軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

86話 不意

……なんとなく、こうなる予感はしていた。

多分、早いうちに勘づいてはいたんだと思う。彼の思想と、それに付随する歪み。彼が無意識のうちに目を逸らしてしまっていたものに。

何故なら。『悪い想いから生まれた魔法でも、善い使い方はできる』──この考えを、真っ先に聞いたのは自分だったから。

昔から、勘は良い方だった。彼がその矛盾を……最悪の形で突かれたら、あの強固な雰囲気を持っているようでありながら、不自然に脆いところもある少年は。下手をすると危うい方向に転びかねないとも、なんとなく察していた。

……まぁ。流石にここまでだとは、予想できなかったけれど。

でも、だから。

もしそうなった場合は、自分がなんとかしなければならないと思ったのだ。

だって。どんなに理想論でも、矛盾だらけでも、たとえ間違っていたとしても。

──それに一番救われたのは、自分だって確信していたから。

「勧誘だ。俺たちのとこに来い、エルメス」

呆けたエルメスの前に、ラプラスの声が響く。

「勧、誘……?」

「ああ。言っとくが拒否権はないと思っときな。断ったら殺すだけだし、それに」

さらりと決定事項を告げたのち、ラプラスはかがみ込むと。

「お前には素質がある。だって──」

笑って、告げる。

「── 使えただろ(・・・・・) ? 俺の魔法。

悪意によって生まれ、悪意を以て使うしかない魔法を、この上なく正確に、強力に」

「!」

「なぁ、どう思ったよ。この国の底の底を見て、その上でその魔法を発動して。目に映る不快なもの全てを拒絶して否定して、徹底的に排除した瞬間の気分は。

── 最高に(・・・) 、 気持ちよかったよなぁ(・・・・・・・・・・) ?」

暴いていく。

彼の矛盾を、彼がこれまで目を逸らし続けていたものを。

執拗に暴き立て、目の前に突きつけて。価値観の全てを、破壊しにかかる。

「察するに、お前はただ『知らない』だけなんだ。

……でも、目を逸らしてきただけで見てはきたはずなんだよ。この国に関わっているなら、大なり小なり王国のどうしようもない部分は、何度も目の当たりにしてきたはずだ」

思い出す。

傲慢で、あらゆる考えが破綻していた王子様を。その魔法と立場だけを盲信して馬鹿みたいに持ち上げていた連中のことを。

弱い立場の人間を、弱い魔法の人間を。人間として扱わないことになんの違和感も抱かなかった学園の大人たちを。

弱いままに慣れきった人たちを。強いことで全てを許され傲慢が極まった人たちを。

地を這う事を強制された弱者を。虚栄ばかりを追い求める強者を。

……この国の、全ての構造を。

「認めろよ。悪感情でも魔法は作れるし、そういう魔法はそういう感情のままに振るうのが正しいんだ。

そして──『全部壊したい』って感情も、俺ら側の想いも、お前は確かに持ってる。どころか……お前の本音はむしろそっち側だろ。だって──」

そして、一息。

「──お前、さっきの魔法を使ってる時が一番強かった。

つまりそういうことだ。……本当に魔法を神聖視するつもりなら、その一点は無視できねぇよなぁ」

「っ……」

ぐるぐると。

脳が回る。ぐちゃぐちゃになった思考のピースをかき集めて、反論を組み上げようとするが全くうまくいかない。

だって……正しいと。目の前の男が言っていることはどうしようもなく正しいと、ここまでの経験を経た今ならば理解できてしまっているから。

「だから、来い。理解できないなら、共感できないなら、きっちりできるようになるまで悪意を教えてやる。

多分、お前は悪党の素質があるよ。必要なもの以外をどうでもいいって切り捨てることに割と躊躇しないたちだろ? なら、お前はこっち向きだ」

自分の性質を、的確に言い当てられて。いよいよ息が詰まるエルメスに向かって……ラプラスは、とどめを指すように。

「その上で、お仲間の事を今案じているなら。……とびきりの言い訳をやろう」

これまでで最大に、笑みを深めて言い放った。

「── お前が来るなら(・・・・・・・) 、 お前以外は(・・・・・) 殺さず(・・・) 見逃して(・・・・) やる(・・) 」

「──!」

「嘘じゃないぞ? 俺は認めた人間には嘘はつかん主義だってなんとなく分かってるだろ。それに……ぶっちゃけるとお前をこっちに引き入れた時点でもう第三王女派はおしまいだ、わざわざここで殺すまでもない程度に成り下がる。

だから、ほら。お仲間が大事なら、受けろよ」

……まさしく、とびきりの言い訳だ。

カティアたちが大事ならば、ここで殺されたくはないのならば。

エルメスがここで頷いて、ラプラスたちの元に行くより他に道はない。

表面上だけ頷いて見逃してもらい──なんて甘い想像はしない方が良いだろう。

ここでエルメスが首を縦に振ったら、ラプラスは宣言通り教え込むのだろう。エルメスに、先ほど一つ見ただけでもどうしようもなく拒絶意思に支配されたこの国の汚濁を、幾つも見せてエルメスの考えを変えさせようとするだろう。

そして── 自分は多分(・・・・・) 、 それに(・・・) 染まって(・・・・) しまう(・・・) 。

幼い頃に感情が一度破壊され、そこから再構築を試みた自分……つまり言い換えれば、擬似的には五歳児程度の情緒発達しかしていない自分は、多分容易くそういう思想にも染まりうる存在であると。

この秘匿聖堂での経験を経て、我がことながら理解してしまっていたのだ。

(……でも)

