軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

面接後の、とある電話

面接から三日後の昼下がり。

六畳一間のワンルームで、俺はベッドに寝転がりながらぼんやりと天井の木目を数えていた。

開け放した窓から、初夏の生ぬるい風が入り込んでくる。

冷蔵庫の低い唸り音だけが響く部屋に、突然、ブーと振動音が割り込んだ。

テーブルの上に放り出されたスマホが震えている。

画面には、見知らぬ市外局番が表示されていた。

ある心当たりを感じながら、ゆっくりと通話ボタンをスワイプする。

「はい、一ノ瀬です」

「お世話になります。ダイバーシアの高木です。今、お時間よろしいでしょうか」

その声を聞いた瞬間、寝転がっていた体が反射的に跳ね起きた。

「はい、大丈夫です」

「先日のオーディションの結果ですが――、一ノ瀬さん、合格となります」

あっさりと告げられた言葉に、俺は数秒だけ息をするのを忘れた。

受かるわけがない、そう思っていた。

……いや、心のどこかでは、あの面接の妙な手応えから、期待していた自分もいたかもしれない。

「……ありがとうございます」

「つきましては、今後の活動内容やアバターのモデル、契約周りのすり合わせを行いたいので、一度本社にお越しいただきたいのですが」

高木の口調は、面接の時と同じように淡々としていた。

ビジネスライクに、トントン拍子で話が進んでいく。

「近日中で、ご都合の良い日はありますか?」

「……フリーターなので、基本いつでも大丈夫です」

「助かります。では、明後日の十四時にお待ちしています」

電話が切れた後も、俺はしばらくスマホを耳に当てたまま固まっていた。

画面が暗くなり、自分の間の抜けた顔が映り込む。

本当に、受かってしまったらしい。

とりあえず、元凶に報告しなければならない。

通話アプリを開き、紗由のアカウントに発信する。

コール音が三回鳴ったところで、繋がった。

『おつかれー。どうしたの?』

「受かった」

俺が短く告げると、スピーカーの向こうから、ポテトチップスか何かを齧るサクサクという音が聞こえた。

『でしょーね。高木さん、絶対お兄ちゃんみたいなタイプ好きだと思ったもん』

「お前、面接官の好みまで把握してるのかよ」

『当たり前じゃん。高木さん、私をダイバーシアに入れた張本人だもん。どういう人間がツボかくらい、だいたいわかるよ』

なるほど。だからあんなに話が早かったのか。

推薦面接の時点で、ある程度の道筋はできていたというわけだ。

「……で、お前はなんて言って俺を推薦したんだ?」

『んー? 「身内びいきかもしれないけど、歌は上手いし、声も結構かっこいいです。うちの兄をどうぞよろしくお願いします」って言っといただけだよ』

なるほど、身内からの推薦状としてはちょっとこそばゆいが、まあ妥当なラインだろう。

変なハードルを上げられていなかったことに、俺は少しだけ安堵した。

「明後日、本社に呼ばれた。今後の活動内容とか、モデルの話をするらしい」

『あー、なるほど。初回の打ち合わせね』

紗由の声に、少しだけ仕事モードの真剣さが混じる。

「どんなこと聞かれるんだ? なんか準備しといた方がいいのか?」

『準備っていうか、覚悟かな』

「覚悟?」

『事務所が用意する「ガワ」と「設定」を、どこまで受け入れられるかってこと。ダイバーシアは、面接の印象と声質から、向こうが勝手にキャラクターを作ってくるから』

なるほど、と俺は頷く。

自分がどんな見た目のキャラクターになるのか、まだ全く想像がついていない。

『お兄ちゃんの声なら、多分クール系かミステリアス系が来ると思うんだよね。ファンタジーっぽい設定だと、孔明みたいな有能な軍師とか、没落した名門貴族とか』

「……俺の中身、居酒屋で深夜バイトしてるフリーターだぞ」

『だからいいんじゃない! 見た目と声はいいのに、ゲームでは下手くそで、情けなく声を上げている姿、絶対面白いもん』

『あと、その情けない姿に反して、生歌が上手かったりすると、そのギャップが私には刺さるけどね』

電話の向こうで、紗由がくすくすと笑う。

「お前、俺をおもちゃにでもする気か?」

『違うよ。これは、私の配信ライフをより良くするための、神聖なガチ恋殲滅計画の第一歩なんだから』

大げさな言葉とは裏腹に、その声は楽しげに弾んでいた。

「で、俺はその打ち合わせで、何を言えばいい?」

『とりあえず、出された設定には基本的に、「はい」って頷いとけばいいよ。よっぽど受け入れがたい設定だったりするなら嫌だって言ってもいいと思うけど…。

まあ、配信していく中で、どうせ設定なんて全部崩れちゃうんだから、最初は完璧なキャラクターを演じるつもりで設定を受け入れるのがいいと思うな』

「……なかなかハードル高いな」

『大丈夫。お兄ちゃんならできるって。死にゲーで鍛えた諦めないメンタルがあるんでしょ』

オーディションのために一緒に考えた自己PRを引用するように、そう言って通話を切った妹の言葉に、俺は深くため息をついた。

窓の外から、けたたましいカラスの鳴き声が聞こえる。

俺の平穏なフリーター生活は、どうやら本当に終わりを告げようとしているらしかった。