軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バッドエンドのその後で。

「イオーラの専属侍女選びが難航してる」

そんな相談をウェルミィに持ち掛けてきたのは、レオだった。

イオーラお義姉様は爵位の引き継ぎを終えて、現在は王宮の一つを与えられている。

「じゃ、私がお義姉様の専属侍女になるわ!」

「いや無理だろ! 専属侍女だぞ!? 屋敷から出てる時間の方が多かったら俺がエイデスに殺される!」

残念、と肩を落とすウェルミィに、執務机に向かっていたエイデスがククッと喉を鳴らした。

「よく分かっているじゃないか」

エイデスに、自分から問われずに愛を伝えた日から、彼の雰囲気は今まで以上に柔らかくなった。

冷酷非情の魔導卿はどこに行ったのかしら……と思うくらい、ウェルミィはでろでろに甘やかされている。

恥ずかしいことをさせて、上からイジめて来るのだけは変わらないけれど。

「それで、侍女選びが難航している理由は?」

「最近入った年若い侍女は、当然貴族の御令嬢が多いんだけど、ある程度爵位があると夜会に参加したことがあったり、貴族学校に通っていたりしたことがある」

「ああ……お義姉様の悪評や昔の姿を知ってる、ってことね」

それはウェルミィにも責任の一端があることなので、レオがそんな相談をこっちに持ってくるのも理解できた。

「もちろん、侍女としての技量にはまるで問題がないし、表に出すような真似はしないけれど、やっぱり裏を取るとイオーラを少し侮っているような発言をする者もいてね」

「お義姉様は、それでもいいと言っているんじゃない?」

筆を置いて足を組んだエイデスの横に、さりげなく移動したウェルミィが微かに笑みを浮かべると、レオは渋面のまま頷いた。

「仕えているうちに収まるでしょう、と言うんだが」

「それはそうね」

お義姉様の昔の姿は、当然ながら仮の姿だ。

礼節に気品、頭脳も何もかも、お義姉様は一級品どころか特級品。

いえ、美の女神すら超える至高の女性なので、まともな頭を持つ人たちならすぐに認識を改めるだろう、と思っているのだけれど。

「俺が嫌だ」

「……お義姉様も、臆病者の旦那を持つと厄介ねぇ。これで王太子なんだから、国の行く末が心配だわ。お義姉様は傾国の美女にはならないでしょうけれど」

レオが自分にうつつを抜かして役に立たないなら、逆に自分が手腕を振るって立て直してしまうのが、イオーラお義姉様であろうから。

「ウェルミィ。せめて、慎重だと言ってやれ。レオの気持ちも分からんでもない」

エイデスがレオを庇うが、これは軽口の類いだと思っていた。

噂に振り回されて女主人を貶めるような相手を、お義姉様の近くに寄らせたくない、という気持ちはウェルミィも同じだから。

「分からないでは、ないの?」

「そうだ。私もお前を本邸に近寄らせていないからな」

「どういうこと?」

ウェルミィが首を傾げるが、それは後だとでも言うように、口の端に笑みを浮かべたままエイデスは答えない。

なので、話を戻すことにした。

「オレイア一人では、流石に王宮での側仕えには慣れない面もあって不足よね」

実家からお義姉様に付き従って貰っている、ウェルミィとも幼馴染みである彼女だけは信頼に値するけれど。

「母上に仕込まれた年嵩の侍女も二人はつけるし、選定した侍女長は俺の乳兄弟だから問題はないんだけど……年嵩の侍女は、王宮に慣れるまでの措置なんだ」

「エイデス。ヌーアを渡してあげるのは?」

「歳が少し行き過ぎているな。それにアレは、うちの諜報を担う伯爵家から来ている〝影〟だ。警護を担う侍従の方は不足していないだろう」

「そっちは専門に訓練されてるからな。それでも、下働きを含むイオーラと俺が住む宮を整える人手となると、人数がね。せめて頻繁に出入りする相手……いや、近くで仕える相手くらいは、厳選したい」

