軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

裏側で起こっていたこと。

「さて、我が婚約者ウェルミィ。何か聞きたいことがあるんじゃないか?」

あの後。

そのまま始まった披露宴の場を辞して、幾人かが別室に集まっていた。

エイデスとウェルミィ。

そしてイオーラお義姉様とレオニール王太子。

キルレイン法務卿と、クラーテス先生。

カーラ子爵令嬢に、エルネスト家令のゴルドレイ。

そして、二つ年上の侍女、オレイア。

この件について、多くの関わりがあっただろう面々だった。

と言っても、キルレイン法務卿は単に証人取引の用紙にサインを求めに来ただけで、すぐに退出していた。

『後ほど正式な調書を取る』とだけ言い置いて。

「……別に、聞きたいことなんて何もないわよ」

ソファに腰掛けたまま、ふい、と顔を逸らしたウェルミィに。

ーーー耐えきれなくなったように、横からイオーラお義姉様が抱きついて来た。

「お、お義姉様?」

「ごめんなさい、ウェルミィ……! 助け出すのが、遅くなってしまって……!」

そう言って、目尻に涙を浮かべて細い肩を震わせるお義姉様は、伯爵家にいる時よりも遥かに健康的で肉付きが良くなっていた。

ウェルミィはその事実に安堵しつつも、戸惑いながら首を横に振る。

「別に、私は酷い扱いを受けていたわけじゃないわ」

それは事実で、お義姉様が気に病むことじゃない。

むしろ酷い境遇から救うのが遅くなったのは、ウェルミィの方なのに。

そう思っていると、お義姉様は、ちょっと涙で崩れてしまったウェルミィの目の下を、頬にそっと添えてくれた手で撫でる。

「クマがひどいわ。それに、少し痩せてる。……わたくしがいなくなった後、あの人がやらなかった領主の仕事を、ゴルドレイと一緒にやってくれていたのよね?」

「……お義姉様のように、上手くは出来なかったわ」

お義姉様と違って、ウェルミィにそこまで高い領地運営能力はない。

せいぜい、領民にだけは迷惑が掛からないよう、種々の物事に対応するくらいが精一杯だった。

たったそれだけでも、だいぶ睡眠時間を削ることになったので、あんな環境であの家を長年支え続けたお義姉様には頭が上がらない。

「それに私は、お義姉様に酷いことをしていた側よ」

「違うわ、ウェルミィ。貴女は、出来る限りのことをわたくしにしてくれたもの。……少しでも両親に目をつけられないように、容姿を隠して、離れを準備してくれたでしょう?」

