軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とある侍女のお仕事。【後編】

「……エサノヴァ達、が?」

「はい。その、今あたしの影の中にいるらしいです」

オルミラージュ本邸に帰り、少々慌ただしい中、隙を見てアロンナ侍女長代理に話し掛けると、彼女はいつもと変わらないビシッとした様子で立っている……ように見える、けれど。

ーーーあれ? 固まってる?

「アロンナ様?」

「え、あ……何でもありません」

我に返ったらしいアロンナ侍女長代理に、ヘーゼルは突っ込まない。

だって、それで万一不機嫌になったら指導が厳しくなる可能性もないではないから。

「奥様が、部屋を用意するように仰ったので、一応客間の一つを軽く掃除しました。それと、ええと」

馬車に乗り込むのを待つ間に、ウェルミィに言われたことを思い出しながら、ヘーゼルはなるべく正確に伝える。

「『エサノヴァは役目を果たして戻ります。イズィースのことを含めて貴女に任せるわ。話し合うかどうかも』だそうです」

「そう……ですか」

「どうなさいます?」

ヘーゼルは、家族にいい思い出はない。

父母は優しかったけれど、人殺しだった。

義父と義母のことなんか思い出したくもない。

けれど、ミザリは。

そう、別に今でも仲良しという訳じゃないけど、普通に話せるくらいにはなった。

ウェルミィとイオーラが来てから。

だからきっと、アロンナ侍女長代理のことも……離婚したり出奔したりした相手なのに話をさせようとしているのは、それがきっと良い方向に行くと、ウェルミィが思っているからなのだ。