「何人必要だ?」

「最低でも五人は欲しい。それも、一人は実家の地位や実績があって、練度が高く年若い侍女が」

男爵家や子爵家の出だと、どうしても実家への迷惑を考えて、高位貴族出身者と渡り合うのは厳しいからだ。

「……難しいわね」

「身元がハッキリしていて、その上で実績があり、後ろ盾のことを気にしなくていい人材か……適した者が多く居そうな場所はあるが」

エイデスは、ニィ、笑みを浮かべると、楽しそうにレオを見る。

「レオ。俺に借りを作る気はあるか?」

「……また借りが増えるのか……まぁ、ここに来てる時点で今更だけど」

レオが頷くと、エイデスは眉を上げてウェルミィを見た。

「ついでに、そろそろお前の専属侍女も見繕え。方法は任せる」

「ねぇ、どういう話なの?」

歯に物が挟まったような物言いに目を細めてみせると、エイデスは横に座っていた自分をふわりと持ち上げて、膝の上に座らせる。

「そんな不満そうな顔をするな。単純に、そろそろ 本邸の掃除(・・・・・) をしようという話だ」

すると、レオがピクリと眉を震わせた。

顔が心なしか沈んだようになるのを、ウェルミィが不思議に思っていると。

「我がオルミラージュ侯爵家は、貴族の未亡人で行き場をなくした女性やその子どもを、使用人として引き取っている」

「よくある話ね」

高位貴族の侍女として仕えるのは、貴族家の次女三女などが多い。

中でも、エイデス……というよりも、エイデスのお父様のご意向らしいのだけれど、訳ありの女性を多く引き取っているのだという。

「うちに多いのは、魔導具による、家庭崩壊の被害に遭った女性などだ」

「あ……」

そう聞いて、ウェルミィは本邸の事情を悟った。

エイデスは、それによって精神干渉を受けた義母と義姉を亡くしている。

左手から外さない黒い手袋の下には、その時に負った火傷の跡が残っていることも聞いていた。

「精神干渉の被害に遭った女性は、敬遠されがちだ。人によっては、不慮の事情によって純潔を失った女性よりも下に見られることがある」

特に精神に作用する魔術は、下手をすると人を変えるという。

長年の影響によって、それまで心優しかった少女が、周りに当たり散らすヒステリックな女性になったり、衝動的な自殺を図るようになるなどの事例が報告されていた。

ウェルミィとお義姉様も、少々事情が違うものの、養父サバリンが魔導具を使用してお義姉様を殺そうとしたことで、クラーテスを頼ったということがあった。

だから侯爵家では、積極的にそうした女性を引き取り、影響が強ければ治療を行い、軽微あるいは影響がなければ他家へ斡旋したりもしているのだと。

エイデスが魔導省の長であり、そうした事例に巻き込まれた女性と関わることが多いこともあって、本邸は常に飽和状態らしい。

ーーー私を関わらせなかった、のは。

同じように被害に遭った中で、一人だけ特別扱いされていることをやっかまれたり。

あるいは、精神的に変調を来している女性から害されるのを考慮してのこと、なのだろう。

「お父様は……今もまだ、悔やんでおられるの?」

「そうした話を、父とすることはない。だが、私だけでなく彼も、未だに定期的に事情がある女性を引き取っては、本邸に住まわせている。表向きは愛人ということになっている者も多いが、手は出していないだろう」

前侯爵は、エイデスに地位を引き継いだ後は領地か国内外を飛び回っており、滅多に王都の本邸には帰ってこないのだそうだ。

「基本的には伯爵家以上の女性ばかりなので、教養がある方が多い。背景事情を考慮しなければ、優秀な侍女となる者も多いだろう。侍女にするなら後ろ盾はオルミラージュ侯爵家が請け負う」

後は、レオとウェルミィの気持ち次第だという。

「……ねぇ、レオ」

「何だ?」

「私、良いこと思いついたんだけど」

ニッコリと笑ったウェルミィに、どこか嫌な予感を覚えているみたいなレオが顔を引き攣らせる。

「……一応聞く」

「ーーー私とお義姉様が、身分を隠して本邸に侍女として潜り込むのはどうかしら?」

その提案に、レオは目を見開いた。

「は!?」

「だって、信用できる人を見つけるんでしょ? なら一緒に働いてみるのが一番良いじゃない。何なら、王太子妃と侯爵夫人付きの侍女選びをするのを周知して、希望する人を一度侯爵邸に集めてもいいわね! それで良い人を見つけたら、私とお義姉様が自分で選べば良いわ!」

名案、と両手を合わせるウェルミィに、レオは渋面を浮かべる。

「……だが」

「レオニール殿下」

そこに低い声で口を挟んだのは、エイデスだった。

顔を見上げると、笑みを浮かべたままだけれど、目が冷たい。

オルミラージュ魔導卿の顔で、レオを見据えていた。

「私は、良い提案だと思うがな」

「……あそこには今、ヘーゼル嬢とミザリ嬢がいるんだろう?」

「だからどうした? そうした女性は多くはないが、確実にこの世に存在する。平民の中には、下手をすればもっと酷い境遇にいる者も数多い。……見るに堪えないものに蓋をしても、この世から消えはしないのだ。ウェルミィもイオーラも、美しく清廉なだけの女性ではない。お前よりもよほど強い」

ハッとしたレオに、エイデスはふと、視線を緩ませる。

「守るだけが共にある事ではない。そして、悩みから目を逸らすな。お前にも、イオーラにも、そしてウェルミィにも……手の中にある権力を持って何をするのかを定める為に、いずれぶつかる問題だ」

「そう、だな……」

暗く沈むレオとエイデスを交互に見て、ウェルミィは首を傾げた。

「ねぇ、誰なの? その二人」

「ヘーゼル嬢と、ミザリ嬢は、お前たちの辿ったかもしれない道を歩いた者だ」

先ほど名前が挙がった女性と、彼らが交わす会話の内容が気になって、ウェルミィが問いかけると。

エイデスは、静かにこちらを見て、答えた。

「ーーー壊れてしまう前に、我々が救えなかった少女たちだ」