作品タイトル不明
27話 信頼と暗躍
「……ふむ。なるほど」
北部連合拠点にて。
砦の最奥、そこの豪奢でこそないが大きな椅子、この砦の主人が座るべき席。
そこに腰掛ける大司教ヨハンが呟いた。
「──ええ、だからですな! あの者たちはとんでもない悪党でこざいますぞ、大司教猊下!」
そんな目の前で、必死に大司教へと言葉を投げかけているのは、北部伯爵──元伯爵のアスラク・フォン・ハーヴィスト。
エルメスたちの手によって追い出され、教会に保護された彼は全力で、オーバーなほどに身振り手振りを用いて説明する。エルメスたちがいかに悪辣極まる存在で、自分がいかに可哀想な被害者であるかを。
「奴ら、自分たちが北部の兵士たちを好きなように使いたいとただそれだけの理由で! 何もしていない無実の私を強引に捕縛し、追放したのです! そして頼りになるべき北部の兵士たちも一切私を助けようとしない! もうどちらにもほとほと愛想が尽きました、あのような連中がのさばっている限り私のような善良な人間は全て食い物にされ、この国に未来は無いと気付いた次第であります!」
「ふむ。それ故に……我ら北部連合の軍門に下る気になったと」
「はい! やはり教会こそこの国を正しく導けると確信いたしました! 私は奴らが立て篭っている彼の地については熟知しております、必ずやお役に立つ情報をご提供できるかと!」
聞いてもいないことまでぺらぺらと喋り続けるハーヴィスト。ヨハンはそんな元伯爵を赤銅の瞳で静かに見据えていたが、やがて薄く微笑むと。
「……ああ、いいだろう。元よりそのつもりだから保護したのだ。貴殿の北部連合加入を認めたい」
「本当ですか! ありがとうございま──」
「──ただし」
喜色満面で頷こうとしたハーヴィストの目の前で、ヨハンは人差し指を立てると。
「私が良くても、連合の他の人間は納得しないだろう。だから──鞍替えをするならばそれ相応の成果を出してもらわなければね」
「せ、成果……ですか?」
「ああ。知識だけではまだ鞍替えの……いや、『裏切り』の証明としては弱い。実際に彼らを明確に裏切ったと示すためにも、きちんと北部連合の為に体を張って貰わなければね?」
──大方情報だけで十分と考えていたのだろう。
自分の手を汚さず立場を変えても許される。そう心から信じていたハーヴィスト元伯爵の顔に汗が滲む。どのようなことをさせられるのか……と内心考えているのがありありと分かる顔で。
「ああ、安心すると良い」
そんな内心を読み切って、ヨハンは穏やかに告げる。
「体を張ると言っても、大したことをしてもらうわけではない。向かう道中の安全は私の指示に従えば保証するし、きちんと腕の立つ護衛も付けよう。
これは君にしかできない任務だ。──そしてだからこそ、成功した暁には幹部待遇でこちらに迎えることを約束する。どうだい?」
その後半の言葉で、ハーヴィストの目の色が変わった。
名誉欲で不安を捻じ伏せて、精一杯自信のあるような顔つきを作って。
「は、はい! 必ずや、大司教殿の期待に応えてみせますとも! この国を星神の力で正しく導く御大業、微力ながらもお役に立ちたいと存じますッ!」
きっと精一杯大司教が喜びそうな言葉を選んだのだろう。それだけを告げるとハーヴィストは深々と一礼し、教会の人間に案内されるままその部屋を後にする。
扉が閉まり、部屋にヨハンだけが残され。
足音が遠ざかり、近くに誰もいないことを示すしばしの静寂。
それを確認してから──心から、大司教ヨハンは呟いた。
「──馬鹿だなぁ」
それは、自分に都合の良い話だけを鵜呑みにするハーヴィストに対しての言葉であり。
思い通りに動いてくれる北部連合の人間全てに対してであり。
そして──北部の兵士たちに対してであり、エルメスたちに対してである。自分以外の、この反乱に参加する全ての人間に対する嘲弄だった。
伯爵から得た……と言うより確認した情報によると、エルメスたちは伯爵を追い出した後、ハーヴィスト領の兵士たちを『説得して』自らの味方につけようとしているらしい。
ああ、馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
──そんなこと、できるわけがないのに。
「そうか、貴様は知らないのだな。強い魔法使いの少年よ」
大司教は呟く。
彼はエルメスの力を過小評価していない。むしろ自分が今まで出会ってきた中でもトップクラスの力を持っていることもきちんと把握している。
──だが、それだけだ。
「貴様は強い。非常に強く賢いのだろう。……だからこそ、分からないのだ」
ヨハンは、エルメスの力を理解しつつも、エルメスを恐れていない。
何故なら──彼は、『更に強大な魔法使い』に出会ったことがあるし。
その魔法使いを……武力以外の力で打倒したことだってあるのだから。
