不意打ちなんて 狡(こす) いことしないで起き上がってこい、もっかい魔法ぶち込んでやるから」

「……くそ」

眼光に射すくめられ、一連の攻防も狙いもしっかりと見切られて、冷や汗を流しながら立ち上がるラプラス。それを含めて眼下の光景を再度睥睨すると。

「……んで、何やってんだお前ら? 因縁清算の機会と思ってやってきてみりゃ、うちの可愛い可愛い一番弟子をボコってるときたもんだ。ただでさえ良くない気分だったのが最悪に落ち込んだぞおい」

冗談抜きで、彼女の機嫌でこの場の趨勢が左右される。

そうとしか思えない圧倒的な威圧と共に言い放つ。

「──と、ゆーわけで」

かくして……半隠居生活をしていたにも拘らず、どうやってかこの場に駆けつけた。この場を単騎でひっくり返し得る唯一の魔法使いにして、エルメスの師。

『空の魔女』、ローゼリア・キルシュ・フォン・ユースティアは。

その形良い唇から──敵意に満ちた言葉を、紡ぐのだった。

「憂さ晴らしにこれからボコるぞ、クソ野郎ども。文句は言うなよ?」