軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初配信を終えて

「それでは同志たちよ、次は借金まみれの探偵の事務所へ向かうとしよう。私と一緒に乗り込んでやってくれ」

言い終えると同時に、配信ソフトの『配信終了』ボタンをクリックする。

画面上の赤い「LIVE」の表示がフッと消え、静寂が防音室に舞い戻ってきた。

「……終わったぁ……」

糸が切れたように、俺はデスクに突っ伏した。

わずか一時間の配信だったが、体感では深夜の居酒屋バイトの八時間シフトよりもずっと長く感じた。そして疲労困憊だった。

『没落貴族』という高飛車なキャラクターを演じ切ろうとした緊張感と、腹の音タイミング良く配信にのり、世界中に発信されてしまった絶望感。それらがごちゃ混ぜになって、頭の中を漂っている。

『ピンポーン』

その時、マンションのインターホンが軽快に鳴った。

モニターを確認するまでもない。このタイミングで押しかけてくる人間など、一人しかいない。

重い体を引きずって玄関のドアを開けると、コンビニのレジ袋を提げた紗由が、満面の笑みで立っていた。

「お疲れ様、お兄ちゃん! いやー、マジで最高だったよ!」

開口一番、妹は腹を抱えて笑い出した。

「笑い事じゃないだろ……。まさか初配信であんな音を配信に乗せるなんて思わなかったぞ」

「あははっ! しかもそこからのお金がなくて、もやし炒めばっか食べてる、だっけ? あのアドリブは私でも思いつかないわ。あそこのコメント欄の勢い、すごかったよ!」

紗由は靴を脱ぎ捨ててリビングに上がり込むと、提げていたレジ袋をテーブルにドンと置いた。

「はい、これ。初配信のお祝いと、もやし生活からの脱却のための妹Uber、牛丼の特盛です」

お腹が空いてるらしいんで、急いで買ってきたよ、そう紗由は言う。

妹のやさしさが心にしみる。

ありがたく牛丼のフタを開け、割り箸を割る。

肉とタレの匂いが胃袋を強烈に刺激した。一口頬張ると、緊張で空っぽだった胃に染み渡るように美味かった。

「で、プロの先輩から見て、今日の俺はどうだった?」

牛丼をかき込みながら尋ねると、紗由は向かいのソファに座り、少しだけ真面目な『先輩Vtuber』の顔つきになった。

「うん、初動としては百点満点じゃないかな。声のトーンはしっかり上品とした感じでかっこよかったし、その直後にポンコツな部分を見せたことで、『近寄りがたいイケメン』から『応援したくなる残念なイケメン』に一瞬でシフトできた。あの親近感は強いよ」

「不本意なシフトダウンだけどな」

「でもね、このままただの『面白ポンコツお兄さん』で終わっちゃダメ。私たちの目的は、お兄ちゃんが好感の持てる、これなら月宵空と結婚していても許せる系Vtuberになることなんだから」

紗由は人差し指を立てて、俺の顔をビシッと指差した。

「だから、次はギャップを見せるの。ただの貧乏貴族じゃなくて、いざという時はとことん泥臭く戦える、芯のある男ってところをアピールしなきゃ」

紗由は人差し指を立てて、俺の顔をビシッと指差した。

「芯のある男、ねえ。具体的にどうするんだ? 俺にできることなんて、せいぜい長時間ゲームをプレイし続ける耐久配信くらいだぞ」

「それ! それがいい!」

紗由は我が意を得たりとばかりに手を叩き、自分のスマホを操作して俺の目の前に突き出した。

そこに表示されていたのは、禍々しい甲冑の騎士が巨大な剣を構えている、ダークファンタジー調のゲームのパッケージ画像だった。

「これ。今日リリースされたばっかりの新作アクション『鉄の 咎人(とがびと) 』。先行プレイした配信者が軒並み心を折られてるっていう、超高難易度の死にゲーだよ」

「……新作の完全初見プレイか。ただでさえアクションの腕は下手の横好きレベルなのに、そんなのやったら、最初のボスを倒すまでに何時間かかるかわからないぞ」

「だからこそ意味があるの! 過去にやり込んだゲームを上手くプレイしても、『おー、ゲーム得意なんだね』で終わっちゃうでしょ? リスナーが一番熱狂するのは、圧倒的な理不尽に何度も叩きのめされて、それでも絶対に諦めない泥臭い姿なの!」

紗由の熱弁に、俺は少しだけ考え込んだ。

たしかに、ただの不憫なポンコツとして定着してしまうのは、俺自身の今後のブランドイメージにもかかわる。リスナーに骨のあるところを見せるのも悪くない。

「……わかった。明日の夜、耐久枠を取る」

「やった!お兄ちゃんがゲームしているの見るの久しぶり。私も、お兄ちゃんの配信、時間あれば見とくね!」

こうして、没落貴族の初ゲーム配信――地獄の耐久配信の幕が開けることとなった。