軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二王子の決断。

タイグリム・ライオネルは、第二王子として生を受けた。

そして家族に恵まれた。

兄であるレオニールは、賢く柔軟で、昔は病弱だったことなど微塵も感じさせない立派な人だ。

父であるコビャク国王陛下は、平等で嘘をつかない人だった。

決してタイグリムを、兄のスペア扱いなどしなかった。

陛下は、幼いレオニールとタイグリムを前にしてハッキリと告げた。

『お前達はお互いに難しい立場だ。レオニールは体が弱いが賢く、タイグリムは第二子という立場だが同様に聡明だ。今後お前達のどちらが王太子になるかは、神のみぞ知るところ。お前達はそれぞれに、己が国を背負うのだと考えて生きねばならぬが、どちらかは最後にその道から外れねばならん』

陛下は、隠し事をしなかった。

『その時に、お互いを恨むこともあるかも知れぬ。長兄なのに玉座を得られぬと、優秀なのに王弟に甘んじると。……そうした気持ちを、お前達はお互いの前で隠してはならぬ。吐き出さぬ想いは、いつか心を蝕むからだ。お前達は国の未来と安寧の為に、考え続け、話し合い続ける必要がある。分かるか?』

兄とタイグリムは、それぞれに頷いた。

それから自分より三つ年上の兄は、父同様に、タイグリムに隠し事をしなくなった。

『俺はお前が国王になろうと、恨むつもりはない。そして、体が弱いと王位継承を諦めるつもりもない。精進して、届くか届かないかは分からないが。……お前に重責を押し付けないことを、目指す』

