軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25話 再交渉

北部の名家、ハーヴィスト伯爵家。

その今代の当主、アスラク・フォン・ハーヴィストは強い不満を抱えていた。

不満の内容は一点。──何故自分の家が伯爵家 ごとき(・・・) なのだと。

自分の魔法は、確かに伯爵家の域を出ない……自分ではそうは思っていないが、伯爵家の割には弱いと周りから陰口を叩かれたこともある。

だが、それでも。伯爵家には──自分には、それを補って余り有るほどの鍛えられた魔法使いの集団、兵力が存在するはずなのに。

それを一切理解せず、血統魔法だけを見て自分を馬鹿にする同じ伯爵家や侯爵家の連中。あの愚物共にはほとほと嫌気がさしていた。

これからは血統魔法の時代ではない、数の力がものを言う。今のうちに粋がっていろ──と心の中で舌を出し。

……けれど面と向かって言うことは出来ず、鬱屈としたまま漫然と日々を過ごしていた。

──きっといずれ、周りの方が時代遅れになる。

そんな時期が来ると信じて、耐え忍び……実際は何もしていなかったある日。

表面上は平和だった日常が激変する。北部連合と名乗る大軍が現れ、直後に王都で 政変(クーデター) が起こったと噂に聞き。

──そうして同時に、自分の前に現れた。

第三王女リリアーナ。不当に玉座を奪った第一王子に対する公然とした大義名分にして、自らが成り上がるための都合の良い象徴。

これだ、と思った。

今まで『兵力ばかりを過信するな』『いざと言う時のために鍛えることを怠ってはならない』と意味の分からない的外れな戯言ばかりを言っていた周りの連中を押し除け、自分が成り上がるための最大の駒が、目の前に飛び込んできた。

これまで耐え忍んできたのは、全てこの時のため。この王女はそれこそ──神が自分に遣わした褒美に違いない。そう確信した。

周りにはそこそこ強い血統魔法使いが揃っているようだが……何、問題ない。所詮は向こうの血統魔法使いに勝てないような連中だし、自分にとっては『たかが六人』だ。

せいぜい上手く使ってやろう。そう侮蔑の意思を隠さず、案の定惰弱そうな王女様に自分に極めて有利な……けれど伯爵自身は妥当だと思う条件を吹っかけた。

これも問題はない。向こうは自分たちではどうしようもないからハーヴィスト伯爵家を頼ってきたのだから、この北部反乱を平定するためには呑まざるを得ない。

それに……万が一断られて、向こうが伯爵を突っぱねたとしても大丈夫。

何故なら──自分には、 もう一つの保険(・・・・・・・) が有るのだから。

そう勝利を確信し、伯爵は思索にふける。

今頃あの出来損ないの王女様とその取り巻きは、自分の吹っ掛けた内容について必死に考えているのだろうか。ひょっとすると譲歩を引き出そうとしているのかもしれないが無駄だ、自分は何一つ譲るつもりはない。

そうして向こうを意のままに操り、次代の王国で権力を握る。あの王女も、成長すればきっと絶世の美女になるだろう。今年二十歳になる自分の息子も間違いなく喜ぶ……いや、それこそ息子にだけやるのも惜しいやも知れぬ。

