軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精悍な騎士と、出入りの記録。

シドゥ・ゲオランダは、元はただのシドゥだった。

どこにでもいるような平民だったのだ。

たまたま、友達の父親が騎士団で爵位はないけれど騎兵をやっていて、剣を持ってチャンバラ遊びに誘われるまでは。

シドゥには、才能があった。

手に持った棒切れの上手い使い方が、感覚で分かる。

1回目の転機が訪れたのは、友人の父が戯れで子どもの遊びに参加して来た時だった。

シドゥは、彼の持つ木剣を弾き飛ばし、勝ってしまったのだ。

お互いに驚いて見つめ合った後、友人の父は言った。

『お前、騎士になる気はあるか?』

平民の三男坊だったシドゥは、仕事をくれるなら、とそれを承諾して、王立騎士団の下働きになった。

だが、シドゥは強過ぎたらしい。

基本的には実力主義の騎士団であっても、身分を気にする奴はどこにでもいる。

シドゥが、騎士団に出入りしていた軍団長ネテの息子である『双子の神童』を、平民の三男坊如きがぶちのめしたのは、やり過ぎになってしまったのだ。

シドゥにも言い分があり、双子が本当に強くて、手が抜けなかっただけだった。

元々大人しかった弟の方は、それで自信を喪失してしまったらしい。

逆に兄貴の方は、そんな弟を見て、騎士団に出入りはするけど退団してしまったという。

将来的に上に立つ者達に恥を掻かせたことと、それまでやっかみを我慢していた貴族出身の騎士達に口実を与えてしまったこと。

有象無象の嫌がらせに遭ったシドゥは、うんざりして自分も騎士団を辞めてしまった。

その後、事情を知った軍団長が騎士団長を降格させ、騎士団の是正を行ったというが、シドゥには関係のない話だ。

その話をして来たのは、騎士団をやめてやさぐれていたシドゥを訪ねてきた双子の兄貴の方で、彼は負けたことを一つも気にしていなかった。

ただ、『弟に爵位を継がせたいから、弟よりも目立つわけにはいかなかったから辞めた』と、その時に言っていた。

それで、その腕を腐らせるのは勿体無いし、お前さえ良ければ、と紹介されたのが、今のオルミラージュ侯爵家の私兵団だった。

双子の兄貴、アダムスとは、今はいい友人だ。

身分が違いすぎてそう呼ぶのはおこがましいかも知れないが、シドゥはそう思っているし、彼の方もそう思ってくれているようだ。

オルミラージュ侯爵家の私兵団は、どうやら訳ありの人間が多いようで、居心地が良かった。

シドゥの境遇に同情してくれたし、皆も多かれ少なかれ似たような目に遭っていた。

元々腕の立つシドゥは、ある日当主様に言われて、王都の外れにある森の害獣を間引きする任務を与えられて、そこで功績を上げた。

人が手こずる高位魔獣や、たまたま山道で見かけた盗賊退治などをこなす内に、爵位を持たされた。

いらなかったけれど、仕事がやりやすくなる利点をこんこんと説かれて、渋々受けると、しばらくして十人長から副長に格上げになった。

オルミラージュ本邸に雇われている者達は、訳ありが多いだけ問題も多く、その仲裁にも爵位と肩書きは役に立ったので、当主様の言葉は間違っていなかった。

新しく雇われたというヘーゼル嬢も、そんな『訳あり』の一人だった。

初めて見た時は驚いた。

その顔の両側に縦に走る、十本の引っ掻き傷に、ではない。

貴族の令嬢でなくとも、女性なら気にしてしまいそうなその傷を負っていてもなお、背筋を伸ばして恥じ入ることなく堂々と立つ、その態度にだ。

ーーーカッコいいじゃないか。

そう思った。

鮮やかな、手入れをしていなくとも光沢のある茶色の髪を三つ編みにして、化粧気のない顔立ちに鋭い眼光。

昔のシドゥのように、少しだけやさぐれた印象もあった。

あまり他の使用人たちとの交流がないことが、気になっていた。

見かけるたびに目で追っている内に、徐々に惹かれている自分に気づいた。

決定的だったのは、アロイとミィという姉妹が現れてから。

それまで、ミザリにどれだけ話しかけられても、笑顔ひとつ浮かべた様子のなかった彼女が、折りにつけ少しずつ笑みを見せるようになった。

ーーー可愛い。

そう思った。

女性に対して、恋をしたのはこれが初めてではないが。

その笑顔を自分にも向けてほしい、と思ったのは、多分初めてだった。

『重くないか、ヘーゼル嬢。持とう』

緊張しながら、濡れた洗濯物を満載にした籠を持つ彼女に初めて声を掛けた。

『ありがとうございます、ゲオランダ副長』

ヘーゼルは、自分の名前を覚えてくれていた。

それだけで少し嬉しかった。

些細な交流だ。

笑顔はまだ見せて貰えない。

食事に誘うなんて、拒否されたら凹む自信があったので、まだ勇気が出ない。

そんな日々の中で、ある日、ミィに呼び止められ、こう言われた。

『副長様。もしヘーゼルの身に何かあったら、助けてあげて下さいますか?』

よく意味が分からなかったが、何故か恋心を見透かされている気がして、しかつめらしい顔を作りながら、頷いた。

『彼女が悪くないことで、何か起こりましたら、必ず』

ヘーゼルが仕事を多く押し付けられているのは知っていたが、それは自分の管轄ではなかったから、どうすることも出来なかった。

それとなくアロンナ侍女長に伝えてみたが、彼女はただ頷いただけで、どう思ったかは分からない。

そして、盗人が居るからと部屋を囲うように私兵団に命じられて、ヘーゼルが物を盗んだと言う断罪が始まった。

