軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

剣士ツルギスのダリステア訪問。【後編】

「まずは、謝罪をさせて下さい、ダリステア様」

ウェルミィ様はそう言って、今日は青いドレスに白いレースのついた爽やかな印象のドレスの裾をふわりと広げて、微笑んだ。

ダリステアに見せた、その表情は。

夜会の場で見せていた勝ち気で人を見下したようなものではなく。

ダリステアが暗示をかけて、それが解かれた後に見せたものに似た、好奇心旺盛な猫を想起させる柔らかいもの。

きっとこっちが、本来の彼女の顔なのだろう。

『人を騙す演技が飛び抜けて上手い』とお兄様が言っていたけれど、貴族の令嬢としてそれが『裏向きにした淑女の顔』であることを見抜けなかった自分を、ダリステアは恥じていた。

あの夜会だけでなく、学校生活の間もずっと、騙され続けていたのだから。

「謝罪、というのは?」

小さく首を傾げると、ウェルミィは少し上目遣いに、本当に申し訳なさそうな顔をする。

「以前の夜会で、ワインをドレスに。休憩室で王太子殿下に、事情を説明していただこうと思っていたのですけれど……タイグリム様には、あの時点ではまだお伝えしていなかったのです」

ーーーああ。

ダリステアは、彼女の行動の意味を知って、タイグリム様の態度があの後に変わった理由も理解して、自分の浅はかさに落胆する。

少し、冷静に話を聞いていれば。

いきなり変わったタイグリム様の態度の理由に、操られたとすぐに判断を下すのではなく、疑問を抱いていれば。

自分を、騒ぎから遠ざける為の行動だったと、知れたはずなのに。

そうすれば、あのような醜態を晒すこともなかった。

「気にしてはおりません。謝罪すべきは、わたくしの方です」

まんまと、騙されてしまったのだから。

ダリステアは、支障のない範囲で話す、とお兄様に言われて、あの夜会やウェルミィの裏事情を把握した。

そうして、ダリステアは同じように頭を下げる。

「愚かなわたくしが、余計な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

こんな自分では、レオニール殿下に相手にされなくて当然だったのだと、今になって理解して自嘲する。

「顔を上げて下さい。私たちがもう少し上手くやれていれば……ダリステア様が謹慎などにはならなかったはずです」

ダリステアは、違法改造された催眠魔導具使用の罪にのみ問われている。

と言っても、情状酌量の余地ありということ、この計画が陛下の知るところだったという事情を加味して、ほぼお咎めなし、数週間の謹慎のみで済まされるということだった。

それでも、もう社交界の場では死んだも同然の身。

年齢的にも、新たな婚約を高位の方々と結ぶには時間や席がなく。

噂は学校時代から付き纏っていたものと相まって、ダリステアに声を掛けようとする方はきっと、公爵家との繋がりが狙いになるはず。

元々、それでも良かったのだけれど、求める方々は家格が落ちるし、それではお父様の期待には応えられない。

だから縁談が結ばれることはない。

『お前は、王太子殿下の婚約者になるのだ。そして、アバッカムの身に流れる正当な王の血筋に、権威を取り戻すのだ』

父であるアバッカム公爵は、ダリステアにそれだけを求めた。

その為だけに存在していいと、言われていた。

ーーーだから、正式な婚約者がイオーラ様になることを悟った時に、覚悟はしていた。

次は『側妃になれ』『第二王子妃になれ』と求められることも、理解していた。

でもレオニール殿下は、三年の間イオーラ様との子が産まれるか否かに関わらず側妃は求めないだろう、という予感もあった。

幼い頃から親交があったからこそ、殿下の気質は知っている。

タイグリム様はダリステアよりも年齢が下で、まだ16歳の成人を迎えたばかり。

罪に問われるような行為をした年上の相手を、王子妃に選ぶ理由がない。

謹慎を言い渡された日に、父からは叱責を賜ることを覚悟していたけれど、何故か会いに来なかった。

「そんなに畏まらないで。わたくしが行き遅れとして役立たずになった時に起こることが、数年早くなっただけのことなのですから」

そう返すと、ウェルミィ様が戸惑ったような顔をして、横に立つツルギス様の表情が厳しくなる。

「どういうことですか?」

「そのお話は、お茶でも飲みながら致しましょう? 最後になるかもしれませんし、そのお相手が貴女がたで良かったと、わたくしは思っておりますの」

ダリステアは、庭にウェルミィ様とツルギス様を誘い、侍女にお茶を用意させる。

準備が整ったところで人払いをして、話し始めた。

「わたくしから話を始めた方が、よろしいかしら?」

するとウェルミィ様が、ツルギス様に目を向ける。

彼は何かを決心するように、深く息を吸うとこちらに頭を下げられた。

「まずは私から、ダリステア様への謝罪を」

ツルギス様は頭を下げたまま、言葉を重ねる。

「するべきでない振る舞いの結果、多大なるご迷惑をお掛けいたしました。……ダリステア様が被害をこうむったのは、私の、独りよがりな望みに端を発するものです」

