軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29話 そっちには

結局。

あの件があった後、兵士たちとの関係は……大きな亀裂こそ入っていないが、いつそうなってもおかしくないレベルにまでなってしまった。

現状は交渉ごとに長けたユルゲンと騎士団長トアが話し合い、加えてサラが中心となって懸命なサポートを行ってはいるが──その効果も芳しくはなく。

現状、自分たちのいる砦に閉じ込められ有効な北部連合に対する反撃を打てていないこともあるのだろう。このまま待っていても状況は好転しないどころか、恐らく近いうちに教会の援軍が来て詰み状況になる可能性が高いことも焦りに拍車をかけている。

加えて、今回伯爵が『何故か』入り込めたことに対して必然的に発生する── 間者(スパイ) の可能性。それも疑心暗鬼を呼び起こす要因となっている。

更に、兵士たちの不満に加えてあの日伯爵に煽られたことによる不信が積み重なり……忌憚なく言えば、いつ兵士たちの心情が降伏に寄ってもおかしくない状況にあった。

そんな、砦に入って五日目の昼のこと。

砦の廊下を、カティアは思案しながら歩いていた。

彼女は現在ユルゲンの補佐として、砦の防衛に関する戦術や配置を考えている……ところだったのだが。

そんな最中、当のユルゲンから指示、依頼があったのだ。その内容をカティアは呟く。

「……『エルの補佐に回って欲しい』、ね」

もちろん、個人的には嬉し……特別文句はない。

だが、現状最も力を入れるべきは兵士たちとの関係改善ではないのか。

防衛に関しては、エルメスの圧倒的な活躍もあって今のところは問題なくできている。北部連合側の襲撃も頻度こそ高いが散発的なもので、そこまで致命的なものでは……

(……いえ、そもそも)

そこで、カティアは思い至る。

現状の北部連合──教会、ひいては大司教ヨハンのアプローチについて。

今のところ、このハーヴィスト領最後の砦に対する攻勢は、散発的な北部連合兵による襲撃で留まっているが、それは、一体、

(── 何のために(・・・・・) ?)

魔法使いの軍勢同士の戦いは通常とセオリーが違う点もいくつか存在するが……それでも、『戦力の逐次投入が悪手』である大原則は変わらない。

にも関わらず、教会はそれを行なっている。砦に兵士を送り込み……無駄に兵力を減らしている。無論向こうも深入りはせず損害は少ないが、それでもここまで相当数の兵士を捕虜として捕らえていることも事実なのだ。

こちらを砦に釘付けにするのが目標ならば、もっと頻度は少なくとも問題ないはずだ。

ここまでひっきりなしに、ある意味で兵力を無駄遣いしている理由とは何か。いやまず……どうも今回の教会のやり口は、全体的に迂遠なように思えるのだ。

(……お父様が指示を仰ったとき、やけに真剣だったのも気になるし……)

ユルゲンの様子や、教会側の疑念。それらの疑問を抱きつつ、カティアは現在は休憩中であるはずのエルメスがいる部屋の扉を開け──

「……居ない……!?」

もぬけの殻だった部屋を見て。ようやく、彼女の中でも焦燥が湧き上がる。

どこに行った、と考える。

彼が無駄な行動をするわけがない。ならばここを離れざるを得ない何らかの事態があったはずだ。そう、例えば、一番考えられるものとしては──

──彼が担当している防衛戦で、何かイレギュラーが起こった、とか。

「ッ!」

ほぼ確信に近いその推理を元に、彼女が駆け出した。

彼の居場所はすぐに見つかった。

現在も襲撃中なのだろう。そこかしこで起こっている戦闘音のうち、明らかに異質なものを辿っていけばそう難しくはない。

かくして彼の元に辿り着いたカティアは──瞠目する。

「……カティア様?」

「エル──!?」

何故なら、砦近くの森の中。倒れ伏す北部連合の兵士たちの中で、佇むエルメス。

そんな彼の──下がった肩、不規則な呼吸、目元の隈。

この戦闘によるだけのものではない。明らかな、疲労困憊の様子に。

「なんで、そんな、疲れて──」

そこまで酷使はしていなかったはずだ。

兵士たちや自分たちと交代で、無理のない防衛のスケジュールを組んでいたはず。いやそもそも何故今戦っているのだ、どうして──という諸々の疑問は、直後にエルメスの口から発せられる。

