軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

男爵令嬢の不敬。

ーーーウェルミィが、テレサロ男爵令嬢と出会ったのは。

久しぶりに出た、王城での夜会での事だった。

レオにエスコートされて広間へ向かうと周りは驚きに包まれ、ファーストダンスを踊る段になると、雰囲気は険悪なものに変わった。

悪し様な敵対心に晒されているのをひしひしと感じる。

おそらく普段ならダリステア様や、他の……高位貴族ではもう数少ない……婚約者候補が務めるのだろう立ち位置なのだから。

多くは『一体どういう事情なのか』という懐疑的なひそひそ話を交わし。

次に多かったのが、ウェルミィにすり寄ることや派閥に取り入れることに旨味があるかどうか、を吟味する視線だった。

予想はしていたが、ほぼほぼ好意的な反応は皆無。

ウェルミィがリロウドの姓を名乗っていて、一級解呪師として名を馳せるクラーテス先生の実子であること。

オルミラージュ侯爵家の後ろ盾がありそうなこと。

そうした事情は彼らも承知しているけれど、エイデスとの婚約話との繋がりが読めない以上は、慎重になっているのだろう。

一部、カーラの派閥のご令嬢方は、そこまで悪意ある視線を向けては来なかったけれども。

ーーー私がとんでもなくエイデスに甘やかされてるなんて、きっと誰も想像もしてないわね……。

そんな風に面白がっている内に、屋敷での生活を思い出してほんのりと頬を赤らめていると。

「何だ、俺に見惚れたか?」

と、レオが身の程知らずな言葉を投げかけてきた。

もちろん、それは皮肉や嫌味の類いだ。

王族である自分とのダンスよりも、別の物事に想いを馳せるご令嬢など、当然彼の周りには存在しなかったのだろうけれど、ついいつも通りにウェルミィは応じてしまう。

「見惚れる? 鏡を見て物を言われては? 王太子殿下」

「……お前、俺が誰だか分かってて言ってるか?」

「当然でしょう、 王太子殿下(・・・・・) 。残念だけど、私は間近でエイデスの顔を見慣れているの」

本当は全然見慣れてなくて、彼に近づかれると今でもすごく恥ずかしいけれど、ふふん、とレオの顔をわざと鼻で笑ってやる。

金の瞳と濡れたような紫髪を備えているレオは、実際かなり強気な顔立ちの美形ではある。

けれどその内面も含めて、残念ながらウェルミィの好みではない。

「……あーぁ。本当に、何で私が王太子殿下 なんか(・・・) とダンスを踊らないといけないのかしら……」

わざとらしくそう呟いて差し上げた。

もしこれがレオではなく、エイデスとのダンスだったりしたら……ちょっと、見惚れすぎて、嬉しくて恥ずかしくて、うっかりステップを忘れてしまうかもしれない。

「俺もイオーラを連れてきて踊りたいのを我慢してるんだが、よくそこまでこき下ろしてくれるな。不敬罪に問うぞ?」

「構わないけれど、多分エイデスが黙ってないと思うわよ?」

先ほどからのやり取りは、全て。

表面上は、お互いににこやかに蕩けるような笑みで、親しげな距離感を周りに見せつけながら、囁き合っていた。

実際の内容は蜜というより毒の吐き合いだけれど、はたから見れば睦み合っているとしか思われないだろう。

ウェルミィもそうした演技には自信があるけれど、レオも王族教育を受けているだけあって表情は完璧で、引きつりもしない。

この場に陛下がいなかったので、王室主催のため役目を押し付けられたレオと仕方なく踊ったファーストダンスを終えると、ウェルミィはさっさとカーラに近づいた。

『腐った貴族の相手など、レオに任せておけ』とエイデスが言っていたので、最初から、ありがたく距離を取ることにしていた。

レオをすぐさま取り囲んだ連中の相手をしてから、彼もこちらに来るだろう。