そう言われて、ダリステアは顔に熱がこもるのを自覚する。

『ダリステア嬢に、恋情を抱いておりました……』

そう、シゾルダ様が言っていたのを、ダリステアは当然覚えていた。

「その……望みというの、は」

「はい。分不相応ながら……私は、ダリステア様に想いを寄せておりました。父上にそれを伝え、婚約の申し込みを突っぱねられたというのも、事実にございます」

そこに、ウェルミィ様が補足を加える。

「彼を、ズミアーノが操っていた時のことです。……ツルギスの望みを叶えるには最も手堅い手段だったと……」

「ツルギス様ご本人の意思ではなかった、ということですか? そろそろ顔をお上げになって下さいませ」

「は。……申し訳ありません。想いを寄せていたことに、偽りはありませんが」

ツルギスは顔を上げ、真っ直ぐにダリステアを眼差す。

「私が望んだのは、ダリステア様が想い人と添い遂げられること、でした」

その視線を受け止めることが出来ずに、ダリステアの方が視線を逸らした。

意識していなかったとはいえ、想いをこれほど真っ直ぐに伝えられた経験などなくて。

だってダリステアは、幼い頃からずっと、王太子殿下の第一婚約者候補だったから。

「……ツルギス様。一つ誤解がありますわ」

ダリステアはそっと息を吐き、彼の間違いを正す。

「わたくしは、レオニール殿下をお慕いしてはおりません。親愛の情はございますけれど」

だから、ダリステアはイオーラ様と親しくなるのを見て、諦めたのだ。

相手がイオーラ様だったから。

「殿下がたには、お伝えしておりませんけれど。……わたくしは、とっくに諦めておりました」

「ですが貴女は……図書館にいた二人を見つめて、泣いておられました」

苦しそうなツルギスの言葉に、ダリステアは目を丸くする。

「み、見ておられましたの……?」

それは、王太子殿下との婚約を諦めようと思った日のことだから、鮮明に覚えていた。

「はい。申し訳ありません」

「……恥ずかしくも涙を流したのは、それがわたくしの使命であり、生きていることを許されている理由でも、あったからです」

「あの、横から申し訳ありません。どういう意味でしょう?」

ウェルミィ様の言葉に、ダリステアは自嘲の笑みを浮かべる。

「お父様は、王太子妃をわたくしにお望みでした。そうならなければ存在価値がないと、言われて育てられたのですわ」

二人が息を呑む。

ダリステアは、首を横に振った。

「ごめんなさい。ウェルミィ様に対して感情的になったのは、わたくしのワガママです。イオーラ様だから諦めたのに、なぜウェルミィ様なのかと……少し考えれば、何かあると分かりそうなものでしたのに」

学校での反目と、あまりに違いすぎる様子を、疑った。

でも疑う方向が、イオーラ様を嫌っていたウェルミィ様の嫌がらせである、という方向で。

『レオニール殿下は、色仕掛けで籠絡されたのだ』と囁かれていた噂を鵜呑みにした。

そういう少女ではないと、言われていたのに。

ウェルミィの演技を見抜けなかったダリステアは、信じ切れていなかった。

だから、恥じた。

「お義姉様だから、ですか? それは、理解出来ますけれど……なぜお義姉様の、その、本来の気質と言いますか、そうしたものをご存じですの?」

納得しつつも戸惑いを浮かべるウェルミィ様に、ほんの少しの悪戯心を出して、ダリステアは告げた。

「ーーーだってわたくしは、イオーラ様の『サロン』のメンバーですもの」

「……え?」

「貴方達よりも先に、あの夜会の日に、休憩室にイオーラ様とレオニール殿下が訪ねて来られました。その時に、謝罪と、『面通し』のお話を聞きましたわ」

ウェルミィ様と学校で会話をしたのは、一度きり。

なんでもない言付けを、教師から頼まれた時のことで。

アーバインに侍るウェルミィ様を睨み、ウェルミィ様が嘲笑を浮かべられて。

ただそれだけの話だったけれど。

言付けがレオニール殿下が教授に頼んでのことであったのと、ウェルミィが信用できる人間を自分から遠ざける時の顔をしていたという説明を受けた。

だから『サロン』に誘ったのだと。

「イオーラ様にお化粧を教えたのと、髪艶を隠す魔術を共同研究していたのは、わたくしですの」

その時にイオーラ様の聡明さと、本来の美しさに触れて。

『わたくしを救おうと頑張ってくれている人が困るから』という、自らが我慢をすることを許容する優しさに触れて。

敵わない、と思ったから、諦めた。

「驚かれましたか?」

「ええ……じゃあ、テレサロとも面識が……?」

「彼女は、魔力負担軽減の論文を作成する際の協力者でしたわ。ご実家の商売が薬草に関するもので、 魔力回復薬(マジックポーション) の原料についての知識が深かったようですわね」

そちらは、ダリステア自身も、自分の論文があったので関わっていなかった。

「わたくしは、自分の選択を後悔しておりませんわ。イオーラ様やウェルミィ様同様に、大切な方々を守るためですもの。……お父様は、ライオネル王家に我が家の血筋を入れて、本来の血筋に王権を取り戻すのだと、馬鹿な妄執を抱いておりますから」

