作品タイトル不明
59話 議論
教会。
ユースティア王国、唯一にして最大の宗教組織。
成立は古い。王国の創成とほとんど変わらない時期からその歴史は始まっているとされ、長い年月で積み重ねてきたものや権力は極めて大きい。
それこそ王家にも引けを取らない──ことは、このようにリリアーナ、王族を『呼び出しができる』ということからも明らかだろう。
そんな教会が、このタイミングで自分たちを呼び出した理由は──
「単純に、目をつけられたんだろうね」
教会の、大まかな組織構成を共有したのち。
ユルゲンが、説明を再開した。
「大司教ヨハンの起こした北部反乱が、向こうの独断だったのか教会の総意だったのかは分からない。けれど過程はどうあれ、それが失敗するとは思っていなかったはずだ。それを阻止した我々への注目は否応なしに高まる。加えて──」
そこで一旦言葉を区切ると、ユルゲンは改めて──エルメスとリリアーナに目を向けて。
「それを成した、リリアーナ殿下とエルメス君……と言うより、具体的にはその『魔法』は、どう足掻いても無視できないもののはずだ。何故なら……」
「……教会は。徹底的に血統魔法を、『星神から賜ったもの』と定義しているから」
「その通り」
エルメスの補足に、異論なく頷いて同意する。
『教会』が主張する事柄は数あるし、その中には長い年月をかけて主張が変わったり正反対に解釈されたりしているものも多い。
──だが。血統魔法……と言うより、『魔法』に対する考え方だけは、長い歴史の中でも驚くほどに一貫しているとのことだ。
「血統魔法を含んだ、魔法の全ては星神からの賜りものであり。それを理解しないもの、認めようとしないものは執拗なまでに異端として弾圧する」
「……」「……だよね」
「当然、魔法の『研究』なんてもってのほか。過去には、王国の発展のためにそういう動きがあったところを── 地域(・・) 丸ごと(・・・) 焼き払った(・・・・・) 、なんて話もあるくらいでね」
「な……!」「ッ!」
「加えて、血統魔法の『内容』で差別を行う傾向も強い。……かつてカティアが『 救世の冥界(ソテイラ・トリウィア) 』を発現した頃、それを悍ましい魔法と決めつけたのも……元と言えば教会の審問官が始まりだ」
「なるほど……」
アルバートとニィナ、カティアとサラ、そしてエルメス。
子供たちが、次々と語られる教会の所業に様々な反応を見せる。
絶句、驚愕、沈黙、納得……共通しているのは、決して正の印象は抱いていないということだけ。
そして、そうやって語られる内容から察するに──と考えたエルメスに合わせるように、ユルゲンが再び口を開く。
「そう。そんな教会にとって……エルメス君やリリアーナ殿下の魔法、創成魔法は。
──『何があっても許したくないもの』のはずなんだ」
そんな考えを持つ大組織からの、ここでの呼び出し。
それはつまり──
「敢えてはっきり言うよ。……間違いなく、穏便な事態にはならないだろう」
呼び出して、どうするつもりなのかも分からない。極論、創成魔法を使えるエルメスとリリアーナを『始末』してなかったことにすることだって考えられる。まさしく虎の穴、蠱毒の壺に飛び込むに等しいことだ。故に──
「だから……『呼び出しを受けない』という選択肢もありだ」
「!」
これも、エルメスの思考に合わせるようにユルゲンは告げた。
「極論、教会は無視するという手段も取れる。ここでしっかりと引き続き、王都を奪還するための準備を進めてもいいんだが……」
そこで、再度言葉を区切り。
「──リリアーナ殿下。どうするかは、貴女様がご決断を」
「え──」
最終決定を、エルメスの隣に座る少女に向けてきた。
いきなりの振られ方に狼狽えるリリアーナ。しかし……すぐに気付く。
そもそも、立場を考えればリリアーナが最後に決断を下すのは当然。