そんな思考すら、躊躇いなく頭の中に浮かぶほどだった。

向こうが必死に頭を悩ませて提示した案を無碍に突っぱねる、その時が楽しみだ。

そう期待していると……同時に、部屋の扉がノックされた。

入ってきたのは、王女とその取り巻き四人。

王女以外に礼儀を払う価値はないだろうと判断した伯爵は即座に視線をリリアーナだけに向け、表面上はにこやかな──けれど胸中は侮蔑の意識で、言葉を発する。

「答えは決まりましたかな?」

「ええ」

答えたのは、リリアーナ──ではなかった。

彼女の横から前に出てきたのは、リリアーナの後ろ盾であるトラーキア公爵家の使用人らしき少年。名前は……エルメス、だったろうか。

またこいつか。伯爵は内心でため息をつきつつも、おそらくこの少年が代理で交渉を始めるのだろうと先の話し合いから理解して声をかける。

「君か、まあ良い。よもや都合が悪くなれば、『使用人の勝手な言葉だから』と彼を切り捨てて言い逃れをするつもりではあるまいね?」

「いいえ、きちんと全員で話し合っております。この場では僕の言葉がリリィ様……第三王女リリアーナ殿下の言葉と思ってもらって構いません」

何やら『切り捨てて』の部分で背後の紫髪の少女──トラーキアの娘が凄まじい怒気を発し思わず腰が引けるが、佇まいを直して向き直る。

「それは結構。では──改めて、答えを聞かせてもらえるかね?」

「ええ。これからも我々は、伯爵様と共に手を取り合って北部反乱の平定に向かいたいと思っています。

しかし……いささか伯爵様の条件に頷けない部分がございまして。この度はそのすり合わせをさせていただければと」

そらきた。

伯爵は内心でほくそ笑みつつ、向こうの言葉を突っぱねる瞬間を期待しながら言葉を紡ぐ。

「なるほど。しかしこちらとしてもそう簡単に撤回するわけにはいかないね。使用人の君には馴染みのない、上に立つものの重みというものがあるのだよ」

「ええ、心得ておりますとも」

しかし、伯爵の皮肉も少年はにこやかに受け流し。

「──ところで、ですが」

続けて、少しトーンの下がった言葉を発した。

「改めて言いますが、我々は伯爵様と手を取り合って北部連合を打倒したいと思っております。これは伯爵様も相違ないですね?」

「? 何を言っているのだ、そんなもの当然で──」

「良かった。と言うのもですね──」

悪寒。

何故か感じたそれの正体を確かめるより前に、エルメスは笑って。

「先程、 教会(・・) 及び(・・) 北部連合に(・・・・・) 宣戦布告の(・・・・・) 書簡を(・・・) 出したのです(・・・・・・) 。

我々第三王女陣営は……ハーヴィスト伯爵家と協力し、貴殿らの打倒準備を進めている。待っているが良い──と」

「…………な」

何を。

言っているのだ、こいつは。

「勝手な行動になってしまったことは謝りますが、こうして早めに牽制しておかないと北部連合が一気にここを攻め落としにかかる可能性がありましたからね。

我々と伯爵様が正式に手を組むと知れれば、向こうもそうそう手を出してはこないでしょう。その時間で、きちんと話し合いを──」

「ま、待て待て待て待て! それは……それは困る!」

容認できない。

自分の許可なくそんな事をしたのもそうだが──

それは、まずい。それは──とても、まずい!

「困る? どうしてですか? 少し先走り過ぎたことは確かですが、伯爵様にとっても教会と北部連合は追い払うべき侵略者であるはず。いずれ出すべき布告を先に出しただけのこと、そう困ることもないでしょう?」

だが、そんな伯爵の内心を。

知らない──のではなく、知っているかのように。見透かすような表情で、エルメスは改めて。

「──それとも、まさか」

致命の一言を述べたのだった。

「 我々と(・・・) 配下を(・・・) 見捨て(・・・) 、 王女の(・・・) 身柄を(・・・) 引き渡せば(・・・・・) こちらに(・・・・) 歓迎する(・・・・) 。

そう教会側からも誘いを受けていた──なんてことは、流石にありませんよね?」

予想通り、だ。

伯爵の脂汗に引き攣った表情を見て、エルメスはそう確信した。

そもそも、最初の話し合いからしておかしかったのだ。

こちらも伯爵の兵力がなければ北部連合に対抗できないことは事実。だが──伯爵側も、自分たちの個人戦力がなければ北部連合に……特にルキウスに対抗できないことくらいわかっていたはず。

つまり、交渉が決裂すれば困るのは向こうも同じはずなのだ。

にも関わらず、ああも強気になった理由。それこそ『決裂しても構わない』と言わんばかりの吹っ掛けぶりだったその根拠。

それが、これだ。

すなわち── 従わなければ(・・・・・・) 王女を(・・・) 攫って(・・・) 教会に(・・・) 亡命する(・・・・) だけだ(・・・) 、という保険があるが故の強気だったわけだ。

