軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

怒りは形を変えて。

嘲るようなその表情と仕草を見て、ヘーゼルは奥歯を噛み締めた。

そして、最後に目の前の男と交わした会話を思い出す。

『なぜ私や、私の妻と子を殺しておいて、お前らは生きている? 生まれた子に罪はないとあの女は懇願していたが、なぜ私がそう思えると思う?』

思えないだろう。

思えなかった筈だ。

でも、それはミザリを傷つけていい理由にはならない。

『これほどの慈悲を与えてやってなお、自ら死のうとするのなら死んでくれ。私は、そちらの方が嬉しいからな』

こいつを嬉しがらせてやる必要なんて、全くなかった。

それはでも、ヘーゼルを生かす為の挑発だった。

あの朱色の瞳の男の家から逃げた時も、こいつはきっと『自分が向かうのと逆の方向にヘーゼルが向かう』と分かっていて、動いていたのだ。

『幸せになってやるわ……』

『あたしは、あんたの思い通りにだけは、ならない……!』

その時もまんまと、ヘーゼルは策略に嵌まった。

でも、誰よりも憎いこの男の思い通りになってるなんて、絶対に認めたくなかった。

『好きにしろ、と言っただろう。溜飲が下がるだけで、私もお前などに興味はない。地獄の底までは噂も聴こえて来んだろう。二度と会うこともない』

その言葉が真実であって欲しかったと、心から願う気持ちと。

真実を知ってなお、決して目の前の男を許さないと考える気持ちがあって……だからこそ間違いなく、自分はこの男の子どもなのだろうと、思えてしまった。

ーーーあたしは、アロイやミィにはなれない。

だってどれだけ話を聞いても、この男を許さない、という気持ちが全く揺るがないのだから。

でも、もう死んでて、なのに目の前に出てきたこいつは、ヘーゼルが幸せになったら満足するのだろう。

だったら今この場で死ぬのが、一番の復讐になるのに。

ーーー出来ないのよ、それだけは。

だってヘーゼルが死んだら、きっともう、周りの人たちが悲しんでしまう。

ひとりぼっちだと思っていたあの頃と、今は違うのだ。

自分の居場所を作ってくれて、『ここにいていい』と言ってくれた人たちがいるから……復讐には、走れない。

ーーーそれでも、絶対に。

絶対に嫌だった。

何もかもこいつの思い通りにだけは、なりたくなかった。

その為に 利用(・・) 出来るものが、たった一つだけ残っている。

誰も不幸にならない、でもこいつが嫌がるだろう選択肢が、一つだけ。

この男に対する唯一の復讐方法を実行する為に、ヘーゼルは笑みを浮かべて宣言する。

きっと、浮かべた笑みは怒りに歪んだまま、引き攣っているだろうけれど、構わなかった。

「あたしは、 ミザリと一緒に(・・・・・・・) 幸せになってやるわ。あんたが、幸せを求めずに自分の人生を捨てたことを後悔するくらいにね!」

少しでも、この男の感情を揺らしてやりたかった。

思い通りにはならないのだと言葉にすることは、ただのヘーゼルの意地だった。

でもその気持ちは、本心でもあった。

「悔しいでしょう? 嫌でしょう? 自分は不幸になったのに、相手が幸せに生きてたら、あんたは嫌よね! 殺すほど憎かった連中の娘が幸せになるのは! ……だから、そうしてやるわ。全てをあんたの思い通りになんて、絶対にしてやるもんですかッ!」

そうしてヘーゼルは、目の前の男と同じように、親指を立てて首を掻き切る仕草をしてやった。

すると、やっとその顔が笑みから不快そうな表情に変わる。

そしてしばらくこちらを睨みつけた後、トールダムは、音もなく姿を消した。

ーーーザマァみろ!