「……」

「それに熱で寝込んだ時に、お医者様とパン粥をくれたのも、貴女だったわ」

ねぇオレイア、とお義姉様が水を向けると、家の中でゴルドレイ以外に唯一信用出来た侍女が、黙って頭を下げる。

「……ゴミだって言って渡したのに」

「あの日は『イオーラお嬢様の食事は必要ない』と仰せつかっておりました。それなのに、ウェルミィお嬢様がパン粥を持ってきて下さいまして、驚いたのです」

あまり表情の変わらない侍女が、今日は微かな笑みを浮かべていた。

「それに、イオーラお嬢様の、お母様の形見の宝石と、その他の高価な装飾品も……もし失敗した時に、イオーラお嬢様が困らないようにと、持たせて下さったのでしょう?」

「嫌がらせよ、あんなの!」

「嫌がらせで、わたくしの名前を刻んだ装飾品をこっそり荷物に紛れ込ませたの?」

「し、知らなかっただけよ!」

クスリと笑うお義姉様には、何もかもお見通しだったのだろう。

バレていると分かってはいても、長年培った態度は、そんなにすぐには変えられない。

ーーー恨まれたかったのに。

バカな失敗をした、と思わせるために、わざわざ魔導刻印をお義姉様の名前にしたのは事実だけれど。

感謝されると、むず痒くて顔が赤くなる。

なのに、白髭を蓄えたゴルドレイが、余計な口を挟んでくる。

「あれらの名前は、ウェルミィお嬢様自身が、自分の装飾品を売られた分でお買い上げになり、ご署名をされております。そういうことなのだろうと察してはおりましたよ」

「……っ!」

家の財産はどうせ最終的に没収されるのだからと、最低限夜会に困らないだけのドレスと装飾品以外は全て売り、高価で嵩張らない宝石へと変えた。

無駄口を叩いたゴルドレイを睨みつけながら、ますます頬が熱を帯びるのを止められない。

微笑ましそうにこっちを見てくる家令の表情も、気に入らなかった。

「ですが、王太子殿下とご学友様は、どこで気が付かれたので?」

ゴルドレイが質問を投げると、カーラとレオが顔を見合わせた。

殿下からどうぞ、とでもいうように、強気な顔立ちの子爵令嬢が肩をすくめ、レオが口を開く。

「最初に違和感を感じたというか、驚いたのは、ウェルミィが俺の正体を正確に見破ってたからだ」

『あなたみたいな臆病者』という侮蔑の言葉の意味を、彼は正確に読み取っていたのだろう。

確かにあの時、彼は何故か驚いていた。

「イオーラが紫の瞳を持っているのを偶然知った後、家のことを調べて姉妹だと分かってから、余計に違和感が強まった」

痩せ細って不健康で、オシャレもせずに古そうなドレスを着ている少女と、いつも派手な格好でアーバインみたいなのにベッタリな女が姉妹だったら、それはそうだろう。

「付き合ってるのも大した連中じゃなかったり、噂話が大好きな御令嬢ばかりだったのに、あれを言われたからね……なのに、俺の正体が広まっている様子もない。何か狙いがあってのことだと、そこで気付いた」

そして、事情を推察してカーラと話し合い、動き出そうとしたレオ達を止めたのが、なんとお義姉様だったらしい。

「『今動くと、ウェルミィが困る』ってね。自分の方がよほど酷い状況にいるのに、何を言ってるのかと思ったよ」

ーーーそんな事情が。

だったらレオにとっては、ウェルミィの評価はさぞ不服だったことだろう。

彼の呆れた顔に、内心同意していると、お義姉様が困ったような顔で言い返す。

「ですが、殿下。ゴルドレイとも話していましたが、あの時はまだ未成年で、準備も証拠も不十分だったので……わたくしだけなら扱いを理由に離れることは出来ましたけれど、ウェルミィまではどうしようもなかったでしょう?」

