軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レオの思慕【中編】

イオーラに出会う少し前。

貴族学校に入る際の父王のお言葉の意味を、レオは痛感して、同時にうんざりしていたところだった。

ーーーまさかこれほど、貴族家を継ぐ者達が愚かだとは。

と。

父王は、わざわざ時間を取って下さり、レオと共に庭園を歩きながら、貴族学校について話し始めたのだ。

『講義そのものは、専門性の高いものであれば、多少興味深くはあろうが、平常の科目は全て収めたことをなぞるだけの退屈なものとなろう』

『はい』

『だが、貴族学校に通うことは、これより先、我らにとっては全く得難い貴重な経験を得る機会だ』

『得難い経験。それはどのようなものなのです? 陛下』

『レオは、どのようなものだと思う?』

問われて、レオは少し考えた。

『……気のおけぬ友人、というものが出来るでしょうか?』

『正ではない』

その父王の返答は、そうしたものも大切だろう、という意味に取れた。

同時に、求めていた答えとも違うらしい。

『自由恋愛の機会?』

『否だ』

今度ははっきりと否定される。

王太子ともあろう者が、恋愛にうつつを抜かして立場を危うくするのは愚か、というところだろう。

もっとも、父王と妃である母は貴族学校で知り合っての恋愛結婚だが。

それは双方に政略的にも得があるものだったからであり、恋愛感情の有無が主ではない。

『では……身分の隔てなく人と接すること、でしょうか?』

『近いが、惜しいな』

どうにも表情を見るに、父王はレオの反応を楽しんでおられる。

どことなくエイデスに通じるものがあるな、と思いながら待っていると、父王は言葉を重ねた。

『学校で得られるのはな、レオ』

『はい』

『ーーー〝身分による差別〟というものを、 差別される側(・・・・・・) から見ることが出来る唯一の機会だ』

その言葉に、レオは少しの間、考える間を要した。

『……? それは、身分の隔てがないこととは違うものなのですか?』

『全く異なる』

レオは、昔から口うるさく様々な人々に、ライオネルの心得を説かれていた。

身分による礼儀礼節の差はあれど、それをもって相手を侮ってはならない、と。

『学校生活は、ライオネル王家の成り立ちを心に刻むに、非常に重要な経験だ』

父王は池のほとりで立ち止まり、レオの肩に手を置く。

そしてうっすらと紫の色合いが混じる銀の瞳で、射抜くようにレオを見据えた。

『忘れるな、レオ。区別は必要だが、差別は軋轢を生むのだ。王位を得る前、ライオネルは平民であっても貴族であっても実力にて評価し、我らはその助けを受けて王家となった』

『はい』

それは、耳にタコができるくらい聞かされた話だ。

『今もって、その助けを受け続け、同時に不遇をかこつ者を掬い上げることを我らは為し続けている。これより先も、為さねば成らぬ。ーーーその意味を、此度の経験で深く理解出来るだろう』

