作品タイトル不明
『悪役令嬢』と『語り部』。
「封印の魔導陣……か」
「そうですね」
門の前にウェルミィを乗せた馬車が止まると、同乗しているエイデスがポツリと呟き、お義姉様が小さく頷いた。
「封印って、何?」
「俺も分からないな。何か、強い気配は感じるが」
ウェルミィの問いかけに、レオが首を横に振る。
魔術的な方向での『目』の良さのようなものは……ズミアーノのやっていた『痕跡を追う』というのもそうだけれど……いわゆる宝石の鑑定眼に似ていた。
魔力の質を見分けたり、既に展開されている魔術を看破するという行為は、適性があって、それに磨きをかけるように『鍛える』ことで得られる能力なのだ。
「この屋敷全体が、結界に覆われている。おそらく竜脈を利用しているのだろうな」
「わたくしも、そのように感じます。大地の底に存在する魔力流が川溜まりのようになっている場所に、屋敷が建っているようです」
エイデスよりも雑味のない、完全な紫瞳を持つお義姉様には、より正確にそれが読み取れるようだった。
馬車の窓から外を見ると、先頭の馬車から降りたゴルドレイとヌーアが招待状を出して門番に声を掛けているのが見えた。
少し待つと、あっさりと門が開いて馬車が動き出した。
そして屋敷の門を跨いだ途端に、ウェルミィにも異様な気配が感じられた。
禍々しい……そう感じるような、ざわざわと気色の悪い感覚に、思わず眉根が寄る。
「……瘴気だ」
エイデスがポツリと呟くと同時に、前庭に馬車が止まる。
「瘴気ですって? 魔物がいるの?」
「分からん。だが、私の側から離れるな。レオも、イオーラの近くにいろ」
「ああ」
馬車から降り立つと、屋敷の入り口の前に男女が立っていた。
エサノヴァと、彼女の『父』。
メイド服と執事服に身を包んだ彼らは優雅に頭を下げると、『父』が柔らかな笑みのまま、こちらを見回した。
「お揃いのようですね。随分と人数が多い……」
総勢17人の姿を見てそう呟くのに、招待を受けたウェルミィは答える。
「誰も連れて来るな、とは言われておりませんわ」
「それは、その通りですね。では、ご案内致します。我らが主人がお待ちです」
「『語り部』?」
「左様にございます」
目を見交わして、エイデスとウェルミィがまず足を踏み出した。
レオとお義姉様が続いて、その両脇を護衛が固める。
序列を気にしている状況ではないし、特に指摘も受けなかった。
エントランスを抜けて奥にある廊下にを進むと、屋敷の中心に向かう程に明かりが灯っているのに薄暗いような錯覚と、息苦しいような感覚。
魔導具から放たれるもの以外の瘴気、というものに間近に触れたのは初めてだったウェルミィは、その不快さにエイデスの手を握って耐える。
本来なら大広間か食堂、あるいは客間であるだろう部屋の前に進み出ると、エサノヴァがドアを開いて、『父』が中に進んで行く。
「お二人ずつ、どうぞ」
言われずとも、それ以上は並んで通れない幅である。
まるで闇がわだかまっているかのようなそこに入ると……部屋の奥に暖炉があり、火が燃えていて蒸し暑かった。
そして部屋の中央には、こちらを向いて揺り椅子に座る老人の姿がある。
瘴気の発生源は、彼だ。
人間には見えるけれど、見えるだけなのだろうか。
エサノヴァの『父』は、静かに彼の横に立った。
「やぁ、来たね、来たね。待ち侘びたよ。待ち侘びたなぁ」
一瞬、理解が追いつかない。
まるで幼子のような口調で、しかし確実にしゃがれた老人の声で話しかけてきたのは……揺り椅子に沈んだ男だったのだ。
「……貴方が『語り部』? 名前を伺ってもよろしいかしら?」
「名前? 名前かい? ウェルミィ・オルミラージュ。いいとも、いいとも。意味はないけれど」
微かに頷いた老人は、ひょい、と両目を上に向けた後、名乗る。
「フェリーテ。フェリーテ・サンセマだと思うと良い。それが良いよ。いないけどね。そんな男はいないけど。イズィースに名乗って貰っていた、架空の公爵の名だね」
ーーー『語り部』フェリーテ・サンセマ。
彼の煙に巻くかのような口調の内容を、ウェルミィは読み解く。
『語り部』が生まれたのは、〝土〟の直系ではない筈だ。
そうなると、彼は〝土〟を乗っ取ったのだろう、という推測を立て……質問に答える気があると考えて、ウェルミィはさらに問いかける。
「イズィース、というのは、そこに立っている元・子爵のことかしら?」
彼は、よくライオネルから大公国に赴いていたという。
エサノヴァが〝変貌〟の魔術を使っていたように、彼は〝土〟の公爵が必要な場面でそれを演じていた、という話なのだろう。
エサノヴァの『父』をウェルミィが見ると、『語り部』は小刻みに頷く。
「そう、そうだね。そうだ。僕はずっとこれを待っていた。待っていたというか、望んでいた。ウェルミィ・オルミラージュ。君がこうして、十二氏族を揃えて、僕の前に立つ状況を」
「……どういうこと?」
そこで、エイデスがいきなりウェルミィの肩を抱いた。
「エイデス?」
顔を見上げると、彼は『語り部』を睨みつけたまま、鋭く言葉を投げる。
「サンセマ公。ーーー この場にいない者(・・・・・・・・) 達をどうした(・・・・・・) ?」
その言葉に、ウェルミィは後ろを振り向いて……思わず、息を呑む。
いない。
そこには、ヌーアとツルギス、ヒルデ……そしてシゾルダ様とズミアーノの姿がなかった。
ーーーいつの間に……!?
ドアはいつの間にかエサノヴァの手で閉められており、彼女がその前に立っている。
「何をしたの!?」
その質問に答えたのは、『語り部』ではなく……レオだった。
「多分、切り離されたな。……エサノヴァ。これは君が以前、俺に対して仕掛けたものだろう」
「ええ、王太子殿下。ここは〝夢〟の中よ。向こうに残った人達には手を出していないから、安心してちょうだい」
ニッコリと微笑み、彼女は一つずつ指を折っていく。
「騎士と乙女、拳士と魔女、〝精霊の愛し子〟とその伴侶、地水火風の血族、オルミラージュ、そして『語り部』……それで全てよ。十二氏族の話には、 もう一人の魔王候補(ズミアーノ) も、手駒の存在も、必要ないもの」
ふふ、と手を下ろしたエサノヴァは、その腕をウェルミィに向かってまっすぐに伸ばす。
「そうして、貴女は必要だったの。聖女でも魔女でもなく、精霊の愛し子でもなく、神爵でもなければ、魔王候補でもない……貴女が」
「へぇ。つまり、そのお話を今からしてくれるって訳ね。ようやく」
「ええ、ようやく。より多くの人々を救うためには、貴女が必要だったの。何の天命もなく、大した力もない……けれど最善の道筋の中心にいて、すぐに表舞台から退場しようとするーーー」
睨みつけるウェルミィと対照的に、笑みのままエサノヴァは頷く。
「ーーーたった一人の『悪役令嬢』が、必要だったのよ」