軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

64話 公爵の理想

かくして、魔法学園を襲った未曾有のテロは幕を閉じた。

誰も予測の出来ない、一人の生徒の暴走という形で始まったこの事件。それは学園の施設や風評に壊滅的な被害を与えたが……それでも、奇跡的なことに死者、人的被害は一切ないままに事態を終えることに成功したのだ。

その一点によって、学園の評価は辛うじてのところで守られたと言えるだろう。

だが、それは。

この学園の管理者である教員の評価と、必ずしも同一ではない。

「──そういうわけで」

むしろ、今回に限っては真逆と言っても良い。

崩れかけた学園の一室。そこに集められた学園の教員陣を前に、眼鏡をかけた細身の男性が口を開く。

「裁きの時間だよ、教員諸君。この学園を襲った事件に対して──何も出来なかった、その責任を取る時だ」

男、ユルゲン・フォン・トラーキアの冷徹な視線に射抜かれる教員陣。

彼らが座っている場所は奇しくも、以前対抗戦の後エルメスを詰問する場所だった。

あの時は自分たちがこの学園の絶対者だった。自分たちの思う通りに生徒を動かし、教育機関特有の治外法権を利用して自分たちの王国を築くことが出来ていた。

だが、それは今や全て剥がされた。

生徒たちの多くは、既に自分たちの手を離れ。来たるテロにおいては、あろうことか襲い来る魔物たちに対して何もできず、学園の防衛を全て生徒に任せる始末。

言い訳は、最早出来ない。考えうる限りの弁明は全て尽くした上で、それでもどうにもならず、全ての抵抗の手段を奪われてしまったからこそ──最終執行人として、この法務大臣がやってきたのだから。

「責任、責任だと……?」

それを完璧に理解した上で、彼ら教員陣が行ったのは。

「──我々に一体、何の責任があると言うのだ!?」

あろうことか、開き直りだった。

「まず我々の仕事は、生徒たちを教え導くことだ! 生徒たちを守ることではない!」

「そうだ! あんな事態など通常の魔法使いにはどうしようもないではないか! あれを前にしては教師も生徒も関係ない、撃退できたのは、たまたま生徒たちに撃退できる力を持ったものが居たからだ!」

「ああ! むしろ──それほどの力を持った生徒を育てた我々が評価されて然るべきなのではないかね!?」

「……」

変わらない、変われなかった貴族たち。

どうしようもないものは、確かにある。それを認識して、ユルゲンは何も言わず冷たい視線を向け続ける。

……いくら彼らでも、自分たちの言い分が厳しいことには気付いているのだろう。

むしろ何も言われないことが一番堪えている様子で、冷や汗と共に言葉を続ける。

「な……なんだ、何だその目は!」

「我々は悪くない、悪くないんだぁ!」

「そもそも、今までは全て我々のやり方で上手く行っていたではないか! どうして今になってそうではなくなったのだ! おかしいではないかっ!!」

「……そうだね。確かに今までは……表面上、問題が起こることはなかった」

ようやく、ユルゲンは口を開く。

この学園に限ったことではない。血統魔法を受け継いだ、この国全体に言えることだ。

「けれど、それは問題がなかったからではない。とっくにあった綻びを、血統魔法という遺産を食い潰す形で繕っていただけだ。……それが、君たちの代で繕い切れなくなっただけ。君たちが正しかったわけではないんだ」

「なっ……それは」

ユルゲンの返答に、教員たちは一瞬言葉を詰まらせると──

「──なら、尚更我々は悪くない!」

……尚も、開き直りを続けた。

「貴様の言葉が正しいなら、我々は昔からのやり方を踏襲しただけで、何の罪もないではないか!」

「そうだとも! 私たちは運が悪かっただけだ! そもそも──そういういずれ破綻するものを作った側が、与えた側が悪い!」

「そうだそうだ! 我々は被害者だ! 我々だけが昔からの負債を受け取らなければならないなど、おかしいではないかッ!! だから──」

「……へぇ」

ユルゲンは、すっと目を細めて。

「だから── 自分たちも(・・・・・) それを(・・・) 次の(・・) 世代に(・・・) 押し付けても(・・・・・・) 良い(・・) 、と?」

教員たちが、息を呑んだ。

言葉の内容ではない、ユルゲンの威圧に押されての形だ。言葉の内容に関しては、否定するどころか……むしろ丸ごと押し付ける気だったのが顔でよく分かる。

「……そんなわけがないだろう。私たちの代で気付いたからこそ、私たちの代で終わらせなければならないんだよ」

少しだけ熱を帯びた声で、ユルゲンが続ける。

「この国は今、変わろうとしている。過去の遺物に頼りすぎない、力を持った国になろうとしているんだ。その足を引っ張るもの、過去に縋り続けようとする要素は全て──私が、丸ごと持っていく」

