軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55話 悪意の牙

「ははははは! 手も足も出ないじゃないか!」

かくして再開した、黒い魔物と化したクライドの猛攻。

絶え間なく飛んでくる、そこらの血統魔法など軽々と上回る威力の魔法。加えて時にそれを組み合わせた魔法まで合わさった結果、結界魔法を駆使しても工夫しなければ防ぎ切ることは出来ないほどの暴威と化す。

更に、そうやって足を止めて防御に徹していると、そこを嘲笑うように飛んでくる触手による薙ぎ払いの一撃。これは『 精霊の帳(テウル・ギア) 』ですら物ともせず破壊してくるため強制的に防御を剥がされる、そこで尚も畳みかけるような魔法の連撃。

彼らのスペックを遥かに上回る凄まじい攻勢に、エルメスとサラはクライドの言う通り、ほとんど防戦一方を強いられていた。

「ほら、ほらぁ! どうせ今まで調子に乗ってたんだろう、僕が血統魔法を使えないのをいいことに、絶対に勝てるからって粋がっちゃってさぁ!」

なお。

この攻撃を実際に行なっているのは厳密にはクライドではない。現在肉体駆動の主導権は、操作能力に優れるコウモリの魔物に完全に明け渡している形だ。彼はその上で意識だけを表面に出し、かつそれを己の力と思い込んでいるだけである。

……それに一切疑問を抱かない辺りに、彼の本質が現れていた。

ともあれ、猛攻は続く。

エルメスとサラがどうにか連携して致命打は防いでいるが、逆に言えばそれが精一杯。反撃を差し挟む隙がない。

これまで散々自分の思い通りにならなかった代表のような男と、自分が目をかけてやったにも関わらずその手を突っぱねた女。それを一方的に嬲れる愉悦に、クライドは存分に浸っていた。

「……」

だが。彼は知らなかった。

これまで、エルメスよりも圧倒的に劣る力しか持ち合わせなかったが故に、戦う上での、魔法を扱う上でのエルメスの本質を見抜くことができなかったのだ。

すなわち──『同格以上の相手とどう戦うか』ということ。彼の、本当の恐ろしさを。

「……なに……?」

クライドがそれに気づいた時には、戦況は致命的なまでにひっくり返りつつあった。

まず、魔法が結界を破壊する頻度が極端に減った。より効率よく、より徹底的に攻撃を防がれつつある。

それを認識した瞬間に、向こうから炎の魔法。久々の反撃だ。

「くっ!」

ある程度余裕を持って魔法で防ぐが──そこで、更に気付く。

今の魔法。先程までに散発的に受けていた魔法と比べて……明らかに、威力が上がっている。

「──なるほど」

疑問に埋め尽くされるクライドの元に、エルメスの声が届く。

「いくら外側が異形でも、使っているのは人間の体。それでどうやってそこまでの魔力出力を得ているのか疑問だったんだけど……」

彼はこんな状況でも、あくまで恐ろしく冷静に。

「魔力の流れ、回路を意図的に自傷しているのか。それに対する肉体の反応、過剰修正力を出力の後押しにしている。……基本的に傷つくことを忌避する人間には思い至り難い発想だ。なるほど──」

表情は変えないまま、しかしその翡翠の瞳だけは爛々と輝かせ、告げる。

「── いいね(・・・) 、 それ(・・) 」

「ぐ──ッ!?」

反撃の魔法の威力が、更に上がった。

クライドもここでようやく、その謎に辿り着く。

──学習しているのだ。彼は魔法を防ぎつつ、コウモリの魔物がクライドの体を、魔力をどう使って魔法を扱っているのか。

『魔物の思考で人間の肉体を操作する』というこの極めて特異な状況を、極めて貴重なサンプルケースと見做し。それを己の魔法の扱いにも適応すべく、解析と再現を行った。あたかも、先ほどコウモリの魔物にやられたことをやり返すように。