ダリステアは、謹慎が解けた後、その事実を訴えるつもりだった。

レオニール殿下もイオーラ様も『いつでも連絡を下さい』とありがたくも言ってくれている。

「この件はいずれ決着がつきますから、ご内密にお願いいたしますね?」

近い将来、ダリステアは公爵令嬢ではなくなるだろうから。

「だから、ツルギス様の想いには、お応えすることが叶いません。申し訳ありませんけれど」

きっと、自分に唯一好意を抱いてくれている人。

お顔は知っていても、今まで意識を向けることはなかった、そんな方だけれど。

ーーー嬉しい。

向けられた好意に対しては、素直にそう思った。

ツルギス様も操られていたという話を聞いて、騙されたとも思っていない。

ダリステア自身にも、物事の真贋を曇らせる 邪(よこしま) な気持ちがあったから、彼の策に乗ったのだから。

「……ダリステア様」

「はい」

どこか思慮深い色を、鮮やかな朱色の瞳に浮かべて、ウェルミィ様が言葉を口にする。

「貴女が公爵令嬢でなくなることは、恐らくありません」

「……何故でしょう?」

「それは、後ろのお兄様にお聞きするべきことと、思いますわ」

ふんわりと顔がほころばせたウェルミィ様に、茶目っ気たっぷりに言われて振り向くと。

そこには言われた通り、マレフィデント・アバッカム……お兄様が、立っていた。

悠然と、いつも優しげにダリステアを見てくれる柔らかい面差しが、今日はどこか不機嫌そうな色を浮かべている。

「い、いつからそこに?」

「ついさっきだ。私の可愛い妹を狙う不埒ものが、ウェルミィ嬢に金魚の糞のごとくくっついて、誑かしに来たと言われてな」

ふん、と鼻を鳴らして、お兄様はツルギス様を睨みつける。

動揺しているダリステアを置いて、彼は立ち上がって深く腰を折った。

「申し訳ありません。二人きりでないとはいえ、ご令嬢と席を共にしてしまったことを謝罪します」

「狙っていることは否定しないのか?」

「……誠に勝手ながら、想いを寄せていることは、事実です」

「返答になっていない。根性なしに妹を預ける気はないぞ。ツルギス・デストラーデ殿。貴殿も侯爵家を……ネテ閣下の後を継ぐ者ならば、いつまでも己を卑下せず堂々としたらどうだ」

驚いたように顔を跳ね上げるツルギス様を、お兄様は相変わらず不機嫌そうな顔で睨んでいる。

その身から威圧感すら漂わせる見たことのないお兄様の姿に、ダリステアは固まって言葉が出ない。

「もう一度問うぞ。狙っていることは、否定しないのか?」

今一度の問いかけに、ツルギス様の顔が引き締まる。

それまでは感情の薄かった顔に、覇気のようなものが漲った。

すると、不思議なことに印象が変わる。

それなりに整った顔立ちではあれど、どこか影の薄い頼りなげな雰囲気が消えて、まるで騎士のような力強い存在感が顔を出した。

お兄様相手に一歩も引くことのないような精悍さに、ダリステアは目を惹かれて離せなくなる。

「ーーー否定しません。今後をいただけるのであれば、父を説得し、正式な申し込みをさせていただきます」

しばらく、息が詰まるような沈黙の後。

ふ、とお兄様が表情を緩める。

「常にそういう顔をしていれば、後継に相応しくないなどと口にする輩は減るだろう。……だが、ダリステアが納得しなければくれてやる気はない。我が妹はアバッカム公爵家の、誰に恥じることもない宝だからな」

「お、兄様……」

ダリステアは、動揺していた。

ツルギス様の言葉に、お兄様の言葉に……自分が望まれ、肯定される言葉に、不意に泣きそうになる。

「承知しております。お気持ちを向けていただけるよう、努力することを怠るつもりはありません」

ツルギス様の顔に目を戻すと。

彼と目が合って……心臓が跳ねる。

求められている。

そう感じた。

「口だけにならぬよう、励め。……茶会の邪魔をして済まなかったな、リロウド嬢」

「いえ、私たちはそろそろお 暇(いとま) させていただきますので、お気になさることはございませんわ、アバッカム特務卿。個人的には、貴方様の登場で、望ましい結果が期待出来ることを嬉しく思っておりますの」

「うぇ、ウェルミィ様……」

「ダリステア様は、美しく、お可愛いらしいですもの。今後は引く手数多で、ツルギス様は霞んでしまわれるかもしれませんわね」

うふふ、と自分こそ可愛らしく肩を竦めるウェルミィ様に、ダリステアは顔を両手で覆った。

「ごめんなさい……恥ずかしくて……その」

きっと首や耳まで真っ赤になっていると分かるくらい、頬が熱い。

嬉しくて、恥ずかしくて、涙がこぼれてしまいそうなのを知られたくなくて。

ダリステアは彼らが立ち上がり、背中をお見送りをする時まで、顔を上げられなかった。