ヘーゼルは、ちょっとお節介かなと思いつつ、一言付け加える。

「……多分、話はした方が良いんじゃないかな、って、あたしは思います」

ウェルミィは恩を返すチャンス、と言った。

それは伝言だけじゃない役目をヘーゼルに預けた、ということなのだ。

イズィースという人は知らないし、エサノヴァはローレラルと組んでヘーゼルを虐めてきた相手である。

そっちには全然良い感情を抱いていないし、ウェルミィが何で許したのかもよく分からない。

だけど。

ーーーそれでアロンナ様の何かが変わるなら、多分良いことなのよね。

他人は他人で、自分じゃない。

家族の関係も、同じ。

ヘーゼルには分からない何かがきっと、アロンナ侍女長代理の家族にはあるのだろうし……エサノヴァは、どんなヤツでも彼女と 母娘(おやこ) なのだ。

「ええ。そう、ですね。……奥様のお言葉であれば」

判断を預ける、と言われたのに、そう口にする。

その、自分に対する言い訳が必要なのかもしれない。

だから、ヘーゼルは頷いた。

「なら、部屋にご案内しますね。こっちです」

と、用意した客間にアロンナ侍女長代理を連れて行くと、イズィースという男とエサノヴァが姿を見せた。

この、人間が影から出てくるのは何回見てもちょっと不思議である。

「えっと……あたしはこれで失礼しますね」

誰も口を開かず、ちょっと重たい空気。

自分が居たら話しづらいだろう、とヘーゼルは部屋を出た。

※※※

ちょっと気にはなるものの、ヘーゼルの仕事はここまでである。

『奥様の用事で』と言えば、旅行の片付けに関しては特に何も言われないままに終わったので、ヘーゼルが今度は自分の荷物を片付けて、洗濯物を持って庭に出ると。

「ヘーゼル!」

と、声を掛けられた。

振り向くと、そこに立っていたのはシドゥである。

「久しぶり」

船や領地の移動期間まで合わせて、おおよそ二ヶ月程度ではあるけれど、それでもやっぱりちょっと懐かしい。

頭半分ほどヘーゼルより背が低い彼は、腕周りはヘーゼルの足回りくらいある頑強な体つきをしている。

「どうだった? 大公国は」

「色々あり過ぎて困ったわ」

大半は蚊帳の外だったけれど、かいつまんで事情を説明すると、シドゥは深く眉根を寄せた。

「御当主様と奥方様に、そんなことが?」

「ええ。何にも出来なかったわ。ヒルデントライ様がいなければ、大惨事よ」

「……そうか」

シドゥなら『俺が居ればな』等のことを言うかと思ったのだけれど、そうではなかった。

「そうか、ヌーア様でも……」

「どういうこと?」

「ああ、いや。大旦那様が気になることを言っていてな」

「そうなの?」

かつては『薬草畑のお爺さん』として接していた大旦那様の顔を思い浮かべながら、ヘーゼルが首を傾げると。

「ああ。『エイデスが大公国に行けば、何かあるじゃろうな』と呟いておられたんだ。それのことだったのかもしれない」

「……分かってた、ってこと?」

わざわざ危険がある、と分かっていて大旦那様が黙っていたのなら、それはそれで問題な気がする。

けれど、シドゥは首を横に振った。

「どちらかと言えば、何だか懐かしそうな感じだったから、危険かどうかは考えていなかったと思う。ローレラルやウーヲンの件もあったしな……」

シドゥが言葉を濁したのは、契約魔術による制約があるからだろう。

そう、〝変貌〟の魔術……〝水〟の血統魔術の件は、オルミラージュとの因縁があることを、ウェルミィはヘーゼルに言っていた。

『ピエトロが死んで、エイデスの仇は討てた』というような話だったので、〝水〟には何かがあったのだろう。

それを、大旦那様は予期していたのかもしれないし、もっと別の話だったのかもしれない。

ヘーゼルには真相は分からないけれど、とりあえず洗濯物を下働きの顔馴染みにお願いしてから、シドゥの肩をぽん、と叩く。

「まぁでも、結果的に大ごとにならなくて済んだから、良かったわよ!」

きっとウェルミィならそんな感じのことを言うと思うので、ヘーゼルも真似をしてみると、シドゥが嬉しそうに笑う。

「どうしたの?」

「いいや。ちょっとヘーゼルとの距離が近づいてる気がして、嬉しいだけだ。離れている間に、少しは俺のことを考えてくれてたか?」

「んな!?」

いきなりそう言われて、ヘーゼルは顔が熱くなる。

シドゥはいつもの軽口のつもりだったのか、こちらの反応にちょっとポカンとした後。

「え? マジで脈アリになったのか?」

「……う、自惚れんじゃないわよ! もう!」

照れ隠しに睨みつけたけど、すぐに頭に手を添える。

カッとなるとすぐこういうことを言ってしまうのは、自分の悪い癖だ。

ちゃんと話さないと何も伝わらない、とウェルミィにも散々諭されている。

「……自分でも、よく分からないわ。あたし、前も言ったけど、一人で生きていこうと決めてここに来たのよ」

そんな話を自分からするのは、ウェルミィ以外では彼が初めてだった。

「グリンデルの家がなくなって、恨みと反骨心しかなかったわ。アイツに『死ね』と言われて、『なら生きてやる』って……絶対、アイツを喜ばせることなんかしてやるもんかって」

顔に傷があったって、何の財産もなくたって、一人で生き抜いてやろうって。

「なのに、あんたが……」

ヘーゼルの顔と生き方を『カッコいいな』って。

祭りで楽しそうにしてるだけで『可愛いな』って。

そんなの、言われたことなくて。

「あんたが……あたしのこと、好きだって言うから。そんなあたしを、褒めるから」

全然違うのに。

ヘーゼルは、カッコよくも可愛くもないのに。

黙って聞いていたシドゥは、真剣な顔で口を開いた。

「生きててくれて、良かったよ」

「え?」

「じゃなけりゃ、俺はヘーゼルに会えなかった。ヘーゼルが自分をカッコいいとも可愛いとも思えなくても、俺はここに来た……一生懸命仕事を頑張って、奥方様達と楽しそうにしてたヘーゼルを見て、そう思ったんだ」

シドゥはそこで、どこか自嘲するように自分の掌を見下ろす。

ゴツゴツして分厚い、剣を握る人の手を。

「俺は逃げたんだ。前にいた騎士団で陰湿な嫌がらせをされて、うんざりしてやめた。クダを巻いてた時に、友達がここを紹介してくれた。副長なんてガラじゃねぇのに、今そいつをやってる」

「……でも、あんた強いじゃない。別に剣で負けた訳じゃないんでしょ?」

「あんな連中に負けるかよ。それでも、そこで踏ん張ってやろうって気持ちはなかったんだ。だから、ヘーゼルが眩しかった」

本邸の前に戻って、シドゥは両手をポケットに突っ込んで、こちらを見上げてくる。

「踏ん張ってるヘーゼルが、心配で、目で追ってる内に好きになった。それだけだ」

そんな風に思われてるなんて、知らなかった。

シドゥは、そこで軽く肩を竦める。

「俺じゃ釣り合わないかもしれない。背も低いしな。だけど、少し俺の好意に付き合ってやっても良いかと思えたら……また誘うから、デートしてくれよ」

「……何それ」

「今すぐ結婚してくれ、って言われても困るだろ?」

「そ、それはそうだけど!」

確かに、今すぐ答えは出せないけど。

シドゥは仕事に戻るのか、くるりと踵を返して背中越しに手を振る。

「話してくれてありがとな。悩んでる間は、幾らでも話聞くから、また喋ろうぜ!」

「あ、うん……」

ヘーゼルは、ちょっと後ろ髪を引かれる気持ちで本邸の中に戻り、ちょっとモヤモヤする。

ーーービシッと言ってくれても良いんじゃない?

それがシドゥの優しさだっていうのは、分かるけど。

でも、それを期待してた時点で……そう、ヘーゼルもシドゥが好きだってことなのかもしれなかった。

ーーー〜〜〜もう! よく分かんない!!

恋愛なんて、これまで縁がない人生だったのだ。

一人で悩んでいても仕方ない、とヘーゼルはパン! と頬を叩く。

ーーーウェルミィに相談するわ! そうする!

またからかわれて、色々言われるだろうけど。

それでもヘーゼルの女主人は、いつだって頼りになる人なのだ。