子爵令嬢カーラは貴族学校時代にあった『お義姉様のサロン』のメンバーであり、ウェルミィが最初に信用してお義姉様を預けた人物だった。

領地こそ持たないものの、実家は外国にまで手広く商売を広げて成功していて、位に左右されない派閥を築いている。

聞くところによると、お義姉様の魔力負担軽減論文に基づいた、各種薬草や魔導具の材料の仕入れを引き受けてくれているそうだ。

代わりに、完成品の販路を一定期間独占すること、他国への売り込み開拓の権限を貰う契約らしい。

その上カーラは、エルネスト伯爵家の裏事情を深く知る数少ない人間の一人でもあり、今回の身代わりの件に関しても、彼女にだけは事前に伝えてあった。

「久しぶりね、カーラ」

「ええ。イオーラとは会ってる?」

「前に比べたらとても元気でいらっしゃるわ。元々、お義姉様は優秀だしね」

女伯の仕事は、もうあらかた引き継ぎが終わっている。

優秀なゴルドレイの手助けもあったので、今は引き継ぎ先であるシュナイガー家の長男……アーバインと兄弟とは思えないほど出来た人だった……が、試しに領地経営の仕事を任されている。

このまま特に問題が起こらなければ、長男がシュナイガー伯爵家を引き継ぐまでの間、エルネスト領の運営を全面的に任される予定らしい。

親類と縁を切った際に縮小されたエルネスト領の運営に慣れて伯爵位を引き継いだら、併合して運営を行うそうだ。

そうして空いた時間をお義姉様は、王妃陛下から秘密裏に受けている王太子妃教育と研究に充てているので、解放されたというのに、自由な時間があまりない。

ウェルミィがそのことに不満を伝えると、お義姉様は笑顔で『楽しいから大丈夫よ』と言っていたけれど。

ーーーもしかして、根本的に働くのが好きなのかしらね?

そんな疑いをカーラに伝えると。

「貴女も、次から次へと厄介ごとを自分から抱え込むでしょう」

と、呆れた顔で言われてしまった。

「お義姉様の為だもの。普通でしょ?」

ウェルミィがそう首を傾げると、カーラはやれやれとでも言いたげに首を横に振る。

「よく似てるわ、貴女たち。さ、うちが懇意にしてるご令嬢がたを紹介するわね」

そうして、しばらく初対面や学校で会ったことのある子女と挨拶を交わして談笑していると、微笑みを浮かべつつも、どこかうんざりした気配を漂わせているレオが合流した。

人の良さそうなご令嬢方は、歓喜の気配を見せたり緊張していたりと、様々な反応を見せながらレオに対して 礼儀(カーテシー) の姿勢を取る。

内心面倒臭いと思いつつ、ウェルミィもそれに倣った。

彼は頭の中にそれぞれの顔と爵位が全て叩き込まれている様子で、爵位の高い順に声をかけ、一言二言を交わしてから息を吐いた。

「腹の探り合いは肩が凝りますね。こうして美しい花々に囲まれていると、心が洗われるようです」

まぁ、と喜ぶご令嬢方を尻目に、すかさずウェルミィは諫言した。

さっきとは違って一応よそ行きの口調で。

「他家のご令嬢がたがいらっしゃいますよ。発言に気をつけられては?」

それに周りで、誰が聞き耳を立てているかも分からない。

けれど、賛辞の前に余計な言葉を付け加えたレオは、気にした様子もなく肩をすくめる。

「私もそのように思いますわ、殿下」

多分、この中ではウェルミィよりも親しいだろうカーラにまで言われて、彼は渋面を作る。

「愚痴くらい言わせてくれても良いだろう?」

そこから、レオが何か言葉を続けようとしたところで……不意に、離れたところから近づいてくる桃色の髪が見えた。

真っ直ぐにこちらに来た少女が、話しかけてくる。

「あの……レ」

まで、彼女が口にしたところで、ウェルミィは驚きながらも咄嗟に、手にした扇で彼女がおずおずと伸ばした手を打ち据えていた。

ーーー何を考えてるのこの子!?