生来の特性に加えて、窮地に慣れた精神性。魔法の研鑽を続けてきた故の高い応用力と柔軟性。

そして何より──彼の目的を、在り方を示す、桁外れの観察能力。

かくして行う、学習と進化。絶え間なく進歩を続ける、彼の魔法の特性。

『優れた相手から見て盗む』。それこそが、彼の本質。

故に──彼より高い能力を 持ってしまった(・・・・・・・) 時こそ、彼を最も警戒すべき時だったのだ。

だが当然、クライドにそんなことなどできるはずもなく。

「調子に、乗るなッ!」

苛立ちと共に悪態をつく。そんなクライドの意図に応えるように、今度は触手による薙ぎ払いをエルメスにお見舞いする。

だが……それにも彼は、予想を超える対応を見せた。

「!?」

エルメスが今度は、『 精霊の帳(テウル・ギア) 』を斜めに展開。

そのまま、触手の攻撃をそれに沿って『滑らせる』形で、軌道を逸らして防いだのだ。

これは、かつてローズとトラーキア家で戦った時にも用いた手法。通常の結界ではあっさりと破壊されてしまう攻撃を最小限の消費で防ぐための結界魔法の使い方だ。

だが、『視認すら困難なほどの攻撃』に対して同じことを行う難易度は、当然ながら跳ね上がる。

にも関わらず、彼がそれを成し得た理由は──

「……速いけど、軌道は単純だ。流石に作ったばかりの体じゃ複雑な挙動はできないのかな」

これも、観察の賜物。触手の動きを完璧に見切ったことの証左に他ならない。

そしてこのエルメスの一言を境に、遂に攻守が逆転した。

「このっ!」

躍起になって魔法を放つが、悉く防がれる。合間の反撃も更に威力と精度を増し、遂にクライドの方が防ぎきれなくなってくる。

エルメスは多様な魔法を切り替える都合上どうしても詠唱の隙が生じるが、そこはサラのサポートによってカバーする。

必然、戦況は更に傾き。ある瞬間、魔法の余波でクライド側の肉体がぐらりと揺れる。

その隙を見逃すはずはなく、エルメスはここぞとばかりに大技の詠唱を開始する。

向こうが体勢を立て直し、次の攻撃をサラが防いでくれている間に詠唱を完成させ。

「術式再演──『 無貌の御使(ルナド・サラカ) 』

術式複合──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』」

複合血統魔法、自らが魔弾と化す神速の一撃を装填。

足に力を込め、同時にその胸には無言の矜持を抱く。

それは師より創成魔法を受け継いだ者として譲れないもの。再現者としての揺るぎなきプライド。

すなわち──『 僕と同じこと(解析と再現) で簡単に僕に勝てると思うな』と。

ある意味で初めて『エルメス自身の解析』をされた意趣返しも込めて。

エルメスは魔法を起動、溜めた力を解放し、突撃。

黒い魔物の右半身を、根こそぎ撃ち抜いて削り取った。

手応えあり。

突撃の勢いのまま反対側に駆け抜けつつ、エルメスはそう思考する。

あの魔物の生態は知らないが、 人間(クライド) をベースにしている以上どこかに限界は必ずある。

それを踏まえて考えると、今の一撃は確実に決定打になりうる一撃だった。中のクライドもタダでは済まない──と言うより、手応えからするに最低右腕は肩ごと弾け飛んでいるはずだ。