そこで言葉を一つ区切ると、軽く息を吐いて。

「……まぁ、君たちの言い分はよく分かった。だから──これ以上、私は何もしないよ」

そう告げられた教員たちは、一瞬呆けたのちに……一斉に汗を噴き出させる。

気付いたのだ。『それが一番困る』と。

そう。正直な話、ユルゲンが何も手を下さずとも彼らは既に詰んでいるのだ。対抗戦のAクラス敗北と、その後の対応のまずさに関しての学園生徒保護者からの突き上げ。

加えて、今回のテロ事件への対応が表沙汰になった件。先程のあまりに自分勝手な物言い、言うのは勝手だが──それを、他の貴族たちが聞き入れてくれるかは別問題だ。

むしろ、裁いてくれた方が良かったのだ。そうしてくれれば、『既に裁きを受けた』ことを強力な言い訳の一つとして使える。

故にこそ、ユルゲンはそれをしない。ここにきたのは具体的な罰を与えるのではなく、『見捨てる』と宣言をしにきたのだ。

そうすれば最早彼らの末路は、他の貴族に四方八方から叩き潰されての圧死以外あり得ないのだから。

聞きたいことは聞けたし、話は終わり。そう言わんばかりに身を翻すユルゲンの背に、しかし一つの声が届く。

「……待て、トラーキア……!」

「……ルジャンドル君か。何だい?」

振り向くユルゲンに、憎々しげな声をあげるのは学年主任のルジャンドル。

彼は年の近い公爵家当主に、怒りと権力への嫉妬に満ちた声色でこう告げた。

「そもそも、お前は何なのだ! いつもいつも、どこからともなく現れては好き勝手場を自分の都合の良いようにまとめて帰っていく! 口ばかり達者な詐欺師如きが、責任ある立場の人間として恥ずかしくないのか!?」

「そ……そうだ! そもそもここは魔法国家、物言いたくばまず魔法を見せるべきではないのかね!?」

「力なき者の言葉など何の意味も持たぬわ! いや、むしろその言葉を力ある者のために使うべきだ! このまま言いたい放題言って我々を侮辱しただけで帰るなど、そんなことが許されるとでも!?」

ルジャンドルの狙いを察して、他の教員も追従する。

……なるほど。ユルゲンはどちらかと言えば文官寄りの人間で、武力、力の面で有名な人間ではない。

その辺りと、魔法国家である特性を突いてユルゲンを糾弾する。あわよくばそうして屈服させ、ユルゲンの権力を自分たちに都合の良いように使う。

色々と分析したが……まあ、要は、『追い詰められたから力押し』と言うわけだ。

……呆れ返りつつ、しかしユルゲンは告げる。

「……つまり何だい、何か物を言うのならそれに相応しい力を見せろ、と?」

ある意味で、挑発に乗るような言葉。それを確認したルジャンドルは口角を釣り上げると、更にユルゲンの逃げ道を塞ぎにかかる。

「そうだとも! ああ、もちろん政治的な力では断じてないぞ? 具体的な魔法の力、そう、血統魔法だ。それこそ我々の証、その優劣こそが貴族の優劣! それが足りぬものの言葉など何の意味も──」

「うん、わかった」

「──なに?」

しかし。

あっさりと、平然とユルゲンは答える。

「ごちゃごちゃ言っているけど、要は『血統魔法を見せろ』ってことだろう? いいよ、見せて困るような人間はここにはいないし。じゃあ、早速」

ルジャンドルが驚く間もなく、ユルゲンは魔力を高め、息を吸って。

「【────】」

唄い、そして。

……彼らは思い違いをしていた。

文官というユルゲンの印象。戦場での功績がほとんど見当たらないという事実。それらから、『ユルゲンの血統魔法は大したことがない』と勘違いしていたのだ。

そして、彼らは思い知る。

彼らの言った通り、ここが魔法国家であることを。魔法があまりに大きく評価されるこの国で、権力を持って成り上がることの意味を。

すなわち──『公爵家当主』が、弱いわけがないのだと。

「な……ぁ……っ」

魔物の襲撃で、ひび割れた校舎の一角。

その中の一室が、地獄絵図と化していた。

教員陣に被害は無い。その代わりに、床や壁のあちこち、どころか全てが抉り取られ、大破し、机全てが粉々に砕け散っていた。

教員たちは全員顔を真っ青にして座り込み、恐怖に歪んだ顔で、中心に唯一立つ紫髪の男を見ていた。

「……どうせ取り壊すとは言え、派手にやりすぎたかな」

「ぁ……き、さま……」

同様に青い顔をしたルジャンドルが、恐怖に震える指でユルゲンを指す。

恐怖を覚えた理由は、二つある。

一つはその魔法の威力。確かに公爵家当主を名乗るに相応しい、凄まじい魔法であった。認める認めない以前の問題で、目の当たりにして分からされてしまった。

だが、それ以上に。ルジャンドルの体を震わせるのは、心胆を寒からしめるのは。

「な、なんだ……その、 おそろしい(・・・・・) 魔法は……!?」

その魔法の、内容だ。

指摘するルジャンドルに対し、ユルゲンは対照的に涼しげな微笑で答える。

「これかい? これはね……私の、罪の証だよ」

意図的にそうしている、そうする必要があるような感情の読めない表情で。

「かつて友から目を逸らし、妻を救うことができなかった私の罪過を象徴する魔法。誓いの形。この国の過去を濯ぎ、未来に託すための力だ」

ルジャンドルは勿論、他の教員も恐怖に呑まれてそれ以上何も言えなくなる。

そんな彼らに向かって、ユルゲンは微笑みかけると。

「安心したまえ。過去に渡っての負債は、我々の世代が引き受けるべき。それは君たちにも同じことであり──そして、私自身も例外ではない」

淡々と、言い聞かせるように語る。

「故に、君たち過去の遺物が残らず破滅した後── 私も(・・) ちゃんと(・・・・) 破滅する(・・・・) 。そうして後は現存する真っ当な貴族と、子供たちに任せようじゃないか」