だから、まずそれを絶った。

『教会に伯爵との連名で宣戦布告をした』と告げることで、教会への亡命という向こうの保険を絶ち、その上で交渉のテーブルに臨んだわけだ。

これでようやく、当初の通り有意義な話し合いができるだろう。

「──ふ、ふざけるなッ!!」

一方の伯爵は、泡を食ってエルメスに食ってかかる。

「そんな、そんな勝手なことを! 許されるわけがない、今すぐその書簡とやらを回収しろ!」

「そう言われましても、既に使者は発った後です。アルバート様……風の血統魔法使いの足ですから、もう誰も追いつけませんよ」

そこでようやくアルバート、リリアーナの配下のうち一人が消えていることに気づいたのだろう。伯爵は真っ青な顔で震えた後、それを更なる怒りに転化させて。

「ッ、だとすれば尚更! 貴殿らの要求を呑むわけにはいかなくなったなぁ! 私の許可なくそのような勝手をして! どう責任を取るつもりだ! こうなっては全て私の言う通り──」

「そんなことより」

だが、エルメスはそれを静かな圧のある言葉で遮る。

彼の威圧に呑まれる伯爵。そんなエルメスの後ろから、静かにリリアーナが出てきて。

分かってはいたものの少しばかり衝撃を受けた顔で、確認の言葉を告げた。

「伯爵、本当なのですか。本当に……わたくしを、教会に売ろうとしたと」

「ごっ──誤解です殿下!」

そう、その件を暴露されたことによるリリアーナの不信。それがある限り伯爵の狙いは成らず、彼は必死で弁明するしかない。

「事実無根ではございませんか! 私が取り乱したのはそう、そこの従者が貴族の重みを理解しない自分勝手を行なった動揺故のこと!

王家の忠臣たる私が殿下を売るなど! そう、そもそも──そのような証拠などどこにもないではありませんか! 全てはそこの男が私を陥れるために仕組んだ罠でございますぞ!」

伯爵は必死の思考で、そもそも証拠がない事を盾に突っぱねようとする──予想通り。

そして予想していたからには、当然対策もしている。

そこで、ノックの音。扉の向こうにいる人間を知っているエルメスは、振り向いて声をかける。

「どうぞ、 アルバート様(・・・・・・) 」

「なっ──」

伯爵の驚きの声をよそに、入ってきたのはアルバート。全員の視線が彼と──彼の手元にある書類に向けられる。

「……まさか、俺が盗人の真似事をすることになるとは」

そうなんとも言えない表情で告げるアルバートの手元。そこの書類、封筒に押されている印は──紛れもない、教会のもの。

「だが、その甲斐はあった。書類の保管庫に入った結果、この通り教会からの書簡があったぞ。内容に関しては……まぁ、言う必要はあるまい」

そう告げてアルバートは、同様に伯爵へと侮蔑の視線を向け。

「恐らくは、今しがたエルメスが説明した。その通りのことが書いてあったからな」

「貴様、何故……宣戦布告の書簡を持って出たという話では」

「ああ、それはもちろん嘘です。いくらただの布告文と言えど貴方の言う通り、伯爵様の許可なしにそんなもの出すわけがないでしょうに」

ついでに言うなら、これがエルメスが交渉役となった理由だ。

彼は感情が薄く、表に出にくい──つまり、嘘やブラフを見破られにくい。先のはったりで伯爵の失言を引き出すにはうってつけの人材と言うわけだ。

当初はこの流れを考えたカティアが交渉もする予定だったが……『カティア様は嘘がつけませんから』とのエルメスの言に全員が賛同して交代となった。カティアが若干の不満と自覚故の羞恥で赤面しつつも納得して譲った流れである。

だが、こうなった以上。

彼女の公爵家後継者としての言葉の重みが牙を剥く。彼女が最高位の貴族としての、虚偽を許さない威厳を身に纏って前に出る。

「さて、伯爵。あなたの言う通りの確たる証拠に加えて、エルに言われた時のその反応。……まだ言い逃れをする無様は晒せるかしら?」

「っ……」

伯爵は何かを言おうとするが、言葉が見つからないことに加えてカティアの眼光に圧され、声を喉から出すことができず。

それを確認した上で──最後はリリアーナが前に出る。

「リリィ様」

「大丈夫です、師匠。……これだけは、わたくしがやらなければ」

心配するエルメスを止め、リリアーナは伯爵の前に立ち。

「……では、ハーヴィスト伯爵。わたくしの臣下を蔑ろにし、わたくしの身柄を狙ったその罪、許すわけにはいきません。

──第三王女、リリアーナの名において。あなたの伯爵の地位を剥奪します。管理は一旦トラーキア公爵家に預け、此度の動乱が落ち着いた後然るべき処理を」

「で、殿下!」

カティアと比べればまだ御しやすいと見てか。

黙っていた伯爵が尚も口を開く。如何にも彼女を案じるような表情を全力で作り、懇願するような姿勢で。

「どうか、どうか私の言葉に耳を傾けてくださいませ!