兄の言葉は真摯で力強かった。

だから、タイグリムも同様に答えた。

『兄上の努力が及ばなかった時、重責を預かる。そのつもりで学びましょう。それが役に立たぬことを願っています。俺は、兄上が好きですから』

タイグリムが答えると、兄は嬉しそうに笑った。

『俺もだよ、タイグリム』

それから、今まで以上に兄との仲は良好だったと思う。

同じ話題について議論して、時にぶつかり、徹底的に意見を擦り合わせた。

どちらが王になっても良いように。

そして天の采配と、父王の意志が兄を王太子にと定めた時に、タイグリムもまた自分の道を探った。

父譲りの銀の瞳と治癒魔術という、兄にない自身の武器を持っていたのは幸いだ。

そして、弟子として預かったテレサロ嬢もまた、タイグリムには得難い宝だった。

しかし平民上がりで天真爛漫な彼女の行く末を……王弟として兄を支えるためではなく、共に帝王学を学んだ……タイグリムは、冷静な頭で憂いた。

ずば抜けたその治癒能力と穏やかで優しい人間性は、聖女と呼ぶに相応しい。

しかし、謀略にその力を利用しようとする欲望と悪意には無力に見えた。

そしてあの事件が起こった時、タイグリムは自分の道を定めた。

「タイグリム」

「兄上。お待ちしておりました」

王宮の中庭に呼び出した兄は、昔の細い面影など微塵もない、覇気に満ちた勝ち気な青年に成長していた。

まだ成長途上の自分の方が、細く弱く見えるだろう程に。

「……バルザム帝国へ行くと聞いた」

そう口にした兄の表情は、どこか憂いを含んでいた。

「教会の総本山へ、行くのか」

「ええ。枢機卿を目指します。そして叶うなら教皇に」

ハッキリと口に出すと、兄は唇を引き結んだ。

『王弟として治世を支えて欲しかった』と、彼がそう口にするかとタイグリムは予想した。

これは父王の決定ではなく、自分自身が望んだことだった。

継承権を捨てて、神の使徒となる。

世界を巻き込む権力争いの坩堝に、飛び込む決意をしたのだ。

王たりうるべく学んだ帝王学を、最も活かせる場所だと思った。

しかし兄は、全く予想していなかったことを口にした。

「テレサロ嬢の為か?」

「……まさか、兄上に見抜かれているとは思いませんでしたね」

タイグリムは苦笑した。

上手く隠していたつもりだったのだが。

兄は自分に隠し事をしないが、タイグリムはあまり余計なことは言わない。

イオーラ嬢のことをタイグリムは兄の口からよく聞いたが、色恋について自分から兄に話すことはなかった。

多分、そういう性分なのだろうし、こちらのそうした気持ちは、おそらく兄を困らせただろうから。

「見抜いたのはイオーラと、ウェルミィだ」

「あのお二人は、本当に慧眼であらせられる」

大した関わりもないのに、何故分かるのだろう。

「テレサロのことが理由なのは事実です。聖女は渡さぬ、枢機卿候補となる力を秘めた第二王子は渡さぬ、では、教会も納得しづらいでしょう」

「この国は力を蓄えてる。なんともならないことはないだろう」

「そこは分かってないんですね、兄上。俺は家族も好きなんですよ。だから行くんです。王弟が教皇となれば、兄上の地位はますます確固たるものになりますから」

側で支えたいという気持ちもあったが。

「……今後、俺に万一がないとも限らないぞ」

「その時になれば、姉は嫁いでいるかもしれませんが、妹とその伴侶、あるいは弟が担うでしょう。ナニャオが歴代初の女王となっても良い」

「それは間違いないな」

兄と二人で、笑い合う。

父王には5人、子がいる。

第一王子レオニール、第一王女ヒャオン、双子の第二王子タイグリムと第二王女ナニャオ、第三王子ティグ、だ。

そのタイグリムの双子の妹、ナニャオ第二王女は特に優秀だった。

妹は、降嫁を望んでいない。

父王は、本当に周辺諸国を見ても稀有なほどに、真に平等な人だった。

ナニャオは女の身である。

本来なら政略の駒となるはずの彼女だが、治世の才を見いだした父は、ナニャオにまで兄やタイグリムに対するのと同様の教育を施した。

淑女としても申し分ないほどの勉強を詰め込まれた上で、それをこなす彼女こそ、真に王位に相応しいのではと兄と語り合う程に優秀だった。

『兄様達を、わたくしも助けるわ!』と、堂々と議論にも大人顔負けの知識で参加してくる。

「……私は、ナニャオの伴侶にマレフィデント・アバッカム公爵を推しますよ」

タイグリムがそう口にすると、レオニールが眉を上げる。

「……アバッカム公爵領はどうする?」

「王家直轄地にして、今まで通りに預かって貰えばいいでしょう。あの家は前王家の血を継いでいてややこしいんですから、野心がない今代の忠臣である彼を取り込んで、血を統合してしまえば良いんです」

そうすれば、無駄な争いをせずに済む。

アバッカム特務卿の優秀さは折り紙つきだ。

彼は実際にレオニールに何かあれば、おそらくは王ではなく王配の道を選ぶだろう。

前公爵の妄執を、叶えてやる気はなさそうだから。

「……アバッカム公爵は、だいぶ歳が離れてるぞ。ナニャオが気に入れば良いが」

「色恋に歳は関係ないですよ。彼は才覚があるだけでなく、見目も良い。それに、ナニャオはそれが王家にとって良いと思えば受け入れるでしょうし」

兄弟姉妹の、誰一人として愛しはしても甘やかさなかった父母によって、後を任せられる者がいることを、タイグリムは深く感謝していた。

「……テレサロ嬢と共に、教会に赴くという選択もあっただろうに」

「彼女の笑顔が曇る選択ですよ、それは」

タイグリムは、婚約者であるソフォイルのことを話す彼女の、キラキラとした笑顔が好きだった。

その笑顔が曇った時に、自分の恋心に気づいたのだ。

婚約破棄をさせられた時、セイファルトに襲われ、ツルギスに脅された時。

テレサロは、何があったかを尋ねてもタイグリムには何も言わなかった。

それが彼女と自分の間にある線引きだったのだろう。

全てを聞いた後でも、ズミアーノのことを許せる気はせず、ウェルミィ嬢には感謝しかなく。

テレサロに笑顔が戻った以上、タイグリムが口を挟むことなど何もない。

「兄上。俺は、多分他の誰かを想っている女性が好きなんですよ」

初恋は、ダリステアだった。

その時彼女は、兄の婚約者筆頭であり、最初から手が届く人ではなかったし、彼女は兄と、彼を通した将来の王妃の地位と責任を見ていた。

次がテレサロ。

彼女もまた、想い想われる人がいて、彼との将来を夢見ていた。

そうした彼女達の気持ちを聞くのが、好きだった。

「趣味が悪いな……」

ひどく微妙そうな顔をする兄、レオニールに、タイグリムはニヤリと笑う。

「しかしそう考えると、俺は教会向きな気がしませんか? 聖女の存在により、教会での女性の地位は決して低くありません。そして修道女が大勢いる」

おどけて肩をすくめながら、タイグリムは言葉を重ねた。

「神とかいうハレム野郎に、愛と貞淑と祈りを捧げる、俺を見ない〝花嫁〟たちがね」

「天罰が下るぞ。こんな奴が教皇になったら教会は終わりだ」

嘆くように頭を振りながらも、兄の口元は笑っていたので、タイグリムは目を細める。

イオーラ嬢もいるのだから、自分はここに留まるより、やはり向こうに行く方が有意義だ。

ウェルミィ・リロウドは、デビュタントからこっち、嵐のように表舞台を荒らしながら、その裏で国内の問題を瞬く間に平定してしまった。

本人は自覚がないだろうが、あの少女はとんでもない。

「国をお願いしますよ、兄上。父上を引きずり下ろせば、玉座は貴方のものです」

「大人しく引き摺り下ろされてくれるようなタマじゃないが、努力はしよう。お前も、教会と帝国を黙らせてくれ。嫌いなズミアーノと一緒にな」

「本当にその点だけが、唯一の不満ですよ。しかしそれがテレサロの為になるのなら、やぶさかじゃない」

聖女と教皇。

添い遂げることはなくとも、いずれ信徒のために近しく話すことが出来る。

そんな未来が、タイグリムにとって一番心地よい距離だと気づいたから。

帝国も、教会も、大公国も……それらに祖国の影響力を轟かせる日は、そう遠くない気がした。

「ーーー十数年後、もしかしたら世界は、ライオネル王国の手中かもしれないですね、兄上」

「ゾッとしない話だ。随分と重い玉座になる」

「そうですね。俺が座るんじゃなくて良かったと感じます。兄上が〝覇王〟と呼ばれる日を、楽しみにしてますよ」

タイグリムは、座ったまま兄に拳を突き出して。

レオニールは、それにゴン、と同じように拳を打ち合わせた。