軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第546話 「苦渋の選択」

《──それでは、闘技大会本戦! 【メリサンド】VS【ネーブラ】! 試合開始!》

メリサンドの一回戦の相手はレアの眷属、マーナガルムのネーブラだ。

マーナガルムは空を駆ける脚を持っており、さらに魔法も使え、巨大な狼としての優れた肉体能力で牙や爪による近接攻撃も可能という隙のない魔物である。

メリサンドが申請した海フィールドではなく、ネーブラが申請したのだろう森フィールドで戦うことになったのは痛いが、それを覆せるだけの実力差はある、はずだ。問題ない。

時間設定は夜だ。

マーナガルムと言うだけあって、月が出ている方が都合がいいのだろうが、太陽が出ていないというのはメリサンドにとってもメリットがある。

試合開始と同時にネーブラは森に姿を隠した。

あの大きさでどうやって、と思ったが、そういうスキルか特性でも持っているのだろう。

マーナガルムとはずいぶん器用な種族であるらしい。あるいはその転生前の種族の能力なのかもしれないが。

「……何にせよ、まずはこの邪魔っけな森をなんとかしておこうかの! 『タイダルウェイブ』!」

メリサンドは津波を呼びだした。

環境を取られてしまったのなら、後から作り変えてしまえばいいのだ。

津波は勢いよく森に流れ込み、いくらかの木々を薙ぎ倒していくが、森の全てを破壊するには至らない。

しかし『タイダルウェイブ』は森を破壊するためではない。これは準備に過ぎない。

「水よ! 『ウォータービーム』!」

『ウォータービーム』は高圧の水流を噴き出すスキルだ。以前に異邦人の腕を切り飛ばしたのがこれである。

非常に強力であり、防御力低下の効果もあるのだが、水のあるところでしか使えない。

フィールドが海なら使いたい放題だったのだが、森ではどうしようもない。

しかしないなら用意すればいいだけだ。

『タイダルウェイブ』の水はすぐに流れていってしまうだろうが、残っているうちならいくらでも撃てる。

効率は最悪ではあるものの、それが許されるだけの実力差がある。

メリサンドが発動した『ウォータービーム』は森の木々を次々となぎ倒していく。

「そらそらそらそら! 『ウォータービーム』!」

森を半分ほど削り取ったところでネーブラが姿を見せた。

ネーブラは破壊された森を一瞥すると、全身に力を込めた。

──ワオォォォォォン……!