故にこそ、自信を持って呟く。
「そう、貴様は分からない。──力も持たず、頭脳も持たない。この国の大多数を占める愚劣凡庸たる民が、如何に愚かで如何に考える力を持たず、そして如何に易きに流されるどうしようもない生物かをな」
そして、同時に思う。
──だからこそ、神の導きが必要なのだ、と。
よって、エルメスがあの北部の兵士たちを説得できることなどあり得ない──否、あってはならない、自分がそうはさせない。
そんな、歪ながらも確かな信念に基づいて。
「さぁ、始めようか強い少年よ。愚かさに絶望するが良い。無力さに失望するが良い。そうして鳥籠を見限り、この国を見捨てて去って行け。そう──」
その男は、告げる。
「──かの、『空の魔女』のようになぁ!」
そうして、大司教ヨハン・フォン・カンターベルは。
かつて(・・・) ローズを(・・・・) 王都から(・・・・) 追い出した(・・・・・) 最大の(・・・) 要因を(・・・) 作った(・・・) 男(・) は。
冷酷な嘲笑を浮かべて、かつてと同じように。強くなりすぎた魔法使いに神罰を与えるべく、動き出したのだった。
◆
一方、元伯爵を追い出した後の彼ら。
エルメスたちとハーヴィスト領の兵士たちは、北部連合に対抗するべく。
手を組む──とまではいかないが、一先ずの協力体制を築くことには成功していた。
とりあえずの利害は一致しているのだから当然と言えば当然だが──やはり、向こうからすれば何の前触れもなく急に自分たちの上に立った人間。保守的なこの国の傾向も相まって、簡単に受け入れるわけにはいかないようだ。
だが、問題無いと思う。
そもそも信頼は一朝一夕で生み出せるものではない。以前と同じように、きちんと繰り返し自分たちの立場を示す。
王都奪還の為の戦力が必要であり、かつ王族に仕える人間として国の乱を放っては置けない。そのため反乱を抑えるべく北部連合打倒に動く。それだけであり他意はないことを、行動で証明し続けるだけだ。
その方針の下、まずは兵士たちとの信頼構築と戦力把握、そして向こうの手札の分析。
北部連合に対抗するための準備を行いつつ、断続的に拠点となる砦に襲来する北部連合の兵士──恐らくはこちらを休ませない目的だろう──をエルメスたちが主導となって撃退し続けていた。
そんなこんなで、約二日が経過して。
「……これで、今回の襲撃は以上ですね」
「は、はい! ありがとうございます、エルメス様!」
例によって襲撃、今回は入口とは反対側、森の中からやってきた連合の兵士たちを、ほとんどエルメス単独で撃退して。
一息つくエルメスに、兵士の一人が声をかけてきていた。
「……エルメス様、はやめていただけますか。僕は立場的には平民ですし、変な敬称も何なら敬語も必要ないのですが……」
「そ、そんな恐れ多い! 我々の命の恩人ですし、北部連合と戦ってくださるお方に無礼な真似はできませんとも!」
この兵士は、ここにきた当初ルキウスをはじめとした北部連合の精鋭から逃げているところを助けた例の隊長だ。
そのこともあって、現状は彼と彼の一隊が最もこちらに好意的だ。
……少々必要以上に持ち上げるきらいはあるが、それでも露骨に避けられるよりは遥かにましだろう。
同様に、現在カティアたち他の人間も拠点防衛の為に奮闘しており、その動きで少しずつ信用している兵士たちを増やしていることだろう。
時間は無限ではないが、今はとにかくこれを続けて、内部をまとめることが重要だ──と、その時は思っていた。
その日の夜。
「……さて。どう思う?」
夜の番、監視の役割がエルメスたちに委ねられている時間帯のこと。
ハーヴィスト領の兵士たち、その中でも騎士団長トアを除いた、隊長クラスの人間が集まって会話をしていた。
議題は当然、エルメスたちを信用するかどうかについてである。
「自分は……彼らは信用できると思います」
口火を切ったのは、昼間もエルメスを称賛していた隊長。
「彼ら……特にエルメス様は魔法の能力も強力無比でありながら、物腰も非常に丁寧であの伯爵のように偉ぶったところがない。きっと我々が傘下に入ったとしても尊重してくださると思いますし──必ずや、北部連合を打倒しこの地を守って下さるかと」
「は、どうだか」
それに対して噛み付いたのは、以前も反発した隊長だ。
「お前さんは命を救われた贔屓目があるからそう思うんだろ。今は俺たちの力が必要だから下手に出てるだけだ。──この戦いが終わったら、どうせ。他の貴族共と変わらず、俺たちをモノみたいに扱うに決まってる」
「それも早計だろう」
しかし、そこで更に別の隊長が意見を発する。
「お前も同じく……『あの伯爵に実質的に家族を殺された』経験があるからそう思うだけではないか?」
「っ!」
「少なくとも自分の心情的には、ここ二日間の経験でお前とは逆方向に寄っている。
