作品タイトル不明
第299話ハバキリ君怒る
「ハバキリ君!?」
「……本当にすまなかった……まさか脅迫までしていたなんて……どう詫びればいいのか」
「いやいやいや! 詫びる必要なんてないって!」
土下座のガチ目の謝罪と言うのは、謝られる方にも心理的プレッシャーがあるんだね。
僕は一つ賢くなった。知りたくはなかったけど。
「大丈夫、何もなかったから。ね? 頭を上げて?」
僕が慌ててそう声をかけると、どこか悔しげなハバキリ君はようやく頭を上げて、語り始めた。
「うううっ……まさか護衛目的でついて来ていたとは……すまない。うちの家は使用人がかなりいて、同じ年代だから仕方がないと……あまり向こうから接触がなかったから油断していた」
「……なんか大変なんだねハバキリ君も」
「……すまない。確かに、色々あるんだ」
「でも本当に気にしなくていいよ。なんかめっちゃ中ボス感のある負け方見ちゃったし」
「それは……いやそれでは済まないだろう、この償いは必ずさせる」
「あーいやまぁ。今回の事は僕も迂闊に手を出し過ぎたというか……ハットリさんもね? 経緯はともかくすごく真面目にあの店の店員をやってくれていたから、僕も助かってたんだよ」
最後は僕側の情報提供の悪い側面が全面的に出てしまったが、取引自体は双方にきちんと利益はあったのだ。
ハバキリ君の心中は測り切れないが、驚いていることだけは間違いなさそうだった。
「……本当に雇っているのか?」
「まぁ。お願いしてみたんだよね。例の薬を取引材料にして。実際彼女相当センスが良くって……」
そう店員というか薬剤師として評価すると、恐ろしく腕がいいんだよハットリさん。
現代の知識が全く通用しない魔法的な調薬には新しい知識の応用力と何より繊細な魔法を使いこなすセンスが求められるらしい。
そして現在、回復薬の在庫はその半数がすでにハットリ製という、驚異的なものだ。
作ったポーションの効果はドロップ品以上。
おそらく売店が有効活用されるようになれば、生存率においてその役割は計り知れないものになる。
引き受けた仕事の精度は抜群で、目を見張るものがあるとは攻略君の談だった。
「……何から何まで申し訳ない」
「いやでも。こっちにも非があるし。このまま丸投げもちょっと危ないかもしれない。何か問題が起こったら、遠慮なく言ってもらえたら僕も手を貸すってことで。契約書も返却して今後はノータッチってことにしてもいいよ……残念だけどね」
実際にハットリさんがパワーアップしたことでひどい目に遭ったハバキリ君には、こちらを非難する権利だってあるはずだ。
だが彼は、しばらく考え込んでポツリと僕に尋ねた。
「……残念……なのか?」
「うん。真面目に優秀な店員さんではあるんだよ。人格にやや問題があるけど」
「……ふむ。そういうことなら。こういうのはどうだ?」
ハバキリ君と僕は今後の彼女の処遇を簡単に話し合う。
そして話も詰め終わった頃、とうとう今回の主役が目を覚ました。
「ううん……ハッ! ここは……! ハ、ハバキリぼっちゃん! な、なんで!」
「ハットリ……気分はどうだ?」
そう本名で呼びかけられたハットリさんは目を見開きしどろもどろになっていた。
「ええっと……その……私は別人でして……」
「もう事情は分かっている……」
「!」
そして美形の僕を確認して、今の状況を察すると血相を変えて声を荒げた。
「ま、まさか……! 全部話したんですか!?……許さな……アイッタ!」
激高しかけたハットリさんは、げんこつでぶん殴られた。
「許さないのはこっちだ……人様に迷惑をかけて……どういうつもりだ?」
「ハバキリぼっちゃん!? し、しかしですね……」
「しかしもなにもあるか? 黙ってついてくるくらいは目を瞑るが……これはダメだ。ありえない」
「ヒン! ぼっちゃま! ハットリめはしかし良かれと思って行動したのです!」
「ほほう……保護者面とは偉くなったなハットリ。……その理屈なら今回の件をボクから父に報告しても胸を張っていられると受け取って構わないな? すべては護衛の範疇だと」
「そ、それは……いえしかし! ぼっちゃまが安全かつ円滑な学校生活を送るために、彼は異質すぎるんです!」
必死の弁明は、ちょっと理がありそうなのが小賢しい。
ただ今更それはハバキリ君には効果がなかった。
「……たとえそうだとしても看過できないことはある。……ダンジョンでの一件もだハットリ……心当たりがないとは言わさんぞ?」
ハバキリ君の圧がすごい。
そばにいる僕らすらちょっとビビってしまったくらいだった。
これは当人はかなり参るはずである。
そして案の定まずい部分を突っ込まれたハットリさんは、とんでもない量の冷や汗を流していた。
「え? い、いえアレは本気ではなかったというか……あへへへへ……いやー……ちょっとよくわかんないです」
「とぼけるな。まぁ安心しろ。もう本家との連絡はしっかり取って報告してあるからな」
「ひぃ!」
「まぁ解雇だ。というか普通に逮捕だ」
「そ、そんなぁ!」
「黙れ。が……今お前、彼に頼まれごとをしているな?」
チラリと二人の視線が僕に向いて、僕は首肯した。
すると半泣きのハットリさんも、頷く。
「は、はい……」
「なら、それを忠実に実行しろ。そうすれば今回の件はボクが何とかしてやる」
「……っ! そ、それは!」
「決定事項だ……それで話を付ける。肝に銘じろ。次はない……」
「ひゃ、ひゃい! ……心得ました!」
「よろしい。ではワタヌキ君? 後の沙汰はこちらに任せてくれ。ハットリに関しては君のいいようにしてくれて構わないから」
「あ、ああ、うん。頑張る……」
言葉尻に相当なイラつきが見えるあたり、こいつは結構厳しめなことになりそうだ。
一方でさぞかし落ち込んでいるだろうなと、ハットリさんの様子を確認して僕はギョッとした。
ハットリさんは何やら恍惚とした蕩けた顔をしていて、また新たに何かに目覚めたようだった。
「あぁ……ハバキリぼっちゃま……フヒュヒヒ……容赦がない貴方も素敵すぎます……」
……ハバキリ君に丸投げが正解だったかなぁ?
うーむ。この娘は……なんていうか最初からそうなんだけど極まりすぎじゃあないだろうか?
人選ミスったかな? とは思いつつ僕はハッとする。
「……これが面白ぇ女と言うやつなのかな桃山氏?」
「……ノーコメントでお願いするでござる」
うん、馬鹿なことを言ったね。
しかしこれで、間接的なお手伝いが正式に店員になったということになるのだろうか?
それはそれで問題ありそうだけど、腕が確かなのは間違いないことで……しかしめでたしめでたしというには……判断が難しいところだった。