ネーブラが一声遠吠えを上げると、大地からにょきにょきと新しい木が生えてくる。『植物魔法』だろう。

月の光を浴びてネーブラの毛皮がうっすらと光っている。月光を浴びている間に何らかのバフがかかるようなスキルか特性でも持っているらしい。

この異常な生長は『植物魔法』をブーストした結果というわけだ。

「無駄じゃ! 『タイダルウェイブ』! 『ウォータービーム』!」

再び放った『タイダルウェイブ』は新たに生えた若木を押し流した。育ちきる前の木々ならばこれで十分だ。

そして『ウォータービーム』でネーブラを狙ったが、すぐに残っていた森に隠れられてしまった。しかし代わりにさらに森を削る事に成功していた。

「ふはは! 逃げるばかりではな! このままではジリ貧じゃぞ! それとも森が全て破壊されるまで続けるかの!」

その挑発に反応した、というわけではないだろうが、ネーブラが再び姿を現した。

そして遠吠えの姿勢を見せる。

「甘いわ! 何度もやらせると思うか! 『俺の歌を聞け』!」

メリサンドの喉から荒々しいロックソングが流れだし、ネーブラの遠吠えをかき消した。『魔歌』の効果だ。

『俺の歌を聞け』は範囲内の全ての音声をかき消す効果がある。抵抗に失敗すれば、音声が発動キーになっているスキルを発動する事は出来ない。

一曲が短めな上に歌い終わると長いクールタイムがあるが、メリサンドとネーブラの能力差なら歌っている間に倒すことは可能だ。

為すすべが無くなり、身を竦めるネーブラに歌いながら近づいていくメリサンド。

勝負あったと言っていい。

止めを刺そうと銛を振り上げる。

──……きゅーん。くぅーん。

ネーブラは尾を股の間に挟み込み、耳をぺたんと寝かせて儚げに鳴いた。

いや鳴いたように見えただけで、実際は『俺の歌を聞け』の効果でフィールドにはメリサンドの歌声しか響いていないため分からないが。

憐憫を誘う姿だが、そんなものに惑わされるほどメリサンドは若くはない。

若くはない、が。

目の前の巨大な犬はマグナメルム・セプテム、レアの眷属だ。

この映像はインディゴの上でレアも見ているはずである。

このまま無慈悲にネーブラに銛を突き立てたとしたら、レアはどう思うだろうか。

その隣ではブランも観戦しているはずだ。ジェラルディンやゼノビアもいる。

何か、悪口を言われたりしないだろうか。

いや、確実に言われる。

メリサンドを罠に嵌め、闘技大会に出場させたゼノビアたちなら間違いなくそうする。

「──くっ!」

迷い、動揺した事で『俺の歌を聞け』を止めてしまった。

その隙をつき、ネーブラは空へと駆け上がる。

「あっ! しもうた!」

メリサンドは空を飛ぶ事が出来ない。空へ逃げるのは悪くない手だ。

「じゃが、空に対する攻撃手段を持っておらんわけではない!」

『ウォータービーム』をはじめとする遠距離型のスキルや魔法で逃げるネーブラを追い詰める。

攻撃が当たりそうになると円らな瞳で見つめてくるネーブラに、何度か手元が狂ってしまうが、いつまでもそれが通用するわけではない。

「ええい、直接的な暴力シーンが引っ掛かるというなら、範囲攻撃で訳が分らぬうちに消し飛ばしてしまえばいいだけじゃ! くらえ! 『レイジングストリーム』! 『レヴィンパニッシャー』!」

「……何かめっちゃ疲れたわ……」

「お帰りメリーサン! 一回戦突破おめでとう!」

「何回か、チャンスがあったのに躊躇ってたよね。メリサンドって犬好きなの? 犬派?」

「……いや、今日から猫派になるわい」

***

「聖女殿か。お噂はかねがね」

試合会場に呼ばれてすぐ、金髪赤眼の美丈夫がマーレに対して優雅な仕草で一礼した。

マグナメルムと同盟を組む吸血鬼の一派、その先鋒として長きに渡り中央大陸を観察してきた、ジョフロア・デ・ハビランド伯爵。

『真眼』で視える生命力のみから判断する限りでは、ハセラたち異邦人をうまく使えば勝てない事はない。

幸い、マーレが得意としている『神聖魔法』は吸血鬼に対して効果が高い。

また防御に徹するなら、聖人特有の結界系スキルがあれば簡単に死亡することはないはずだ。

「……私の事を知っておられるとは光栄です。名もなき墓標を治める、高名な吸血鬼の貴族とお見受けいたします」

「フッ。そう警戒しないでいただきたい。聖女と呼ばれる貴女が、アンデッドの墓守である我をよく思わないのはわかるがね」

挑発するかのようなセリフだが、これはそういうポーズであって、おそらく特に意味はない。

伯爵の主とマーレの主の関係を考えれば、彼がこちらを敢えて挑発する理由はないからだ。

「せっ、聖女たんの清らかな肉体を狙ってるのか! 吸血鬼め!」

「様をつけろバカ! てか清らかなに、肉、肉体とか言うな!」

「なるほど、聖女様と吸血鬼ってなるとそういう因縁も生まれたりするのか」

「くっころ展開とかあんのかな? いやそんなこと俺たちがさせねーけど」

伯爵の挑発に乗っていきり立ったのはハセラたち異邦人のメンバーだ。

今回、マーレは側仕えのオルガ、パメラと、異邦人であるハセラ、ビームちゃん、もんもん、ファームの7人のグループで参加していた。

ひとり少ないというのはハンデになってしまうが、連携の取れないメンバーがひとり増えたところで足を引っ張る結果になりかねない。

神聖帝国に持ち込まれた国宝級のアーティファクトが4つしかなかった事もある。もっと金貨があれば極東列島から輸入できたのだが。

特に強力なのはハセラの持つ盾、「揚げ物用なべのふた」だ。

これはタンク系のガードスキルの範囲を広範囲に広げる効果を持っている。とはいえ素材はただの木の板なので、ハセラ愛用のミスリルの盾の裏側に隠し持つように装備している。

他にもビームちゃんの装備している、防御や耐性を貫通するスキルの効果を倍増させる「指圧用グローブ」も強力だし、もんもんの剣に仕込まれている「高枝切り用衝撃波」の力があれば剣を振るだけで斬撃を飛ばす事が出来る。

ファームの杖の先に輝く宝玉、「 聖四灼玉(せいよんしゃくだま) 」は『神聖魔法』と炎系の魔法の威力を4倍に引き上げる効果があり、さらに衝撃を与えると5秒後に爆発する。