ーーー何をバカな。

ヘーゼルは相変わらず堂々としていたし、彼女がそんなことをする人間ではないと知っている。

それに、実際に見かけるたびに目で追ってしまう自分は、今朝も見かけて『運がいい』と思っていたのだ。

だから、声を上げた。

「今朝のその時間は、自分も、ヘーゼル嬢を鶏小屋で目撃しております!」

身分と肩書きが、この上なく役に立つ状況に、シドゥは当主様の采配に初めて感謝した。

※※※

ウェルミィは、堂々と発言したシドゥを見て微かに口の端を上げる。

「ありがとうございます、ゲオランダ副長」

「そ、そんな筈はないわ!」

「そうよ! 私は邸内でハッキリその子を見たのよ! それに、貴方たちが彼女を目撃してるはずが……!」

「目撃してるはずがない? 何故ですか?」

まさか副長まで出てくるとは思わなかったのだろう、エサノヴァとローレラルが口を滑らせた発言を、ウェルミィは即座に攻める。

二人はハッとし、少し焦った顔をしていた。

ーーー手応えないわねぇ。

ウェルミィは、伏せていた手札の一枚をめくって突きつける。

「目撃してるはずがない、というのは、もしかして鶏小屋に掛けられていた認識阻害魔術があったからでしょうか? 一体、誰がそんなもの掛けたのかしらね?」

ウェルミィがそう告げてやると、二人が息を飲む。

「な、何の話よ!? わたくしたちが、鶏小屋に近づくはずがないし、そもそも掛ける必要がないわよ! 作り話も大概になさい!」

「それは、ヘーゼルに冤罪をかけるためなのでは?」

「わざわざ下働き一人に、そんな手間を掛ける理由ないでしょう! 大体、エサノヴァ様のネックレスがその子の荷物から出てきてるのは、侍女長を含む皆が目撃してるのよ!」

どうやら、エサノヴァよりはローレラルの方が、多少は頭が回るらしい。

「こっちには証拠があるのよ! 認識阻害魔術の話も、ヘーゼルが小屋にいた話も、全部あなた達が口で言ってるだけじゃない!」

「掃除人頭のオリオンさんに、『ヘーゼル一人に鶏小屋掃除をさせろ』と指示した人でも居たのではありませんか? ねぇ、いつも彼女に仕事を押し付けるみたいに」

ウェルミィが周りを見回すと、掃除人頭のオリオンがサッと顔を青ざめさせ、ヘーゼルに仕事を押し付けていた自覚のある数人の下働きや下級侍女などが、居心地悪そうに目を逸らす。

「違うかしら? オリオンさん」

「え、あ……」

彼は冷や汗をダラダラ流しながら、忙しなくウェルミィとエサノヴァを見比べる。

アロンナの娘であり、かつ上級侍女であるエサノヴァと、コールウェラ夫人から下級侍女への昇格を打診されているウェルミィ達。

どちらの味方につくのが正しいのか、オリオンは頭の中で算盤を弾いているのだろう。

「ええ……彼女に小屋掃除を任せるように指示されたのは、事実で……その、エサノヴァ様から、アロンナ様の言付けだと。僕はそれに従っただけでして。しかし、決して、押しつけてなどは」

「そうですか。では、認識阻害魔術のことは知らなかったと」

「ええ、ええ。そんなことは決して」

「だそうですわ。アロンナ侍女長。事実でしょうか?」

しかし、表情の変わらない彼女と、サッと青ざめたエサノヴァを見れば、状況は一目瞭然で。

「そのような指示を、今朝出した覚えはございません」

トカゲの尻尾切りか、それとも事実か。

どちらにせよ、アロンナは自分の関与を否定する。

「でしたら、エサノヴァ様。鶏小屋の掃除自体は、貴女ご自身から指示を受けているようですわね?」

「わ、わたくしもそのような指示はしていないわ!」

「へぇ、おかしなことですわね。オリオンさんが嘘をついているのかしら。外から見えない認識阻害魔術を鶏小屋に掛けさせて、その間にヘーゼルの格好をした誰かに、盗ませた人がいるんじゃないかしら?」

自作自演かも、と付け加えると、エサノヴァの顔色が今度は赤黒く染まる。

「そんな訳ないでしょう! さっきからなんなのあんたは! 無礼なのよ!」

「どこがでしょう? 私は盗難事件の状況がおかしい、と告げているだけですけれど」

そもそも。

この盗難事件の犯人にヘーゼルが指名されることを、ウェルミィは知っていた。

何せ、 盗難事件を起こせ(・・・・・・・・) と言われた犯人自身が、ローレラルに指示された時点で、こちらに名乗り出てきているのだ。

そのまま事を起こさせなさい、と指示したのは、膿をさっさと本邸から放り出したかったからである。

「あ、一つ伝えておくと、認識阻害魔術は、ちゃんと鶏小屋に入る前に私が解呪しておきました。なので、外からヘーゼルは見えていたと思いますよ? だから、シドゥさんも見えたのでしょうし……認識阻害魔術が掛けられていたことは、きちんと報告してあります。そうですよね? カーラ様」

ウェルミィが問いかけると、下級侍女のカーラが頷く。

「ええ。報告を受けたことは、私から、家令のカガーリン様にも伝えさせていただいておりますわ」

カガーリンも、それに頷く。

しかし、ローレラルはなおも抵抗した。

「それが事実だとしても、じゃあ本邸にヘーゼルが入ったって記録は、誰かが小細工したとでも言うの!?」

「そうなのではないですか? あの日の出入りを記録していたのは、誰でしょうか?」

ウェルミィが問いかけると、一人の青年が手を挙げる。

「私が、下働きの出入りを記録しておりました」

それは、柔らかく微笑んでいるセイファルトだった。