軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48話 盤上の駒

──かくして、大司教の思い描く未来は完成した。

あの夜、洗脳の完了と同時に 制約(ギアス) も破棄させ、ニィナに殺人の指令を出すことが可能となった。

そこから再度未来予知、自分の想像通りの光景が展開されているのを見て夢の中で確信を深め、計画を実行に移す。

まずは唯一読めないリリアーナの行動を周りの人間や経験から可能な限り予測、セオリー通り北部連合を当てるのがベストと判断すると同時に──可能な限りリリアーナとエルメスたちを引き剥がし、イレギュラーが介入しないように配置を工夫した。

リリアーナの魔法は、確かに驚きこそしたが概ね読み通り。大司教の想定から外れないまま状況は進み、遂に。予想通り、エルメスが強引に自分の元に突撃を仕掛け──そこに、洗脳済みのニィナがそれを止めにやってきた。

(──勝った)

ヨハンは確信した。

エルメスは……辛うじて魅了が完全に回る前に脱出したようだが無駄だ。

あの状態になった獲物をニィナは逃さない。エルメスもそれを承知の上だろう、いずれニィナに捉えられることを前提で、何とか自分に射撃を届かせようとするが──

(それも、読んでいるぞ)

それも無駄だと、大司教は予知している。

理由は、大司教が肌身離さず持ち歩き、先ほどもエルメスの『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』を防いだ魔道具。

