軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

どこよりも近く、限りなく遠い、そんな始まりの日に。

そうして、術式発動の当日。

イオーラは、部屋の中にいる面々を見回した。

自分とエイデス様、ズミアーノ様の三人が、ベッドを三角に囲むように立ち、逆三角の位置にクラーテス様、イザベラお義母様、そしてスフィーア。

他の面々……カーラやオレイア、ゴルドレイ、アーバインなどがその周りで円陣を組み、隣室やベランダ、廊下などに癒しの力を持つ面々が立っている。

テレサロ、タイグリム、イルマ、ディオーラ妃陛下、ベルベリーチェ上妃陛下の五人が、聖結界を張って癒しの力で今もなおウェルミィの容体を安定させてくれていた。

剣の持ち主達が、敷地内に敷かれた魔導陣の上に配備を完了したという報告を受けて、イオーラは深呼吸をした。

ーーー間に合ったわ、ウェルミィ……。

イオーラは、王妃に与えられる錫杖を手にして、ベッドに眠る義妹の顔を見下ろした。

ただ眠っているように見えるけれど、やはり痩せてしまっているし、顔色も青白い。

けれど、間に合ったのだ。

ウェルミィが今まで成したことが、ウェルミィ自身を助ける『力』となって、この場に集った。

「始めます」

シャラン、と錫杖を鳴らし、他の二人と呼吸を合わせたイオーラは、嵌め込まれた呪玉を通して魔導陣に同時に魔力を流し込む。

他の円陣の術者達も、それに同調した。

大きく魔導陣を巡った魔力が円環を通じて束ねられ、イオーラに戻ってくるのと同時に、術式を発動する。

ウェルミィの魂の内部に突入し、彼女の意識を起こすのだ。

その中核を担うのは……ズミアーノ様以外は、全ての始まりとなった【断罪の夜会】に関わった人々。

皆の意識が感じ取れる。

『語り部』と共に瘴気の塊に飲み込まれた時のように、現実から乖離した意識が、ウェルミィの魂を感じ取り、徐々に近づいていく。

鮮やかな朱色の魂の内側に、黒い病巣のように、瘴気が巣食って喰らおうとしているのを見て、イオーラは冷酷に目を細めた。

ーーーわたくしから、そしてウェルミィを大切に思う人々から、ウェルミィを奪わせはしません。

術式は、完全な形で発動していた。

魂と触れ合い、入り混じるように内部に突入すると、そこに『世界』が形作られていく。

ウェルミィの意識の『核』になっている記憶が、走馬灯のように頭の中に流れては去っていく。

エルネスト伯爵邸に来る前の、優しくウェルミィをあやすイザベラお義母様の顔。

引っ越しをすると聞いて、少し不安に思うウェルミィの気持ち。

そうして、幼いあの日にたどり着く。

イオーラも、緊張していた。

馬車がエルネスト伯爵邸の前に到着し、そこから降りて来るイザベラお義母様と、ウェルミィ。

ーーー本当なら、この時……。

イオーラの横に立っていたのは、サバリンと婆や、そしてゴルドレイだった。

けれど今は違う。

チラリと目線を上げると、今はクラーテス様とゴルドレイが立っていた。

婆やもいるけれど、彼女は『ウェルミィの記憶』によって作られた、中身のない幻影である。

目線を戻すと、馬車から降りて不安そうなウェルミィが、イザベラお義母様の足にしがみついていた。

その背を『大丈夫よ』と撫でながら、イザベラお義母様自身も、少し戸惑ったような顔でこちらに目を向けていた。

ーーー繋がった。

ここはウェルミィの魂の中。

一番大切な、彼女の意識の『核』となっている場所だ。

イザベラお義母様も、クラーテス様も、ゴルドレイも、全てを理解したまま『ここ』にいる。

あの日のように、まだ『眠って』いるウェルミィが、足にしがみついたままこちらに歩いて来た。

そしておずおずと顔を覗かせた彼女に、途方もない懐かしさを覚えた。

大きな、朱色の瞳。

陽の光に照らされて、淡く輝くプラチナブロンドの髪。

イオーラが、天使のようだと感じた、あの頃のウェルミィが、そこにいる。

ーーーなんて可愛らしい子でしょう。

ここから、また始まるのだ。

ウェルミィの全てを【魔王】の瘴気から取り返す為に、ウェルミィの 激情(・・) を呼び起こす。

けれど、いきなり呼び起こしてしまっては、ウェルミィが目覚める前に、【魔王】の瘴気に付け入る隙を与えてしまうだろう。

だから、やり直すのだ。

焦らず、少しずつ、ウェルミィ・オルミラージュを『眠り』から呼び覚ます為に。

捻れてしまった全ての元凶を廃して、『本当の過去』では決して取り戻せない日々を、今から過ごす。

『家族』が幸福に過ごす、幼き日々を。

そうして、ウェルミィを意識を十分に固めたら、事件を起こす。

けれど今度のウェルミィの敵は、サバリンでも、イザベラお義母様でもない。

事件を起こすのは、イオーラ自身だ。

『イオーラをエルネスト伯爵邸から逃がす』と彼女が決意したのと、同じだけの強い想いを呼び起こすような、事件を。

ーーー貴女は、酷いと思うかしら。ねぇ、ウェルミィ。

あの時、悪役を演じたのはウェルミィだった。

理由は、イオーラを助ける為だった。

今度は、イオーラが悪役を演じるのである。

理由は、ウェルミィを助ける為に。

そんな風に対峙することなんて、今後絶対にないだろう。

救えるかどうかの瀬戸際で、緊張感を覚えながらも。

ほんの少しだけ、ウェルミィと知略を競うのは楽しみでもあった。

ーーーでも貴女なら、きっと『真実』にたどり着くのでしょうね。

だって、ウェルミィだから。

そう思いながら、イオーラは 淑女の礼(カーテシー) の姿勢を取る。

顔を上げると、ウェルミィが目を見張った後に、胸の前に手を合わせたまま一歩踏み出してくる。

そんな彼女の両手を、自分の両手でふんわりと包み込んで、イオーラは微笑んだ。

「『貴女がウェルミィ? これから、よろしくね』」

するとウェルミィが、目を輝かせた。

その後に投げかけられる言葉を、イオーラはもう知っている。

ーーー貴女を、必ず取り戻すわ。ウェルミィ。

そう思いながら、彼女の言葉を微笑みながら待った。

「『わぁ……お姫様みたいに、綺麗ね! あなたが、私のお義姉様なの!?』」