心の中でそう吐き捨てたけど、ちっともいい気分にはならなかった。

※※※

そのやり取りを見終えて、ウェルミィは小さく息を吐く。

ーーーとことん意地っ張りよね、どっちも。

ウェルミィは、ルトリアノの気持ちを理解出来る側の人間だと、自分のことを思っていた。

何を犠牲にしてでも、成し遂げたいことを成し遂げる態度そのものは、一貫していたから。

ーーー貴方は死んでなお、憎まれ役を貫くのね。

何も喋らないことが、ルトリアノの答えなのだ。

真実を知られても、相手の同情も必要としておらず、和解など仮に求められたところで、必要ないと切り捨てること。

ヘーゼルが好きなだけ憎み、罵ることの出来る相手で居続けること。

それが、答え。

最後の表情も、どうせ演技なのだろう。

きっとあの人に後悔があるとすれば、自分の話をエイデスにしてしまって、ヘーゼルに伝わってしまったことだけ。

必要なことではあったのだろう。

エイデスという友人に自分の娘を預けて保護させる為には。

あるいは、ルトリアノの真実に気づいた彼に対する、報酬の意味合いだったのかもしれない。

けれど結局、それが遠因となって、この事態を招いた。

誰も知らなければ、漏れることもなかったのだから。

朱瞳の男マイラー・マクスウェルが、何故それを知っていたのかだけが、謎だけれど。

ルトリアノが生前から貫いたのは……許容は出来ないけれど理解は出来る、そういう形の『覚悟』だった。

「ヘーゼル」

声を掛けると、 憤懣(ふんまん) 遣(や) る方ない様子で振り向いた彼女に、ウェルミィはわざと呆れたような表情を作って、トントンと頬を扇で叩いてから、テーブルにその先を向ける。

「女主人が預かった荷物を、勝手に取り出してこの扱いはどういうことかしら?」

すると、「あ」という顔をしたヘーゼルは、一転して少し焦った様子を見せるのに、口を開く前に畳み掛ける。

「その上、わざと亡霊を呼び出して、怒鳴りつけて。この場には私たちしかいないし、何事もなかったから良いけれど……ここは王の敷地内で、お義姉様は王妃なのよ?」

ウェルミィ達はルトリアノがこちらに危害を加えるつもりはない、という事実を知っているからまだ良いものの、一切のお咎めなしするには、ちょっと直情的で考えなしな行動である。

「……ごめん」

「流石に、目溢ししてあげる訳にはいかないわ」

気持ちは分かるけれど、と思いつつ扇を広げて口にすると、横からお義姉様が遠慮がちに声を掛けてきた。

「ウェルミィ……」

「お義姉様がよくても周りと私がよくないから、ちょっと黙ってて。ヘーゼルは私の侍女よ」

「……はい」

ピシャリと言うと、お義姉様は大人しく引き下がってくれた。

ヘーゼルは気持ちが落ち着いたのか、体の前で指先を擦り合わせながら、チラッと剣の柄から手を離して頭を掻いているシドゥを見上げる。

「そんな目で見ても、どう考えたって奥方様が正しいだろ……」

シドゥも眉根を寄せて困ったような顔をしているのは、自分の職務的には怒る側に回らないといけないし、心情としてはヘーゼルのことも分かるからだろう。

多分シドゥも、オルミラージュの本邸だったりしたら温情を進言したかもしれないけれど、ここは王妃宮の客間である。

「あなた達はどっちも、ここ最近お騒がせね」

彼自身もそれこそ昨日、ヘーゼルが拐われた直後に王城の敷地内を勝手に走り回ったばかりで、強く言える立場でもない。

シドゥの方はアダムス様と会って取りなされ、ヘーゼルはこの場にウェルミィ達しかいなかったのが幸運だった、というだけで、問題行動は問題行動なのだ。

「……どうしたらいいの?」

女性にしても長身の体を縮こめて、『あんたがそれ言うの?』みたいに上目遣いで、ヘーゼルが子どもみたいに拗ねた口調で聞き返してくる。

ウェルミィはしれっとそれを無視して、わざとらしく大きなため息を吐いた。

「当然、罰を与えるわ。……どうせもう一回、ルトリアノは呼び出すことになるから、どんだけ嫌でも協力しなさい」

すると、ちょっとだけ沈黙がその場に流れて、やがてヘーゼルが訝しげな顔になる。

「え……それだけ?」

「牢屋や謹慎の方が良ければ、そうするけど」

「よ、よくはないわ!」

「なら、返事は『はい』でしょう」

「…………はい」

「宜しい」

ウェルミィが澄ました顔でそう告げると、何故かお義姉様が横でホッとした顔をする。

「今回の件の罰はそれだけ。でも、もう一つ言っときたいことはあるわ」

「……何?」

扇を下ろしたウェルミィは、にっこりと笑みを浮かべる。

「なかなか、いい啖呵だったわよ。是非幸せでいてちょうだい。 ミザリと一緒に(・・・・・・・) ね♪」

表向きツンツンしているのに、ミザリが倒れた時やこういう時に見せる一面が、本当に気が合うと思う。

ウェルミィのからかいに、ヘーゼルは顔が真っ赤になった。

この子は、こういうところが本当に可愛いのである。

シドゥもニヤッと笑みを浮かべながら小さく頷いており、横を見ると、お義姉様も控えめに笑いを堪えていた。