軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50話 魅了の魔法

ニィナは駆け出す。

決着をつけるために。これまで苦しめ続けてきた強大な敵、大司教ヨハンの唯一にして致命的な隙を突き、北部反乱を終わらせるために。

コンディションは、正直言ってかなり悪い。

連日の精神的苦痛が肉体にも影響を及ぼし、加えて連続で任務に駆り出されていたおかげで疲労はピーク、調子だけで言うなら最悪に近いだろう。

──でも。

そんなことがまるで問題にならないほど、体が軽かった。それこそ、何だってできそうなくらいに軽やかに足が動いた。

その、理由は。

「…………」

ニィナが胸を押さえる。

その奥、彼女の心の奥底にある彼の魔法。彼がニィナを守るために放った『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』。未だ温かく彼女の心を包むそれを今でははっきりと自覚して、ニィナは呟く。

「……もう、困るなぁ」

胸が甘く締め付けられる。頬が染まるのを自覚する。喜びが、嬉しさが抑えられない。

何故なら『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』は、効果が対象への好感度に比例する性質を持つ。

そして──それ故に。彼女の中にあるこの魔法は、拙くとも未だ凄まじい威力で大司教の干渉を一切許さなかったそれは。彼女の心の保護と共に、確かな彼女だけに自覚できる事実をニィナ自身に伝えてきていたのだ。

そう、それは。

「──エル君、ボクのこと大好きじゃん」

その事実が、何よりも。ニィナの状態を絶好調にして余りあるものだった。

……いやまぁ、とは言え分かっている。

それは所謂親愛とか友愛とか言われるもので、彼女が彼から一番欲しい感情ではない、ということも同時に自覚できてしまっているのだけれど。

でも、今は。

あんなに失敗して、形とはいえ敵対して、ひどいこともいっぱいしてしまった自分を。

それでも諦めなかった彼女を──彼がこうまで想ってくれていた。

それだけで今は、彼女の足を力強く前に進めるには十分だ。

さぁ、行こう。彼のところに戻るために、今度こそ。

そう決意を抱き、彼女は更に一歩を踏み出す。

「ふざ──けるなぁッ!」

大司教ヨハンが、怒りに満ちた表情で更なる魔道具を懐から取り出した。

途端、再開される多種多様な魔法攻撃の連続。それらは凄まじい弾幕となって今度はニィナに襲い掛かる。

……流石は教会のナンバーツーと言うべきか。

ここまで追い詰められても尚、ここまで多彩な手を残していた。

長年かけてこの国を動かしてきた経験と、国中から集めてきた魔道具の数々。大司教の座は伊達ではない。

流石にこの状況は読みきれなかったものの、万が一ニィナに牙を向けられた場合、万が一結界の 古代魔道具(アーティファクト) が壊れた場合を想定して、予備を残しておいたのだろう。

実際その弾幕は、かつての攻撃魔法を持たない彼女を追い詰めるには十分だっただろう。いくら想いを得たからといって、それだけで何もかも凌駕できるほど甘くはない。

──だが。

「なん、だ──!? 何故、何故当たらん!」

大司教の、ここでの誤算は。

──ニィナの身体能力、魔法能力を、『エルメスと出会う前』で想定していたことである。

何故当たらない、何故躱せる、何故── そんなに速いのか(・・・・・・・・) 。

その言外の問いを汲み取った上で、ニィナは不敵に笑って答える。

「──だって、褒めてもらったもん。

エル君に、すごいねって。ボクの剣を」

そう。

想いだけではない。彼女は、きちんと研鑽も続けていた。

あれほど手酷い家族からの罵倒を受け、剣を握るのも嫌になっていてもおかしくなかったにも 拘(かか) わらず……それでも、止めることはなく。

あの日学園で、彼に出会って褒めてもらって。もう一度頑張ろうと思って、本格的に訓練を再開した。それが彼女の能力を桁違いに引き上げていた、大司教の指令では手を抜いていたゆえに、それに気づけなかった。

大司教ヨハンは、失念していたのだ。

彼女も、かつては桁外れの剣才を持った──エルメスとは別ベクトルの、神童だったということを。

それを理解させられ、徐々に、確実に迫ってくるニィナに抱いてはいけない恐れを抱き。

大司教は、それを誤魔化すように叫んだ。

「ふざけるなぁ! あり得ん、あり得るわけがない! この国で、そんなことが!」

必死な顔で、大司教なりの、譲れない何かを乗せて言葉を続ける。

「歴史を紐解けば明らかだろう、この国を動かしてきたのはいつだって無自覚な偽善者と底抜けの大悪党だ! そんな国で、今更! 貴様らのような者たちが踏み潰されないなどあってはならないッ! 大人しく、神に従えェ!」

……ヨハンの言葉は、若干要領を得ないところもあったが。

きっと、自分たちの知らないものも見た上でのその結論なのだろう。今まではそうだったという言葉も嘘ではないに違いなく。

そして──これからは、そうではなかったというだけの話。

……しかし。

そうなのだろうなという推測を理解した上で、ニィナは答える。

「──どうでもいいよ、そんなの」

ヨハンの語ったことは、これから向き合うべきことなのかもしれない。この先自分達が直面して、考えなければならないことなのかもしれない。

それでも、今はこう告げよう。

「今までの国なんて関係ない。あなたが唱える、これからの国の在り方だって知らない」

彼女は、ニィナ・フォン・フロダイトの願いの形はそういうものではない。彼女の戦いの場は、最初からそこではないのだ。

そう、彼女は。

「ボクはただ……好きな人のために、動くだけだからさ」

定義した心の形と共に、ニィナは確かな意志でそう口にして。

遂に、最後の魔法を躱しきり。大司教まで数歩、彼女の間合いに突入する。

ここまで来れば、勝ち確定だ。この間合いにまで侵入を許したニィナ相手では──例えエルメスであっても抵抗はほぼ不可能。

その確信と共に、ニィナが力強く踏み込んで──

(── ここだ(・・・) )

