軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24話 態度

「おお、殿下! よくぞいらっしゃいました!」

北部拠点の中、別の会議室にて。

案内されて入った一行、その先頭に立つリリアーナを人の良さそうな声色が出迎えた。

ユルゲンと同年代ほどと思われる中肉中背の男。全体的に特徴こそないが服装の品は良く、人好きのしそうな笑顔を湛えた壮年の男性、と言った風体だ。

彼こそが、この領地一帯を治める貴族──ハーヴィスト伯爵だろう。

道中でざっと聞いた所によると、彼は伯爵でありながら北部でも随一の兵力を誇ることで有名だそうだ。その兵士を指揮することで権勢を増してきた家で、だからこそ北部連合による暴虐に今まで耐えられてきたのだろう。

そんな当の伯爵は、緊張気味のリリアーナを恭しく──必要以上に謙って迎え、残る五人も同様に座らせると、改めて話し始める。

「これまでの経緯は聞いております。突如の第一王子殿下のご乱心に加え、得体の知れない謎の組織に身柄を狙われるとは! そんな苦境にありながら見事王都を脱出なされた殿下の苦境を思うと、私は胸が張り裂けそうでございました! そしてよくぞご無事で乗り越えなさいましたな、流石は王家の血を引くお方!」

「……周りに恵まれただけですわ」

過剰なほどの美辞麗句の奔流。恐ろしく慇懃で丁寧な言葉の量と圧にリリアーナが気圧されつつ、言葉少なにそれだけを返す。

対する伯爵はそれにも謙虚な心をお持ちだとかなんとかいっぺん通りの称賛を繰り返した後、ようやく。

「それで、ええ。今後はリリアーナ殿下を擁立し、あの忌々しき星教会を打倒する、ということですな! 是非ともそうさせて頂きたい! 我がハーヴィスト家の精鋭全員、殿下に忠誠を誓わせていただきましょう!」

本題に入り、快諾の姿勢を見せた。

なんであれ、協力してもらえるのか──とリリアーナが息をついた、

「それで」

その次の一言だった。

「──当然、 全指揮権は(・・・・・) 私に(・・) 委ねて(・・・) いただけ(・・・・) ますな(・・・) ?」

場が、凍りついた。

ハーヴィスト伯爵の言わんとするところは、リリアーナも……そして、背後に控えるエルメスたちもよく理解してしまったから。

それでも、リリアーナが確かめるように問いかける。

「……それは。今わたくしの後ろに控える五人も、伯爵の麾下に入る……ということですの?」

「当然ですとも!」

一方の伯爵は、何一つ悪びれることなく。

「ああ、もちろん相応の待遇は約束しますぞ。殿下を王都より守り抜いた忠臣たちですからな。……ですが」

自信満々に、己の中の理を説く。

「ここは私の領地ですから。そちらには公爵家令嬢や当主がいらっしゃることも承知していますが、だからといって他所者如きに大きな面をされては、私の麾下の兵士も納得できないでしょう。ここは我が指揮下にて、一致団結することが打倒の近道だと存じますが?」

「……お待ちを」

その伯爵の物言いに、今度はカティアが異を唱えた。

「伯爵。こちらとしても、あなたの意向は汲みたいと考えています。仰る通りいきなりしゃしゃり出てきて全軍の指揮権を寄越せ、と横暴を言うつもりもありません。……しかし……その」

「『こちらの言うことに全て従ってもらう』とまで言うのは如何かと」

前提を述べた後、言葉を選ぶように言い淀むカティア。その意図を汲んで、エルメスが言葉を引き継いだ。

「ハーヴィスト伯爵。それはすなわち貴方が、この場の誰よりも兵士たち、そして僕たちを上手く動かせる、動かせば勝てるとの保証があっての話です」

彼女が言い淀んだ理由は、単純に伯爵を明確に批判する言葉になってしまうからだ。

現在の立場上そういったことを言いにくいのならば、代わりにエルメスが告げよう。

……それに。

この伯爵は、きな臭い。そう考え、エルメスは翡翠の瞳で伯爵を射抜いて。

「こちらには公爵家の血統魔法使いに二重適性と言った、強力な血統魔法使いが揃っています。加えて公爵様は大軍の指揮経験もお有りだし、敵の情報もある程度把握している。

……それを差し置いて、自分に全権を握らせろと一方的に言うのはそれこそ横暴では? 少なくともこちらにも幾ばくかの権利を許していただくことが、星教会を打倒するには効率的かと存じますが」

