軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299

そして僕らはようやくそこに辿り着く。

どこまでも続く真っ白な大地を歩き続けて、そこに大きく口を開いた、雲の下が見られる大穴に。

この雲の下には海が広がっている。

あぁ、確かに真上から見下ろせば、この大穴は白い大地の中に水を湛えた、大きな湖に見えるだろう。

昔、世界が竜の炎に焼かれた時、新しい人が絶えてしまわぬようにと、一部が巨人の手によって雲の上に匿われた。

だが人は、どこまでも続く白だけの世界で、心を壊さずに生きられるようにはできていない。

故に巨人は、自分達の世界である雲に大きな穴をあけ、人でも下を覗けるようにしたのだ。

もちろん雲の縁まで行けば下なんて幾らでも見られるけれども、……この雲はあまりにも広大だから。

……実際のところ、白いのは雲であって穴から見える光景じゃない。

だけど人は巨人の心遣いに感謝して、この場所を白の湖と呼んだ。

雲の上にやって来た人にとって、巨人を象徴する色は、この雲の白さだったから。

その話がエルフの間には残ってて、今でも語り継がれている。

でも、この場所に用事があるのは僕じゃなかった。

白の湖に来たかったのは、冒険をしていた仲間達と、この場所を見付けたかったアイレナだ。

彼女は本当に色々な想いを抱えて、この場所に来たのだろう。

だから僕の役割はここまでで、ここから先はアイレナの時間である。

そこに割って入ろうと思う程、僕は野暮じゃない。

僕の雲の上での用事は、彼女をここに連れてきた事で全て終わった。

緊張が解け、達成感に包まれながら、僕は雲の上にごろりと転がる。

この雲の上にやって来て、最初の一歩を踏んだ時から、ずっとこうしたかったのだ。

雲は硬くなく、しかし柔らかすぎず、僕の身体を受け止める。

あぁ、想像通り、やっぱり実に心地好い。

僕は白の湖、大穴の縁に佇むアイレナの姿を確かめてから、ごろごろと雲の上を転がって、それからゆっくり目を閉じた。

日差しは些か近いが暖かく、風は涼しく、雲の寝心地は上々だ。

昼寝をしない理由はないだろう。

竜と語り、不死なる鳥を孵し、巨人にも会った。

僕はハイエルフで、精霊は常に共に在る。

そして僕は思う。

僕らを生んだ創造主は、一体どんな存在だったのだろうかと。

竜も、不死なる鳥も、巨人も、ずっと以前から変わらずに存在してる彼らは、もちろん創造主を覚えている筈だ。

精霊の中にだって、創造主を知り、忘れてない精霊はいるだろう。

何だか僕は、それが少し羨ましい。

旅はまた一区切りした。

僕は多くを知ったが、でもまだ知らぬ事も沢山ある。

この世界への干渉を禁じられた神々は、一体どこにいるのだろうか?

彼らは一体何を考えていたのだろうか?

……恐らく、神々もきっとこの世界を愛していたのだろう。

だから何か、この世界に関わって残したかった。

だって、竜も不死なる鳥も巨人も精霊も、それからハイエルフ、僕だって、この世界をとても愛してる。

それ故、この世界への興味は尽きない。

知ったところで何も変わらず、或いは知るべきでない事だってあるとは思う。

でも何も知らなきゃ、その判断すらできないから。

ふと、隣に気配を感じ、僕は目を開く。

太陽は沈みかけ、雲が朱に染まってる。

「へぇ、ここも赤くなるんだね」

上体を起こし、僕は隣に座るアイレナに声を掛けた。

彼女は僕の言葉にくすりと笑い、

「えぇ、そうですね。来て見るまで、知りませんでした」

そう言って沈む夕日を眺めてる。

もう気は済んだのか、なんて野暮な事を聞きはしない。

気が済む筈なんてないのだ。

白の湖に辿り着いた所で、共にそれを喜び合う仲間は、もうアイレナの傍らには居ないのだから。

「エイサー様が居なかったら、絶対に見られなかった光景です。……知らなかったとはいえ、私達の目標は本当に無謀でしたね」

今、彼女がどんな気持ちでその言葉を口にしたのかも、僕は問わない。

アイレナは僕に感謝してくれていて、それがわかるから、連れて来た甲斐はあった。

夕日も沈み切ってしまえば、雲の上の世界にも夜がやって来るだろう。

世界が赤く染まる時間は、そんなに長い間じゃない。

風は少し、冷たさを増してる。

「ありがとうございました。ここに来る前にも言っちゃいましたけど、改めて、嬉しかったです。……ですが、もう一つだけ、お願いをしてもよろしいでしょうか?」

礼の言葉に頷けば、どうやらアイレナにはまだ何か願いがあるらしい。

一体、僕に何をして欲しいのか。

思いもしなかった展開にアイレナを見れば、彼女の表情は夕陽に朱く照らされて、あまり良く見えなかった。

「あの、エイサー様が良ければなんですが……、もちろんキャラバンを後任者に任せた後の話ですが、私はどうしたってエイサー様よりも先にこの世界を去ってしまう身ですが、それでも、どうか残りの時間を、貴方の傍に置いていただけないでしょうか?」

ですが、ですがと重ねて、言い淀みながらだけれど、アイレナはハッキリそう言った。

あぁ、そうか。

それもいいかもしれない。

いや、そうしてくれると、僕は嬉しい。

繰り返しになるけれど、もう気は済んだのか、なんて野暮な事を聞きはしない。

亡くなった大切な人への想いが、完全に消えてしまう事はきっとないのだ。

時と共に薄れても、ふとした拍子に思い出す。

例えば僕が剣を振る時、技に宿るカエハを想うように。

だが、それでも区切りをつける事はできる。

想いを引き摺ったままに旅に出た僕が、カエハの墓に手を合わせた時、一つの区切りをつけたように。

だから次の旅立ちは、新しい目的に向かう物にすることができた。

以前の僕達なら、一緒に居ても傷を舐め合うだけの関係になっただろう。

でも、今ならもう、きっと違う。

そしてアイレナは、今の世界で僕を一番理解してくれている。

自分で言うのも何だけれど、こんなにも面倒臭くてややこしい僕を。

「うん、そうだね。それはとても、嬉しいよ」

僕は、アイレナにそう言葉を返して、でも何だか照れくさくて、立ち上がって自分の尻を手で払う。

雲の上では、座っても寝転んでも、そこに土なんて付かないけれど。

ただ……、でも参ったな。

どうしようか。

実は僕は、この雲の上から戻ったら、アイレナには西部のエルフのフォローも頼む心算だったのだ。

西部の戦争が終わり、実際にエルフのキャラバンがあちらに赴き、西部のエルフ達の手助けをするのは、まだまだ先になるだろうけれども。

だからこそ事前の準備は忙しくなる。

キャラバンを後任者に任せた後、僕の傍に居たいという彼女に、より忙しくなる話を持ち掛けるなんて、物凄く気まずい。

怒るかなぁ?

怒ってくれればいいのだけれど、悲しまれると困るというか、嫌だ。

だとすれば、暫くの間はキャラバンにくっ付いて行くしかないか。

あぁ、うぅん。

まぁでも、よし、その事は後で考えよう。

「よろしくね」

僕はそう言ってアイレナに手を差し出す。

すると彼女は、今回はそこに額を付けるなんて真似はせず、僕の手を握って立ち上がった。