「いえ、すみません、防衛の予定に関しては不備はありません。が──」

「……」

「──教会のやり方が、巧妙でして」

「巧妙……って」

首を傾げつつ、先を促す。

「襲撃の中で、何故か必ず。どこか一点に、 僕で(・・) なければ(・・・・) 対応(・・) しきれない(・・・・・) 兵力を送り込んできているんです」

「え」

「僕が非番の時も、そういうことが……『少々』ありまして。時折非番の僕が出て場を収めているんです、ご心配をおかけしたようなら──」

「──『少々』じゃないわよね」

色々と聞きたいことはある。

だが彼女が真っ先に反応したのはそこ──明らかに誤魔化すための間を開けたところについてだ。

「あなたが……滅多に表に出さないあなたがそんな、明らかに見て取れるレベルで疲れてるんだもの。今回みたいなことは『たまに』起こる程度じゃないはずよ」

「──」

「こういうことがどれくらいあったか、正直に答えなさい。じゃないと──許さないから」

静かな、心配故の圧力をかけるカティア。

エルメスは数秒黙っていたが……やがて観念したように、告げる。

「……『毎回』です」

「──え」

予想を遥かに上回る、答えを。

「ここまでの襲撃……夜間も含めて必ず。こちらの防衛を突破しかねない戦力が送り込まれています。……だから実質、全ての襲撃に僕が出撃していることに」

「……そんな」

じゃあ、それはすなわち。睡眠すらも、満足に取れていないことに──

「……まさか」

そして、そこで気付く。

教会が、ここまで戦力を逐次──『休みなく』投入している理由。兵力を過剰に消耗してでも襲撃を続ける理由。それは──

(── エルを(・・・) 休ませない(・・・・・) ため(・・) 。こっちの防衛の要であるエルを潰すため……!)

だとすれば、全て辻褄が合う。

同時に……湧いてきたのは、彼に対する疑念。

「……どうして、言ってくれなかったの」

そこまでまずいことになっているのならば、相談してくれれば良かったのに。

だとすれば、もっと対策を打てた。防衛のローテーションでエルメスの分、他の人間が負担を肩代わりすれば──

──その心中を読んだかのように。

「そうしたら……兵士たちの不安が更に高まります」

答えを、彼が告げた。

「あ──」

「現状は理解しています。……今、本当に、兵士たちはこちらにつくか北部連合につくかの瀬戸際にある。彼らが防衛に回れる理由、自信の根拠は──『今のところ防衛はうまくいっている』という一点のみです」

裏を返せば、それすらも危険域にある──防衛すらもこのままではまずいと分かってしまったならば。

兵士たちの意見が、一気に偏る……そうでない保証は、どこにもない。

「で、でも! それなら私たちだけにでも──」

「だとしても、防衛の割り振りは変えることになる。いえ、変えなくともきっとどこかに余波は出る。……今兵士たちはこちらの動きにひどく敏感だ、僅かでも不安を与える要素は無くした方が良い。黙っていたのは申し訳ございません……が、これが一番確実かと」

「……」

……反論は、できない。

理屈では、エルメスの言うことが正しいと思ってしまっている。最大戦力の彼が、最大の負担を被るのが最も合理的だと。

それに──更に厄介なのは。

彼はきっと、 できてしまう(・・・・・・) ということだ。

本来ならばこんな無理、どこかで彼に限界が来て破綻する。それこそが向こうの狙いだし、実際彼は狙い通り消耗している。

だが、エルメスならば。何もかもが規格外の彼ならば、きっと消耗しながらも、この無理をそのまま最後まで通せてしまう。疲労困憊の様子でありながら、それでも防衛自体はきっちりとこなしているから。周りに転がる北部連合の刺客たちを見ればそれは明らかで。