「まぁ、ウェルミィは表向き大事にされてたしね」

「二重帳簿に気づいた時に、ウェルミィに止められたので……何か狙いがあって、わたくしが気付くように計らったのだと」

少なくとも、両親の虐待を理由にウェルミィがあの家を出るのは、不可能だった。

告発者でなければ、同じく脱税に関与していたとして、断罪されていてもおかしくはなかったはず。

「……私は、一緒くたにどうにかしてくれて良かったのに」

「良いわけがないでしょう?」

やっぱり、もっと早くお義姉様を救い出せたんじゃない、と不満を見せるウェルミィに、窘めるようにお義姉様が口にする。

「ウェルミィの狙いが分かったから、それを利用して貴女も救おうとしたのよ」

「うちに来て早々に、『妹だけは助けて』と泣かれた時はどうしたものかと思ったがな」

ソファで悠然と足を組み、背もたれに肘をかけて頬杖をついたエイデスがニヤニヤとまぜっ返すと、お義姉様は顔を赤くした。

エイデスは、対外的な印象とは随分と雰囲気が違う。

傲岸な態度も美形は似合って得だと思いつつ、嗜虐的な物言いはどうやら素のようだ。

ーーー私、この人の妻になるのね……。

実感は湧かないけれど、この先を想像してウェルミィは内心でうんざりした。

美形で、頭が切れて、才能もあって、人を虐めるのが好きそうなエイデスに『何でも言うことを聞く』と約束させられてしまっている。

どんな要求をされるのかと今から怯えつつ、これは確かにお義姉様でも嫌かも……と、そんな気持ちが頭をよぎった。

……それはまぁ、カッコいいし、一目見た時に印象は良かったから、婚約したのが嫌だってほどでもないけれど。

誰にともなく言い訳している間に、お義姉様たちは話を進めていた。

「苦労した、みたいな言い草だが、エイデス。貴方はあの時、俺に対応を放り投げただろ!」

「なんと王太子殿下。貴殿はあの時、惚れた女の相手をするのが嫌だったのか?」

「そんな事言ってないだろ!」

「ならば、私の行動は間違っていないな」

おどけた口調で言われて、レオが焦っている。

可愛がっていた、というのが事実なんだろうな、と思わせる、気安い関係だ。

「で、そちらのカーラ嬢は?」

「わたしは、殿下と似たような理由ですよ。爵位だけはそこそこの子女を侍らせていたので、益があるかと近づきました。それで、アーバインとウェルミィが婚約者を差し置いてベタベタしてるので、苦言を呈しました」

「それで?」

「お行儀よくしたいなら姉のところへ行け、と。最初は嫌味かと思いましたが、ふと気付いたんです。馬鹿にしている様子だったのに、ウェルミィは一度もイオーラの悪口を言っていなかったんですよ」

それは、事実だった。

周りがどう、他の場所でお義姉様のことを言っていたのか知らないけれど、アーバインや取り巻きが悪口を口にするたびにウェルミィがしていたことは、たった一つだけ。

『あの人の話は聞きたくないわ』と、嫌な気持ちを隠さず顔に出していただけだった。

だって実際に、お義姉様の悪口なんて聞きたくなくて。

続けられたら、エイデスにしたみたいに手が出てしまいそうだったから。

アーバインは単にウェルミィが『自分を好きだから嫉妬してる』と勘違いしてくれたし、他の皆も話したくないほど嫌いなのだと勝手に忖度してくれた。

「オルミラージュ魔導爵様は、どうだったんですか?」

「私は、レオの手紙を預かった段階でお膳立てが整っていたからな。熱烈なラブレターに興味を引かれた」

言いながら、ちらりとこちらに目を向けるエイデスに、眉根を寄せて顔をしかめる。

「ラブレターなんか、送ってないわ」

「そうか? 『貴方はこんなにも素晴らしい人で、私は惚れ込みました。だから一番大切で素敵なお義姉様を預けたいです』と書いてあったように思ったが」

「っ……自意識過剰よ!! ナルシストなんじゃないの!?」

「まぁ、そう思いたいならそれでいいがな」

ーーー本当に、なんて嫌味な男なのかしら!

恣意的に解釈しすぎだと憤慨するけれど、大枠は間違っていないので、さらに腹が立つ。

あの時は興味を持ってもらおうと必死で、相手がどういう風に受け取るかなんて考えている余裕もなかったし、エイデスがこんな性格だとも思っていなかった。

ーーー知っていたら、誰が、誰があんな……!

う〜、と唸っているとお義姉様にニコニコと背中を撫でられ、エイデスの顔がますます緩む。

「まぁ、そんな事情で向かった先に、クラーテスが居て驚いたがな。ウェルミィの人脈はどうなっているのかと、その時点で愉快だった」

「……まぁ、娘ですからね」

多分、公爵家を出て、直後にお母様に裏切られたからだろう。

エイデスよりは上だけれど、老け込むには早いくらいの年頃のクラーテス先生は、苦労を示すように髪の毛が半分くらい白髪混じりだった。

苦笑する彼に、ウェルミィは目を向ける。

ーーー私の、本当のお父様。

そして、解呪の魔術を教えてくれた師匠。

薄々感じていたことが事実だった今、彼にどういう目を向けたら良いのか分からず、ウェルミィは戸惑っていた。