「エル……」

カティアが呟く。彼にしては穏当かも知れないが、それでも比較的手痛い言葉であることに変わりはない。

けれど彼の意図も分かるので何も言えない彼女の前で、伯爵は少し眉を顰めると。

「……ふむ。君は格好から察するに、公爵家の執事か何かかね? 少々従者の域を出た傲慢な物言いだが、この場に限り許して差し上げよう。……それに」

その笑顔に、紛れもない嘲弄の色を乗せて。

「……『強力な血統魔法使い』? 笑わせてくれるね。

──所詮貴殿らは、 ルキウス殿に(・・・・・・) 手も足も(・・・・) 出なかった(・・・・・) じゃないか」

「──」

……なるほど。そこを突いて来るか。

「良いかい? 戦における血統魔法使いの役割は、『敵の血統魔法使いを倒すこと』。これに尽きる。それすら出来ないで一枚噛ませろとは、なんとも驕り高ぶった発言じゃないか」

「確かに、そう言われると何も反論できませんね。惨敗したのは確かですし。

……しかし、それは貴方も同じでは? 星教会の侵入をここまで許した時点で領地を大過なく守れているとは言い難いでしょうに」

「……ふん、私は負けてはいない。予想以上に手こずっていることは確かだが、敢えてこの一箇所に兵力を集中させているのだよ。それをまとめて運用すれば、我々だけでも打倒は叶うとも。例え相手が六家の連合でもね」

「へぇ、あのルキウス様が居てもですか。それは頼もしいことで」

エルメスの指摘に眉を更に引き攣らせる伯爵。その反応自体が図星と言っているようなものだが、所詮使用人に発言権はないと開き直ってか、エルメスを無視してリリアーナに笑顔を向ける。

「殿下、貴女様の配下は腕こそ立つようですが、少々発言が過激に過ぎるようですな。やはり貴女様が一番話が通じるようだ、どうです、これからの会合は二人で──」

「……わたくしの師匠を、悪く言わないでくださいまし」

対してリリアーナは、少しばかり不信を匂わせた口調で反論する。

「それに……わたくしを旗印として擁して下さるのであれば。人材の登用も含め、わたくしに判断を委ねてはくださらないのですか」

「とんでもない!」

だが、それにハーヴィスト伯爵は『何を馬鹿なことを』と言わんばかりに肩をすくめると。

当然のように、こう告げてきた。

「──殿下は、血統魔法を持たない無適性の王族ではございませんか!」

「!」

「そのようなお方の指揮など妥当性がありませんし、何より誰もついてきませんぞ! 殿下は皆に崇められ、心を預ける拠り所として在れば良いのです!

厳しいことを言うかも知れませんが、これも殿下の御為なのです。どうかこの私めの言うことを信じては下さいませんか!」

そうして、傷を抉る指摘と言葉の奔流に何も言えなくなったリリアーナの前で。

独壇場と化した舞台で、ハーヴィスト伯爵は次々と忠言という名の要望を捲し立ててきた。

まず、今回北部連合に対抗する全権を自分に任せること。

そうして、その後の兵力集めや王都に攻め上がることも含めて自分に全て任せて欲しいと。

その後無事玉座を取り返した暁には、自らを重く用いること。曰くこれは私欲ではなく、論功行賞の観点から当然であり国が立ち行くために必要なのだとか。そう語る伯爵の口調は、まさしく幼子に道理を語るかのようだった。

その後も人事の件でエルメスたちを完璧に蔑ろにしたり、挙げ句の果てには将来的なリリアーナの王配を自分の息子にということまで口を出してきたり。

……その辺りで、リリアーナを含めた全員が察していた。

ああ──自分たちは、 舐められて(・・・・・) いるのだ(・・・・) と。

血統魔法を持たない、傀儡にしか使えなさそうな王女様に。向こうの血統魔法使いを打倒することもできない少数の人員。

ならばどうせ自分の言いなりになるしかない。むしろ自分が上手く使ってやろう。そうたかを括って決めつけて、一方的な要求を次々と突きつけてくる。

……結局、その後も伯爵に言いたい放題言われるままで。

最終的にリリアーナが『今日中に返答するので、時間をくださいませ』と精一杯の声で告げて、一旦その場を退去するのだった。

「……考えてみれば、当然だったね」

そうして、最初の一室に戻ってきた一同。

ユルゲンが反省の声色と共に、伯爵との話し合いの結果を総括する。

「もちろん私は君たちが強力無比であることも、向こうの人員と我々との相性があまりに悪過ぎるだけだということも。そして──リリアーナ殿下が誰よりも可能性を持ったお方だということも知っている。

だが── 北部の(・・・) 人間は(・・・) その(・・) 全てを(・・・) 知らない(・・・・) んだ」

リリアーナの評価は、あくまで身内だけのもの。

加えて……王都から離れた北部までは、エルメスの噂が広まりきっているとは言い難い。トラーキア家の威光も同様にだ。

更には、今回ルキウスやニィナ、そしてヨハンに相対して成す術なく逃げ帰ってきたという事実。それらを加味すれば──北部の人間がエルメス達を素直に受け入れないことは明らかだ。

