軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〝水〟の侯爵令息の意図。

ウェルミィ達が居るのは、四公領の交わる地点にある大公宮である。

今は〝水〟の預かる地であり、これから〝火〟に引き継がれるのだろう。

その大公執務室に来るよう呼びかけて来たのは、ブラード・ハイドラ公爵令息だった。

ウェルミィ、エイデス、お義姉様、レオの四人でその場に赴くと、そこには新大公のバーンズと、風の公爵ムゥランまでもが顔を揃えていた。

疲弊した顔のブラードは、椅子に腰掛けている。

執務室の中には、最後に見かけたピエトロよりも遥かに若い頃の、家族の肖像画が飾られていた。

当然、そこには幼いブラードも映っているのだが……その顔に、どこか見覚えがある気がした。

そして、ブラードの今の顔と少し違う気がする。

けれどそんな疑問は、口を開いた彼の発言によって吹き飛んでしまった。

「……〝土〟のところへ、行かれるおつもりなのですね」

まるでこちらの動向を知っているかのような発言に、ウェルミィは表情を引き締めた。

ーーー聞かれていた?

けれどあの部屋は、ヌーアと影が見張っており、エイデスが魔術によって音を遮断していた筈なのだけれど……という、そちらの疑問はすぐに解消された。

「〝風〟は耳が良くてねぇ。それが血統魔術だ。大公国で、俺に内緒話 だけ(・・) は、出来ねーんだよねぇ」

ムゥランがトントン、と耳の辺りを叩き、口の片端を上げる笑みを浮かべる。

「……なるほど。しかしそれを明かして宜しいのですか?」

エイデスが目を細めるが、彼は動じなかった。

軽く肩を竦める。

「この場にゃ、ほとんど十二氏族の血統しかいねーだろう? 今回の件も、それに絡んでるしな」

なるほど、大公国側もそれに関しては情報を掴んでいるのだろう。

特にムゥランは、〝土〟の件を知っているような行動を見せていたのだから。

「何らかの情報をお持ちということですか? 申し訳ありませんが、盗み聞きによってこちらの動きを阻もうというのであれば、相応の措置を取らせていただきますが」

実際のところ、あれだけの事件を起こした犯人の情報を秘匿していたので、不利なのはこちらだけれど、エイデスはそんな様子を見せない。

けれど、彼らは敵対するつもりはないようだった。

バーンズがニヤリと笑い、軽く両手を上げる。

「案じなくとも、そんなつもりはないですよ。一連の件に関しては、さっき俺もムゥラン兄ぃに聞いたばかりですが、逆です。……一枚噛ませろ、という方です」

「〝土〟の招待に、ですか?」

「ええ」

エイデスの問いかけに答えたのは、ブラードだった。

「まず最初に述べておきます。……父ピエトロを殺す為にエサノヴァを手引きをしたのは、私です」

ーーー!?

その発言に、ウェルミィは息を呑む。

「父は、十二氏族であることや、己の利益を求めることにあまりにも拘りすぎていました。そして、多くの罪を犯した……〝水〟を守る為に、捨て置くことは出来なかったのです」

ブラードの言葉と苦悩の表情に、ウェルミィはその内心を察する。

けれど。

「では、何故法の裁きを受けさせなかったのです。身内である貴方ならば、それが可能であったのでは?」

エイデスの冷たい声音での問いに、ブラードは自嘲するように笑う。

「あの人は、あまりにも罪を重ね過ぎていた。正当に捕らえ、余罪が全て明らかになれば……ハイドラは、この世から消えるでしょう」

「それ程に……?」

レオが小さくそう漏らすと、ブラードはバーンズやムゥランの顔を見る。

「この結末は、〝風〟との合意をもって行われています。オルミラージュ並びに帝国に関する件は、相応の償いをする準備があります」

「……代わりに、ピエトロ・ハイドラの命をもって余罪を見逃せと?」

「ええ。その為に、まずは新大公であるバーンズに事情を説明いたしました。我々は国家として、これ以降父殺害の犯人を追いません。そして私自身は公爵位を継がず、一切の事情を知らぬ息子に爵位を継がせます」

「……なるほど。その対価に、我々の行動を見逃すということですね」

「その通りです。そして、我々も同行させていただきたい」

ブラードの言葉に、ウェルミィは腕を組んで、頬に右手の人差し指を添えた。

そして、口を開く。

「でも、 貴方(ハイドラ) と 〝風〟(ゼフィス) は『向こう側』なのでしょう? 信用出来ませんけれど」

今の発言やこれまでの行動を鑑みるに、バーンズ以外は全員〝土〟……エサノヴァ、あるいは『語り部』との繋がりがあるのだ。

「土壇場で裏切る可能性がないと、証明出来まして?」

「わたくしも、ウェルミィに賛同致しますわ」

続いて口を開いたのは、お義姉様。

「全てを詳らかにしないまま、取引のみでは納得出来ません。お忘れなのなら思い出して欲しいのですけれど、エサノヴァの行動によって、エイデス様、ウェルミィ、そしてヒルデントライは、死にかけましたのよ」

