軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世話焼きな下働きと、精悍な副長。

「ヘーゼル! ちゃんとクリーム使いなさいって言ってるでしょ!」

部屋を訪ねてきたミィに怒鳴られて、風呂上がりに借りてきた本を読んでいたヘーゼルは眉根を寄せた。

「一日くらい良いじゃない……」

「よくないのよ! 毎日塗らないと意味ないでしょう!」

「別におしゃれをする必要なんてないじゃないのよ。この顔だし、あたし達、ただの下働きよ?」

別に王太子妃試験を受けてる訳じゃないし。

そう目を逸らして告げたヘーゼルに、ミィは腰に手を当てて胸を逸らす。

「おしゃれじゃなくて、大事なことよ! 手荒れしてたら水仕事が痛くて大変だし、効率が落ちるでしょう! まともな仕事がしたいなら、肌荒れは放置してたらダメ! 日焼け防止のこのネックレスも、ちゃんとつけなさいよ!」

と、外で水仕事や掃除をしているのに、シミ一つない白い肌を保っているミィは、クリームを手にしてヘーゼルの本を取り上げた。

「めんどくさいなぁ……」

「めんどくさくてもやるの!」

この子は、こんな顔のヘーゼルに、初対面から全く気後れする様子もなく、顔をしかめたりもしない。

まるで普通であるように接してくるので、たまに居心地が悪い。

「手荒れはともかく、今さら、日焼けなんか気にする必要ある……?」

「歳取ってシミだらけになってから後悔しても遅いのよ」

「しないわよ」

「そんなこと分からないでしょ!」

ミィは一歩も引かずに、勝手にヘーゼルにクリームを塗り始める。

使用人用のお風呂から、少し遅れて帰ってきたアロイとミザリも、こちらのやり取りに肩をすくめて、クリームを塗り始めていた。

ミザリもそういう事にあまり興味はなさそうだったのに、アロイに懐いていて、彼女の真似をしている内に目覚めてきたらしい。

「実際、お肌ツルスベになるし、ヘーゼルも本当に言うこと聞いといた方がいいよ〜? 多分、見目が良い方がお仕事も採用されやすいよ〜」

「……誰の受け売り?」

「アロイだよ〜!」

「だと思った」

悪びれた様子もないミザリ。

彼女はともかく、『傷顔』に見目が良い方が、なんておかしくて笑ってしまいそうになる。

そこで、ヘーゼルの両手にクリームを塗り終わったミィが、次は顔に塗りたくり、最後は寝転ぶように言った。

「背中も塗るから、早くして」

「そ、そこまでしなくても」

「ダメ!」

人に体を撫で回されるのには、流石に慣れていない。

頬を引き攣らせるヘーゼルに、いつも通りに綺麗な微笑みを浮かべているアロイが、こちらを見てさらに表情を緩める。

「ミィは、世話焼きね」

「そう? お義姉様ほどじゃないと思うけど」

「そんなことないわよ。昔から、貴女は世話焼きなのよ。ふふ、ヘーゼル。やらせてあげないと納得しないから、諦めて横になった方が良いわよ。ミィは頑固だもの」

それに、何を思い出したのか、ちょっとバツが悪そうにミィが顔を逸らす。

「……頑固じゃないわよ」

「とっても頑固よ」

軽く笑ったアロイは、自分もミザリに塗ってあげる、と横になるように指示する。

『わぁい!』と躊躇いもなくベッドにダイブしたミザリを見て、抵抗を諦めたヘーゼルは、深くため息を吐いて自分も横になった。

※※※

と、このように。

彼女が肌荒れ対策のクリームを持っていたのは、ウェルミィが与えたからだ。

ーーー誰が、ヘーゼルを追い詰めさせるものですか。

ウェルミィは目を細めて『敵』を見据える。

ローレラル達は、『ヘーゼルが鶏小屋にいた』という、自分達と矛盾する目撃証言が出たことが、よほど意外だったのだろう。

「……何ですって?」

訝しげな顔をしながらも、こちらを睨んでくる。

「他にも目撃者はいますわよ。お義姉様も、私たちが鶏小屋にいる間は近くで落ち葉の掃き掃除をしていたし、ミザリも井戸で水を補充した魔導具を運んで、井戸と調理場を往復していたわ。ねぇ、ヘーゼル」

「……ええ」

彼女も彼女で、上級侍女相手にウェルミィが出しゃばってくるとは思わなかったのだろう、安堵と心配が入り混じった複雑そうな顔をしつつ、頷いた。

ウェルミィまで処罰を受けることを気にしているのだろうけれど、それは杞憂なので、安心させるようにヘーゼルに笑みを向ける。

ーーーさて、次はどう来るのかしら?

小細工をしていたようだが、ヘーゼルの目撃者はそれだけいる。

井戸から調理場に水を運ぶには、鶏小屋の前を通らないといけないからだ。

しかしその話を聞いても、ローレラルは自分の優位を疑っていないようだった。

「……誰かと思えば、皆下働きじゃない! 大方、仲間を庇っているんでしょう? クリームをあげた? だったら、貴女たちも盗みに関わっているんじゃないの!?」

下働きをバカにする発言に、少々ムッとした空気が流れる。

当然のことだけれど、下働きの方が本邸で働く上級使用人よりも人数が多いのだ。

「つい先日、四人一緒に下級侍女に昇格していただけるというお言葉を、コールウェラ夫人より賜っておりますわ」

「今はまだ下働きでしょ! 大体、貴女たちみたいなのが昇格するのがおかしいのよ!」

それも気に入らない要因なのだろう。

しかしミィと違って、侮辱されても、表立ってそれに文句をつける人はいない。

というか、普通は厄介なことに関わりたくない、と思うものなので当然だし、没落貴族というものは身分的には平民なので、そもそも貴族に逆らうとそれだけで罰がある可能性が高いのだ。

「下働きの証言だけじゃ不足ですか? それでしたら……」

と、ウェルミィが言葉を重ねようとすると。

「……発言をして、よろしいでしょうか!」

と、声を上げた人物がいた。

ウェルミィを含むその場の人々が一斉に声の方に顔を向けると、そこに居たのは、使用人たちが集められたエントランスを、まるで取り囲むようにしている護衛騎士の一人。

彼を、ウェルミィは知っていた。

逆立つ深紅の髪と、騎士らしい屈強な肉体を持つ赤く日に焼けた精悍な顔をしているその青年は、ヘーゼルとたまに話していた人物だ。

ーーー護衛騎士の副長、シドゥ・ゲオランダ。

ヘーゼルに聞いた話では、ウェルミィたちと交流するようになってから話しかけて来るようになったらしい。

自分の目が、そこに春の気配を見抜いてテンション上がっていたのだけれど、ここで声を上げてくれるのは予想外でちょっと嬉しく感じた。

ーーーヘーゼルを、守りたいのね。

アロンナが彼を見て、静かに頷いた。

「発言を許可します。ゲオランダ副長」

「ありがとうございます! 今朝のその時間は、自分も、ヘーゼル嬢を鶏小屋で目撃しております!」

鋭い眼光を宿した目で、ハッキリと、彼は断言した。