軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

掌中の珠。

「ねぇ、エイデス?」

「何だ?」

ウェルミィは、一緒に休憩室に赴いたエイデスの膝にごく当たり前のように座らされた姿勢で、首を上向けて彼の顔を見上げた。

「私、頑張ったからご褒美が欲しいわ」

「ほう。何をお望みだ?」

「今回の件の、本当の狙いを教えてくれる?」

ニッコリと笑ってやると、エイデスは驚いたように軽く片眉を上げる。

「何の話だ?」

「え? まだとぼけるの?」

むぅ、とウェルミィは眉根を寄せる。

「だってこの件、まだ何も解決してないじゃない」

どう考えてもおかしな茶番だ。

まずそもそも、全貴族の前であのような告白をする理由がない人間が何人かいた。

お義姉様の婚約が成立した以上、あの夜会の前にウェルミィの『イオーラから目を逸らさせる』役目は終わっていたと言ってもいい。

ツルギスとシゾルダを捕らえるだけなら事前に衛兵に捕えさせれば良かったし、ダリステアの解呪を試みるにしても、それこそ親族であるマレフィデントの手を借りればすんなり進んだ筈だ。

それではダメだと言われ、いつものように『何でも言うことを聞くんだろう?』と問われれば、それ以上追求はしなかったけれど。

「ツルギスが実行犯で、シゾルダが主犯ですって? あの香と〝魅了の聖術〟が、人を操る魔導具や魔薬の噂の出どころなら、もっと皆がテレサロを疑って騒いでいたはずでしょう?」

魅了された者は、聖女を害する、つまり彼女に不利益な噂を口にするような振る舞いも、出来なくなるのだから。

噂が広がりようがない。

「もっと大きな裏があるでしょう?」

「賢いな、ウェルミィ」

まるで良い子良い子するように頭を撫でられるが、何だか馬鹿にされている気しかしない。

「話してくれないなら、もう触らせないんだからね!」

ご褒美がほしいって言ってるのに。

ウェルミィが立ち上がろうとしたら、エイデスにスッと腰を抱かれて阻まれる。

「離してよ!」

「お前に拒否権などないと、いつも言っているだろう。話してやるから、大人しく愛でられていろ」

そう言って、首元に口づけを落とされて、ウェルミィは肩をすくめる。

耳が熱くなってしまったのを見られたのか、エイデスが楽しげに喉を鳴らした。

「お前は本当に可愛いな、ウェルミィ」

「……」

むぅ、と頬を膨らませていると、今度は柔らかくぽんぽん、と頭を叩かれた。

「そう拗ねるな。……今回の件は、隣国が絡んでいる。だから、ああするのが最良の選択だった」

「帝国が?」

薬の出どころが帝国なのは分かっていたけれど。

「……え? もしかして今回の件って、内部分裂を狙ってガッツリ陰謀が張り巡らされてたの?」

「そういう事だな」

だから、ツルギスの恋心の暴走という形で収めた、と、エイデスは言っている。

「たとえ原料となる薬草を手に入れたところで、香水にする方法も、それを使った思考の誘導も、何の知識もないツルギスが上手く行える訳がない。裏があると踏んで当然だろう」

