作品タイトル不明
69.
アイリの後ろには待ち望んでいた遊園地の警備員たちらしき人物の姿が見える。
しかし何故か全員既に疲れ切っていた顔をしていた。
「奥様、まずお伝えしたいことがございます」
「言って頂戴」
アイリがこう切り出すなら余程重要なことなのだろう。私は発言を促す。
「サーカスのドッグショー用の犬たちが現在脱走中です」
「何ですって?!」
「現在サーカス団員と警備員たちが捕獲中ですが、大型犬が捕まっていません」
私たちの会話を聞いていた他の客たちが騒めいた。
「その、犬はよく躾され、温厚な筈ですが……」
私たちの会話に割って入った警備員がそう補足する。
途端空気が緩んだが、私の次の言葉で再び凍り付いた。
「でも逃げた時は違ったのでしょう?」
「……はい」
じゃなければ逃げた後に戻って来るだろうし、ここまで必死に警備員たちが捜したりしない。
恐らく遊園地内の動かせる警備員をほぼ犬捕獲に割り当てているのだろう。
「そんな、こんな場所にいられない、帰るわよっ!」
「おい、入り口まで警備しろ、犬が襲ってきたら盾になれっ!」
次々と理解は出来るが身勝手な事を貴族たちは言い出す。
しかしアイリが連れて来た警備員は二名しかいない。
彼らには異母姉ローズの連行と監視をお願いしたい。
けれど今私たちを囲んでいる元野次馬たちは警備員を自分たちに渡せと言うだろう。
(アベニウス公爵家より身分の高い貴族は中々いないと思うけれど……)
ただ今回の騒動は外野から見たら完全な姉妹喧嘩、内輪揉め。
そこに付け込んで警備員を護衛として持って行こうとする者が出るかもしれない。
「あの……私どもはどうすれば宜しいでしょうか?」
警備員まで判断を私に委ねて来る始末。
「……カーヴェル、クレイグは?」
「土産物を馬車に運んでもらっております。なのでそろそろ戻って来るかと……」
ローズを押さえ込みながらカーヴェルが答える。そんな理由で不在だったのか。
あの屈強な下男が戻って来たなら取れる方針は増える。
祈るように出入り口の方を見つめると、一人の女性が背後に数人の男性を引き連れて近づいて来た。
「あれは……?」
目を凝らして見れば、それは少し前に別れたばかりの王妃付きの侍女だった。
後ろの人間たちには見覚えが無いが護衛だろうか。
(王妃王女が遊んでいた時には付けていなかったのに?)
そう考えてハッとする。大型犬が逃走中なのだ。
王妃や王女がもし噛まれでもしたら大事になってしまう。
「こちらに来てはいけません!」
そう私は焦りながら叫んだ。
しかし侍女たちは声が聞こえないのかどんどんと近づいていく。
最初は話を聞かない態度に苛立ったが、あることに気付いてから落ち着きを取り戻す。
王妃付き侍女と護衛らしき団体の中に王妃と王女の姿は無い。紛れてもいないようだ。
つまり二人は別の場所にいるのだ。
(馬車の中か、もう帰路についてくれていれば良いけれど)
私がそう思っている内に侍女は私の目と鼻の先までやってくる。
野次馬たちは自然と空間を空けていた。
「あの方からの命で戻りました。友人であるアベニウス公爵夫人が求めるなら助力をと」
後ろにいる者たちをご自由にお使いください。
そう言って王妃付きの侍女は初めて私に微笑んで見せた。