だからと言って、どうすれば良いのだ。

彼我の戦力差は圧倒的、もはや抵抗の手立てはどこにもなく、エルメスが提案を受けるかこの場で皆殺しにされるかの二択しかない。

……何より。

ラプラスの提案を嫌だ──と、言い切れない自分がいるのも、確かで。

(……なら、もう)

仕方ない。

それ以外に道がないなら、仕方ない。

仲間たちを助けるためなんだから、仕方ない。

そして──自分自身、どうしようもなくその道に惹かれてしまっているから、仕方ない。

ラプラスたちの方へ、一歩を踏み出す。

「エル──!」

「エルメスさん……っ!」

カティアとサラが悲痛に叫ぶが、どうしようもできない。

カティアはユルゲンに、サラはクロノにやられろくに動けないし。

加えて……仮に体が動いたとしても、エルメス自身が向こうに行くことを望んでしまっている以上、止めようがない。だって、今のエルメスを『力ずく』で止めることなんて、たとえルキウスであったとしても不可能で。

もしそうしようとしたとしても、エルメスはその手を振り払うだろう。……他ならぬ、自分達を守るために。

故に、誰一人。エルメスを止めることができず。

遂に、エルメスが向こうに辿り着く、致命的な一歩を踏み出そうとした、その瞬間。

「──や」

直前まで、気配を消して。

いつの間にか、この場から消えていた二人の少女。そのうちの片方、消えていたと思わせ潜んでいた少女。

ニィナ・フォン・フロダイトが、唐突に。エルメスの前に現れた。

「──え」

「ダメだよ、エル君」

あまりにも予想外の登場に、その場の全員が虚を突かれる中。

ニィナはいつも通り飄々と──しかしどこか覚悟を決めた瞳で。

「そっちに行っちゃ、ダメ。キミの想いは……ううん、キミの想いなんて関係ない。キミの理念も、考えも、現状も、何もかもどうでもいい」

静かに呟くと、見事な身のこなしで距離を詰めて。

「──ただ。ボクが、キミにそうなって欲しくない。だから身勝手に、強引に、好き勝手に。思想も理念も何もなく、ただキミに恋をする女の子として」

困惑するエルメスの一瞬の隙をついて、懐に潜り込んだ上で抱きついて両手を首に絡めると、そのまま──

「……力ずくで、キミを止めちゃうから」

──エルメスの唇に、自身の唇を重ねてきた。

『──────』

時が止まった。

ほぼ全員が、行動の意味が分からず思考が空白になる中。

ニィナと……エルメスだけが、その意味を理解した。

「 動かないでね(・・・・・・) 」

唇を離したニィナが、至近距離で囁く。

「ていうか、動けないよね? ……ちゃんとかかってくれてるね。良かったぁ」

いつかの日、どこかの教室の中で。彼女が呟いたことと同じ言葉を、なぞるように告げる。

そして、エルメスの状態も。その日と同じ……否、その日以上に。

完璧に、完全に、完膚なきまでに──彼女に、魅了されてしまっていた。

「『悪い想いから生まれた魔法でも、善い使い方はできる』。……今のキミがどう思っていようと、ボクはその言葉と、それを信じたキミの行動に救ってもらったよ」

今のエルメスを強引に止めようとしても、彼自身が彼女たちを守るために抵抗する。

「だから、今度はボクがそれを示す番」

だから……そうするエルメスの抵抗ごと、彼女は封じた。今までやっていなかった、エルメスに対して完全に魅了をかけるという手段によって。

エルメスの『天敵』である彼女だけが、今のエルメスを止められた。

「ほら。ボクの『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』みたいなひどい魔法でも。道を踏み外すキミを止めるっていう、素敵な使い方ができるんだ。

……だから、信じてよ。──キミの信じた想いだって、間違ってはいないんだって」

囁かれた、その言葉が。ぐちゃぐちゃになったエルメスの心の、何処かに響いて。

そこで、エルメスに魅了が回りきり。抵抗が一切できなくなって、ニィナに抱き止められた。

そして。

「流石に見過ごせねぇなァ」

同時に、衝撃。ラプラスに蹴り飛ばされ、ニィナと共にその場から吹き飛ばされる。

「見逃してた俺らも悪いが、余計なことしてくれたなぁフロダイトの妹。『自分から裏切らせた』なら本気で寝返らせられる見込みもあったが、流石にこうなっちゃあまとめて叩き潰す以外の道はねぇ……ていうか」

エルメスを庇うようにするニィナの前で、つまらなさそうな顔を浮かべたラプラスが告げる。

「……読めなかったことは褒めるが、マジで何考えてんだお前? 少なくとも見過ごせば自分は生き残れたのに止めるなんざ……自殺志願者か? それともなんだ、この場からどうこうする手立てはあるのか?」

もっともな指摘。それを受けたニィナは、

「……いやーまあ、確かにぶっちゃけエル君を止めることしか考えてなくて、ここから先はノープラン。とにかくエル君だけでも逃すように粘るしかないかなぁーと」

冷や汗を流しつつも──不敵に笑って。

「思ってたよ、さっきまでは」

「!」

気配の変化。ただならぬ雰囲気を察して眉を顰めるラプラスの前で。

「ラプラスさん。貴方は知らないだろうけど、ボクね──」

ニィナは、守るようにエルメスを抱き止めつつ。精一杯の虚勢と……一つの確信を持って、こう、言葉を紡いだ。

「──魔力感知能力だけは、エル君より上なんだ」

そう呟いた瞬間。

遥か遠く──ニィナだけが辛うじてつい先刻から感知できていた、莫大な魔力の持ち主が。凄まじい速度でこちらに近づいてきて。

迷宮を、轟音が包んだ。