その者らは佞臣でございます! 殿下を唆して意のままに操り、次代の王国を我が物にしようと目論んでいるのでございます! 殿下は騙されているのです!」

「……」

「殿下はまだ幼く、外に出た経験も少ない! ものの道理がまだお分かりにならないのです! 貴女様は自身の判断にそこまでの自信と責任がおありか!?」

リリアーナの境遇すら盾にした、あまりにも卑劣な論法。

しかし、彼女は動じることなく。

「……彼らは、なんの取り柄もないわたくしを推してくれました。王都から逃げる時も守ってくださり、導いてくださいました。その事実は変わりませんわ。──だから」

一息置いて、彼女は一歩下り。後ろに立つエルメスへの信頼の証のように、その裾をつまんで身を寄せて。

「彼らになら、師匠たちになら。── 例え(・・) 騙されて(・・・・) いても(・・・) 構いません(・・・・・) 」

心からの、全幅の信を示す言葉に。その場の全員が一瞬呑まれた。

伯爵も例外ではなく、説得も失敗しついに進退極まったことを察して。

「く──っ」

最終手段とばかりに、近くに控えさせている兵士たちを呼ぼうとしたが。

「無駄です。この部屋は、既にサラの結界に覆われているので。生半な相手では入ることもできませんし、声も届きません」

既にそれも読んでいたエルメスが指示し、サラが実行していた事を淡々とリリアーナが述べる。伯爵は追い詰められた反動か、いよいよそのどす黒い憤怒をリリアーナに向ける。

「この……出来損ないの王族如きが、周りの言うことに頷くしか出来ない傀儡の分際で……!」

まさしく自分がそうしようとしたことも忘れ、後先も考えず自らの血統魔法を使ってリリアーナを害そうとする。

しかし、当然。

「どうせ、貴様なんぞに──!」

「──この期に及んで立ち向かおうとする蛮勇だけは評価しますが」

血統魔法を起動する、為に詠唱を行う、為に口を開くより尚早く。

エルメスが、この場の誰にも追いつけない速度で強化汎用魔法を放つ。風の刃が一条走り、伯爵の頬を切り裂いた。

「づぁ……っ、痛、痛い──!」

そこまで深くはないはずだが、伯爵は大袈裟に頬を押さえてのたうち回る。その反応と言い立ち回りと言い、血統魔法での戦いに慣れていないことは明白だ。大方兵力に慢心して自身の鍛錬を徹底的に怠ってきたのだろう。

「僕からは、最後に一言だけ現実を」

もう片方の頬も浅く裂く。痛みと恐怖で震え上がる伯爵に向かって、エルメスは至近距離で一言。

「貴方のような方は、これからの国にはついて来れません。── 時代遅れ(・・・・) です(・・) 」

自分が依り所にしていた考えすら、真逆の形で突きつけられて。

心が折れた様子で、完全に項垂れたのだった。

伯爵は捕縛し、サラの結界の中に閉じ込めておいた。情報を聞き出す意味でもこの後の兵士たちとの話し合いにおいても、この扱いが妥当だろう。

「……」

そうして、後処理を行なっている最中。

リリアーナがもの思いに耽る様子で俯いているのを、エルメスは認識した。

……なんとなく、彼女の考えていることが分かった彼は。

近寄って──ぽん、と。リリアーナの頭に手を置く。

「……師匠?」

「出来損ないの王族、傀儡──そう言われたことを、気にする必要はありませんよ」

リリアーナが目を見開く。まさしくそう考えていたことを言い当てられてだろう。

エルメスは苦笑しつつ、言葉を続ける。

「確かに、今貴女様が出来ることは少ないです。けれど、僕たちが見ているのは貴女様の可能性だ。現時点で劣っている事ばかりを考える必要はありません」

「で、でも……」

それでも、その立場に甘んじて良いわけがないし、時間がそこまであるわけでもない。

そんなリリアーナの考えを汲み取って、エルメスは続ける。

「その上で、早く追いつきたいと望んでくださるのであれば……久々に一つ、師匠らしいアドバイスを」

そう告げ、疑問と期待を向けるリリアーナに向けて、一言。

「『貴女様だけの魔法』を見つけてください」

「わたくし……だけの?」

「ええ。リリィ様は僕と同じ無適性であり、僕と同じ『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』を扱えますね」