だから、このまま。

彼に任せて、彼に頼って。自分たちは自分たちのやることだけを、できることだけをこなしていれば、それで良い──

──でも。

「……だめよ」

それでも、彼女は絞り出すように告げる。

「だめ。それは、だめなの」

「カティア様? 何か問題が──」

「問題は、無いわ。無いって思えてしまう、あなたなら大丈夫なんだろうって信頼できてしまう──けど!」

叫ぶのだ。

心の何かが。血に刻まれた魔法が。

魔法の何処かに、心を通わした霊魂の何処かに居る、愛おしい何かの残滓が。限りない過去への後悔を乗せて、こう叫ぶのだ──

「『 そっちに(・・・・) 行っちゃだめ(・・・・・・) 』って、言ってるのよ!」

「──」

「お願い、エル。何も論理的な説得はできない、こんな状況でこんなことを言うのはわがままって分かってる、けど──」

静かに、確固たる意志を込めて。微かに涙を滲ませながら、彼女は告げる。

「無理、しないで。私のわがままを、聞いて」

ばっと、手を広げる。

通せんぼうをするように。何処かに行ってしまいそうな彼を、止めるように。

そのまま、両者が視線を交わすこと数秒。

エルメスが──ふっと、肩の力を抜く。

「……貴女が、そう言うのなら」

その瞬間。

何かが……ささやかだけれど、決定的な何かが。

きっとここから波及する、運命の分岐が、切り替わり始める音がした。

「……エル」

今まで、何故か近寄りがたかったけど、もうそのようなことはない。

いつものように、少しだけ駆け足てカティアはエルメスのそばに寄る。

そのまま二人並んで、砦へと向かおうとしたが──そこで。

「っ」

「エル!?」

ふらりと、エルメスの体が傾く。

慌ててカティアが肩を貸そう──とするが、その前に彼は自分で体勢を立て直す。

「……あ」

「失礼。……思ったより本当に疲れていたようですね。今日はしっかりと休みます」

そのまま、ある意味でいつも通り。

疲労にありつつも隙のない体調管理の宣言までする彼を見て。

ふと、カティアは思う。

……そう言えば最近、リリアーナ関連にかかりっきりで全然二人きりになれていないな、と。

あとはそう、先ほど倒れかけた時肩を貸す──触れ合うまでも無く彼が体勢を戻して、まさしく肩透かしのような気分にもなったし。

そこで周囲を見渡すと……誰もおらず、何やら丁度そこに座るのに都合の良さそうな倒木を見つけて。

彼女の中で、瞬間的に一つのアイデアが身を結ぶ。

「エル、こっち」

「え?」

そんなに迷うことなく行動に移した。

エルメスの手を引いてそこまで向かうと、倒木の上に腰を下ろす。そのままジェスチャーでエルメスを隣に座るよう促して、彼が困惑しながらも指示に従い、座ると同時に。

「えい」

彼の体を自分の方に引き倒す。

疲労もあってかさしたる抵抗もなく彼の体が傾き、丁度自分の膝の上に収まる形に。

あまりにも素早い──膝枕の体勢の完成であった。

「!? え、あの、カティア様、これは」

「動かないの。くすぐったいから」

そのまま彼の頭を押さえつける。そうすると物理的に──あとは多分緊張とかその辺りの要因で彼が動かなくなる。

少しだけ上擦った口調でエルメスが聞いてきた。

「……その、意図をお聞きしても」

「このまま戻っても絶対あなた休まないでしょ。今日一日保つかどうかも怪しいんだからここで軽く仮眠でも取っておきなさい」

「いや、でも」

「でもじゃないの。あと──そう、これは罰よ。私に心配させたことと、私に色々と黙ってたことの。本当はお説教したいけどこれで勘弁してあげるわ」

そう、これは極めて効率的な行動である。

彼にきちんと自分の従者としての立場を弁えさせて、かつ気を抜くと働きすぎになる彼に休憩を取らせるという一石二鳥なのだ。

