軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60話 報い

学園の一角で、甲高い音が響いた。

校舎を防衛している者たちも、校舎に籠った者たちもその方角に目を向ける。

そして、見た。

黒い塊に多数の目と蠢く触腕、見るも悍ましい化け物が吹き飛ばされて転がってくる様子と。

──それに向かって走る大剣を持った少年と、光輪を宿した美しい少女の姿を。

多くの者にとって、何が起きているのか詳細は理解できなかっただろう。

だが、全員これだけは理解した。

あの化け物が、現在この校舎を襲っている魔物たちをけしかけた元凶で。

そして──それを倒そうと駆けるあの二人こそが、自分たちの希望だと。

故に、生徒たちは願う。

「がんばれ」

幾人かの生徒は、その少年がこれまで蔑んでいたエルメスであることに気付いたかもしれない。

けれど関係ない。もうこの戦いで己の無力は嫌というほど思い知った。

だからこそ、今は願う。この学校で最も、真に魔法使いだった少年に。

「倒して」「お願い」

多くの声が聞こえる。多くの声援が背中を押す。編入時点では誰よりも蔑まれていた少年に、今は誰もが希望を託す。

その締めくくりとして──紫髪の少女が、その美貌に安堵の表情を浮かべ。

そのまま、最も信頼する従者へと不敵に言い放った。

「──行きなさい、エル」

彼の返答が、風に乗って届いた気がした。

「ぁああああああああああ!!」

逃げ腰のクライドが、絶叫と共にがむしゃらに魔法を触手を叩きつける。

だが、当たらない。ここまでの戦いで向こうの行動パターンは完璧に把握している。

よって、届きようがない。どれほど素の能力がエルメスより優れていようと、分かっている攻撃を相手に彼が負けようはずもない。

それを証明するように、全ての攻撃を掻い潜ったエルメスが紫焔の大剣を叩きつける。

「────ッッ」

声にならない絶叫が響く。先ほどと違って恐怖に支配されている分、痛みがより鮮明に感じられているのだろう。

たまらず、と言った様子で身の回りを幾重も触腕で覆う。なるほど、剣を受け止めた上で奪う気か。

なら、魔法を変えるだけだ。今の魔力量ならその手が容易に取れる。

「術式再演──『 火天審判(アフラ・マズダ) 』」

彼のかつての主人の魔法。血統魔法最大クラスの劫火が腕の守りごと焼き払う。あるいはそれは、主人を心中で嘲り続けた彼への皮肉だったかもしれない。

更なる絶叫が轟く。辛うじて再生しながら炎から脱出し、苦し紛れの反撃を放つ。

しかし、全て無効。クライドのあらゆる対応はエルメスの持つ無数の魔法によって悉く無効化される。学園に通う生徒たちの魔法、クライドが心の中で見下し続けていた魔法の数々が報いのようにクライドへと襲い来る。

それでも尚、逃走と反撃でその場凌ぎを繰り返して足掻き続けたクライドだったが──ついに、破滅は訪れる。

「……『 精霊の帳(テウル・ギア) 』」

穏やかで凛とした声。エルメスのものではない。

見ると、魔力を受け取ったサラの方も魔法を発動していた。

そして、気づく。

自分とエルメス、二人を取り囲むようにして光の檻が形成されているのを。

──閉じ込められた。

逃走も、逃げながらの反撃も封じられた。

そう状況を正しく認識してクライドは、既にその機能はないが冷や汗をかく。

無論、今の自分の力であればこの程度大した拘束にもならない。多少の時間があれば破ることは容易だ。

……だが。逆に言えば多少の時間はかかるということであり。

当然、眼前の男がそれを見逃してくれるはずがない。

「……あ、あ」

「では、予定通り」

絶望の呻き声をあげるクライドの前で、エルメスは宣言し。

「ひたすら焼き斬らせていただきます。──お好きなだけ、魔物の命を使ってくださって結構ですよ」

再度顕現した、炎の剣を断頭台の如く振り下ろしたのだった。

(ぅああああああああああああ────!!)

熱い。痛い。苦しい。痛い熱い痛い痛い痛い痛い──

最大出力で放たれた紫焔の一撃。

それをもろに受けたクライドは、総身を襲う最大の苦痛に心中で絶叫を上げる。

全身が焼け爛れる。灼熱の刃が容赦なく自身を切り刻み、内側が焼け焦げる不快感に発狂する。息を吸って取り込めるのは熱風のみで、呼吸が最悪の作業になる。

本来人が生きられない空間に無理やり放り込まれ、生命維持に必要な作業ですら生命を破壊する行為となる正しく地獄。クライド一人程度の命など軽く奪ってあまりある獄界は、速やかに彼の意識を奪い去り──

(──ッッ!!)

だが、即座に覚醒する。覚醒させられてしまう。

何故なら、復活するからだ。

彼の肉体と同化したコウモリの魔物が必死に魔法を回し、別の魔物の命を使って彼に死ぬことを許さない。

『ご主人さまを死なせない』。そんな心からの忠誠心が、何を置いても大切な主人の命だけは守ろうと奮闘する。

結果──いつまでも、地獄の苦痛が終わらない。

(痛い、痛い……! ぁ、ぐ、た、助けて……!)

苦痛、絶叫、喪心、覚醒、苦痛、絶叫、喪心、覚醒──

クライドにとっては、終わらせようにも終わらせられないひたすらに心を削り取る絶望のループ。魔物の命の数だけ続く報いの炎獄。

救いを求めても当然無駄。彼にとっては頼もしい配下だった魔物たちは、今や苦痛を長引かせる彼にとっては害悪でしかないものと化していた。

(ああああああああ!! なんで、なんでだ、僕がこんな目に遭わければならないほどの悪行をいつ為したと言うんだッ!)

