軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49話 貴族の姿

複合血統魔法、とエルメスが呼ぶ彼の新しい技術。

それはまさしく名の通り、複数の血統魔法を組み合わせて一つの魔法にすることだ。

元より、下地はあった。

彼が『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』の 魔銘解放(リベラシオン) で初めて創成した魔法である『 灰塵の世界樹(レーヴァテイン) 』、あれはもともといくつかの魔法から要素を抽出した上で合成して成功した魔法。

流石にあれほどの複雑な合成は、今の彼にもう一度やれと言われても不可能だが──それよりも比較的簡単な、そう、二つ程度の魔法の組み合わせ程度ならばできなくはないのではと考えた。

「【六つは聖弓 一つは魔弾 その 引鉄(ひきがね) は偽神の 腕(かいな) 】」

それに、彼はこの学園に入って非常に多くの魔法を己のものとした。ここまでサンプルがあれば、魔法ごとの特徴や共通点からある程度の法則が見えてくる。より構造の理解が進み、それはそのまま応用の幅、つまり抽出の精度や合成の再現性に繋がる。

その知識を元に、彼は学園外で幾度か 魔銘解放(リベラシオン) を発動、有用な魔法の組み合わせを探るべく、叡智の洪水へと潜り続けた。

……とは言え、流石に血統魔法、その複雑かつ深遠な魔法構成を多少なりともいじることは想像以上の困難を伴う作業だったが……

それでも、いくつかは見つけた。既存の血統魔法の枠に収まらない、今の彼にとっては傑作と呼べる複合魔法を。

「【光輝裁天 終星審判 我が炎輪は正邪の 彊(かぎり) 七つの光で天圏を 徴(しる) せ】」

これが、その一つ。

魔力消費は二倍を大幅に超えて凄まじく、二種類の詠唱を行わなければならないと弱点も多い。

だが──魔法の威力や性能は、元となった魔法を遥かに上回る。

「術式再演──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』

術式複合──『 火天審判(アフラ・マズダ) 』」

かくして、灼熱の魔弾がもう一度魔物の大軍に殺到する。

的確にBクラス生を避け、彼らが押し留めていた魔物達に直撃。凄まじい威力とともに再度吹き飛ばすが、

「……なるほど」

直撃させたはずのエルメスの表情に、油断はない。

何故なら…… 誰も(・・) 落とせて(・・・・) いないからだ(・・・・・・) 。

彼は見た。灼熱の魔弾が直撃する瞬間、魔物が複数体寄り集まって──全員が結界の魔法を起動。

何重にも重ねた防御の魔法で、魔弾を完璧に防ぎ切ったことに。

衝撃で吹き飛ばされることは避けられなかったものの、魔弾自体のダメージは今回はどの魔物にも入っていない。健在の魔物達がまた突撃を再開した。

……僅か二回目にして、ここまで完璧に対応してくるか。

「『知性の強化』。カティア様の推測で間違いなさそうだ」

先程主人から聞き及んだ魔物の特性について確信を深める。

なるほど、恐ろしい特性だ。ただでさえ強力な魔物が知恵までつけたのならば、その脅威は今までの比でないだろう。

それを正確に、きちんと把握した上で──彼は冷静に告げる。

「問題ない」

そう、何も問題ない。

何故なら──知恵比べなら、むしろ彼の得意分野だからだ。

その確信と共に、彼は再度息を吸って、詠唱を開始。

先程の魔弾が来る。そう判断した魔物達は、再度より集まって結界の魔法を展開するが──

──当然、今度は彼がそれを読む番だ。

「術式再演──『 天魔の四風(アイオロス) 』

術式複合──『 煌の守護聖(セントエルモ) 』」

新たな複合血統魔法を展開。

そして現れる。『質量を持った炎を纏う大嵐』という、理不尽の権化。

その蒼い嵐が、魔物の集団をその結界ごと呑み込んだ。

「────!?」

嵐の中で、魔物達は混乱する。

なんだこれは。張ったはずの結界が丸ごと呑み込まれ、その中であの大嵐が襲いかかる。

結界が、 切り刻まれ(・・・・・) 、 圧し潰され(・・・・・) 、 焼き切られる(・・・・・・) 。どれか一つならば対応のしようもあるが、それら全てが同時に襲いくるのだ。