そこで。大司教ヨハンは、そう心中でほくそ笑んだ。

切り札を最後の最後まで見せないのは基本。そして向こうは近接戦闘に無類の自信を持っている。……それは、大司教自体の戦闘能力が大したことないと思われているのもあるだろう。

だが。

(そんなわけないだろうが馬鹿者め!)

この立場になれば、暗殺や急襲など最も警戒して然るべきもの──そしてそれらを確実に交わすためにはやはり、自分自身の戦闘能力があるのが最大の保険になる。

そしてヨハンは、そういう意味での努力を怠ったことは一切ない。

故に、一発だけなら躱せる。向こうの油断をついた上で、最低限の抵抗はできる。その上で──

(あとは、こいつの出番だ)

向こうの想定外、意識外の手札を利用する。そのための最後の手段が、今大司教の掌にある。

結界起動の、 古代魔道具(アーティファクト) 。エルメスの一撃によって壊された──『壊されたと向こうが思い込んでいる』魔道具を使う。

無論、無傷ではない。損害は多大で本来の力は発揮できないが……完全に壊れ切ってはいない。あと一回だけならば、結界の起動は叶う。

その一回を最大限使う。認識の空隙を利用し、向こうの攻撃を躱した隙に結界を起動、この女を結界内に閉じ込める。

向こうは魔法攻撃力がない、閉じ込めてさえしまえば脱出は不可能。そうすれば現在自分を脅かせる人間はいなくなり、形勢は再逆転する。

仮に向こうが狙いに気付いたとしてももう遅い。ここまで近づいてくれれば結界を外すことはなく、離脱も不可能。

近づいたのではなく、誘い込まれたことに気づかない愚か者。場数が違うのだと嘲笑い、最後の最後で再逆転をなすべく、満を持して大司教は魔道具を起動すべく手を動かし──

── 止まった(・・・・) 。

「油断するわけ、ないじゃん」

ニィナがそう告げる。

しかし大司教の意識は、最早別の驚愕と疑念へと飛んでいた。

(なん、だ……何故手が止まった。いや手だけではない、体全てが動かせない、一体何が──ッ!)

身体の硬直。唐突に自身に起こったその現象に戸惑うものの……すぐに思い至る。

紛れもない、眼前の女が。それを成す手段を一つ持っているではないか。それは、

(ばか、な)

『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』。

対象の魅了と、そこから派生しての身体停止を誘発する魔法。それが、今。自分にかかったと言うのか。

(あり得ん! 何故──)

しかし、そこには大きな疑問が二つある。

まず、それは同系統の魔法持ちには効かないはず。洗脳の魔法持ちの大司教にそれが効くはずがない……いや、待て。

その制限は、他でもない自分が先日破ったばかりだ。ニィナの精神の壁を貫通して洗脳の魔法を送り込んだ経験がある。

ならば、そこから逆算。 逆に(・・) 大司教の(・・・・) 魔法の(・・・) パターンを(・・・・・) 解析して(・・・・) 同系統の(・・・・) 魔法を(・・・) 返す(・・) 。

所謂呪詛返しと呼ばれる手法にも使われる魔法のカウンター。聞いたこともない話だが、できなくはないと同じ魔法を持つが故に大司教は理解してしまう。

(いや、だが──だが!)

だが、それでももう一つ──絶対的に不可解な点が存在する。

だって、奴の魔法は。『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』の発動条件は──

「正直、本当はあんまり使いたくなかったんだけどね。あなたは強い、手を抜くことはできないから。今だって逆転狙ってたでしょ?」

その疑念に辿り着いたことを察してか、ニィナが再度口を開く。

「──ああ、言っておくけどあなたのことはもちろん大っ嫌い。でも……ほら。ボクって結構現金だからさ」

華麗に、美麗に。目を離すことを許さず、これから自分を倒す人間の存在を刻みつけるかのように。

その上で、彼女はとびきりの微笑みを見せて。

「だから……最後に一言。『お礼』として受け取ってよ」

そうして、大司教は知る。

善意を徹底的に否定してきた彼が。くだらないものとこき下ろし、あらゆる善意の繋がりを全て執拗に破壊してきたヨハンが。

それを見誤ったが故に逆転を許し、そして最後は── 善意を(・・・) 自分自身に(・・・・・) 向けられた(・・・・・) 上で(・・) 敗北する(・・・・) 。

それこそが、最も屈辱的な最後だと。恐怖と共に、納得してしまった。

「やめろ……」

「やだ♪」

懇願は、とてつもなく可愛らしい否定の言葉で突っぱねられ。

顔を歪ませる大司教に、ニィナはそれだけで全てを魅了するような笑顔と共に。

「──ボクをエル君と出会わせてくれてありがとうね? 大司教様」

「き、さまァ────ッ!!」

絶叫するも、最早全ては遅く。

何もできない大司教を、ニィナの鋭い剣閃が一息に斬り裂いて。

それが、北部連合の歪な要を全て破壊する、決着の一撃となったのだった。