以前ローズがトラーキア家に持ってきたものと同種の魔道具── 古代魔道具(アーティファクト) だ。

これの優れている点は、血統魔法のような詠唱のラグなしで瞬時に結界を発生させられること。よって警戒さえしていれば、どんな一撃でも容易く防いでみせる。

この立場であれば考慮に入れて当然の暗殺の類も、幾度となくこれで撃退してきた。

故に、後は向こうが詰むのを眺めるだけ。

そんな中でもエルメスは必死に抵抗し、どうにか活路を探そうとする。そんな愚かな少年の様子を嘲弄と共に眺めながら、大司教は一人呟く。

「その諦めの悪さは認めるが、無駄だよ。……ああ、そこに至るまでにさぞ努力を重ねてきたのだろう、さぞ多くの人間を動かしてきたのだろう」

エルメスの足跡は、彼を警戒対象に入れてから、そして予知から理解していた。彼が、そこに至るまでどれほど積み重ねてきたのかを。

……だが、皮肉なことに。そうして強くなればなるほど、大司教の掌の上なのだ。

本当、笑ってしまうほどここまで予想通り動いてくれたものだ。

ヨハンは善意を信じない。

そして、エルメスがそういう想いを積み重ねてきたことも、彼に従う人間の、彼に信頼を向ける人間の、そして──

──今、エルメスが受けている魅了の魔法の強さからも、とても良く分かる。

「ならば、 善意(それ) に殺されろ」

止めの一言を、大司教は告げる。

お前がこれまで積み上げてきたものが、築いてきたものが。今お前を縛る魔法の威力と化しているのだと。

大司教が信じる、善意の脆さと儚さを。最大の皮肉と、最高の愉悦によって示す。それこそが、大司教がこの殺し方を採用した最後の理由である。

知るが良い。お前の信じてきたものは、こうされる為にあるのだ。

そのメッセージを、心中で呟きながら見守る中で。

遂に、行動制限と疲労によって動けなくなる彼の前に。容赦なくニィナが迫り、剣を振りかぶって。

エルメスの胸を、躊躇いなく刺し貫いた。

「……は」

大司教は笑う。驚きはなく、当然だという傲慢な確信を持ってその光景を眺める。

だって、知っていたからだ。

あの日から、自分の計画を組み直した時から。

──この光景だけは、自分の予知の中で一切揺らがずそこにあったからだ。

剣が引き抜かれる。血が溢れ出す。エルメスが力なくその場に倒れ伏し、ニィナが微動だにせずその場に立ち尽くす。

「はは、ははははは!」

何度も確認した、決着の光景。読み通りの、最高の出来事。

それが、今紛れもなく眼前で再現されたことに。ここまでの予知が寸分違わず成ったことに、大司教は改めて哄笑を上げ。

──『その先』を予知しなかったことが、最大の敗因となった。

「 今だよ(・・・) 、 エル君(・・・) 」

ニィナの──確かな意思を宿した声が、大司教に届くより前に。

エルメスが……倒れているはずの彼が倒れたままに片手を上げ、指先を大司教に向け。

「──『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』」

血統魔法を。

──『ニィナに刺し貫かれながら詠唱していた魔法』を、解き放った。

光の雨が、大司教に降り注ぐ。

「が、ぁ────ッ!?」

流石と言うべきか、咄嗟に反応したヨハンが結界を展開しようとする。

だが、間一髪間に合わず。展開前に到達した光線がヨハンを、致命傷でこそないものの強かに打ち据えて。

何より……狙い通り。結界起動の魔道具に一条が直撃、ヨハンの護身手段を完膚なきまでに破壊し尽くした。

……無論、通常であればこうはならない。警戒している大司教の前では魔道具によってあらゆる遠距離攻撃は防がれてしまう。

だが、今この瞬間。最大の予知が実現し、勝利を確信し、結果的に油断していたヨハンに対しては運良く命中した──否。

この瞬間(・・・・) だけは(・・・) ヨハンが(・・・・) 油断する(・・・・) と(・) 、 ニィナが(・・・・) 『 予知(・・) 』 していた(・・・・) のだ。

「何、が──ありえん──」

辛うじて残りは防ぎ切ることに成功したヨハンが、それでも重傷の状態で立ち上がり。あり得ない光景……完全に予想外の出来事に呟く。

何が起きた。

素早く状況を整理する。今自分を襲った魔法は『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』。あの魔女の魔法を何故エルメスが使えるのかは不明……否、そうではなく。それよりももっと重大で自明な点、それは。

「エルメスが、生きている──!?」

ふらつきながらも立ち上がり、正面を見据える。

そこには……胸の刺し傷によって致命傷寸前の重傷を負いながらも、それでも立ち上がり。翡翠の眼光を揺るがず大司教に向けた、エルメスの姿が。

彼はそのまま、口から血を流しながらも淡々と。確かな意思を宿した口調で、一息に。

「──そう来ると、思っていましたよ」

(── 大司教の(・・・・) 動きを(・・・) 誘導する(・・・・) )

それが、決戦に向けて。

エルメスが心中で思い描き……しかし予知を警戒して誰にも話せなった、決着のための最後の一手だ。

当初の……そして話していた目的である、『予知しても回避不能な未来を叩きつける』も有効ではあるが、やはり情報アドバンテージが圧倒的に向こうにある以上不安定さは否めない。

よって確実に詰め切るために、エルメスが密かに進めていたのがそれだ。

大司教の状況の運び方は、 盤上遊戯(ボードゲーム) を彷彿とさせる。

予知が可能である故の思考だろう、何がなんでも自分達を想定通り動かそうとする意志は、実際にそうされていたエルメスだからこそ良く分かる。

そして、 盤上遊戯(ボードゲーム) に関してはエルメスも覚えがある。修行時代、頭脳の特訓として師ローズとよくやっていたからだ。

その経験と、魔法に関する知識を基に。彼は組み立てを開始する。

(……まずは、向こうの狙いを知ること。向こうの最大の目的はなんだ?)

それは考えるまでもなく分かった。

エルメスを殺すことだ。向こうはそれをこの北部反乱における最大の目的と据えている。ここまでの流れから、それは疑いようがないだろう。

ならば次。──そのために、向こうはどんな手段を取ってくる?

当初の目的だった、数の暴力と不信でエルメスを疲弊させる作戦は既に頓挫している。その上で現在の万全なエルメスを確実に殺せるとなれば……選択肢はそう多くない。

まず数でなく個人……個の能力で、エルメスを殺害しうる人材を持ってくるだろう。

故にこの時点で、向こうの取ってくるだろう手は二つまで絞られた。

そのうちの片方、ルキウスに関してはあり得なくもないが、本命であるが故にこちらも最大限警戒している。加えて決戦での立ち回りでそれだけは避けるようにすれば、向こうがルキウスを直接ぶつけてくる可能性は限りなく低くできる。

よって、残る手は一つ。

(──『ニィナ様に僕を殺させる』。ほぼ間違いなく、これで来る)

無論、普通に考えればあり得ない。

だがエルメスは、向こうの『洗脳』の血統魔法が通常でないことを既に見抜いていた。……大司教が見抜いていないと思っていた、思考改変系魔法の法則一つ目『同系統の魔法持ちに効かない』を貫通する可能性についても、同様に。

それによってニィナを操り、エルメスにけしかける。できれば間違いなくこちらの不意をつける上に、魅了の範囲に入れば対ルキウスよりこちらの勝率も低い。

加えて、こちらのそういった絆や思いやりを徹底的に破壊しようとする大司教の手の傾向的にも……やはりそうする可能性は、極めて高い。

以上のプロセスにより、大司教の手は読めた。

──ならば、あとやるべきことは簡単だ。

(ニィナ様の洗脳を解く。或いは、洗脳できているようでできないようにする)