無論、油断はしない。ここから確実に詰め切る──とエルメスはクライドの方を振り向いて、

あり得ないものを見た。

「…………え」

ない(・・) 。

傷がない。穴がない。今まさにエルメスが穿ったはずの右半身が、綺麗さっぱり戦う前の姿を取り戻しており。眼前にあるのは相も変わらず万全の黒い魔物。

どういうことだ。

まさかエルメスが撃ち抜いた後の残心、目を離した僅か一瞬未満の隙に傷を完治させたとでも言うのか。

それこそあり得ない。そんな性能は通常の回復魔法では──いや、エルメスの知るどんな回復魔法の領分も遥かに超越している。

向こうが回復系統の魔法も使えることは当然考慮に入れていた。だからこそ、瞬時の回復は絶対に不可能な傷を負わせるために今の魔法を選択したのだから。

からくりが読めない。

構えを取りつつ猛然と思考を巡らすエルメス。そんな彼の元に、声が降ってきた。

「……ああ、痛い。痛いなぁ」

クライドだ。彼は黒い魔物の形態のままくるりとこちらに振り向き、三日月の口を醜悪に歪ませながら耳障りな不協和音で語る。

「ひどいなぁエルメス。仮にも学友の腕をそんなに躊躇なく千切るなんて、君は本当に人間かい?」

その言葉からするに、攻撃が効いていたことは間違いない。

ならば何故、との疑問は、次の得意げなクライドの声で明らかになった。

「でもね、無駄なんだよ。君がどんなに涙ぐましい努力をしても、工夫を凝らして攻撃を届かせても無駄なのさ! だって──僕の忠実な魔物たちが、代わりに傷を受けてくれる! 代わりに死んでくれる! ああ、これこそまさに命の有効活用だよねぇ──!」

「…………まさか」

それを聞いた瞬間、エルメスの中である推理が明確な像を結ぶ。

まさか、コウモリの魔法である情報の共有。それを先ほど発展させ、魔物の扱う魔法をも共有していたように。

「……魔物の、 生命も共有(・・・・・) している……!」

それならば、異常な速度の再生も説明がつく。

だが、だとしたら。

この恐るべき魔物を。強力な物理攻撃、複数の魔法、複合魔法も操る存在を。多少は慣れてきたとは言え、未だ紛れもない脅威としてあり続ける敵を。

あと、 何回(・・) 殺さなければ(・・・・・・) いけない(・・・・) のだ──?

「っ!」

落ち着け。怯懦は後だ。そう己を叱咤する。

もし推理通りだとしたら、最悪この場の魔物が全滅するまでこいつを殺し続けなければいけないことになる。

そんなことは不可能だ。手法云々以前に魔力が絶対的に足りない。

ならば別の方法。再生不可能な箇所を見つけるか──或いは、向こうの『 命の貯蔵(ストック) 』を校舎側の人間が削り切ってくれるまで時間を稼ぐか。

とにかく、攻撃の手を緩めず攻略を見つける。瞬時にそう判断し突撃を再開しようとしたエルメスだったが。

「…………あ、そうだ」

その瞬間、人間の姿であればぽんと手を打っていただろう声色でクライドが呟き。

──くるり、と再度エルメスに背を向けた。

「な」

通常ならあり得ない暴挙。明確に自らの命を狙っており、それを成しうる手段を持った相手にそのような行為は自殺以外の何者でもない。

だが……その瞬間エルメスは、激甚な悪寒を感じ取った。

「そうだよねぇ。君に殺されても死なないなら、わざわざ君から関わる必要もない」

「!」

「ならさぁ──」

そうして、クライドはいくつもの掌に強力な魔法を宿し。

その全てを── サラの方へと向けた(・・・・・・・・・) 。

「え……」

「殺しやすい奴から、殺してしまえばいいよねぇ!!」

それは、紛れもなく有効極まりない手段だった。

エルメスに背中を撃たれても構わないからこその手法。命を複数持ちうる故の暴挙。

一つの魔物の命を犠牲に、 弱い方(サラ) から殺す。

恐ろしいほどに効率的に、この上になく醜悪で、だからこそ有用な命の交換。

故に、エルメスは読めなかった。

初見の特性で圧倒されたことに加えて、この期に及んで自分と真っ向から向き合わないというあまりにふざけたクライドの意思。

『悪意』という、エルメスがクライドに唯一劣っている部分故に、気付くのが遅れてしまった。

そうして、彼らは知る。

エルメスが良しとし、その力を信じ、それを求め続けるに足る高潔な想いが。

どうしようもなく卑賤で、薄汚く、矮小な悪意の牙で、引き裂かれることもあるのだと。

「じゃあねぇ、偽善の聖女様──!」

最早魔法の起動も間に合わず、サラ一人で対抗できる手段もない。

故に、防ぐことが絶望的に不可能な、致命の魔法群が──

──容赦なく、サラに向かって放たれたのであった。