そっちの方向を、エイデスとマレフィデント特務卿が引き受けていたらしい。

「大体関わっている人間は押さえている。多くは秘密裏に処分され、表面上は何事も起こらなかったことになる」

「……ふーん」

「それと、時間稼ぎのためにお前に動いて貰ったのも、少々個人的な理由があってな」

「何?」

抱き方を横抱きに変えられて、エイデスの肩に頭を預ける形になったウェルミィの頬を撫でながら、エイデスは囁いた。

「お前に、交友関係を少し広げてもらおうと思ってな」

「え?」

小さく微笑みながら意外な理由を口にした彼に、ウェルミィは何度かまばたきをする。

「えっと……どういう理由で?」

「お前は今まで、損得でしか人間を見てこなかっただろう。それも、目的の為に利用出来るが、あまりタチの良くない者とばかり付き合っていた」

「そうね。それが?」

「信頼できる友人というのが、お前にはいないだろう?」

問われて、ウェルミィは考えた。

言われてみれば、関わった他人で今も付き合いがある相手は、エイデスやレオ、カーラくらいかもしれない。

お義姉様とクラーテス先生は、家族だから、エイデスのいう友人には当たらないだろう。

エイデスは、恋人……なんだかそれも恥ずかしい……だし、レオはお義姉様の相手で、義兄とは呼びたくない犬猿の仲。

カーラは、お義姉様の友達という感じで、そこまで仲良しという訳でもないし。

「お互いに助け合い、長く付き合える友人というのは、必要な存在だ。そうした相手を見つけるためには、お前の交友を広げるのが一番だ」

「……だからわざわざ、お父様みたいな解呪師に頼まずに、私に令息たちの解呪を?」

「そういうことだな」

なんと回りくどい話だろう。

「そんなことしなくても、私には家族以外に、助けたいと思う、助け合える相手くらいいるわよ」

「ほう?」

気づいていないのだろうか、と思いながら、ウェルミィは首を傾げた。

「ーーーエイデスよ?」

目の前にいる助けたい相手に、そう口にすると。

彼は今度こそ意外そうな顔で、ジッとウェルミィを見下ろす。

「な、何?」

何か変なことを言ったかしら、と思っていると、不意にエイデスの目が愛おしそうに細められる。

「ウェルミィ。お前はいつも、私にとても嬉しい言葉を言ってくれるが……私は、お前の友人ではない」

「うん、それは分かってるけど」

友人同士でこんなことはしないし、寝室を共にもしない。

でもエイデスが言いたいことはそういう事じゃないってことくらいは分かった。

「私がお前に与えられるものは、愛だけだ。友人と交流することで得られるものを、与えられるわけではない」

「……よく分からないわ。だって、エイデスは助け合える相手が必要って言ったじゃない」

「助け合い、長く付き合える友人が必要だ、と言ったんだ、ウェルミィ」

エイデスの右手の指先が、ウェルミィの唇を撫でる。

「私やイオーラでも、もしかしたら擬似的に与えてやることは出来るかもしれない。しかし、お前が困った時に信頼して相談できる者は、多い方がいい」

「……うん」

何だか分かっていない自分が気恥ずかしくなって来て、ウェルミィは逆に尋ねてみた。

「エイデスには、そういう人がいるの?」

「勿論だ、ウェルミィ。クラーテスも、レオも、先ほど顔を合わせたマレフィデントも。私にとってはかけがえのない友人だ。お前という掌中の珠を、安心して預けられる相手だ」

「……」

ウェルミィは、視線をさまよわせた。

そうした事を不意に言われると、どうしたら良いか分からなくなってしまう。

嬉しくて、恥ずかしい。

ーーーでも、そんな話じゃないのよ、ウェルミィ!

ウェルミィに、エイデスを預けられるくらい信頼できる相手はいるか、と言われている。

……預ける必要がないくらい、エイデスは凄いと思うんだけど、それも何だか違う気がする。

イオーラお義姉様を預けるに足る存在、と考えると、それはいない気がした。

それこそカーラやレオ、侍女だけれどオレイア、後はゴルドレイだろうか。

「……私、友達がいないのね……」

「そういう生き方をせざるを得なかったからな。だが、今はもう違うだろう? だから、今からでも遅くはない」

友達を作る、それが大事なことだとエイデスが言うのなら、多分そうなのだろう。

「今まで、気に入った者ほど避けて来たんだろう。逆に、今度は関わっていけ。それはお前が生きるための力になる。お前の人を見る目は確かだからな」

ーーー手駒としてではなく、友達として……。

「……なんだか、難しそう……」

「気楽に考えればいい。話してみたいと思った相手や、今後が気になる相手。今回関わった中で、そういう者たちはいなかったか?」

「……ダリステア様と、テレサロと……セイファルト、かしら……?」

ダリステア様は、何だか気になる相手。お話をしてみたいと思う。

テレサロは、どこか放っておけない。ソフォイル卿とまた心を通わせたけれど、大丈夫だろうか。

セイファルトは、考え方が似ていた。確かに周りから見ると、そんな生き方は間違っているのじゃないかと思えてしまう。

「では、今回の件が落ち着いたら、会いに行ってみるといい。きっと、得られるものがあるだろう」

そんなエイデスの顔を、ウェルミィはジッと見上げた。

ーーー何でこの人は、こんなに優しくしてくれるんだろう?

ウェルミィは、今までの人生でずっと、どこか居心地の悪さを感じていた。

お母様に優しくされても、エルネストの屋敷の中では、お義姉様の居場所を、得るべきものを奪っているようで。

だけど、エイデスの側は居心地が良い。

この人は、ウェルミィの……ウェルミィだけの居場所を、与えてくれた。

「何だ?」

彼が今、ウェルミィにしているように、そっと手を伸ばして頬を撫でると、ひんやりとしていて、少し固い感触がした。

でもそうしていると、何だか胸の奥が温かくなって、自然と笑みを浮かべてしまう。

「私、エイデスが好きよ」

そう伝えると、彼は何故か、笑みを深くして……ちょっと瞳の奥に嗜虐的な色が見えて、ウェルミィは我に返る。

頬から手を離そうとしたら、その手をがっしりと掴まれた。

「あの、エイデス?」

「そういえば、ご褒美が欲しいと言っていたな?」

「え、あ、それはさっきもう話を聞いて……」

思わず頬を引き攣らせながら訴えるけれど、エイデスはニヤニヤと笑ったまま、顔を寄せて来た。

「くれてやろう。ーーー大人の口づけをな」

そう言って、唇を奪われ……口の中にぬるりと舌が入り込んでくる。

「ーーー!!」

初めての感覚に、一気に顔が火照った。

「ん〜! ん、ゃ、エイデ、んん……!!」

そのまま、存分に、何度も口の中を貪られて、ウェルミィはだんだん、息苦しさと共に甘く蕩けるような気持ちになってくる。

恥ずかしさとそれらがないまぜになって、意識が朦朧としてきたところで、ようやく解放された。

「ふぁ……」

「そんなに誘われたら、我慢する理由もなかろう?」

「ばか……きらい……!」

わざとらしく唇を舌で舐めて、満足そうに見下ろしてくるエイデスから、顔を背けるけれど。

「違うだろう? ウェルミィ。そこは『大好き』だ」

「やだ……きらい……!」

「ウェルミィ? 嘘は良くないな?」

ーーーもう一度教えてやろうか?

そう、耳元で囁かれて、ひぅ、と喉を鳴らした。

ーーーもう一回アレをされたら、本当に立てなくなっちゃう……!

今でも体から力が抜けてへろへろなのに。

ウェルミィは観念して、小さく『好き』と口にしたけれど、エイデスは納得しなかった。

「顔を見て、きちんと言えるだろう?」

「いじわる……!」

ウェルミィは両手で顔を覆ったけれど。

意地悪を言う癖に、ちゃんとエイデスは待ってくれる。

だからウェルミィは、指の隙間からちゃんと彼を見て、頑張って、もう一度告げた。

「大、好き。ーーーエイデス」

ちゃんと言ったのに。

結局もう一回されてしまって、ウェルミィはしばらく動けなかった。