作品タイトル不明
〝火〟の大公。
〝火〟の公爵令息、バーンズ・ロキシアは、常に怒りを抱えていた。
血統魔術の、高山の雪の中でも変わらず動ける恩恵と、その能力に見合う精強な山軍を擁しながら。
しかし世は平穏の内にあり、対魔獣以外の武勇は誉れとして形骸化している中で。
ーーーどいつもこいつも、うちの領の連中は何でこんなに阿呆なんだ?
バーンズは成長するにつれて、その価値観を持っている連中に対する苛立ちを抑えきれなくなっていった。
過去の栄光をどれだけ誇ろうが、世の中は既に『頭』で富を奪い合う世界に移り変わり始めている。
他領の人間に対する『軟弱』という蔑みは、肉体的、魔術的な強さのみを見たものであり、では何故〝水〟や〝土〟が豊かなのか、という部分に目を向けていないのだ。
ーーー何故、それも強さだと思わないんだ?
負けているのだ、〝火〟は。
だが、誰も負けていることや、これから先により負けていくことに気づかない。
肉体的な強さも、強さではある。
そうした、たとえば何処かから戦闘を挑まれても返り討ちに出来るだけの『抑止力』があるのなら。
ーーーそれを活用して、利用して、『頭』の勝負に突っ込んでそこでも勝つのが『武人』だろうが!!
バーンズは、周りの誰よりも闘争心を持っていた。
その上で、多分自領の中では異端であろう価値観と、世界の情勢を理解出来るだけの頭脳を持って生まれてしまったのだ。
肉体がどれだけ強かろうが。
他人に対して物怖じしなかろうが。
ーーーその肉体の強さを、今の世で活かすだけの『心』と『気概』の持ち方が間違ってるヤツは、英雄でも何でもねぇ。
ただ、体が強いだけの愚鈍だ。
バーンズは、本気でそう思っていた。
だというのに、ロキシアの奴らときたら。
他国が武を相手にしなくなってきた頃から、延々と内輪揉めをしている。
バーンズが生まれた時にはもう、祖父と大叔父はお互いを仮想敵と見定めており、父の代になってそれがさらに激化していた。
それが、ロキシア公爵家とクジャ公爵家の仲違いの始まりだったと知った時、本気で全員ぶち殺してやろうかと思った。
ーーーやってる場合かッ!!!
魔導具加工技術のロキシアと、豊富な魔石鉱山資源を有するクジャ。
手を組めば、山脈を楽に越えることの出来る自分達は、帝国との交易で〝水〟に劣らぬ富を手にすることが出来るというのに。
精強さを誇示することでしか富を得る方法を知らなかった脳筋どもは、既に武のみで富は得られぬものと……領を守ることは出来ないと理解せず、内輪でその奪い合いをしているのである。
同じやり方で、古くさい価値観で、それに付き合ってくれる相手と。
それが、結果的に自分達の首を絞めるとも理解せずに。
ーーーカスどもがよ!!
少なくとも、それが領地内戦争ではなく、決闘や試合という手段であったことが、せめてもの救いだ。
だが、いつまでもそんなことをしていれば、やがて領全体が衰退して、他国や他の四公家に食い潰されることになることを、何一つ分かっていない。
ーーー俺が変えてやる……!
バーンズがそれを決意したのは、14歳の時。
より上を目指すことを求める武人の心よりも、『武を誇示するという価値観』の方がそれ程大切だと言うのなら、全員をその価値観で叩きのめした上で、自分がトップに立つのだ。
だからバーンズは、誰よりも強くなった。
力のない人間の言うことを聞かないと言うのなら、まずは強くなってしまうのが一番手っ取り早いからだ。
バーンズは、自分の血統魔術の力を、全ての時間を、実力を蓄えて知恵を蓄え続けることに費やした。
社交も、口先も、何もかも誰よりも上へ。
己の価値を高め切ることだけに振り切ったバーンズは、幸いなことに才能もあったようだった。
父と勝負して打ち負かしたのは、16歳のデビュタントの前……その瞬間から、ロキシアの最上位は自分になった。
非常に幸運だったのは、最大の仮想敵であった魔法に長けたクジャ公爵家の後継者、スージャが、自分と同じくらい『マトモ』だったこと。
気高く、美しく、そして何よりも己を高めることに貪欲で……同じように、先行きへの憂いを抱えていた。
休日の図書館で、学校の修練場で、あるいは社交界で関係を作りたいと思った外国の来賓に対して、バーンズと彼女はことごとく鉢合わせた。
ーーーコイツは、俺と一緒だ。
バーンズはそう感じていて、向こうもそう思っていることが分かった。
ある日は修練場で。
『よぉ、精が出るな毎日毎日よ。そんなに俺らに負けるのが嫌か?』
『随分な口の利き方ですこと。話しかけてこないで下さる? 誤解されてはたまりませんもの』
ある日は図書館で。
『その帝国の資料は、俺が読もうと思ってたんだが? 勉強しても無駄なんだからさっさと寄越せ』
『その言葉、そっくりそのままお返ししますわ。ロキシアには大陸北部の状況など読んでも理解出来ないでしょう?』
表面上は悪態。
だが、内実はお互いの気持ちの確かめ合いと、情報交換。