「──」

そうして、ようやく教員たちは悟る。

この男は。この国で、一部門の大臣にして公爵家当主という王族を除けば最高の権力を持つまで出世しておきながら──

──それに、一切の執着がないのだ。

勝てるわけがない。そもそも見ているものが違う以上、懐柔も臣従も不可能。この男に目をつけられた時点で、自分たちは破滅以外の道がなかったのだと。

完全に心が折れた教員たちに向かって、ユルゲンは最後に一言。

「存分に恨むと良いよ。だから、一つだけ約束して欲しい。この魔法のことはできる限り口外しないこと。特にカティアの耳には入らないように。

……流石の私も、娘に怖がられたくはないからね。いくら君たちでも、破ったらどうなるかくらいはもう分かるだろう?」

最大の恐怖を植え付けられた教員陣は、最早頷く以外の道を持たず。

こうして、ひたすら醜い抵抗を続けていた教員は、遂に破滅の海に沈んだのであった。

学校を出て、帰りの馬車に一人乗りながらユルゲンは思う。

(……流石に、魔法を使ったのはやりすぎだったかな)

魔法に頼らずとも、あの場で彼らをきっちり完璧に破滅させる手段などいくらでもあった。

にも関わらず、漏洩のリスクを負ってまで魔法を使った理由は。完膚なきまでに恐怖を植え付けた理由は。

(……いくら私でも、彼らには思うところがあったのかな)

彼ら──教員陣、貴族たち。特権を守ることしか頭になく、誇りを失った──

──彼の妻を、間接的に殺したものたち。

「私もまだまだだなぁ。……これに囚われる行動はやめると決めたんだけど」

小さく、彼は呟く。

そう、あの日に決めたのだ。過去はあの日に置いて行って、そこからは未来に託すための行動をすると。それが、友への贖罪になると思ったから。

故に、ユルゲンは思考を切り替える。過去ではなく、未来のことへと。

学園は変わった。確かに校舎は滅んだけれど、一人の少年を中心として多くの人に変化の意思は伝わっただろう。ユルゲンの、狙い通りに。

(……まぁ、とは言え。学園機能を壊滅させられたのは間違いなく変化を波及させる上では痛手なんだけど)

それを成した、王国の裏側に暗躍する組織。

存在は勿論知っていた。けれどここまで早急な行動を狙ってくるとは予想外だったし……きっと、今後も躍動は更に加速すると思われる。

エルメス達を中心とした王国の変革、その大きな敵として今後も立ちはだかることは間違いないだろう。

エルメスの魔法が大々的に明かされてしまったのも当然当初の予定には無い。出来れば切り札としてもう少し秘めておきたかったのだが、まあそう上手くはいかないものだ。彼に対する他の貴族の反応のケアも必要か。

……とまぁ、色々あったけれど。

総合的には確実に、前に進んでいる。彼の目的、そのゴールは確実に見えるところまでやってきた。

後は王国を完全に変えて憂いを無くし、その先を未来に託して。

それで自分はお役御免。宣言通り権力を全て手放して破滅する。

とは言え、死ぬつもりはない。理由は単純、死ねば娘が悲しむからだ。

それくらいには娘に慕われている自信があるし、彼自身も勿論愛情を持っている。

故に、一人の親としては──せめて娘の結婚くらいは見守りたいものだが。

「……現時点での最有力候補があの調子だからなぁ……」

これにはユルゲンも苦笑する。

この目標においては、色々な意味で彼は強敵だ。加えてなんだかあの学園生活を通してある面での強敵度が更に加速したような気配さえする。

有力な傘下の魔法使いが増えることは喜ばしいが、その点においてだけは非常に反応に困るというのが本音だ。

加えて、自分の今後の行動によってはむしろその部分を加速させかねない辺りが何とも皮肉なところである。

「……まぁ、そのことで下手に干渉するつもりはないけれど」

流石に、子供たちの青春に土足で踏み入るほど野暮ではない。

それに──むしろ、そういう光景こそがこの先を作ると彼は信じている。

だから、まあ、きっと──大丈夫だろう。

(……少し、疲れたな)

丁度良い、馬車が家に着くまでに仮眠を取ろう。ただでさえ、慢性的な睡眠不足に陥りがちなのだし。

それに……きっとここから先は、もっと忙しい日々が待っているし。

思考を穏やかに、口元は緩めて、輝かしい彼らの未来を夢に見て。

理想を目指す男が一人、穏やかに微睡の中に沈んでいくのだった。