軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪役令息と悪役令嬢の誘拐。【前編】

ウェルミィは、エイデスの悪戯から解放されて、立ち上がれるようになった後。

一人でオルミラージュの別邸に帰ることになった。

エイデスはこの後、先ほどの件の後片付けがあるらしい。

忙しい中で時間を取ってくれたのは、ウェルミィの為なのか彼自身のワガママなのか分からず、微妙な気分のまま帰路についた。

その帰りの馬車の中で、うとうとと眠くなってしまう。

ーーー疲れたのかしら……。

ウェルミィはぼんやりと、斜め向かいに座る侍女に目を向けて……彼女が同じように頭を落としかけているのを見て、脳裏にチリ、と警鐘のような焦りがよぎる。

ーーーまさか、魔術……?

そう気付いた時には、既にまぶたを上げているのも辛いほどの眠気が襲って来ており。

解呪を行う間もなく、意識が深く落ちていった。

※※※

目が覚めると、そこは見慣れない部屋だった。

木造で、窓は高い天井近くに一つきり。

同じ色合いで揃えられたベッドの、真新しいシーツの上に寝かされていたウェルミィは、慎重に体を起こした。

まだ頭はぼんやりしているけれど、窓から光が差し込んでおらず、ドアの近くで照明の魔導具が淡い光をたたえていることから、そう長い時間寝ていたわけではなさそうなことを推測する。

もしくは、眠りすぎていたか。

徐々に思考の歯車を回していると、ドアがガチャリと開いて、一人の男性が姿を見せた。

「……ズミアーノ様」

「目が覚めたかい? ミィ。ああ、君を連れていた侍女は無事だよ。馬車の御者はオレだったから、王城の近くに放置しちゃったけどね」

悪びれる様子もなく、緑の瞳を細めたズミアーノは、優雅な仕草で閉めたドアにもたれて腕を組んだ。

「貴方が黒幕?」

「そう。気づいてたでしょ?」

あっさり問われて、ウェルミィは首を横に振った。

「いいえ。疑っていただけよ」

「十分だよね?」

クスクスと笑みを浮かべて口元に拳を添えた彼は、本当に何も罪悪感など覚えていなさそうだった。

「なぜあんな事を?」

ズミアーノは、確実に〝魅了の聖術〟に掛かっていた。

解除したのはウェルミィ自身なのだから、それに間違いはない。

状況だけ見ると、彼が何ら干渉していないなどあり得るはずがなかったのに、その証拠が一つも出なかったのだから。

ーーーだから、疑いでしかなかった。

「……目的は、何?」

ウェルミィを攫った意図が、分からなかった。

計画を邪魔された恨みなのか、何か別の目的があるのか。

するとズミアーノは、種明かしをする子どものように、嬉しそうな顔で告げた。

「ーーー面白そうだったから、だよ?」

と。

※※※

ズミアーノ・オルブランの人生は、物心ついた時から退屈に彩られていた。

権力も盤石で、帝国にもツテがある、相思相愛の両親。

優秀な弟妹と、聡く役目を弁えた、心を許せる幼馴染み達。

そして自身に与えられた異国の血が混じる美貌と、少し頑張ればなんでもすぐに覚えてしまう頭脳。

生まれ持った、恵まれた全てを。

ーーーつまらないな。

と、ずっとそう思っていた。

望めば、全てが思い通りになる。

なってしまう。

努力によって認められるもの、苦労して手に入れるもの。

そんなものは何もなかった。

女性ですら、少し愛を囁けば容易く落ちる。

帝国にも定期的に赴いていたが、オルブランに擦り寄りたい浅ましい連中が顔を合わせるだけで降るような縁談を持ちかけてくる。

そうした縁談をやんわりと断りつつも、少し色目を使えばご令嬢がたは見惚れ、靡いてきた。

ーーーチョロい。

彼女らの持つ情報や噂の大半はくだらないものだったが、中に紛れた幾つかの有益な情報を拾い上げるのは、趣味みたいなものだった。

思考力を奪い、頭をぼんやりさせる香りを放つ薬草。

それが、意中の相手と既成事実を作って手に入れたいという、下賎な願望を持つ者たちや、世俗のしがらみを一時期でも忘れたいという連中の間で密やかに広まっているという。

ーーーそんなことに?

と、ズミアーノは思った。

ーーー上手く使えば、他人を意のままに操れるんじゃないか?

それは少し、面白そうだった。

退屈凌ぎにまずは自分で試してみると、なるほど、この香でぼんやりするのは心地よい気がした。

しかし、頭の回転が鈍るというのは、同時に少し不快だった。

独自にそれを、成分を抽出して香水とすることに成功したズミアーノは、ご令嬢や令息たちに色々試してみた。

すると、どうでもいいことで仲違いしていた者たちが仲良く肩を組んだり、悪いことをしている連中が自らその悪事を暴露したりしているのを見て、心の中で嘲笑った。

ーーーこれ、使えるなぁ。

思考の方向を誘導することを覚えたズミアーノは、次に薬草の効能を解析して、魔導具を作り上げた。

【操り人形の腕輪】と名付けたそれは、香水よりもさらに強い効果を持っていたが、逆に 操れすぎて(・・・・・) 面白くない。

ズミアーノはスリルを求めていた。

少し危ない橋を渡って、他人にそこまで迷惑にならない悪戯をする。

誰かがそれに、気づくか気づかないか。

そんな折に、ライオネル王国の夜会で、不思議な少女を発見した。

明るく着飾り、バカみたいなはしたない振る舞いをするくせに、その朱色の瞳に確かな知性を宿した令嬢。

どこかチグハグな彼女を目で追う内に、ズミアーノは気づく。

ーーーああ、この子、オレと同じタイプの人間だ。

常に何かを探していて、ただ醜悪な本性を隠すためではなく、目的を持って仮面を被っている。

気の強そうな猫のような目に、小さな頭と、可憐な美貌を持つ小柄な彼女。

躍動感のある雰囲気で、自由奔放に見えて、するりと気まぐれなフリをして擦り寄る者の手を絶妙にすり抜ける。

すれ違う時に煌めく朱色の瞳に、ズミアーノは魅せられた。

だから彼女のことを調べ、観察した。

自分の為ではない彼女の策略を見抜いた時、ズミアーノは喜びを覚えた。

ーーー面白い!

彼女の計画を、はたから見守る。

一度悪戯で声を掛けて少し話し、口説くと、彼女はジッとその素晴らしい色合いの瞳でズミアーノを見つめた後。

口の端に淑女の微笑みを浮かべて、目には明確に拒絶の色を浮かべて、こう言ったのだ。

『申し訳ないけれどーーー貴方は、ご自身のことしか考えていらっしゃらないでしょう?』