軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Vtuber 灰城ベルン

指定された日時にダイバーシア本社へ向かうと、白を基調とした無機質で清潔な会議室に通された。

向かいの席には、プロデューサーの高木がノートパソコンを開いて座っている。

エアコンの冷たい風が、首筋をすっとかすめた。

「さっそくですが、一ノ瀬さんのキャラクターデザインです」

挨拶もそこそこに、高木がタブレット端末をくるりと回転させながら、テーブルの上で滑らせてくる。

ツルリとした光沢のある画面に映し出されていたのは、一人の青年の立ち絵だった。

透き通るような青白い肌に、感情の読めない切れ長の鋭い目。

アッシュグレーの長い髪を後ろで緩く束ね、黒を基調とした豪奢なロングコートを着崩している。ただ、よく見るとコートの裾がわずかに擦り切れており、どこか退廃的な色気を纏った美青年だった。

「……これ、俺ですか」

「はい。設定としては、『没落した名門貴族の末裔』となります」

高木は真顔で、とんでもない設定を読み上げた。

「没落した名門貴族……」

「ええ。かつての栄華を取り戻すべく、お家再興のために配信という現代の錬金術で一攫千金を目指している、というコンセプトです」

思わず、自分の着ている安物のTシャツに視線を落としてしまう。

没落して、一攫千金を夢見ている。

それって、俺と似ているかもしれない。もちろん貴族でもないし、没落したわけでもない。ただ、バンドで一山当てようとして、藻掻いていた頃を思い出した。

次に、高木は指先でタブレットをトントンと叩いた。

「一ノ瀬さんの声質は、理知的でミステリアスな響きを持っています。この完璧なビジュアルと『気高い貴族』という設定で、まずは女性層の関心を強く惹きつけます」

高木の手が、冷たいガラスの上を、なめらかに滑っていく。

「そして、ここからが重要なのですが。この『没落している』という設定が、後々大きな意味を持ちます」

「……どういうことですか」

「一ノ瀬さんは先日の面接で、生活感あふれるアクシデントを披露してくださいましたね。もし配信中に、あなたの口から『牛丼』や『もやし』といった貴族らしからないワードが飛び出しても、この設定なら似合うんです」

高木はそこで言葉を区切り、まっすぐに俺の目を見た。

「リスナーは『プライドの高い高貴な身分の貴族が、人間界の貧しい生活で必死にやりくりしているんだな』と好意的に解釈してくれます。つまり、一ノ瀬さんの素の生活感が漏れても、すべてが『没落貴族の哀愁』というエンタメに変換されるわけです」

うーん、たしかに。

さすがにVtuberをたくさんプロデュースしてきたノウハウがあるのだろう。設定からして、完全に計算し尽くされていた。

この男は、俺のポンコツ具合も隠しきれないフリーターの生活感も、あらかじめ設定の枠組みに組み込んで消費させる気なのだろう。

「どうでしょう。この方針で進めてもよろしいですか?」

高木の問いかけに、俺は手持無沙汰になった手を、首に当てる。

ここで嫌だと言えるほどの選択肢も、より良いアイデアも、初めから持っていない。

それに、紗由が言っていた通りだ。どうせ設定なんて配信していく中で崩れていく。最終的に見せるのは等身大の自分だ。それなら、一攫千金を目指している没落貴族、というのも、それほど悪くないように思えた。

「わかりました。……その没落貴族、やらせてもらいます」

俺が頷くと、高木は今日初めて、満足げな笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。では、このキャラクターの名前を発表します」

高木がタブレットを横にスクロールする。すると、設定画のスライドが切り替わり、スタイリッシュなフォントで文字が表示された。

「『灰城 ベルン(はいじょう べるん)』です」

「ハイジョウ、ベルン……」

「ええ。かつて栄華を極めたものの、今は『灰』となってしまった『城』を背負う者、という意味を込めています」

設定の作り込みが深すぎる。名前なんて語感がいいものを適当につけているだけかと思っていた。

「ファンからの愛称は『ベルン様』や、少しくだけて『ベルくん』あたりを想定しています。響きも一ノ瀬さんにぴったりかと思いまして」

「はあ、まあ……名前自体は、かっこいいと思います」

中身が俺でなければ、の話だが。

「よかったです。では、灰城ベルンとしてのデビューに向けた、具体的なスケジュールのすり合わせに入りましょう」

こうして、俺の「灰城ベルン」としてのVTuber生活が、静かに幕を開けたのだった。