ーーー俺の嫁は、アイツだな。
いつしか、バーンズはそう思うようになっていた。
そして18歳の時、一度帝国北部へと旅立った。
国家間横断鉄道を作ろうとしているロンダリィズ伯爵家、そしてその業務提携である北国バーランドに、自分達の 魔導機関(エンジン) 技術を売り込む為に。
その際、国を出られないスージャが、学校でこっそりと渡してきた書状も持参した。
彼女は、自分達の有する領から大量に採掘される魔石を、良質な燃料用として精製することに成功していたのだ。
開発の手助けに技術を横流ししたのは、バーンズだった。
バーンズの高効率 魔導機関(エンジン) 開発の為に、その魔石を提供してくれたのはクジャだった。
スージャとバーンズは、出来ることをお互いにした。
通じ合うものがあるのは、〝火〟の支配層の中では彼女だけだった。
交渉は成功し、魔導機関開発の技術提携と、鉱石輸出を帝国に取り付けることが出来た。
ロキシア公爵家とクジャ公爵家は、お互いに帝国へのパイプを得たのだ。
一人では、おそらくなし得なかっただろう。
爵位こそ継いでいなくとも、名実ともに莫大な富を領にもたらした両家のトップは、バーンズとスージャだった。
だから『大公選定の儀』で、自分達二人が立つのは必然だったのだ。
後は、表面上だけ両家の不満が爆発しないよう、徐々に融和していき、最終的にスージャと婚姻を結べばいい。
自分達なら、それが可能だと信じた。
少なくともお互いに、身近な取り巻き達には、武で叩きのめした後にそれを理解させることに成功していた。
後は世代交代。
そして残る問題は、他の四公家の動向だ。
〝水〟はピエトロが最大の敵であり。
〝土〟は安定した事業で未だ健在。
〝風〟は相手にならないが、味方に引き込まなければならない。
バーンズは、搦め手自体はさほど得意ではない。
だから直接、適当な理由をつけて〝風〟の公爵ムゥランに会いに行ったのだが……彼は拍子抜けするほどあっさりと、こちらの腹の内を理解して明け透けに本音を喋った。
『俺ぁ大公位にゃ微塵も興味がねぇ。風は自由なもんだからな。欲しいってんならくれてやるが、ちゃんとモノは言わないとねぇ?』
ムゥランとは、気が合うと思った。
『俺は、馬鹿どもに国の舵取りを任せる気はねぇ。俺に任せてくれ』
『お前さんもバカの一人じゃねぇと、証明出来るのかねぇ?』
『富ませてやるよ。ロキシア領だけじゃなく、 〝水〟(ハイドラ) も、 〝土〟(サンセマ) も……そして、 〝風〟(ゼフィス) も』
バーンズは、面会したムゥランの目を真っ直ぐに見据えた。
『ここは大公国だ。俺のものになるなら、全ての貴族と民を富ませてやるのが、俺の仕事になるんだからな』
その答えに満足したのか、ムゥランは了承し……そうして、彼は本当に、バーンズの助けになってくれた。
正直、あれだけ賢い人間が上に立ちながら、何故今をもってライオネルの辺境伯と小競り合いを繰り返し、領地を発展させていかないのか、不思議な程だった。
『〝風〟は『耳』が良くてねぇ。全てが聞こえ、どこにでも行ける。俺ぁ、人の綺麗さも汚さも、全部見えてんのさ。そん中で、一番意地汚くて、マトモで、自信過剰で……若く、熱かったのが、お前さんだったんだよねぇ』
兄、と慕うようになってから、バーンズはその本音を聞いた。
『何にも求めないで、楽に好きに生きること。本当は、それが俺の理想なんだよねぇ。実際、他に出来るヤツがいるなら、公爵なんか辞めてぇのさ。……国を預ける相手が安心出来るヤツなら、ちょっとでも、その理想に近づくよねぇ?』
ムゥラン兄ぃは、今まで知り合った誰よりも優しく、誰よりも賢く、そして本当に何も求めていない人だった。
大草原での自由な暮らし、それこそが、彼の望みだと言うのなら。
民という枷が無くなれば、きっと彼は旅立つのだろう。
それはバーンズとは全く違う生き方だが、己の理想に対して真摯であるという点が、通じ合えた理由だったのだ。
『最近はね、辺境伯領にいるとんでもないお嬢ちゃんのお陰で、民の暮らしも良くなりそうで、しかも面白い事業が出来るみたいでねぇ』
いつからか、今までよりも生き生きとし始めたムゥラン兄ぃは、そんなことを言っていた。
『後は、お前さんがトップに立つだけさね』
そうして彼は、良い情報を教えてくれた。
帝国を後ろ盾に〝火〟が力を蓄える中。
〝水〟を〝土〟が落とそうとしており、〝土〟もまた、ライオネル王国で不祥事を起こそうとしている、という情報を。
『今度外務卿になったオルミラージュ侯爵は、帝国の宰相イースティリアと懇意だねぇ。繋ぎを作っときなよ。〝水〟と〝土〟が落ちてうちが降りれば、後はもう、お前さんの花道だ』
『ありがとうよ、ムゥラン兄ぃ。……任せといてくれ。良い国にしてやるよ』
その後に起きた大公殺害こそ全くの予想外だったが、結果だけ見れば予定通り……バーンズは、己が目指した頂点に立った。
ーーー〝火〟の大公、バーンズ・ロキシアとして。