加えて……ユルゲンは最近、こういう風にある程度のところで決定権を子供達に委ねてくることが良くある。
その意図も、分かる。……この先を見越して、自分たちの成長を促しているのだ。万が一の場合、自分たちだけでも、きちんとした思考と決断ができるように。
それは、エルメスたちと出会う前では任されなかったこと。そこに確かな信頼を感じ取って、同時にそれに応えるべきと思い……リリアーナは、一つ考えた上で。
「……まずは、師匠たち。ご意見を、お聞かせ頂けますか……?」
最初に、部下に振る。足りない知見を……恐らくはユルゲンが敢えて明かさなかった思考を、彼女が最も信頼する師匠とその友人たちから得るために。
問いかけられたエルメスは、しばし顎に手を当ててから……
「一つ、確認させていただきたいことが」
そう告げて、改めてユルゲンを見やった。
「──今の戦力で、今すぐ王都に攻め上がったとして。奪還は敵いますか?」
「……難しいね」
間髪入れず……つまり期待通りの質問が来たことに薄く笑って、ユルゲンは答えた。
「もちろん、今傘下に入っているハーヴィスト領及び北部連合の戦力は非常に強力だ。だが、王都の第一王子殿下にも相当数の貴族がついていることに加え、彼の側近であるラプラス卿が持つ『組織』の戦力も未知数。現状での奪還戦はリスクが高すぎる」
「では、仮に無視するとしても戦力の増大が不可欠ということか……」
続いて発言したのは、アルバート。場が議論の態勢に入っていたので、誰も咎めることなく彼の発言を聞き入れる。
「となると、更なる当てが必要だな。先ほど公爵閣下が仰っていた『中立貴族』はどうだ? まとめ役がいるということだから、話し合いに向かえば……」
「そ、それは多分、厳しい……と思います」
しかし、そこで待ったをかけたのはサラ。アルバートも気を悪くした風はなく彼女の意見を促す。サラは会釈して再度口を開くと、
「教会の呼び出しを無視したとして。教会の現状次第ですが……まず間違いなく報復に来ます。あそこは権威をこの上なく重んじる場所ですから、自らの意思に従わないものには……きっと、容赦はないかと。即座に王都奪還に向かえない以上、戦力を増やすための遠出の最中に拠点を攻められれば……」
「お兄ちゃんたちを残せばなんとか保たせるとは思うけど、それでも痛手は免れないだろうね。そもそも『いつ敵が来るか分からない』臨戦状態ってかなり体力使うから……教会の襲撃リスクを抱えたままだと、色々厳しいと思う」
教会をよく知るサラの意見に、北部の戦力を把握しているニィナの補足。その説得力があればアルバートも否はない。意見を否定されても逆上などはせず、「なるほど」と頷いて受け入れる。
「アルバートの更に戦力を増やす方向は、いずれ考える必要があることは間違いないわ。でも……それなら尚更、後顧の憂いは絶っておくに越したことはない。最悪、王都奪還の戦いと同時に教会の襲撃に遭って挟撃で全滅……なんてのもあり得なくはないんだから」
そして最後に、公爵令嬢としてこの手の知識もしっかりと学んでいるカティアの言。
「それに。王都奪還と同時に今回、ヘルク殿下がクーデターを起こした経緯……騒乱の背景もいずれ知る必要はあるでしょうし」
「ですね。そういう意味でも……今回は、リスクを負ってでも教会の呼び出しに応じる価値はある。『呼びつけられた』のではなく、情報を得るために『乗り込む』と認識した方が良いでしょう。だから、ここは受けるべき──」
カティアの言葉を受け、改めてエルメスが自分たちの結論をまとめてから……
「──という結論になりましたが。合っていますか? 公爵様」
「……あらら」
少しだけ笑って、ユルゲンが『試していた』ことまで看破しての問いかけ。ユルゲンも苦笑と共に、謝罪の意味も含めて肩をすくめて答える。
「うん、私の結論も同じだ。そこに至るまでの考慮事項も完璧だよ。──教会も、今は色々ときな臭い動きがある。むしろ、ここは好機だ」