──そもそも、今更反発してどうする。まず彼らがいなければ北部連合に勝てないどころか……今日までの襲撃だって防ぎ切れたかどうか」
反論できず、当の隊長が黙り込む。
「少なくとも彼らは、信用に足ることをここまで示し続けて下さった。……ならば心情はどうあれ、状況的にもいい加減傘下につき、北部連合との戦いに団結して挑む。それ以外の道はないように思うが?」
続け様の言葉に、他の隊長たちからも反対意見は出ない。
何せ、言う通りだ。そもそも状況的に、北部連合を打倒する為には彼らに従う以外の道がない、ならば──とまとまりかけた、その時。
「……そうとも限らないぞ」
また、別の方向。
今まで黙って話し合いの推移を見守っていた別の隊長が、口を開く。
「……何? どういうことだ、ほかに道があるとでも?」
「ああ」
問いかけに対し、その隊長は至極冷静な口調で。
こう、告げた。
「── 北部連合に(・・・・・) 降伏する(・・・・) 」
全員が、目を見開いた。
そして次の瞬間、質問した隊長が叫んだ。
「馬鹿な! それだけはありえん!」
「何故だ?」
「何故って──北部連合に併合された領地の様子を見ただろう! 領地領民含めて何もかもが全て教会の管理下に置かれ、生産も商売も、発言すらも教会の許可無しでは自由にできない! あんな息苦しい状況に領民を放り込む気か貴様は!?」
「無論、それは俺とて心苦しい。だが──」
その意見を全て受け入れた上で、当の隊長は一息に。
「それが──彼らに任せた結果よりマシでないという保証があるのか?」
「……何、を」
「悪いが、俺はまだあの第三王女派の人間を信用し切れていない」
淡々と、その隊長は続ける。
「貴族というものは、俺たちを使うために近づくときだけはいい顔をするものだ。あの伯爵ですらそうだっただろう。向こうがそうでないという確信を持てる出来事はないし──そして、何より」
そこで──彼は己の体を抱く。震えるように……恐れるように。
そして、告げる。
「……あのエルメスという少年は、 何だ(・・) ?」
「何だ……とは」
「言葉通りの意味だ。そもそもおかしいだろうあんなもの、どう見ても血統魔法としか思えない魔法を十も二十も操っているではないか。そんなの、貴族どころか王族ですらありえない。しかも本人は『ただの平民』と名乗っている。──意味が分からない」
「……それ、は」
「端的に言うぞ。俺にはあいつが…… 人の皮を(・・・・) 被った(・・・) 化け物(・・・) にしか(・・・) 見えない(・・・・) 」
辺りに、沈黙が満ちる。
誰も何も言い出せない。何故なら彼らは全員がエルメスの力を目の当たりにしており……大なり小なり、同じ印象を抱いていたからだ。
エルメスに好意的な隊長ですら、その例に漏れず。恐れが伝染したことを確認すると、当の隊長は尚も続ける。
「あの連中は、表面上はリリアーナ第三王女を立てているが……中心となっているのは間違いなくエルメスだ。あんな……訳の分からない、得体の知れない怪物が率いている集団に……俺は、俺たちを任せたくない」
「っ……」
「エルメスがいつか俺たちに──そして領民に牙を剥いたらどうする? どうしようもない、何が起こるかすら分からない。
ならば……多少領民に不自由をさせたとしても……俺は、少なくとも一定の扱いは保証してくれる北部連合に、この領地を任せた方が良いと考える」
再度、辺りに沈黙が満ちる。
しかしそれは、先程のものとは違う。
困惑ではなく、吟味。今しがたの隊長が述べたことを──少なくとも考慮する余地があると考え、全員が思考を始めた故の沈黙だ。
──そして。
その議論の流れに、ある意味で拍車をかけるように。
「──ほう。中々に聡い者も居るではないか」
その場の誰もが。
予想だにしない方向から、声が聞こえた。
全員が驚きと共に声の方向を見て……更に驚愕した。
何故なら、そこにいたのは。
「伯爵……!?」
アスラク・フォン・ハーヴィスト。
エルメスたちの手によって追放され、現在は北部連合側にいるはずの裏切り者が、どうしてここに。いや、そもそもどうやってここにきた。彼らの警戒を潜り抜ける実力がこの伯爵にあるわけがない、一体何が──と、困惑する一同。
「……何故ここに。……何を、しにきた」
辛うじて、それだけを問いかける隊長の一人に。
伯爵はランプの明かりに照らされたまま、不気味に微笑んで。常らしからぬ口調──『誰かに言わされているような』口調で、こう言った。
「それはもちろん──『あのエルメスという悪魔』に騙されている貴様らを救いにきてやったのさ。貴様らの主人である、この私がな」
かくして。
疑心と不安に囚われる兵士たちの元に、教会の毒牙が迫り。
──その様子を、誰よりも先に。赤髪の王女が察知した。