「……フ。活きが良くて結構だな。貴様たちが聖女殿の役に立てるといいが」

「何を──」

《──それでは、闘技大会本戦! 【聖女と親衛隊】VS【ジョフロア・デ・ハビランド】! 試合開始!》

「よし! まずはもんもん、ナイフを投げて! そうしたら僕が『ランパート』で全員を……」

「待て! 何かしようとしてやがるぜ!」

試合開始の宣言と同時にだろうか。伯爵が地面に手をついて何かを呟いている。

そういえば、あの吸血鬼は一夜にしてあの【名もなき墓標】を建造したのだったか。

そしてその名もなき墓標にいる限り、一段も二段も上の戦闘力を得ることが出来ると聞いている。

「まずい! 止めてください! 彼は──」

「──もう遅い。『神殿建造』」

大地が揺れ、盛り上がり、瞬く間に街のようなものが出来上がっていく。

足元が激しく上下するため立っていられず、マーレは膝をついた。

ハセラたちは転んで尻もちをついてしまっている。オルガやパメラも同様だ。

そのままハセラたちは地面に浮かび上がった石畳に運ばれるようにして遠ざけられ、さらに地面から高い壁がせり上がって来た事で完全に分断されてしまった。

今やマーレは壁に囲まれた、そう広くないエリアに伯爵とふたりきりである。

しかもどこからともなく霧の匂いが立ち込めてきており、昼間だというのに薄暗く不気味な雰囲気になってきていた。

「……さて。貴女さえ先に倒してしまえば、残りは雑魚ばかりだな。あの──」

「──『セイクリッドスマイト』!」

「うおおお! いきなりか! 『霧散化』!」

不意打ち気味に放った『神聖魔法』は霧に姿を変えることで回避されてしまった。

しかしこの『霧散化』は真祖でもなければ一日に一度しか使えず、しかも炎系や雷系の魔法に弱くなるはずだ。風系の魔法で足止めをする事も出来たはず。

「『ガスト』! 『ブレイズランス』!」

前方の霧を弱い『風魔法』でおさえつけ、そこに『火魔法』を叩きこんだ。

伯爵がひとりで参加している以上、分断された他のメンバーがやられてしまうことはない。そのため急いで決着を付ける必要はないが、だからと言って長引かせてもいいことはない。

こちらは待っていればいずれ合流して戦力が増強される。伯爵もそれはわかっているはずだし、時間稼ぎ戦術に対する手も用意しているだろう。

放たれた炎の槍は霧を引き裂き、そのまま向こうの壁に衝突した。壁を破壊できたような音はしなかった。あの壁はかなり強固なようだ。これを破壊するのは容易ではないかもしれない。

しかし、伯爵にダメージを与えたという手応えはなかった。

霧の身体とは言え魔法を直撃させれば何らかの反応はあるはずだ。ましてや現在、炎は弱点属性になっている。

「──悪いが、今君が攻撃したのはただの霧だ。我はこちらだ」

背後から、それもマーレのすぐ後ろから声がした。

「っせいっ!」

とっさに腰の剣を抜き、振りむきざまに横薙ぎに斬り払った。

声がしたという事は実体化しているということ。

一日に一度しか使えない『霧散化』をすでに解除してしまっているなら、物理攻撃も有効なはずだ。

一瞬だけ視えた生命力の輝きは伯爵にしてはずいぶん弱々しかったが、痩せ我慢していただけで先ほどの『ブレイズランス』が効いていたのかもしれない。

剣を握る右手に確かに肉を切り裂いた感触が伝わってきた。

何かを斬り、そして振り抜いた感触。どこかの部位を斬り落としたとみて間違いない。相手は明らかに重傷だ。

「──ふはははは。どうした聖女殿。仲間割れとは感心しないな」

またすぐ後ろから吸血鬼の声がする。どういうことだ。

そして、だとしたら、今斬ったのは。

慌ててしゃがみ、倒れ伏している誰かの身体に手を這わせた。

その誰かには首がないようだった。先ほど斬り飛ばしたのはこの首だろう。そしてこの鎧の形は。

「まさか、ハセラさん……!?」

「──ほう。あの妙な盾の持ち主はそういう名前なのか。ご冥福をお祈りする」

うかつだった。

このフィールドはもう伯爵の制御下にある。

街も壁も霧も、すべてが伯爵の手のひらの上だ。分断されたとしても、それを合流させるも全て伯爵の胸三寸。

伯爵は霧に紛れて姿を消し、マーレの感覚を惑わせてハセラを攻撃させたのだ。

「──しかし、迷いなく剣を振り抜いていたが。もしや、我が一日に一度しか『霧散化』できぬと知っておったのかな。だとしたらその博識さは尊敬に値するな。だが」

ゆらり、と伯爵の生命力が薄くなる。2度目の『霧散化』だ。なぜ。

「──この神殿を作ったのは貴女を惑わせるためだけではない。この神殿におるかぎり、我の力は公爵にも匹敵するほどの物となる。

むろん、『霧散化』も自由自在だ。さすがに真祖ほどの力は出せぬがな」

その後もマーレは伯爵に翻弄され、次々と仲間たちをその手にかけることになった。

迂闊に攻撃を仕掛ければ仲間を傷つける結果になりかねない事はわかっていたが、それでも攻撃しなければ勝つ事は出来ない。それはマーレにとっても苦渋の選択だった。

《──試合終了です! 勝者、【ジョフロア・デ・ハビランド】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》

──負けちゃったけど、たくさん斬れたしまあいっか。