ともすれば、ウェルミィよりも怒りを込めた紫瞳の目で、お義姉様は大公国の面々を睨みつける。

「テレサロとオレイアがいなければ、死んでいてもおかしくはありませんでしたわ」

その発言に応えたのは、ムゥランだった。

「だから俺ぁ、オルミラージュ夫人に忠告を与えたねぇ。『語り部』にも一方的に接触されちゃいたがね。リオノーラの嬢ちゃんが警告したから、奴に『バーンズを推す』と教えてやった見返りに、『エサノヴァがいつ動くか』の情報を得た。それだけだねぇ」

「俺は元々、〝土〟の動きなんか知りませんでしたね」

バーンズもまた、あっさり答える。

「大公位を得る為だけに動いてた。今回の件に関しちゃ、あなた方と変わりませんよ。ピエトロが死んでラッキーではありましたが」

「……流石に、口が過ぎるんじゃないか……?」

「殺しに加担したアンタに言われたかねーな」

ブラードが呻くように呟くが、バーンズは、ハッと鼻で笑って一蹴する。

そこで、レオがブラードを真っ直ぐに見据えて、一歩を踏み出した。

「ハイドラ公爵令息。お聞かせ願いたい。おそらく貴方が、一番今回の件についてよく知っている筈だ。……〝土〟を実際に支配しているだろう『語り部』の一味は、一体何を企んでいるのです」

「……分かりません」

ブラードは、力無く首を横に振る。

「おそらく、十二支族に関わる何がしかの問題を……〝精霊の愛し子〟を巡る何かを、目論んでいるのだろうということ以外は」

「それで納得するとでも?」

「レオニール殿下。この後に及んで、隠し立てをしようというつもりではなく、それが真実なのです。バーンズが〝火〟の、ムゥランが〝風〟の、私は私で〝水〟の問題を解決する必要があった。……私はその為に、『語り部』の代理だというエサノヴァの手助けをしたに過ぎないのですよ」

深く息を吐いた彼は、椅子の背もたれに体を預ける。

「……オルミラージュ侯爵が襲われ、ヒルデントライ嬢が重傷を負った件については、その後に起こったことなのです。私は、父を殺す見返りに『〝朱色の瞳の女〟に関する情報を、あの場で述べろ』と言われただけです」

ブラードは、嘘をついてはいない。

けれど、隠し事はまだあるような気がした。

そして彼が『大公選定の儀』の時に憔悴した様子を見せていたのは、ピエトロが殺されたからではなく、エイデスが襲われたからなのだ。

オルミラージュを敵に回すことの危険性を、きっとブラードは悟っていたのだろうから。

「だからこの場で、それを告白することにした、と?」

「はい。私は、もううんざりしているのです。十二支族のことなど、私にとってはどうでも良い。だが、父はそれに拘り、あげくに『語り部』です。……もう、終わりにしたいのですよ」

ブラードは立ち上がり、静かに頭を下げる。

「我々も同行させていただきたい。オルミラージュ夫人。貴女の目であれば、お分かりになるかと思われます。私は『語り部』の真意を知り……息子の為に、全ての憂いを絶っておきたいのです」

彼は、子宝に恵まれなかったと聞いている。

その為に、血族の中から優秀な養子を取った、と。

「……息子を愛しているのなら、もう少し上手く立ち回るべきだったと、私は思いますわ」

過ぎたことを責めても意味はない。

だからウェルミィは、そう口にするに留めた。

跳ねるように顔を上げたブラードから目を逸らし、ウェルミィはエイデスを見上げる。

「嘘はついていないわ。断る理由が他になければ、同行させても良いんじゃないかしら」

「……お前がそう言うのであれば。レオも、良いか?」

「俺は、納得はしない。人を導く為政者として、法を犯してまでもと考えるのは、間違っている」

レオはキッパリと口にしたが……その後に、小さく付け加えた。

「だけど一人の人間として、貴方の苦悩は理解するように努めるよ。だから……何も聞かなかった。それで良いだろう? ハイドラ公爵令息」

「……ご厚情に、感謝を」

話し合いは終わりだった。

そうして翌日、指定された時間に、ウェルミィらは〝土〟が所有する屋敷の一つに複数の馬車に分乗して向かう。

ズミアーノが痕跡を追って一度突き止めたそこは、〝土〟の公爵用のタウンハウスではなく……こぢんまりとした木造の、品の良い落ち着いた印象の屋敷だった。