あとはもう少し彼と一緒にいたいという思いも……ほんの少しだけ無いと言えないこともない気がするが、瑣末なことである。誤差である。

……まぁ、あと懸念していることがあるとすれば。

「えっと、その……休めるかしら」

自分でやっておきながら、その点に関してはあまり自信がないことである。

一応膝枕自体は以前……それこそエルメスが王都に来る前に、メイドのレイラにせがまれてやったことがあり、レイラが『最高です』とサムズアップをしていたので大丈夫だと思うが正直彼女の意見は割と参考にならない。

故に恐る恐る聞いたのだが……彼は数秒沈黙すると。

「……正直に申し上げますと……落ち着きます」

「!」

ささやかながら、嘘をついていないと分かる声色でそう言った。

同時に……これも自分でやっておきながら極めてむず痒い、けれど決して嫌ではない感覚が胸の奥あたりを駆け巡る。

そして言葉通り……あとは本当に疲れていることもあったのだろう。

そのまましばし待っていると……膝の上から、規則的な吐息が聞こえてくるのだった。

……まさか本当にすぐ寝るとは、となんとも心地よくこそばゆい思いを抱きながら。

彼女はエルメスを起こさないよう、静かに『 救世の冥界(ソテイラ・トリウィア) 』を起動する。

すぐに出てきた幽霊兵たちに、指示を出した。

「二十分でいいわ、それ以上は他のみんなに迷惑がかかるから。

ただし──その間は、絶対、誰も、近づけないで」

どことなく私情の混じった念押しに、若干の呆れの感情を滲ませながらも、幽霊兵たちが何処か微笑ましげな様子で散開して。

本当に久々の二人きりの空間ができる。しばし……数分ほどそれを味わったのち、カティアは思索する。

(……教会の狙い。私も、なんとなく分かってきたわ)

恐らくだが、今回の北部反乱──と言うより、エルメスたちが合流してからの流れ。

そこに抱いていた違和感が氷解し……同時に悟る。

恐らく、今回の一連の流れ。

教会は、エルメスを潰すことを 最優先目標(・・・・・) に置いている。

何故なら……多分ハーヴィスト領の人間だけならば、教会及び北部連合はどうとでも潰せるからだ。こんな……敢えてこちらが耐え切れるギリギリの戦力を逐次的に導入、なんて迂遠なことをしている、できているのがその証拠だ。

それをしないのは、 単(ひとえ) にエルメスを潰すため。

ハーヴィスト領の兵士たちを追い詰め手を貸させ、その対処で手一杯にさせ。同時に兵士たちの不安も煽って、内からも外からも彼を追い詰め徹底的に消耗させる。

そして限界にきたところで──一気に詰ませる算段だろう。

戦慄する。今までとは全く違う、この上なく容赦のない『エルメス対策』に。

同時にようやく実感する──これが、一つの巨大組織が本気で、エルメスを脅威と認識したときにやってくることなんだと。

「……お父様がエルの魔法を公開したがらなかった理由が、ようやく完全に分かったわ」

そう呟きつつ、確信する。

きっとリリアーナの直感通り──このやり方こそが、あのローズを追い出した、追い出すことができた所以なのだろうと。

その牙が、今。なんの因果か、エルメスに向けられているなら。

「──させる、もんですか」

そう、静かに。紛れもない敵意を込めて、彼女は宣誓する。

彼が何処かに行かないよう、自分がきちんとそばにいると。

……それでも、もし。

どうしようもなくなって。彼が、飛び去ってしまう時が──飛び去ることを望む時が来たとしても。

「だとしても……私は。私だけは絶対に──あなたに、ついて行くから」

きっと、公爵令嬢としては言ってはならない。

でも、紛れもない本心を。誰も聞かれない場所で、彼女は呟き。

守るように、彼の頭をそっと撫で。ほんの僅かなエルメスの安寧を、彼女は守り続けるのだった。