間一髪、名前を呼ぶ前に止められた彼女が目をまん丸にしているのに、内心で焦りを覚えながら叱りつける。

「無礼ですわよ、トラフ男爵令嬢! 王太子殿下に許しを得ることもなく、自ら口を開くなどと!」

「……!?」

ーーー確かトラフ様は、元は平民の方のはず。……今は16歳で、12歳の時にお父上が男爵に叙された、と聞いたわね。

レオに目線を向けつつ、ウェルミィは頭の中から記憶を引っ張り出した。

一応、貴族学校や夜会でボロを出さないように、学校に通っていた令嬢令息方の家系と、この国の主要な貴族くらいはウェルミィも頭の中に叩き込んでいる。

ただの男爵令嬢である彼女のことを詳細に覚えていたのは、その髪色が目立つことと、聖女候補という肩書きがあったからだった。

彼女の出自や今後を考えると、多少、礼儀知らずであっても馬鹿にされる程度で大目に見られて済むだろうけれど、王族に対してまで、それではいただけない。

ーーー不安そうな顔をしながらもレオに親しげなのは……弟君のタイグリム様に、魔力の扱いに関する手解きを受けていたから、かしら。

もしかしたら、プライベートに近い形で面識があるのかもしれない。

レオはウェルミィの視線を受けて意図を悟ったのだろう、すぐさま小さく頷いて見せた。

「これだから下級貴族は! こちらへいらっしゃい!」

「え? あ……」

状況が状況だ。

騒ぎが大きくなる前に人目から隠さなければならない。

ウェルミィはテレサロの手を取ると、庭に向かって歩き出した。

彼女が王族と接触する機会があるのは、彼女の特殊な事情によるもの。

教会は、治癒魔術を使える者たちを手厚く保護している。

希少な宝玉に匹敵する価値があり、使い道もいくらでもあることから、国が荒れている時などは誘拐の格好の的だったからだ。

その厳重な警戒と、入学時に髪色と瞳の色が公に記録されたことから聖女に見出されたテレサロが、すでに貴族学校に通っていて、神殿入りを拒んだこと。

そうした事情から、部外者との接触を出来る限り禁じられている高位神官からの手解きを、受けることが出来ていないのだ。

そこで白羽の矢が立ったのが、神官と接触できる王族で、しかも優秀な銀眼の治癒師である陛下と、タイグリム様だった。

聖術と言ったり神通力と言ったりしても、発動方法が違うだけで根源が魔力であることに変わりはない。

陛下ご自身はそこまで時間を取れないけれど、教皇猊下に頼まれて、タイグリム様とはそれなりに時間を過ごしていたのだろう。

ーーーだからって、周りに見える場所であのような振る舞いをしていいわけではないのよ。

テレサロを木陰に連れて行ったウェルミィは、怯える彼女の頬を両手で挟み込む。

「一体、何を考えているの? 貴女、私が止めなかったら不敬罪に問われるところだったわよ?」

ビクリ、とテレサロが肩を震わせる。

「ふ、不敬罪、ですか……?」

さらに怯えを浮かばせる彼女に、ウェルミィはため息を吐く。

「下町や貴族学校と違って、公の場で、高位貴族には誰彼構わず話しかけて良いわけではないの。気を緩めたら、貴女自身とご家族が罪に問われたり、危険に晒されるのよ。それをお望みになるの?」

「ーーー!」

何が問題だったのかを、そのままこんこんと語って聞かせると、テレサロはだんだん涙目になった。

「も、申し訳ありません……」

「大事にならなくて良かったわ」

あんなレオでも、王太子。この国で妃と並んで二番目に偉い立場だ。

彼本人が許したところで、周りからどんな圧がかかるかわかったものではない。

「あ、りがとう……ございます……」

そう礼を言うテレサロは、決して悪い子には見えなかったけれど。

瞳の奥底に、安堵と仄暗い色が見え隠れしているのを感じて、ウェルミィはベンチへと彼女を促す。

ぐずぐずと鼻を鳴らす彼女に、ハンカチを差し出すと、ペコリと頭を下げてテレサロは受け取る。

「……ウェルミィ様は、その、噂と全然違う……方ですね……」

「そう?」

「はい……体を包む、お力の気配が……温かい、です」

えへへ、と顔を綻ばせる彼女は、とても可愛らしくて、ウェルミィも頬を緩めた。

「騙されてるかもしれないわよ?」

「力の気配は、嘘をつかないです」

どうやら、テレサロはウェルミィの直観と似たような、人の判別方法を持っているらしい。

信頼されているのならば、と、ウェルミィは少しだけ踏み込んでみた。

「一体、何を王太子殿下に話そうとしたの? ……貴女、何か隠しているでしょう?」

レオに対して彼女本人に害意があるのなら、安堵が同時に浮かんでいるのはおかしい。

多分テレサロは、何かレオに話しかける事を強要されており、それを防がれたことで気が緩んだのだ。

ウェルミィがそう読み取ったのは、間違っていなかったようで。

「わたし……もう、どうしていいか……」

テレサロは暗い顔になって、深く俯いた。