けれど、と言葉を区切り、彼自身の師匠を少しだけ真似た声色で。

「──だからと言って。僕と同じことができるようになる必要はないんです」

「……それ、は」

ローズにもいつか言われたことを、繰り返すように。

「悪い意味ではありませんよ。そもそも誰かと全く同じことは絶対にできません。僕の師匠も当然同じ魔法を扱えますが、その方向性は僕とは少し異なっていますし」

「え……」

「それと同じように、リリィ様もご自分だけの、『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』の扱い方を見つけてください。

──そう、丁度王都脱出の際に見せた、『 発動阻害(インターセプト) 』のような。きっと見つけたそれが貴女様の……様々な意味で、進む道になるでしょう」

未だ自分の王家の人間としての、明確な進む道に迷う彼女へのアドバイス。

言われた言葉を噛み締めるリリアーナに対し、エルメスは頭に乗せた手で柔らかく髪を梳くと。

「……それと。『騙されていても構わない』と──そこまで信頼してくださったことは、とても嬉しかったですよ」

「──ふぇ」

「そう思ってくださる限りは、絶対に見限ることはありませんから。だから安心して……しっかりと、ご自分の道を見つけてください」

驚くほど優しく言われた、その言葉に。

リリアーナは照れるように、同時に嬉しさを誤魔化すように俯いて。

「だから……甘やかさないでくださいと、言っているではありませんか……!」

言葉とは裏腹に、小さな両手で頭上の彼の手を押さえつけて。

小動物のように控えめに、向こうから頭を擦り付けてくるのだった。

そうして、リリアーナにされるがままになりつつ。

エルメスは反対方向を向いて……師弟を微笑ましそうに見る、ユルゲンの方向に顔を向ける。

「そう言えば、公爵様」

「ん、なんだい?」

微笑みながらも、首を傾げるユルゲン。

そんな彼に向かって、彼は少しだけ咎めるような口調で。

「公爵様── 全部(・・) 最初から(・・・・) 気付いて(・・・・) ましたよね(・・・・・) ?」

その言葉に、他の作業をしていたカティア達も振り向く。

「伯爵が教会と通じていることも、向こうをこうするしか道がないことも。

……というか、交渉役だって公爵様の方が適任でしたでしょう。一応陣営の危機だったのですが、流石にだんまりが過ぎたのでは……」

「あー……えっと、怒ってる?」

「少しは。まぁ意図もなんとなく分かるので咎めるほどではありませんが」

エルメスの若干の半眼に、ユルゲンが素直な反省の意と共に手を挙げると。

「ごめんね。言う通り分かった上で黙ってた。その理由もエルメス君の推測通り……君たちに知って欲しかったからだ」

その語りに、一旦手を止めて全員が耳を傾ける。

「君たちも分かっただろう? 今回教会は、我々が伯爵を頼ることを見越した上であらかじめ、亀裂を入れるために手を打っていた」

「……」

「組織を相手取るとは、そういうことだ。あらゆる搦手を使ってくるし、時には予想だにしない手段を躊躇なく取ってくる。

当然ながら、これまで相手してきた存在のような独りよがりや強引さは期待しない方がいい──あらゆる意味で、 これまでの(・・・・・) 相手とは(・・・・) 違う(・・) んだよ」

納得する。

今回は回避できたが、ある意味でここも下手すれば詰みかねないポイントだったのだ。

「今後、私の見ていないところで何かがあるかも知れない。そのためにも、今回は君達だけで解決して欲しかったんだ。……ごめんね」

「お、お父様……意図があるのも分かっていました。それに、きちんと今回説明してくれたのなら責めはしませんわ」

素直に頭を下げるユルゲンを、若干面食らいつつもカティアが宥めて。

「ともかく……次は兵士たちとの交渉でしょう。

そういうことなら、ここからも出来るだけ私たちがやります。でも──きちんと危ない状況になったら助け舟は出してくださいね」

少しばかり拗ね気味に告げられた娘の言葉に、ユルゲンは苦笑とともに顔を上げ。

そうして、一つの難局を乗り越え。ようやく、彼らは一歩の前進を見せるのだった。