嵐の中で逃げ場もない。結果何もできず狼狽えているうちに、大嵐が結界を突破。中の魔物は速やかに三種類の暴虐の餌食となった。

残された魔物に動揺の気配が広がり、けれど瞬時に彼らは判断する。

あの魔法は、おそらく防御が極端に難しい類のものだ。その代わりとして魔法の速度自体は先の灼熱の弾と比べれば遅い。

ならば、受けるのではなく避けることを主軸に置こう。より魔物同士で距離をとって動きやすくすることを重視、そのためにばらけた陣形を取るのが最善──

「──って、考えるよね」

エルメスは思う。

なるほど、知能を強化された魔物達。確かに見方によっては脅威ではある。

だが──彼にとってはその方が与し易い。

何故なら、読めるからだ。知能を持ち、対策を考えるのならばその対策を考えることすら行動予測に組み込める。

そうなれば、最早彼には脅威でもなんでもない。……むしろ無秩序に暴れられた方がよほど厄介だったくらいだ。

そうして魔物の行動を完璧に読み切ったエルメスは、既に次なる魔法の詠唱を完了させている。

「術式再演──『 無貌の御使(ルナド・サラカ) 』

術式複合──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』」

更に、新たな複合血統魔法。

彼特有の魔弾の扱い方である、肉体への付与。そこに加えて、身体強化に特化した魔法を組み合わせる。

すると、どうなるか。

──魔物の上半身が、消し飛んだ。

直後現れたエルメスの姿に、一拍遅れて音が追いつくほどの神速の突撃。比喩ではなく魔弾と化した彼は最早、体当たりだけでこのレベルの魔物すら一撃で屠る。

尚も、彼は止まらない。

縦横無尽に戦場を飛び回り、一回の移動で確実に一体に大ダメージを与えていく。

弱点としては、速度が大幅に上昇した分やはりまだ制御が完璧でないことか。

けれど、問題ない。

今の彼は一人ではない。魔物を掻き回し多少なりとも削ってやれば──あとはBクラス生たちがどうとでもしてくれる。それが出来るだけの力も、度胸も今の彼らは備えている。

その期待通り、エルメスが足を削った魔物に複数人で殺到し、速やかに止めを刺すBクラス生達。その先頭にいたアルバートと目が合う。

「撃ち漏らしは頼みます。それと、周囲を飛び回っているコウモリのような魔物。あれが恐らく『目』だ、優先的に削ってください。伝達員がいなくなればそうそう連携は取れません」

「了解した。健在な大型の魔物は任せる、好きに暴れろ」

軽く情報を交換し、すぐに互いの戦場に戻る。

両者の宣言通り、彼らは魔物以上の完璧な連携で向こうの軍を着実に減らして行った。

魔物達は思う。……どうすれば良いのだと。

普通に撃ち合っては灼熱の魔弾。防ごうと固まれば蒼炎の大嵐。かといって避けようとばらけても神速の突撃。

どう対応しても、確実に自分たちを殺せる魔法が飛んでくる。しかも──まるでこちらの対応を読んでいるかのように的確な魔法を差し込んでくるのだ、あの男は。

彼一人でも手を焼くことに加えて、その脇を固める人間達も決して無視して良い脅威ではない。

逆にその周りから削ろうとしても、どこからともなく紫色の兵士たちがやってきてそれを的確に防ぐ。兵士たちを操る最後方の女、あれがあの男の次に厄介だ。だが当然最後方にいるが故に手を出せない。