これで行こう、とエルメスは決意する。

だってそれができれば、盤面は一気にひっくり返る。

向こうの手は意味を成さないどころか致命的な大悪手に変貌し、完全勝利の状況どころかこれ以上の抵抗を許さず、一気に向こう側の詰みにまで持っていけるだろう。

それに、何より。

勝利を確信し、詰みの一手を打つ瞬間が一番油断する。

盤上遊戯(ボードゲーム) に限らず、あらゆる状況で。この法則は当てはまるということも、エルメスは師との経験から学んでいたのだから。

──かくして、エルメスの思い描く未来は完成した。

ニィナを信頼し……何より学園で何度も剣を合わせた経験から彼女の攻撃に殺意がないことを瞬時に見抜き、大司教からだと分からないレベルの僅かな差で急所を外してもらい。

読み通り油断し切った大司教に最強の一撃を浴びせ、重傷を負わせると同時に向こう最大の護衛手段を破壊した。

未来予知を、可能にする魔法か魔道具。

確かに脅威だ。凄まじい力だ。紛れもなく、血統魔法にすら不可能な力だろう。

だが──とエルメスは。自身の信念と道筋、学習と進化で不可能を塗り替えてきたことに対する自負と共に、この答えを心中で告げる。

そもそも(・・・・) 、 魔法(・・) なんて(・・・) なくても(・・・・) 未来予知は(・・・・・) できる(・・・) ──と。

その領域は、お前たちだけの特権ではないと。

規格外の魔道具を持って驕っていた人間に対し、その人間の動きを完璧に読み切ってみせることでその証明とした。

……大司教ヨハンは、その予知の力と立場によって、さぞ多くの人間を動かしてきたのだろう。さぞ多くの想いを否定してきたのだろう。

今回も。戦場を盤上に見立て、絶対的に、狂的に。戦況を思い通りに運んでいた……自らを『動かす側』だと信じ切っていたのだろう。

故に、エルメスは。大司教にとっては一番動かしやすい、与し易い、思い通りに動くだけの『駒』だと思われていた少年は。けれどそんな中でも己の全てを駆使し、盤上の立場でありながら遂には大司教の動きを誘導し切った結果で以て。

反撃の合図と共に、こう告げるのだった。

「── 駒に(・・) 動かされる(・・・・・) 気分(・・) は如何ですか、大司教様」

「き、さま──!」

大司教ヨハンも、その頭脳で瞬時に気づいた、気づいてしまったのだろう。

こうなるよう、動かされた。誘導された……掌の上だったのは、自分の方だと。

だが……とヨハンは狼狽する。

だって、その背景を理解しても──想定できない特大の謎が残っている。

ニィナの洗脳を解除する。

ああ、実際に成されているのだろう。ことここに至っては認めざるを得ない、現在の状況ではこの上なく有効な手段であることも間違いない。

しかし。

それを想定しない……想定しなくてもよかった、単純な理由が一つ。

「どうやったのだ!?」

──不可能なはずなのだ。

自分の洗脳は、血統魔法と通常手段を組み合わせた手段は。これまでまず破られることはなかった、あのルキウスでさえ九割方支配下におけたほどなのだ。

それを、ましてやあんな。何の力もなく、何かを成そうとする意志も薄弱な小娘に抵抗できるはずがない、解除できるはずもない。だとすると間違いなくエルメスが何かをした結果──いや何かをしたとしても無理なはずなのだが、故に皆目見当もつけられない。

「何をした、いつやった、どうやった──いや、何より!」

そう、そして何より。

エルメスが、エルメス自身が何かをやったのなら──

「何故、それを私が予知できなかった──!?」

最大の謎を前に愕然と驚愕することしかできない大司教に対し。

「教える義理はないです。話すと長くなりますし──っと」

エルメスは淡々と返したのち……がくりと膝をつく。

大司教を油断させる上で仕方無かったとはいえ、急所近くを剣が貫通したのだ。真っ当に動けるはずもなく、これ以上の魔法行使も難しい。これほどの重傷を唯一癒せるサラも現在は行動不能だ。

……でも、問題はない。

何故なら、今こちらには。この上なく、可憐で頼もしい。

『大司教を攻撃しない』 制約(ギアス) を外された、ニィナがいる。

「──お願いします」

「うん」

あたかも、この状況の始まりをなぞるかのように。

エルメスに声をかけられ、ニィナが答える。されどのその声色は、大司教に答えた時とは真逆の喜びと、温かな感情をのせていて。洗脳されている時と……どころかそれ以前と比べても、別人かのような響きで。

自分の知らないところで、何が起きてしまったのだと再度愕然とする大司教に──彼女は、不敵な視線を向け。

そうして、北部反乱の元凶を、今度こそ打倒すべく。

片をつけるに最も相応しい少女が、剣を振りかぶり。大司教ヨハンにそれを叩き込むべく、走り出したのだった。