一向に慣れる事のない苦しみ。それを紛らわせるためにも、彼は世界を恨む。終わりのない絶望に耐えられず叫び続ける。

(僕は、この国を変えようと頑張っていただけなのに! 変革者は受け入れられにくいものとしても限度があるだろう、この国には馬鹿しかいないのか!?)

恨み事を吐き続けていた彼は、剣閃の隙間から見る。

今も自分を苛み続けている少年と──その奥にいる、少女の姿を。

……その少女は、美しかった。溢れんばかりの澄んだ魔力を湛え、美麗な光輪を宿した彼女は、それこそ天使のようで。

既に彼にとっての怒りの対象と化していても尚、どうしようもなく心が惹かれるほどに美しかった。

そんな彼女が、エルメスの後ろに控えているという、事実。

(なんでだ……彼女は、僕のものであるはずだったのに。僕が導くことで最も輝くはずだったのに! こんな男に堕落させられて、おかしい、おかしい! この国は何もかもが狂っている……!!)

それを見て、エルメスに対するどす黒い嫉妬と憎悪が湧き上がる。その憎悪の対象に今ひたすら成すがままに断罪を受けているという事実が、尚更己の分を証明されているようで余計に暗い感情が溢れてくる。

……けれど、最早、どうしようもなく。

飽和する苦痛に対して既に感覚が麻痺してきた彼は、ふっと力を抜く。

(……ああ。もういいさ)

諦めたような表情。だがそれは罪を受け入れたからではなく、

(もう残りの魔物も少なくなってきた。死ぬんだろう、僕は。いいよ、この国は僕が変えようもない程に腐っていたということだ。ああ、なんて可哀想なんだろうね僕は、正しいことをしようとしたばっかりにこんな目に遭って。もっと良い場所に生まれていたらなぁ……!)

一切反省などする事なく、ただただ自分以外を最後まで恨みながら。

死ぬことだけを受け入れた……つまるところ、現実逃避だ。

そうして、遂に再生のための魔物も尽き。彼の魔法がクライドの命を削り切る。

後はあの忌々しい剣に自分が切り裂かれるんだろうと、不貞腐れたように受け入れる。

己を、とても可哀想な悲劇のヒーローと定義して。自己陶酔に浸ったまま命を終えようとした──

「──すみませんが」

その瞬間だった。

エルメスがあろうことか、丁度魔物のストックを削り切ったタイミングで炎の剣を解除して。

そのまま無造作に手を伸ばし──クライドの外側である黒い魔物の頭部を鷲掴みにする。

(!?)

「こちらの聖女様は、貴方の命を取ることまでは望んでいない」

サラの慈悲。

彼の言葉からそれを読み取ったクライドは、若干の希望を見出して──

──だが、そんな生易しいものではないと示すように。

エルメスは、軽く目を細めて告げる。

「だから…… きちんと(・・・・) 生きて(・・・) 償いを(・・・) して(・・) もらいます(・・・・・) 」

(!!)

その言葉の残酷さを理解してしまったクライドが目を見開いた瞬間。

「【在らざる命よ 枷なき心よ 禍星(まがほし) の館に集い給え 宴の御旗は此処に有り】」

クライドを更なる絶望へと叩き落とす詠唱が聞こえると同時に。

「術式再演──『 万里の極黒(エインヘリヤル) 』」

きっちりと解析し終えていたエルメスが、魔法を起動する。

そして……クライドは、 剥がされていく(・・・・・・・) 感覚を味わった。

(あ、ああ……! やめ、やめろ……!)

己に纏わりついた黒い魔物が。己に絶大な力を与えていた魔物が。

同じ魔法を再現したエルメスの、クライドよりも遥かに優れた手腕でもって支配を奪われ、きちんと『クライドだけ』を残したまま剥ぎ取られていくのを感じる。

「やめてくれ、それまで奪われたら僕は、僕はぁ……!」

「……本当に、嫌なところばかり殿下そっくりですね」

既に真っ当な口が聞けるようになった……つまりほぼ人の姿に戻されつつある彼が発した言葉に、エルメスが嫌そうに顔を歪める。

同時にクリアになってきた思考で……クライドは再度はっきり認識する。

ここで生き残った意味。『生き残ってしまった』意味。

これほどのことを起こし、ここまでのことをやらかしてしまった──生きている以上は必ず償わなければならない、莫大な罪業を。

「や、やめ、てくれ……!」

「……」

返答は既になく、回答は魔法の継続でもって。

自己陶酔に浸ったまま死ぬなど許さない。死んで勝ち逃げなど許されない。

言葉通り、生きて償いをすること。それこそが、クライドにとって最大の──死んだ方がましだったと思える最大の罰なのだ。

そうして、ぶちりと音を立てて。

クライドから、完全に魔物を剥離することに成功した。

残るのは痩せ細り衰弱しきった、けれど生きている……生きてしまっている少年一人。

「ぁ、あ……」

呆然と地面に目を向けるクライドを、二者二様の表情で見下ろすエルメスとサラ。

全てを敵に回し、得られていた相応の名声も全てかなぐり捨て、そうして手に入れたはずの味方も全て奪われ、最後には己のアイデンティティたる魔法も奪われた。

加えて一生分の地獄の苦しみを味わった果てに、代わりとばかりに背負わされたのは、あまりにも大きすぎる業の枷。何も無くなった少年には重すぎる、一生を費やしても払いきれないもの。

剥奪と苦痛、そして罪過。

分に見合わぬ力を、過剰に周りから与えられていた。与えられてしまっており、それを全て己のものと勘違いした人間の──それが末路だった。