……まぁ、だとしても。あそこまで取り付く島もないどころか完璧に見下しにかかってくるとは想定外だったわけだが。

それを踏まえた上で、ユルゲンが問いかける。

「さて、このままだと我々はハーヴィスト伯爵の指揮下で戦うことしか出来ない。伯爵が弱いとは思わないが、エルメス君の言う通りここまで追い詰められていることも考えると、伯爵の手腕に期待するのは望み薄だろう。──どうする?」

それに対して……真っ先にリリアーナが反応した。

「わ……わたくしが、なんとかしますわ」

「……殿下?」

ユルゲンが意外そうに声をあげる。それに対しリリアーナは震えながら、

「だって、わたくしが……一番何もできていませんもの。

今回の件だって、つまるところわたくしに威厳がないから、あんな居丈高な態度を取られてしまったんですわ。……こういうことは、上に立つものがなんとかすべきなのに」

その上で、どこか悲壮な覚悟を固めたような声で。

「だ、大丈夫ですわ。伯爵が権勢を欲していることはよく分かりましたもの。他の皆さんを蔑ろにさせない代わりに、わたくし一人が伯爵の言うことを叶えればいいんですわ。伯爵の登用も──その、将来の王配についても。わたくし一人が、犠牲になれば……」

「──リリィ様」

どこか、自棄すら感じさせるその声。しかしそれを遮ったのは──

「……サラ?」

「リリィ様、そうお考えになる気持ちはよく分かります。でも……『そういうこと』ばかりを……自分を蔑ろにする事ばかりを繰り返すのは、だめです」

そうして、サラはリリアーナに近寄って寄り添うように手を置く。

その言葉は、抽象的だったけれど。

ひどく重く、確かな説得力を持っていた。実際に経験したものにしか宿せない何かが言葉に宿っていた。

「そうですね。それに──きっと伯爵はそれでもこちらに一切の権利を与えないでしょう」

「師匠……?」

続けて、エルメスが言葉を発した。

「伯爵は、権勢を求めています。そして恐らくこちらの力が有用で──自分の立場を脅かしかねないことも理解している。だからこそ、僕たちよりも上の立場にはなんとしてもこだわるでしょう。例え戦略的に悪手だとしても」

「そうね。つまり──」

そして、カティアが引き継いで結論を述べる。

「あの伯爵にとっては── 北部反乱に(・・・・・) 勝つこと(・・・・) より(・・) 自分の(・・・) 立場を(・・・) 高める(・・・) ことの(・・・) 方が(・・) 重要(・・) 、ってことよね」

ぴり、と部屋の空気が重くなった。

思わず全員が居住まいを正すほど。それほどの……次期公爵家当主たる可憐な少女の圧力が辺りを包む。

「……個人的な事を付け加えると」

すると、それに呼応するかのように。

エルメスも立ち上がり、ひどく凪いだ声で。

「あの伯爵は、言葉上はリリィ様に敬意を払っていましたが──一度も礼を告げることも、拝跪することもなく。そもそも向こうから出向くこともしなかった。

態度でも、目でも。……最初から最後まで、リリィ様をそれこそ『傀儡』以上の見方をすることはありませんでした」

この場の誰もが一度は見た、零下の激情を翡翠の眼に灯す。

「伯爵の兵を借りる以上、一定の敬意は必要と思っていたけれど。……向こうが侵略者を打ち破る責務を第一にしないのならば、容赦はいらないわ」

「それに、向こうの異様に強気な態度も違和感があります。──こちらの予想が当たっているならば、どう足掻いても協力はできません」

「ええ、だから──」

……ハーヴィスト伯爵の心情も、分からないではなかった。

北部随一と呼ばれる兵力を保持していながら、伯爵の地位に甘んじている不満。生来の上昇志向も相まって燻っていたところに、転がり込んできた動乱と旗印。

押さえつけていた権力欲が吹き出してしまったとしても、仕方ない。

しかし、彼の誤算は。

カティアにとっては、貴族の立場で責務を放棄する輩。

エルメスにとっては、親しい人間を不当に扱われる事。

この場で一番怒らせてはいけない筆頭の二人。

その地雷を──あろうことか、 同時に(・・・) 踏み抜いた(・・・・・) ことである。

そうして、恐ろしく息の合った様子で意思を統一し。

「── ご退場(・・・) いただくわ(・・・・・) 。伯爵には悪いけれど」

「ご許可をいただけるでしょうか、リリィ様」

呆然とするリリアーナの前で、そう告げた主従。

その様子を見て、残るサラとアルバート、そしてユルゲンは同時に思ったのだった。

ああ──詰んだな、と。