それが、父王の言葉で。

学校生活から一ヶ月足らずで、レオは身に染みてそれを理解していた。

ーーー身分をカサにきて、他人をバカにする連中がこんなにも多いとは。

男爵家の次男坊。

それがレオの仮の肩書きだった。

古来伝わり、今の世では再現不可能な変化の魔導具で、レオの特徴的な紫の髪と金の瞳は共に黒く染められている。

しかし、分かろうとする者がいれば分かるくらいの変装だ。

顔立ちは変えていない。

メータモ男爵家などという男爵家は存在しない。

学校則には『在学の王族に対しては無礼講』の規定が定められている。

そうしたヒントから、レオの正体に辿り着くことが出来るように、あえてなっている。

にも関わらず、爵位のみを理由に相手を小馬鹿にする、あるいは講義や実技でレオが少し目立てば、負け惜しみのような悪口を陰日向に叩くのだ。

『黒髪黒目のくせに』

『男爵家の子息如きが』

『身分を弁えろ』

と。

ーーーなるほど、身分による差別というのは、確かに想像を絶する愚か者の存在をつまびらかにしてくれる。

これがライオネル王国の将来を担う連中だと思うと、国の先行きを憂うほどだ。

そして王家や父母が、身分と実力を切り離して見極めることの重要さを、口を酸っぱくして実践の必要があると告げるのも納得がいった。

あんな連中が、下の者を正当に評価するわけがない。

そしてレオが正体を明かせば、手のひらを返すように群がってくるのだろう。

丁度、視線の先にそうした連中が集まっている集団が見えた。

ウェルミィ・エルネスト。

アーバイン・シュナイガー。

その二人を中心とする、関わった中で最も他人を馬鹿にし、悪口や噂を吹聴するのに長けた連中だ。

今日も媚びるようにアーバインにもたれかかり、不遜な笑みを浮かべている少女。

ーーー姉の婚約者に対して、よくやるものだな。

レオが心底、怒りを感じる相手の一人だ。

噂が届きづらいレオにすら話が届くほどとなれば、よほどの尻軽だろう。

容姿は確かに美しい。

プラチナブロンドの髪に、朱色の瞳。

猫のように形のいい瞳と、整った美貌、白く美しい肌。

体を彩る装飾品の類いは品も質もいい。

だが、それだけだ。

美貌を誇る者など腐るほど見ているレオには、中身の伴わない空っぽの人形は興味をそそられる存在ではなかった。

しかし、ふと、その様子を悲しげに見ている、梳かれてもいない灰色の髪の少女の存在に気づく。

廊下の先、左右を囲う生垣で体が隠れる位置から。

身にまとうワンピースは幾代も型遅れした野暮ったいもの。

着古されているのか、色合いも悪い。

さらに目まで悪いのか、ずいぶんと重そうな眼鏡をかけていて、胸には分厚い本を抱いていた。

華奢というよりも、今にも折れてしまいそうなほど痩せ細った体に、青白い肌。

ーーー具合が悪いんじゃないのか……?

全体的に、貴族学校では悪目立ちしそうな格好の少女に対して、最初にレオが思ったのはそれだった。

お互いに上位クラスなので同じ教室で共通授業は受けていたが、あまり気にしたことがなかったけれど、今にも倒れそうに見える。

格好に対する差別の意識など、レオにはとっくにない。

身分だけでなく、服装を理由に、外見を理由に差別する者達も多くいるからだ。

平服を身につけているレオと同様、その少女もまた、通り過ぎる者達にクスクスと笑われていた。

そして彼女の視線と、その格好で、レオは正体に思い至る。

イオーラ・エルネスト。

アーバインにもたれる少女、ウェルミィ・エルネストの姉だった。

ーーー随分と、同じ娘に区別をつけたものだ。

同い年で腹違い、と聞いている。

きっと、前妻の子であるイオーラは、家での扱いが悪いのだろう。

レオは、そんな彼女に興味を覚えた。

しかしこんな場所で、同様に差別に晒されているレオが声をかけると、逆に迷惑になってしまうかもしれない。

自分がそんな気を使うなんて、この学校に来るまでは考えたこともなかった。

今にも倒れそうな少女は、婚約者と義妹の関係をどう思っているのか、ふい、と視線を逸らして歩き出し。

ーーーレオは、彼女の所作に目を見開いた。

外見による偏見を取っ払ってみれば、彼女の立ち居振る舞いの美しさは常軌を逸していた。

背筋を一分の狂いもなく真っ直ぐに伸ばして、滑るような滑らかさで歩く。

高位貴族にも劣らぬ、それどころか匹敵するほどのそれに、目を奪われ、離せなくなった。

少し俯き気味の彼女の長い前髪を、風が撫でてふわりと浮かせると。

その瞳が、紫に染まっているのが見える。

そして、ウェルミィに、化粧をしていなくとも匹敵するほどの美貌が覗く。

一瞬、立ち止まっていたレオとメガネの奥にあるイオーラの目が合い、すぐに逸れ、前髪が再び覆い隠して通り過ぎる。

ーーー信じられない。

たった数秒。

自分の横を通り過ぎるまでの間に見たイオーラの姿に、瞳の色に対する驚きに、レオは心を奪われていた。

ーーーなぜあんな子が。

薄汚れた格好をして、悲しげな目をしているのか。

ーーー知りたい。

レオは慌てて振り向いた瞬間に、次の授業が始まる前の合図である鐘の音を聞いて、舌打ちした。

次は選択授業で、彼女は別の教室なのだろうと思われた。

ーーークソ。

さすがに、まだ始まったばかりの学校生活で、いきなりサボるような悪目立ちをするわけにはいかない。

彼女と話してみたい、と逸る気持ちを抑えながら、レオは踵を返し。

翌々日の昼休み前、共通授業の時に、ようやくイオーラが教室を出ていくのを視界に捉えて……今思えば、正直自分でも気持ち悪いが……後をつけた。

彼女が向かった先は、人のいない校舎裏のベンチ。

小さなバスケットから、固そうなパンを一つ取り出して小さく食みながら本のページを捲る彼女に。

レオは横のベンチに近づいて、声を掛けた。

「失礼、エルネスト嬢。こちらに座らせていただいても、よろしいでしょうか?」

なるべく自然に、たまたま同じ場所に腰を据えようとした淑女に対するように、声を掛けると。

イオーラは少し戸惑ったように目線を上げ、間違いなく自分が声を掛けられていると気付いた様子を見せると。

驚きと、少し控えめな微笑みを浮かべてから、静かにうなずくと。

「ーーーお声がけいただき光栄ですわ。王太子殿下」

と、そう、口にした。