「……ということです、リリィ様」
「──」
──正直、想像以上だった。
参考までに聞きたいと思っていた程度の問いかけで、想像を遥かに超える議論が交わされて。実質子供組だけでユルゲンと同レベルの思考過程と結論まで到達してみせた。
改めて、実感する。……あらゆる意味での、彼女の配下のハイレベルさに。
「リスクはありますが、大丈夫だと思いますよ。これまでと違って、こちらにもきちんとした基盤と戦力がある。相手が教会でもそう簡単には潰されません。
それに──いざという時は。きちんと僕が……僕たちが、貴女をお守りしますので」
「あ……」
……最後に。一番欲しい言葉も、きちんと言ってくれて。
リリアーナは頬を染め、もう一度彼の裾を握り込んで……そこで、顔を上げ。
「……分かりましたわ」
覚悟を決める。
「向かいましょう、教会に。何が起こるかは分かりませんが……それでもきちんと情報を得て、憂いを絶つために。
それに……個人的に。気になることも、ありますので……」
きっぱりと、告げた後。
リリアーナは言いながら思い出す。……『教会』という単語を聞けば否応なしに思い出す、彼女の家族の一人のことを。
そんな彼女の心の動きも、しっかりと理解した上で……頼もしい彼女の配下たちは、力強い返事を返してくれるのだった。
◆
方針が決まって、その場が解散になった後。
「エルメス君、ちょっと良いかい?」
廊下を歩くエルメスが、ユルゲンに呼び止められた。
「公爵様、どうかなさいましたか?」
「ああ。先ほどの会議では言わなかった……不確定すぎて言えなかったことを、君には言っておこうと思ってね」
「!」
話し方から察するに、重要なことなのだろう。
そう判断したエルメスは、居住まいを正してユルゲンの言葉を待つ。
「……教会について。私も個人的に調べてみたところ……教会が秘中の秘とする魔法、君の言う『得体の知れない力』の正体と思しき記述を見つけてね」
「え──」
思わず、エルメスも息を呑む。
北部反乱の大司教ヨハンも使用していた、その技術……或いは本当の『魔法』。
「眉唾物の記述だが、引っかかる部分もあって伝えることにした。手に入れた文献には、こう書いてあったんだ──」
「……はい」
呼吸を忘れて聞きいる彼の前で、ユルゲンは。
「それは、教会の信仰が正しき絶対の証明。血統魔法より更に一つ上の次元、正真正銘の神が遣わした魔法。天を割り地を裂く、正しく世界を創った力」
その銘を、告げる。
「曰く── 創世魔法(・・・・) 、と」
「──」
それは。
奇しくも彼の扱う魔法、『創成魔法』と全く同じ響き。
いや……果たして奇しくも、なのか。
偶然なのか必然なのか、偶々なのか意図的なのか。
この魔法を生み出したローズは……何を、どこまで知って。この名を付けたのか。
無論、全て杞憂ということもある。ユルゲンがここまで出さなかった以上、本当に信憑性はないのだろう。笑い飛ばすことは容易だ。
だが。そうするには……あまりにも。
その響きは、彼の中で馴染みがありすぎた。
「……エルメス君。これも、何の根拠もない直感による忠告だが」
そんな彼を見て、ユルゲンは引き続き。言葉とは裏腹に、真剣な表情で続ける。
「教会は、恐ろしいところだ。だから、君はひょっとすると教会に深く関わった結果──想像もつかない、途轍もないものを『見てしまう』ことになるかもしれない」
「……」
「もし、そうなったとしても。……どうか、自分を見失わないで欲しい」
「……はい。分かりました」
その言葉には、不思議な重みがあった。ひょっとするとユルゲンも、彼の過去で。同じような経験をしたことがあったのかもしれない。
だから、素直に。尊敬すべき年長者の忠言を、心の中に留め置いて。
そして、三日後。
いよいよ──様々なものが渦巻く教会本部へと、旅立つ日がやってきた。