……どうしようもない。

その絶望に支配された魔物達は、目に見えて動きが鈍っていき。

程なくして、その場にいた魔物達は残らず掃討されたのだった。

「今のうちに戦線を下げるべきかと。残っている魔物は更に厄介だ、サラ様達と合流して総力戦を挑んだ方が良い。校舎以外の被害はある程度許容しましょう」

「そうね。あなたの魔力も無限じゃないもの」

危機は脱した。けれど向こう側、黒い壁の近くにはまた更に大型魔物の一団が控えている。

……本当に、どこまで用意しているのだクライドは。

今の戦闘でこちらもかなり魔力を削られた、疲労や負傷もゼロではない。

ここは一度校舎側と合流し、サラの回復を受けた上で決戦に挑むのが妥当だろう。

その意見にカティアも賛同し、Bクラス生と共に位置を下げるべく移動を開始した、その最中だった。

「な……ぁ……っ」

校舎を覆う結界越しに、奇妙な声。エルメスが目を向けると、

「な、なんなのだ、お前、何が……」

こちらを指差し、蒼白な顔でうわごとのように呟く髭が特徴的な中年男性。

学年主任、ルジャンドル。以前エルメスを呼び出しての詰問で、中心となっていた教員だ。

その時の偉そうな態度は何処へやら、震える声で彼はエルメスを見やっていた。あたかも、化け物を見るかのような視線で。

「何か用ですか? 先生」

「な、何だ貴様、その力は、そんなもの──」

「ありえない、とでも言うつもりですか? あれを見て、まだ?」

カティアが、若干の怒りを込めて信じられない表情をしているルジャンドルに告げる。

「そ、そうに決まっているだろう! だってお前は、所詮Bクラスの落ちこぼれのはずで、あんな訳のわからない力を隠しているなど……」

「『真に優れた者は、そうそう簡単に自らの実力をひけらかさない』でしたっけ、あの詰問で先生が仰ったことは」

ルジャンドルが固まる。

その時は、『何故クライドが評価されているのか』という問いについての答えだったが──皮肉にも、ルジャンドルの最も望まない形でその言葉が証明されてしまったわけだ。

「まあ、その辺りはどうでもいいのですが」

エルメスがここでわざわざ声をかけた理由は、聞きたいことがあったからだ。それは、

「貴方は、まだ戦えますか?」

「!」

単純に、戦力として数えられるかどうか。

しかしその問いを受けたルジャンドル──最初に教員達を襲った統率された魔物の脅威を見てしまっていた彼は、尚も蒼白な顔で首を振って。

「そ、そんなことできるはずがない! あんな訳の分からない化け物に立ち向かうことなど我々の責務ではない!」

……そこで。

責任の放棄にまで持っていってしまうことこそが、ルジャンドルが手遅れであった証左なのかもしれなかった。

「そうだ、あんな訳の分からないものこそ、貴様のような同じ化け物が立ち向かうべきだろう! そのような意味不明な戦いに赴くなど正気ではないに決まって──!」

言っている最中に、ルジャンドルは気づいた。

「良かったです。気付いていただけて」

そう、エルメスだけではない。

Bクラスの生徒達。この学園で誰よりも蔑んでいたはずの者達。ルジャンドルよりも劣っていると認識していた人間が。

今、誰よりも果敢にこの脅威に立ち向かっている様子も、彼は今目にしてしまっていたのだから。

「これ以上彼らへの侮辱を重ねるようなら──その結界を破らなかった自信はありませんから」

同時に発せられる、サラの強固な結界などものともしない──実際本気になればそうなのだろうと確信させる威圧。

それだけではない。エルメスを『化け物』と呼んだ瞬間から、カティアやBクラス生からも莫大な怒りの感情がぶつけられる。

これまで自分が教育してきた、自分のものだと思っていた生徒達の明確な反抗。

今までは何かしら言い返していたであろうそれを受けて──けれどルジャンドルは、何も言えずにその場にへたり込む。過ちを認めたからではない、ただ単純に気圧され、彼らの方が上であると理解させられてしまった故の茫然自失だ。

見届けると、エルメスはもう興味を無くした様子で踵を返す。合わせてカティア、Bクラス生も続く。

その足取りは迷いなく、最後の戦場へ向かうことに躊躇いもしない。

それは、久しく見られなかった姿。

この国のあり方が、この学園の伝統が駄目にしてしまっていたもの。

強大な魔法と、それを御するだけの心の器。気高き意思と確固たる目的を持ち、己を懸けて国を脅かす脅威に立ち向かわんとする者達。

──誇り高き、貴族の姿だ。

「…………」

明確に教員達の 手(呪縛) を離れた、生徒達の姿を。

呆然と、時代に取り残された男は何もできずに見送る。

最後まで自分の何が悪かったのか、彼は理解することができなかった。