作品タイトル不明
65話 予兆
学園の生徒たちの顛末を述べよう。
まず、今回の事件の主犯であるクライドは大罪人、及び今回のテロを唆した組織の人間に対する参考人として事情聴取、そして裁判に回されることとなる。
……だが、事情聴取の方は芳しくないようだ。あの男が魔法を使ってクライドに人相含めた情報を与えなかったこともあるだろうし、本人も頻繁に支離滅裂な言動を繰り返しているとのこと。……聴取をする側の苦労も察せられる。
その分、直接相対したエルメスが情報を伝えておいた。時間が短かった分詳細なことは分からなかったが、クライドより多少はましだろう。
聴取が終われば、裁きの時間だ。……きっともう真っ当に戻ることは不可能だろうが、どのような内容でも最早自分たちにできることはない。後は大人の仕事だ。
加えてヘルムート家も、流石にクライドのやらかしたことが大きすぎたため最低でも大幅な降爵、取り潰しの可能性も十二分にあり得る。
それを告げられた現侯爵は、『教育を間違えた我々の責任だ』と心から沈痛そうな面持ちで語り、どのような罰でも受け入れる姿勢らしい。
学園の生徒たちは、学園の機能が一時停止しているため大半は実家に戻っている。学園を襲った事件、そして学園に吹きつつあった新しい風を受けて、多くの生徒たちが改めて身の振り方を考えるだろう。
これまで通りの姿勢で、学園に通い続けるのか。或いはいっそ学園を辞めて、領地の発展に寄与するのか。
或いは──激変しつつある勢力図に合わせて、大幅に立場を変更するのか。
そう、例えば、
「……ようやくゆっくりできるわね……方々に話し続けて流石にしんどかったわ……」
「ですね……これは、僕も」
「はい……その、お疲れ様です、お二人とも」
現在、エルメス、カティアと共に卓を囲んで紅茶を差し出す、サラ・フォン・ハルトマンなど。
今までは公爵家に避難する形を取っていた彼女だったが……今回正式に名目上は傘下に入った証、兼見聞を広めるための留学的な扱いで、トラーキア家の世話になることになった。
既に男爵家当主、サラの父親との話し合いはそう済んでいる。
……彼女の母親についても、今後時間をかけて向き合っていくつもりらしい。
確かに良好な関係とは言えなかったが……母親の教育によって得られたものも、確かにあった。そう彼女が語ったからだ。
その決断を、エルメスもカティアも尊重すると決めた。
後は彼女を友人として支えるだけだと、主従揃って決心したのだ。
そしてそんな主従加えてサラは現在……心持ち疲れた様子で椅子に座り込んでいる。
理由は先ほどの言葉通り、彼らも方々から事情聴取を受けまくっていたからだ。
それもそうだろう。この三人はあの学園の騒乱を収めた最功労者たちだ。
防衛戦において指揮を取り、魔物撃退にも最大の貢献をしたカティア。
校舎を守る結界を展開し、条件付きだが 魔銘解放(リベラシオン) にも覚醒したサラ。
そして──常識外れの魔法と共に、異次元の活躍でクライドを最終的に撃退したエルメス。
あの光景は、あの場に学園にいた全員が目撃してしまっている。
今までの目撃者とは桁が違う、いくらなんでももう隠し通すことは不可能だ。
既に水面下ではエルメスの調査や実力の洗い出し、手が早い陣営などはかなり露骨にエルメスを引き抜く動きなども見せているらしく、それらを現在ユルゲンが堰き止めているところだとか。本当にあの公爵様には頭が上がらない。
……まあ、ともあれ。
「僅かな間かもしれませんが……少なくとも今日は一息つけますね」
「……はい」
「本当にね。色々あったけれど、またこうやって今まで通り、みんなで一緒の席につけて……いえ」
そこで、カティアが言葉を区切る。
そうだ。『今まで通り』と言うには──一人、足りない人間が居る。
「ニィナさん……」
ニィナ・フォン・フロダイト。彼女がスパイだったことは、当然既にエルメスから話してある。
けれど、決して明確に敵対する意思があったわけではないこと。以前は立場上そうせざるを得なかったが、きっと今度は余地があるだろうことも話した。
彼女の行方は、あの事件の後杳として知れない。恐らくは他の生徒同様実家に戻ったと思われるが、それも定かではない。
……それでも。直感でしかないが、近いうちにまた再会することになると思う。
そう二人にも話したし、二人もそれを信じてくれた。
ならば、今は、それでいい。
「……そうね。本当に今まで通りにするために、また頑張らないと」
決意を込めて、カティアが呟き。二人もそれに同意する。
間違いなく多くのものを守ったけれど、失ったものもある。
今度はそれを取り戻すために……彼らはまた、歩き出すのだ。
そう決心を共有し、穏やかな空気が流れたその後のことだった。
