軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おねえさん、ここんちの子になりたいと言う

郊外にある大型家具チェーン店『ニトリア』の店内は、週末ということもあって家族連れやカップルで賑わっていた。

正直に言おう。俺はこの手の大型量販店に対しては、やや複雑な思いがある。

見渡す限り並べられた、大量生産の『無難な』家具たち。俺の部屋を彩る、なけなしのバイト代で必死こいて集めたミッドセンチュリー風のアイテムやデザイナーズ家具(の精巧なレプリカ)が持つような『文脈』や『ストーリー性』が、ここには決定的に欠けている……というスタンスなのである、俺は。

資本主義が提示するテンプレ通りのライフスタイルになんて迎合したくない――俺は違いがわかり、イイ感じの生活をするカルチャーな男子大学生……というスタンスなのである。という俺の面倒くさいサブカル的自意識が、こういう大衆的な空間に来るとどうしても刺激されて、内心でぶつくさと言い訳を並べてしまうのだ。

だが、広大なフロアに足を踏み入れた途端、山葉さんはパッと目を輝かせた。

「うわ、広っ。なんかこういうとこ来るとテンション上がるよね」

ロックな装いでスタスタと歩き出す彼女の後ろ姿を、俺は慌てて追いかける。

ニトリアの家具も小綺麗でいいかもしれない。自分の見事な手のひら返しに、手首が捻挫しそうだ

すれ違う客たちがちらちらと彼女を振り返るが、当の山葉さんは全く気にする素振りを見せない。大学で見せる「全方位に気を配る女神」の姿は完全に鳴りを潜め、ただの無邪気な等身大の女性としてそこにあった。

「鈴木くん、これ! これ座ってみ!」

リビングルームを模した展示コーナーで、山葉さんが大きなレザー調のソファにドスッと腰を下ろした。俺も促されるまま、その隣に並んで座る。

「おお……結構沈み込みますね、これ」

「でしょ? これならあたしがどれだけダラダラしても受け止めてくれそう」

「それ、俺の部屋に置くつもりで言ってます?」

「え? 当然じゃん。鈴木くんの部屋はあたしの城でもあるからね」

悪びれもせずにケラケラと笑う山葉さん。

家族連れが微笑ましそうに俺たちを見て通り過ぎていく。あの人たちの目に、今の俺たちは一体どう映っているのだろうか。ひょっとして、新居の家具を選びに来たカップルだとでも……。

一度そう思ってしまうと、急に足元がふわふわと浮き上がるような妙な感覚に襲われた。俺は、勝手に口角が上がろうとするのを必死に抑え込み、努めて冷静な無表情を装った。

「……こ、こういう量販店の家具って、実はめちゃくちゃ奥が深いんですよ」

俺は少し熱くなった顔を逸らし、わざとらしく咳払いをしてから尤もらしいトーンで語り始めた。

「へえ? 鈴木くん、そう言うのも詳しい系なわけ?」

「詳しいってほどでもないですけど……あ、例えばあっちの木製チェア。背もたれの曲線とか、完全にハンス・J・ウェグナーやアルヴァ・アアルトといった北欧デザインの文脈を引いてるんですよ。それを誰の部屋にも馴染む『究極の没個性』にまで落とし込んでいる。自己主張を極限まで削ぎ落とすことで、逆に空間の主役を人間に譲っている。ある意味、現代におけるミニマリズムの到達点とも言えます」

「出た。鈴木くんの謎の考察」

「謎じゃないですって。それにあの脚の角度だって、適当に作ってるように見えて、実はどんな体型の人が座っても一番だらしなく寛げる『堕落の黄金比』が綿密に計算されていて――」

「あはは、何それ。めっちゃ早口じゃん。ウケる。でも言ってることはちょっとわかったかも。ごめん謎じゃなかった」

照れ隠しで、恥ずかしげもなく無駄な考察を垂れ流す俺を見て、山葉さんは呆れるどころか、ツボに入ったように肩を揺らして子どものように笑い続けた。

そんな山葉さんの反応のせいなのか、俺自身、今俺が口にしたことがストンと胸に落ちる。そんなことは、ちょっと珍しいかもしれない。

ニトリアの家具から、これまでに嗅いだことのない文化的な匂いがした。

普通なら「めんどくさい奴」と一蹴されかねない俺の痛々しいサブカル語りを、彼女はいつもこうして、まるでお気に入りのおもちゃでも愛でるかのように、色んな意味を含んだ笑みで面白がってくれる。

それがどうしようもなく居心地良くて、俺は少し赤くなりながらも、わざともう少しだけ蘊蓄を長引かせた。

その後も、俺たちはフロアを歩き回った。

お目当てのクッションコーナーでは、彼女が様々なクッションを抱きしめては「違う」「弾力が足りない」と厳しい審査を行い、ベッドコーナーに行けば、展示品のマットレスの端に二人で並んで腰掛けたりした。

「んー、このベッドいいな。鈴木くんの家のやつよりふかふかだわ。買い替えん?」

「無理ですよ。ダブルベッドはさすがにサイズ的に。あと高いし」

「えー? ゴロゴロしやすいのになー」

お目当てのクッションを胸に抱えたまま、山葉さんはむすっと口を尖らせたかと思うと、急にふにゃりと表情を崩した。

「……なんかさ、こういうの楽しいね」

「家具見るの、ですか?」

「それもそうだけど。……なんていうか、外でも鈴木くんと雑くできてる感じがさ」

山葉さんは抱えていたクッションに顎を乗せ、上目遣いで俺を見上げた。

少しだけ眠たげな、半分閉じたような三白眼。耳元で揺れるシルバーのピアスが、店内の明るい照明を反射して細かくきらめいている。

そこには、周囲の視線に怯えるような緊張も、誰にでも向けられる完璧な微笑みもなかった。ただ、俺の部屋のソファでストゼロを煽っている時と同じ、凪いだ呼吸だけが隣にある。

家族連れの笑い声や、呼び出しのアナウンスが遠くに聞こえる広い店内で、俺は自分の喉の奥が微かな熱を帯びるのを感じ、静かに溜息を飲み込んだ。

「ほんと、ここんちの子になりたいわー」

山葉さんが、広いフロアを見渡しながら、ぽつりと冗談めかして笑う。

確かに、これだけ広くて快適なインテリアに囲まれていれば、一日中ダラダラしていても飽きないだろう。

「店員さんが困りますよ。……まあ、俺の部屋よりは広いですけど」

「あはは、だよねー」

彼女は機嫌良さそうに笑い、俺の肩にコツンと自分の肩をぶつけてきた。

外の世界でも、密室と同じように俺たちの波長は驚くほど合っている。

部屋にいるときの心地よさを今も感じているのは、ここが素晴らしい家具屋だからってだけじゃない、そう思えた。