作品タイトル不明
75.
玄関には一人の若い女性が立っていた。
「貴方は……」
「御無沙汰しております、奥様」
そう頭を下げる人物は外見こそ違うがアイリに雰囲気が似ている。
彼女はアイリと同じ孤児院の出身でオルソン伯爵家に潜ませていたスパイだった。
伯爵家にはメイドの身分で入り込んでいる。
そんな彼女が正面からアベニウス公爵家を訪れている。
それは公爵家のスパイとしてなのか、それとも伯爵家のメイドとしてなのか。
「貴方は……オルソン伯爵家のメイドかしら?」
「はい、今は家令も手が離せないということで私が参りました」
「オルソン家の家令が……カーヴェル、このお嬢さんを応接室にお通しして」
「はい、奥様」
私の後ろで待機していた公爵家の家令にそう指示をする。
「アイリはお茶の用意を。伯爵家に向かうかも含めて話を聞きたいわ」
「かしこまりました」
そう口にしながら私は頭の中で考えを巡らせる。
昨日の今日だ。内容は十中八九ローズのことだろう。
けれどそれで家令が手を離せない程多忙になるとはどういうことだろう。
それこそローズを悪さが出来ない場所に移動する手続きでもしてるのか。
「どうぞ座って」
応接室に伯爵家のメイドを招き私は告げる
「いいえ、奥様私はこのままで」
「首を上げて話すのが辛いのよ、コリンナさん……で良かったかしら?」
私は以前聞いた名前を告げる。
彼女は少し驚いた顔をしたがはいと返事をした。
オルソン伯爵家に潜入させたは良いが色々あり過ぎて半分そのことを忘れていた娘だ。
まさか彼女が訪ねて来るとは思わなかった。
「今日は本当にオルソン伯爵家からの使いで来たの?」
「はい、他の使用人たちが嫌がった為私がその役目を引き受けることが出来ました」
「嫌がった……ねえ」
オルソン伯爵家での私の評判はどうなっているのだろう。
少し疑問に思ったが自分の前回伯爵家で行ったことを思い出し、確かに使用人は私と顔を会わせたくないだろうなと思った。
特に使用人同然だった頃のエリカに対し仕事を押し付けていたりした連中などは。
だからこそ何も知らない新人メイドのコリンナがお使いを引き受ける事態になったのだ。
使用人たちは誰もそれを不自然と思わず、新人の無知さを笑っているに違いない。コリンナが私と繋がっていることすら知らずに。
「手紙は預かっている?」
「はい、こちらです」
コリンナから渡された手紙をその場で読む。
雑に要約すれば、親戚に紹介したいから今すぐ来いという内容だった。
オルソン伯爵夫人の署名だ。つまり親戚とは彼女の係累だろう。
「何故私が?」
当たり前だがオルソン伯爵夫人とエリカは全く血が繋がっていない。
そんな存在を親戚に紹介してどうするつもりなのだろうか。
「昨日、伯爵夫人の兄が孫を連れて移動式遊園地に居たそうです」
「ああ……」
それはお気の毒にと呟く。
「そのまま彼は昨日から屋敷に滞在しており、時折怒鳴り声が私たちにまで聞こえてきました」
恐らく伯爵夫人の兄とその孫は不幸にもあの騒動に巻き込まれたのだろう。
騒動の犯人はローズ・オルソン。つまり彼の姪である。
色々な意味で妹がいるオルソン伯爵邸に怒鳴り込んでも仕方が無い。
「それで何故私を伯爵邸に連れてこいと命じたのかしら?」
「盗み聞きした内容で宜しければ」
「話して頂戴」
「オルソン伯爵夫人は娘の行動を全て、貴方の命令だと言い張っているようです」
「……は?」
もし今ティーカップを持っていたら手を滑らせて落としていただろう。
それぐらい予想外のことを告げられた。
「……私が、それをして何か得することがある?」
コリンナに言っても意味は無いがどうにも口からこぼれてしまう。
しかし彼女はしっかりと返答を持って帰っていた。
「貴族たちが大勢いる場で異母姉を断罪することにより悪女の評判を消すのが目的だろうと」
「……よくそんな屁理屈を思いつけるわねえ」
呆れ過ぎて気の抜けた声が出てしまう。
「もし私がそんな企てを持っていたとしてローズが承諾するとでも」
「公爵夫人の立場で圧力をかけられた筈だと力説しておりました」
「……そんなことが出来る人間を自分は当日呼び出せると思っているの?」
力関係がおかしいことにオルソン伯爵夫人は言ってて気づかないのだろうか。
私の台詞にコリンナは伯爵夫人の兄も同じことを言っていたと返す。
私はそれに興味を引かれた。
「確かオルソン伯爵夫人の兄は……」
「ジョナス・ヘイルズ伯爵。ヘイルズ伯爵家現当主です」
後ろに控えていたカーヴェルが答える。
「オルソン伯爵夫人とは二人が独身時代から不仲だったという話です」
そうコリンナが補足する。
「……それは伯爵家の使用人から?」
私が苦笑いを浮かべると彼女は肯定した。
私は少し考えて口を開く。
「まあ、良い機会だわ。ヘイルズ伯爵に御挨拶をしに行きましょう」
貴方の妹には大変お世話になりましたとね。
そう笑って私は椅子から立ち上がった。