「ところで、サラ」
カティアが、口を開く。
「なんだかエルとの距離が近いような気がするのだけれど、気のせいかしら」
「────えっ」
「今までは、もう少し席を離して座っていたわよね。でも今は……それこそ、私より近いんじゃないかしら。……いえ、席の位置程度でどうこう言うつもりはないのだけれど……何となく、気になって」
円状の机、そこに座る三人の席の位置を指摘して、やや控えめに指摘するカティア。
それに対してサラは、
「……あ、そ、その」
どうやら完全に無意識で、指摘されて初めて気付いたらしく。
ぼっ、と顔を赤らめ、どうにか説明を捻り出そうと四苦八苦するも結局何も思い浮かばず、俯いてしまう。
端的に言うと──一番やってはいけない反応だった。
「……へぇ?」
まずい、と理屈はなくエルメスは思った。
カティアの目がすっと細まる。何やら対抗戦のどこかで見たものと同種の雰囲気が溢れ出す様子を彼は幻視した。
「そう言えばサラ、学園の襲撃が終わって、エルを迎えに行った後どこか様子がおかしかったわよね、ちょうど今みたいに。何かあったのかしら。ええ、気になるわ、とても」
そして学園生活で鍛えられた凄まじい洞察力と直感で一番まずそうなところをピンポイントで指摘してくる。
先ほどまで和やかだった雰囲気に不穏なものが漂い始め、追及に耐えかねてサラが何事かを口走ってしまう、その直前。
こんこん、と部屋にノックの音が響く。
その音で、雰囲気はひとまず霧散する。やってきた人間の正体を把握していたカティアは流石に追及を続けるわけにもいかず、扉の向こうに返答する。
「お父様?」
「ああ。入ってもいいかい?」
カティアが許可を出し、扉が開く。
……正直すごく助かったようだ。
そうして入ってきた、カティアの父親ユルゲン。穏やかな表情で三人を見守る彼に、カティアは問いかける。
「学園での用事は終わったのですか?」
「そうだね。教員たちの処分も済んだ。いずれ機能が復興してからになるだろうけど……きっと、学園は生まれ変わるはずだ」
告げられた、確かなエルメスたちの成果。それを確認できて、彼らは顔を見合わせて喜びを交換する。
それを微笑ましそうに見届けると、ユルゲンは表情を引き締めて。
「……これで、一通りの後始末は終わった。だから……今後の行動方針に関する話をしたいんだが、今いいかな?」
それを聞かされて後にするほど、三人は不真面目ではない。
しっかりと聞く姿勢になった三人を見届けると、ユルゲンは口を開く。
「──王位継承争いが、本格的に始まった」
────。
それは、紛れもなく、次の波乱の予兆。
「知っての通り、これまで圧倒的な最有力候補者、王太子指名まで秒読みと言われていたアスター殿下が……つい先日、正式に継承権を剥奪された」
アスターの裁判が終わり、判決は下った。
大方の予想通り廃嫡は確定、立場を考慮して処刑まではいかないものの、厳重な牢の中で一生を過ごすことになるらしい。
そして……
「それに伴い、他の候補者──これまでアスター殿下……元殿下の影に隠れていた他の候補者、元殿下のご兄弟姉妹。加えてそれを支持する勢力が大きく動きを始めている」
「……荒れますね、お父様」
「ああ、仕方ない。『第二候補』と呼べる人がいなかったからね。……そして」
ユルゲンが言葉を切って、次の一言は厳かに。
「──我々トラーキア家も、ここに参戦する。私たちの思想、考え方を理解してくださる候補者の方に当たりをつけることができた。そのお方を推す。
そう……色々とイレギュラーはあったが遂に、この国を本格的に変える時がやってきたんだ」
「!」
宣言を受け、背筋を何かが這い上がる。
それは今までやってきたことの集大成であり……大きな戦いの、予兆。
その様子を見やった上で、ユルゲンはエルメスに声をかける。
「そういうわけで、エルメス君。それに関連して、今回も君にお願いしたい 極めて(・・・) 重要な(・・・) 任務がある」
「……はい」
ユルゲン曰く『切り札』たる自分に与えられるもの。
それをエルメスは厳かに待ち構え、そこで。
「……ところでだけど、エルメス君。──学校は、生徒としての生活は楽しかったかい?」
突如ユルゲンが、脈絡のなさそうなことを聞いてきた。
面食らいつつも、素直に答える。
「もちろん、はい。色々とありましたが、通わせていただいたことには心から感謝しています」
「それはよかった。……ではきっと、生徒の気持ちもある程度は理解してくれたと思う。そんな君に──今度は生徒ではなく、先生の立場をお願いしよう」
前置きを終えると、ユルゲンは結論を告げるべくにっこりと笑って。
「──お姫様の、家庭教師をやってもらいたいんだ。いいかな?」
………………。
「…………はい?」