軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アバッカム公爵家の結末。

「あの、お兄様」

「何だ?」

ウェルミィ達を見送った後、マレフィデントは改めて妹のダリステアと共に茶会の席に戻ると、正面に腰掛けた彼女が戸惑ったように問うて来た。

「わたくしが公爵令嬢ではなくならない、というのは、どういうことなのでしょう?」

その質問に、ああ、とうなずいて笑みを浮かべ、マレフィデントは静かに告げた。

「父上には、引退していただくことになったからな」

「…………っ!?」

ダリステアが息を呑むのに、重ねて事情を告げる。

「エイデスが、レオニール殿下とイオーラ女伯の婚約に際して最も警戒していたのが、我らの父上の動きだ」

幼い頃。

彼女同様、マレフィデント自身も『覇権を握れ』と父に命じられて来た。

そしてダリステアが求められて来たこともまた、身に染みるほど理解していた。

ーーーその事実に怒りを覚え始めた頃のことも、ハッキリと覚えている。

「父上は、お前以外の邪魔者を排除していた。レオニール殿下に婚約者候補が少ないのも、それが理由だ」

今までは、そこまで悪辣な手段は取っていなかった。

ほんの少し家格が劣る令嬢に、逆らえぬのを利用して縁談を世話したり、些細な間違いを犯した貴族に、それとなく圧を掛けて娘を婚約者候補から外させたり。

そうして残った数名の中で、筆頭候補であり続けたのがダリステアだった。

妹の努力を知っていたマレフィデントは、小細工などせずとも地位は揺るがぬだろうにと、考えていたが。

才媛イオーラ女伯が、レオニール殿下と惹かれ合ったことで、状況が変わった。

ダリステアの様子がおかしくなった理由……どこか諦めにも似た気配を漂わせることになった理由を知ったのは、エイデスの主催する夜会で起きた事件の日だった。

あの日、マレフィデントも招かれてその場にいたのだ。

だが、父上はイオーラ女伯のことを人伝に聞いて、諦めずに禁忌に手を出した。

「父上は、度を越した。エイデスが絡んだイオーラ女伯とリロウド嬢の顛末を知って、暗殺を目論んだのだ。看過は出来なかった」

「そんな……」

ダリステアは青ざめた。

「イオーラ女伯との正式な婚約が成立するまで、お前にも伝えられなかった。王命でな」

それを一番に知れる立場にあったマレフィデントは、聞いたその足で、国王陛下とエイデスにその事実を伝えたのだ。

「暗殺を計画し悟られぬよう実行せよ、と命じられたのは私だ。だからこそ、その暗殺は成らなかった。エイデスがウェルミィを身代わりに立てることを提案し、イオーラ女伯は身を隠した」

イオーラ女伯の動向が掴めぬことや、魔道研究所の警備態勢から人を送るのは難しいことを理由に、のらりくらりと時間を稼いだ。

その間にブラフとして第一候補に上がったリロウド嬢にまで父上が目を向けた矢先に、ズミアーノが動いた。

「リロウド嬢やお前が巻き込まれたあの事件は、全員が想定外だった。しかし利用出来そうだった。……いくら父上が業を煮やして自分が動こうとも、あの令息達を排除するのは困難だ」

魔物退治の英傑であるソフォイルを前に、直接的な暗殺には手を出せない。

毒殺を目論む者にはリロウド嬢の目や、シゾルダの知略があり、ズミアーノ子飼いのセイファルトが目を光らせている。

権力に頼もうにもエイデスと、深慮遠謀の才を持つズミアーノが立ち塞がる。

お互いの真の思惑を知らずとも、エイデスとズミアーノ、そして国王陛下の目的が一致している以上、父上の陰謀は失敗することが決定していた。

ーーーそしてマレフィデントは、美しく聡明で、責任感があり気の強い妹が、レオニール殿下を本気でお慕いしているわけではないことに気づいていたから、協力した。

「リロウド嬢とイオーラ女伯に対する鉄壁の守りを敷いた上で、レオニール殿下が秘密裏に証拠を集め、王城にて父上に全てを突きつけた。公爵家を残して罪を詳らかにせぬ条件は、引退だ」

実質は幽閉。

公爵領の辺境にて静養するという体で、高貴の身で大逆を目論んだ者を秘密裏に閉じ込めるための、魔術が無力化される王城の塔に入る。

「父上は、それを呑んだ」

公爵家を絶やさぬことで、次の代に賭けようとしていることが、ライオネル王家側についた息子である自分を見る目に宿っていることを、マレフィデントは理解していた。

ーーーそんな妄執に意味はない。

全ては父の自己満足であり、それに付き合わされたのがマレフィデントとダリステアだ。

だが、マレフィデントはエイデスのおかげで、ダリステアは自力でか、誰かの啓示があったのかは知らないが、その妄執から逃れた。

「公爵は俺が継ぎ、落ち着いた頃に魔導省長の地位を賜る。エイデスと私しか、魔導卿はいないしな」

「エイデス様は……」

「外務卿に収まる。図らずも内憂が治まったからな……リロウド嬢がエイデスの婚約者に内定し、レオニール殿下も伴侶を得た。有力な公爵、侯爵家の後継や、最大の商家に成長するだろう子爵家は、イオーラ女伯やリロウド嬢を通して繋がりを持ち、裏切りの心配はない」

令息たちは多少の苦労をするだろうが、最も懸念されたズミアーノをエイデスとリロウド嬢が抑えていて、頼りないと言われていたツルギスも、あの顔を見るに近く評価が変わるだろう。

