軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

甘い毒。

「驚いただろう?」

晩餐の後。

入浴を終えて二人きりになった控え室で、エイデスがそう問いかけてくる。

「確かに驚いたわ。誰? 黙っておくように言ったのは」

ウェルミィが少し不機嫌な口調で告げると、エイデスは香りをつけた水を口に含みながら肩を竦める。

「私が聞いたのは、レオからだが。おそらく提案したのはゴルドレイか辺境伯だろう。先入観なしにショーを見て欲しかったのだろうな」

「ふぅん」

エイデスは、ウェルミィに嘘をつけない。

彼の口からそう告げられたのなら、それが真実だ。

「まぁ、貴方の悪戯じゃないならそれでいいわ」

「不機嫌だな」

「そう?」

自分ではそんなつもりはなかったけれど、疲れてトゲがあるのかもしれない自覚はあった。

だからかもしれない。

いつもなら流す軽口に、少しカチンときたのは。

「良い男になっていたな。手放すには惜しい人材だったかもしれん。そう思わないか?」

「そうね……どうでもいい、が一番近い気持ちかもしれないわね」

ウェルミィが目を細めると、いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、エイデスがグラスをテーブルに置いた。

「ほう。その真意は?」

「良い男になった、とは思うわよ。……でもね、私は一度あの人を見限って、利用したの」

ウェルミィは冷酷に見えるだろう笑みを浮かべて、夜着の胸元に手を当てる。

「使い捨てた 道具(・・) が価値のある物だったから惜しくなる……なんて、おこがましいと思わない?」

しん、と空気が冷えた気配がした。

エイデスが小さく息を吐いて立ち上がり、ウェルミィに歩み寄って来た。

「だから、無関心か」

「ええ。間違った人が更生するのは、素晴らしいことだと思うわ。もちろん間違わないのが一番良いけれど、人は間違うもので、私も、お義姉様も……そしてエイデス、貴方も間違ったからこそ、今がある」

ウェルミィは、まっすぐエイデスの目を見上げる。

自分のしてきたことを肯定するつもりなんて、サラサラない。

向こうが先に仕掛けて来たことだ、と、言うのは簡単だけれど。

「私は踏み躙ったのよ。アーバインの人生を。そして、サバリンやお母様、他にも、そうね、最近ならローレラルもそうかしらね」

ウェルミィは自分の意志で、お義姉様を、そしてヘーゼルやミザリなど好ましい人々を救うために、彼らを切り捨てたのである。

それしか方法がなかったとしても、間違いは間違いだ。

全て、お義姉様の幸せの為だったとしても。

エルネスト伯爵家で、代行委任の届出もなく、そもそも代行不可能な立場で領主業務を行っていたことだって、本来は裁かれるべきことだった。

誰も触れないけれど、ウェルミィとお義姉様は、貴族の権利に関して様々な罪を犯している。

お義姉様が見逃されたのは、お義姉様自身の才覚と、その境遇への同情と、実際の領地経営の手腕が素晴らしいものであったからこそ。

ウェルミィが許されたのは、エイデスが望んだから。

ただ、それだけだ。

エイデスがウェルミィの呼び掛けに応じてお義姉様を助けてくれたのも……過去の自分の過ちを、後悔していたから。

「人が間違うものだとしても、アーバインの間違いは……私にとって、好ましいものではなかったわ」

ただ愚かなだけではなく、身勝手な理由で、他でもないお義姉様を蔑ろにしたのだから。

傷つけられたのが他の誰かだったなら、あるいはウェルミィ自身であったなら、彼の更生を受け入れて懇意にすることもあったかもしれないけれど。

お義姉様が許したとしても、ウェルミィ自身がアーバインに関心を向ける未来は、こない。

それが彼を利用したことへのけじめであり、先ほどの対応が、過去にお互いが犯した罪に対する回答だった。

「私はね、エイデス。自分の意志で『今』を選んだのよ。お義姉様の為に、貴方の腕に抱かれることを。それがたとえ間違っていたとしても、後悔なんてしないわ」

ウェルミィは振り向いて、エイデスの顔を見上げる。

「ーーーその問いかけは、悪女であることを選んだ私への侮辱よ」

「……すまない」

「過去のことでも、たとえ軽口でも、私のことを疑わないで」

「ああ。すまなかった、ウェルミィ」

そのまま抱き締められるが、ウェルミィは、プイッとそっぽを向く。

「……素直に謝ったから、頬を張るのは勘弁してあげるわ」

「その優しさに感謝しよう。あれは、それなりに痛かったからな」

「貴方が私を本気で怒らせたのは、これで二回目だわ」

「今のは、わざとではない」

ウェルミィの本気が伝わっているのだろう、いつもの子どもをあやすような仕草ではなく、優しく髪を撫でられる。

ーーー私も、甘いわね。

エイデスが反省しているのが分かったので、許すことにした。

上目遣いに見上げて、頬を両手で挟む。

そして、蕩けるような、誘うような笑みを浮かべてみせる。

「分かれば良いのよ。次はないわよ」

「肝に銘じよう。……全く、お前は毒のような女だ。甘く、芳しく、そして鮮烈に人を堕とす」

腕に抱き上げられて、ウェルミィはベッドに運ばれた。

この状況も、昔は真っ赤になっていたけれど、今では慣れたもの。

この腕に抱かれていると、安心するくらいに。

「私が毒ですって? 貴方の方がよっぽどだわ」

風呂上がりのエイデスの首筋に鼻先を寄せて、彼の香りを吸い込む。

「ほう、何故だ?」

ベッドに下ろされて上掛けを被る。

疲れているからか、すぐに瞼が重くなるのを感じながら、ウェルミィは囁くように、エイデスの問いかけに答えた。

「だって私、もう、貴方に骨の髄まで蕩かされているもの。今さら命令されなくても、何でも言うこと聞いちゃうくらいに……」

すると、今度は胸元に包まれて、エイデスの香りが強くなる。

頭がクラクラするくらいに、大好きなそれに酔いながら、ウェルミィは目を閉じた。