シゾルダに関しては、身内に甘いところはあるが、今回の件から心配はなくなるだろう。

そしてセイファルトは、今はただの伯爵家の後継だが……ズミアーノとエイデスが口にしたことが事実なら、やがて有力な手駒になる。

「ならば、エイデスには外務卿として、南部のノーブレン大公国と西方バルザム帝国、聖テレサルノ教会の動向に注力してもらう方がいい、と国王陛下は仰った」

教会についてはもう一つ手が打たれているが、それをダリステアが知るのはもう少し後になる。

「ほかに何か質問はあるか?」

愛しい妹に、紅茶のカップを置きながら微笑みを向けると、ダリステアは青ざめた顔のまま、少し考えて……ポツリ漏らした。

「この件には関係がないかもしれませんが。……お兄様は、オルミラージュ魔導卿を信頼しておられたのですね……」

「意外か?」

「ええ。お二人は反目されていると、もっぱらの噂でしたから」

「貴族学校時代から、父上の目を欺く為にそう見せかけていたからな」

常に覇権を握れ、と言われていたマレフィデントの前に、立ち塞がったのはエイデスだった。

彼は貴族学校の同窓であり、入学当初からあらゆる面でトップを独走し続けた。

魔導卿に叙されたのも、あいつが先だ。

父上の妄執の手駒として教育されたマレフィデントが、エイデスに憎悪にも近い感情を向けていたのも事実だった。

「あいつは幼少の頃に、大切なものを喪っている」

「……はい。聞き及んでおります」

その出来事がどういう結果をもたらしたのか、マレフィデントが知ったのは貴族学校三年生の時だった。

「かつて、我慢の限界に達した私は、エイデスに問いかけた。挫折を味わわされ、超えることも叶わず。折られた誇りをどうすることも出来ず……恥も憎悪も捨てて、自暴自棄に問いかけた」

『どうすればお前のようになれる。何故お前は、そうして何もかも全てを俺から奪うのだ』と。

「まるで幼児の癇癪だ。それに対して、エイデスは笑みと共に応えた」

『俺のようになる必要が、どこにある。お前は大切なものをまだ何も失ってはいない。マレフィデント、私はお前が羨ましい』と。

「衝撃だった。私も、エイデスに降りかかった過去の不幸は知っていた。だが何もかも持っていると思っていた男が、私を羨ましがっているなど露ほども思ってはいなかった」

『もしこれから先、大切なものを得た時。私はそれを二度とは失わぬ為に。人を狂わせる呪いをこの世から消し去る為に、力を求めている』

だから、と、そう言ったエイデスは、いつもの冷たい眼差しではなく、寂寥と憧憬を込めて、マレフィデントを見ていた。

『お前は気づくべきだ。そして今ある大切なものに目を向けろ。一度たりとも、失わぬ為に』

そう言われて、マレフィデントは自分が持っているものに、初めて目を向けたのだ。

父の妄執に囚われ、それでも気高く懸命に頑張っている妹に。

それまで当然と思っていた、彼女の哀れな生かされ方に。

「お前を慈み、守ることに、気付かせてくれたのはエイデスだった」

「……お兄様が、わたくしに優しくして下さるのは……それが、理由でしたのね」

ダリステアは、目に涙を浮かべていた。

十も離れた妹を高齢で産み落とすこと。

父上にそれを望まれた母上は、彼女が幼少の頃に儚くなった。

マレフィデントはそれでも、母上からは愛情を受けたけれど、ダリステアは違ったのだ。

ならば与えてやるのは、自分の役目だと。

「私はエイデスに感謝している。そして、立派に育った愛しいお前にも。……守るということの大切さを、お前たちが教えてくれた」

求めるばかりではなく、求められ、慕われることの嬉しさ、楽しさ、必要さ。

人は一人で生きているのではないと。

エイデスも伴侶を得た。

『ウェルミィは、面白い。そして健気で、同時に強い。側にいて守りたいと思う者を、やっと見つけることが出来たぞ、マレフィデント』

そう、どこか嬉しそうに告げたエイデスを、心から祝福した。

「私も、お前が手を離れたら見つけようと思う。だから、早く愛しいと思う者を見つけ、自分の為に生きてくれ、ダリステア」

最後に茶化すように告げると、ダリステアは頬を染める。

「……そう遠くはないかもしれませんわ、お兄様」

「ツルギスが気に入ったか?」

多少面白くはないが、妹がそう思う相手なら認めよう、とマレフィデントは思っていた。

もちろん、人格などに問題がないことが前提だが……ダリステアを想い続けていたというあのガキなら、この子を無碍にはしないだろう。

「あの……分かりませんけれど、お兄様以外の殿方に、そのように想われていたと知ったのは、初めてなので……」

両手を頬に添える彼女は、可憐と呼んで差し支えない。

「お前なら、レオニール殿下の婚約者という枷が外れれば、よりどりみどりだと思うがな。……止めはしない。それと、暇なら少し家政を手伝ってくれ。手が回らんからな」

「はい。わたくしで良ければ、微力ながら」

妹が元気になったことを確認したマレフィデントは立ち上がり、執務に戻ることにした。

今までも多くの仕事を担っていたとしても、特務卿の引き継ぎをしながら公爵を継ぐのは、生半可なことではない。

「幸せになれよ、ダリステア」

その肩にぽん、と手を置くと、彼女は花開くように笑みをこぼした。